スキャンダル(14)

スキャンダル(14)






 真夏の日射しが眩しい昼下がり、薪は研究所の中庭の特等席で膝を抱えていた。
 親友との思い出の残る樹の下、考え事がしたいときやひとりになりたいとき、薪はいつもここで無益な時間を過ごす。それは忙しすぎる日常との釣り合いを取るためであり、精神の安定に欠かせない大切な習慣だった。

 ぼうっと芝面を見ていると、薪の大事なひとたちの顔が次々と浮かんでくる。青木や、岡部や第九のみんな、雪子に小野田に……誰もが薪のことを大事に思ってくれている。そのことを嬉しく思う。薪もまた、彼らを大事に思っている。だから。
 だから、誰も悲しませたくないのに。

「あれ? 薪くん」
 ガサガサっと茂みが動いて、中から人間の顔が現れた。一見爽やかな印象を与えるダンディな彼は、警察庁一の色事師だ。
「間宮部長」
 ここでなにを、などと聞くまでもない。彼が人目に付かないところでコソコソしていることと言ったら、恋人との逢引に決まっている。
 枝葉の隙間から、相手の姿が見える。ちらりと見えたのはピンク色のネクタイ。どうやら今日のお相手は、若い男性らしい。

 常ならば急いでこの場を立ち去るのだが、個人的な理由で、薪は今は動きたくない。心が死んでしまったようで、活動する気力が湧いてこない。
 それでも視線だけはあさっての方向に向けて、そのまま意識を浮遊させていると、昔の記憶がぼんやりと甦ってきた。普段の1%にも満たない集中力を傾ければ、はっきりと思い出す、あれは3年前の初夏。

「なにしてるの?」
 気が付くと、警務部長が隣に座っていた。薪がそっぽを向いている間に、間宮の恋人は立ち去ったようだ。
「何年か前にも、同じことがありましたよね」
「そうだっけ?」
「僕は覚えてます。相手は庶務課の女の子でした」
「さあ、忘れちゃった。ここで抱いた人間の数は、とっくに3桁だからなあ」
 3桁ってことは100人以上!?
 齢50に差し掛かるはずの彼の顔は若々しく、下半身はもっと若いらしい。分けて欲しいくらいだ。そうすれば青木の要求にもう少し応じられるのに。

「なんだい、涙なんか浮かべちゃって」
「泣いてなんかいませんよ」
「そうかい? きみがベソかいてるように見えたから、彼を行かせたのに」
 自分がここを退かないから場所を変えることにしただけだろう、と心の中で呟いて、薪は俯いた。前回のときもそうだ、仕切り直すのだと言っていた。

 あの時も、と薪は思った。
 薪がひどく落ち込んでいたとき、間宮はここでしていた行為を中断して自分を追いかけてきた。その時は頭に血が上っていて分からなかったけれど、あれは。

「もしかして、失恋かい? よし! 俺が慰めてあげよう、カラダで!」
 きっと今も。
「さあ! 俺の胸に飛び込んでおい」
 間宮の胸に亜麻色の小さな頭が押し付けられた。震えながら、洩れる嗚咽を殺そうと口元を押さえる。
「……薪くん?」
 
 この男に弱味を見せたりしたら、付け込まれる原因を自分から作るようなものだとか、百人以上もの男女と見境なく関係しているような穢れ切った身体に自分から近付くなんて正気の沙汰じゃないとか、後から思い出して薪は発作的な自殺願望及び相手に対する殺人衝動と戦わなくてはならなくなったのだが、その時には何も考えられなかった。

「こういうのは、俺のキャラじゃないんだけどな」
 ぽん、ぽん、と鼓動を刻むリズムで背中を軽く叩かれる。やわらかい手が髪を撫でる。おぞましいと思っていた男の手は意外なほどに心地よくて、目の前のワイシャツを濡らす雫が一気に溢れ出した。

