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スキャンダル(13)

スキャンダル(13)





 遡って、4日ほど前のこと。
 
 恋人と別れたことを薪が認めて官房室から出て行った後、中園紳一はソファに腰掛けて優雅に足を組んだ。官房長の小野田は自分の上司だが、幼馴染みの腐れ縁。仕事以外の話をするときには、フランクな態度で通している。
「中園。薪くんになにしたの?」
 職務以外の話の時には中園の隣に腰を下ろすはずの悪友は、執務机についたまま、固い口調で言った。
「おまえは知らなくていいよ」
「そうはいかないよ。薪くんはぼくの大事な跡継ぎだ。彼を娘婿にすることを、諦めたわけじゃないんだからね」
 小野田が剣呑な声を出すことなど、滅多とない。よほど薪が大事らしい。

「実は……おまえ宛に、こんなものが送られてきて」
 中園は懐に忍ばせた一枚の写真を取り出して、小野田に渡した。小野田の目が驚愕に見開かれる。縦9センチ横12センチの小さな紙片に込められた凶悪な思念が、小野田の顔を強張らせた。
「これは、いつ?」
「先々週の金曜だ」
 好々爺とした小野田の目が細くなり、濃灰色の瞳がじっと中園を見た。普段の和やかな雰囲気などカケラも無い、小野田の捜査官としての瞳。この事件の裏側を探って、彼の頭の中はめまぐるしく動いているに違いない。

「これを薪くんに見せたの?」
「仕方ないだろ」
 その時の薪の様子を思い出すと、僅かに心が痛む。しかし、これは自分の仕事だ。小野田の歩く道に転がっている石やゴミを取除くのは、自分の役目なのだ。
 あのとき薪は、紙のように白い顔をして、ガクガクと身を震わせていた。衝撃に声を出すことも能わず、せっつくような呼吸を繰り返すばかりで、無力な子供のようだった。それでも自分の恋人に非難が及ぶとなれば、あんな見え透いた嘘を吐いてまで彼を庇おうとした。男同士でそんなふうに相手を思いやれるなんて、正気の沙汰とは思えない。

「誰かが悪意を持って、おまえを陥れようとしている。この際、薪くんを切り捨てることも視野に入れて対策を立てないと」
「それは却下だよ。薪くんを守ることを最優先に考える」
 間髪入れず返ってきた答えに、中園は心の中で舌打ちする。一番有効な対策を、考える余地もなく除外するなんて。
 小野田の執着に、中園は危険なものを感じる。跡継ぎと見込んで長年手塩にかけて育ててきた薪を大切に思うのは当然だが、これは入れ込みすぎだ。

「この写真を理由に、薪くんたちを別れさせたの?」
「こういう事態になった以上、止むを得ないだろ。薪くんも納得してくれたよ」
 小野田はしばらくの間、その写真を見ていた。
 考え込むときの癖で右手の人差し指で机の端をとんとんと叩き、何らかの解答に行き当たったのか、どっと背もたれに身を沈めた。天井の照明器具を見つめて、小野田は言った。

「……他に方法なかったの?」
「他の方法? どうしろって言うんだい。敵に要求を突きつけられる前に、マスコミの前でカミングアウトさせろとでも?」
「中園」
 おどけた中園の口調を諭すように、しかし小野田の目は静かな怒りと密かな哀しみに満ちて、長い間彼を見てきた中園には、それが何を意味するのか直ぐにわかった。

「はは。やっぱりおまえの目は誤魔化せないか」
 両手を肩の脇に上げ、降参の意を示す。小野田官房長殿には、何もかもお見通しというわけだ。
「なんだってこんな真似」
「おまえの出世の障害物を取除くのが、僕の仕事だからな。後継者候補の薪くんに男の恋人がいるってのは、どう考えてもネックだ。おまえだって、あのふたりに別れて欲しかったんだろ?」
「そりゃそうだけど。何もこんなエゲツナイやり方しなくたって」
「このくらいしなきゃ、あのふたりは別れないよ。僕の計算に狂いはない」

