スキャンダル(7)

 本日、2個目の記事です。
 同じ章にまとめようかとも思ったんですけど、場面が違うし~。 この辺は、何となく感覚で。




スキャンダル(7)





 官房室を辞して、薪は研究所へ向かった。今日は水曜日。第九の日だ。
 仕事は仕事だ。別れた恋人のいる部署でも、拒む理由にはならない。相手も大概気まずいだろうが、そこはお互い様だ。

 長年鍛えたポーカーフェイスをつけて、薪は第九の自動ドアをくぐる。さっと室内に目を走らせて、一番に長身の男の姿を探すのは、もう習性のようなものだ。
「あ、室長」
「おはようございます」
 部下たちが次々と挨拶の言葉を発するのに、おはようと軽く頷きつつ、副室長の岡部を誘って室長室へ入る。捜査中の事件の報告を一通り聞き、火急の事案が無いことを確認した後、何気ないふりをして薪は尋ねた。

「青木は?」
「青木は来週まで出張です。薪さん、ご存じないんですか?」
 岡部は訝しげに、細い眉を寄せた。
 岡部は薪と青木の関係を知っている。だから、青木の出張を薪が知らなかったことを不思議に思ったのだろう。別れたことを知らないからだ。

 来週まで、青木はここには来ない。
 無意識のうちに、薪はホッと息をついた。

 この1週間、中園の指示で青木からの電話はすべてシャットアウトしてある。第九に来たのも、2週間ぶりだ。つまり、あの電話以来、青木とは一切の連絡を取っていない。直情的な青木が薪の顔を見た途端取り乱して、『オレと別れるってどういうことですか』などと訴えてきたら目も当てられない。
 青木の顔を見ても自分は平気だが、青木はそうはいかないだろう。あの電話一本で彼が納得しているとは、とても思えない。

 ――― そう、あの電話が最後だ。

 耳に残る、青木の最後の声。それは薪の胸の中心に居座って、何度も何度も繰り返される。
『薪さん? こないだは、会えてうれしかったです』
『からだの方は大丈夫でした? 今度はいつ会えますか?』
『あ、ごめんなさい、わがまま言って。待ちますよ、2ヶ月でも3ヶ月でも。ずっとあなたのことを想ってます』
『……もしもし?薪さん?』
「おまえとはもう、終わりだ」
 乾いたアルトの声がそこに重なって、愛しい恋人の声は途切れた。後に残ったのは、無機質なツーツーという機械音。

「番号の削除と、着信拒否もしときなさいね」
 呆然と佇む薪の耳に、中園の冷静な声が聞こえた。
「青木は部下です。仕事上の連絡まで断ち切るわけには」
「そのために副室長がいるんだろ。人員が10人に満たない第九に副室長を置いてるのは、何のためだい」

 自分が何をしたか解っているのか?
 おまえのせいで、官房長がどんな窮地に追い込まれようとしているのか、ちゃんと理解しているのか?

 中園の言葉の裏側にあるそんな非難を読み取って、薪は何も言えなくなった。罪悪感に押されるように薪の手はパネルを操作し、青木一行という名は薪の携帯から消えた―――。

「名古屋のイベントの手伝いをするようにって、中園参事官の方から……薪さん?」
「えっ」
 薪ははっと我に返った。岡部が不思議そうな顔をして、薪を見ている。
 岡部の話を、まるで聞いていなかった。今、何か事件に関する重要なことを話していたのだろうか。

「疲れてるんじゃないですか? ずっと働きづめなんでしょう」
 岡部の心配性は、相変わらずだ。顔に似合わぬ細やかな気配りを見せる部下に、薪はにこりと微笑みかけた。
「大丈夫だ。今週末には休みも取れることになったし。家でのんびりするよ」
「そうしてください。こっちも今は、急ぎの案件はありませんから」
 既に所長に提出済みだという新システム導入に関する稟議書のことと、先週の室長会議で決まった今年の懇親会の場所についての報告を済ませ、岡部は室長室を退室しようとした。その背中に、薪の声が掛かる。

「あ、岡部。あの」
 呼び止めておきながら、その先を継ぐのはとても躊躇われた。しかし、言わないと。ここで青木をフォローできるのは、事情を知っている岡部しかいない。
 岡部にはあまり効果の無い室長の仮面をつけて、薪は事務的に聞いた。

「青木はどうしてる?」
「どうって」
 岡部は、薪の質問の意味がわからないようだった。
「落ち込んでるとか、食欲が無いとか」
「そう言えば、いくらかしょげてるみたいでしたね」
 苦笑して、岡部は薪に背を向けた。
「日曜にはやつの身体も空くはずですから。月曜にはイヤになるくらい元気になるでしょうよ」

 あなたに会えなくて寂しいんでしょうよ。週末に時間が取れるなら、青木も喜ぶでしょう。

 岡部の言葉の裏に隠された軽い冷やかしが聞こえて、でもそれは今の薪にはひどく辛い響きで、薪は閉ざされたドアのこちら側で憂鬱そうに頬杖をつく。
 どうやら、青木は普段と変わりなく過ごしているらしい。自分から別れを告げられた青木が平常心を保てるなんて、少し意外だ。心配して損した。
 青木も人間的に成長したのか。それとも、大したショックではなかったのか。

 ずきっと胸の真ん中が痛くなって、ジクジクと膿んだような疼きが走る。
 あの日から、ずっと。青木のことを思うたびに、毎日毎日……。
 平気じゃないのは自分のほうだ。

 差し込む疼きに耐えるように、薪はぎりっと奥歯を噛み締め、岡部から預かった報告書のファイルを開いた。





テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Author:しづ
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2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
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