 自分の計算が、小野田を官房長の役職につけた。中園は、そう自負している。
 人間の性格や行動パターンを読み取り、データに基づいてその人間の次の行動を見抜くのは、中園の得意技だ。腹の探り合いの派閥争いには、これ以上役に立つ能力はない。
 中園は、去年の春からずっと彼らを見てきた。一見、それほど強い絆で結ばれているようでもないし、熱烈に愛し合っているようでもないのだが、困難な局面には妙に強い。男同士のカップルなんて、ケンカ別れが定石なのだが、彼らはしょっちゅうケンカしている割に別れる気配はないし、その度に関係を深めているようでさえある。
 何がふたりをつなぎとめているのだろうと考えて、薪のからだはそんなにいいのだろうか、と下世話な思考が浮かぶ。自分は若い子専門だが、薪のことは一度試してみたいものだ。
「そうかもしれないけど。これじゃ肝心の薪くんがボロボロになっちゃうだろ」
 やっぱりやめだ。情の深い子は苦手だ。のちのち面倒なことになる。

 薪の顔を思い出しているのか、小野田の表情が憂いを帯びる。しかし、あのふたりを別れさせたいと誰よりも強く願っているのは小野田だ。
 それは決して邪な嫉妬心などではなく。
 小野田は薪のことを、本当に大事に思っている。自分のすべてを渡してやりたい、彼を守りたい、輝く未来を彼に与えてやりたいと考えているのだ。だから、薪についた虫が許せない。要は、父親の心境だ。自分の子供が同性と恋に落ちて、それに反対しない親は限りなく少ないだろう。

 だから。
 小野田は中園の策謀を止めることはできない。

「青木くんの方から身を引くように、作戦を変更できない?」
「そんなことはしても無駄だよ」
 中園は、小野田の机の引き出しを開け、奥のシークレットボックスの暗証番号を押し、中から一枚の紙切れを取り出した。忌々しそうにそれを見て、バシリと指で弾く。
「こんなものを敵の首領に預けるようなバカ、僕だってどうにもならないよ。ここまで覚悟を決めた人間を翻意させるなんて、カリスマ司教でも無理だ」
 男相手のかりそめの愛に、ここまで懸けるバカがいるのか。中園には理解できない。理解できない人間は、行動の予測ができない。中園が一番苦手な人種だ。

「弱いところから切り崩すのが、戦略の基本てもんだろ?」
 単細胞の青木と違って、薪は様々なことに考えを巡らすタイプだから、その想いも複雑になっていく。周囲の人間や相手の肉親や、将来のこと仕事のこと。考えれば考えるほど、この関係が不利益なものだと聡明な薪には理解できるはずだ。そこに、つけいる隙が生まれる。青木にはそれがないから、何を仕掛けてもムダだ。得てして、単純なものほど強いのだ。
「薪くんのほうから、青木くんに別れるって電話をしてたよ。僕がこの耳で聞いた。この件は、このまま流しておいたほうがいいんじゃないかな」
 小野田は頷くことも首を振ることもしなかった。机に肘をつき、両手を組み合わせてその上に鼻先をあてがい、物思いに耽るようだった。

「どうした、小野田。今までさんざんやってきただろ? 邪魔者は消さなきゃ、自分が消されるぞ」
「薪くんは敵じゃない」
「主もろとも沈む要因を持った部下なんか、敵よりも始末が悪い」
 いつの間に、こいつはこんなに弱くなったんだろう。昔の小野田はこうじゃなかった。もっと冷酷で利己的な部分も持ち合わせていた。
 小野田が官房長の役職に就くために汚してきたのは殆どが中園の手だったが、小野田とて何も知らずに過ごしていたわけではない。裏で何が行なわれているかちゃんと解っていて、それでも何食わぬ顔をしてこの椅子を手に入れたのだ。
 そうしなければ、警察機構で権力を握ることはできない。権力がなければ、どんな理想も貫けない。中園の理想は小野田に託した。だから中園は、自分がどんなに汚れても小野田だけは守り通すと決めているのだ。
 例え、小野田本人からどれだけ疎まれようとも。

「いずれ、本当の政敵からこんな脅しがこないとも限りません。これは、訓練だと思ってください、官房長」
 捨て台詞のように言って中園は席を立ち、部屋を出た。ドアを閉める際ちらりと中を覗くと、小野田はまだそのままの姿勢で、陰鬱そうに空を見つめていた。



*****

 実は、中園参事官お気に入りです♪
 ヒールを書くのって、楽しいんですよ~。(^^)←ひとでなし。

テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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