 情けなく、しゃくりあげる声が聞こえる。込み上げる慟哭も自分のからだも、今は薪の思い通りにはならない。
 間宮の首がぐっと伸び、彼が上を向いたのがわかった。声が物理的な振動になって、薪の耳に伝わってくる。
「空がきれいだねえ。下ばかり向いてると、見逃しちゃうよ。今日の空は今日しか見れないのに。もったいない」
 呑気な声には同情も蔑みも無い。そこから感じ取れるのは、ひとの暖かさだけだ。

 ああ、きっとこんなふうに。
 僕が気付かないだけで、僕はたくさんの愛情に包まれている。僕に向かう行為は、それが例え刃の形を取ったとしても、僕の大切なひとたちから発せられる限りは愛情の一形態に過ぎない。
 だからどんなに傷ついても、痛みは直ぐに治まる。僕が彼らを信じてさえいれば、簡単に塞がる。
 だって、僕は愛されているんだから。

 高そうなブルガリのネクタイで涙を拭いて、薪は顔を上げた。
「本当に。きれいな空ですね」
「だろ?」
 間宮の言うとおりだ。下ばかり向いていたら、こんなにきれいなものを見逃してしまう。凝り固まった思考にとらわれていたら、大切なものまで見失ってしまう。

「この青空の下で、自分を解放してみないか? 俺が手伝ってやるからっ、あっつ!!」
 腰に伸びてきた不届きな手をねじり上げ、肘の関節をびしりと決める。軽く外側に捻ってやると、間宮は哀れっぽく悲鳴を上げた。
「いたた!! 痛いよ、薪くん!」
「我慢してくださいよ、手伝ってくださるんでしょう?」
「きみの解放とこの痛みと、どういう関係があるんだい」
「実は僕、サディストなんです。オトコの悲鳴を聞くと、コーフンしちゃう」
「うぎゃああ―――っ!!!」
 あははは、と笑って、薪は男の腕を解放した。

 動けなくなった間宮を残して、薪はその場を離れた。歩きながら見上げた空は、青いカンバスにぽっかりと白い雲が浮いて、泣きたくなるほど美しかった。



*****

 3年前の間宮との出来事は『2062.5 きみのためにできること』に書いてあります。
 実はあの話は、今回のお話の伏線にしようと思って書いた話だったりします。 だから、あの題名の『きみのために』は、間宮→薪さんへの言葉だったんですね。
 何年前の話してんの、って突っ込まれそうですが(^^;


 

テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Mさまへ

Mさま、こんにちは。
コメントありがとうございます。 うれしいです(^^


> バレンタインデーなのに、薪さん幸せ全開からは程遠く、ちょっと悲しいです。

・・・・・・・忘れてました! 
そうだよ、14日はバレンタインだよ!
いやー、『理想自己と現実自己』がバレンタインネタだったから、わたしの中ではすっかり終わっちゃってて~、しかも夏だし、この話。 原作も夏だからいいか(笑)


> あ、でも、僕は愛されている、こんなにも、みんなに、ってことは、幸せなことなんですよね。幸せだから、哀しい。

そうなんですよ!
幸せだから哀しいんです。
ちょうどね、親が自分のことをすごく大事に思ってくれていて、だからこその言動だと分かっていて、でも親の望み通りにはできない、みたいな板ばさみ状態なんです。 親の気持ちはうれしいけど、自分には自分の人生がありますものね。 ましてや恋愛問題となると、自分でもどうしようもなかったりして。
薪さんと小野田さんの仲が悪かったり、小野田さんが尊敬に値しないような上司なら、こんなに辛くないんですけどね・・・・・。(その設定を作ったのは誰だ、という突っ込みは無しでお願いします(^^;))


> 間宮部長のネクタイはブルガリですか。悔しいけどさすが色事師。

あはは、部長は給料もいいですからね。 次長の娘婿だし。
Mさまのコメントの中の、
『りらっくまオヤジ』とか『梅にウグイスオヤジ』って、なんか目に浮かぶようなんですけど! 癒し系、なんですよね?(笑)

それから、派遣のお兄さんのお話は、
きゃー、見てみたいです~。 いいなあ、目の保養じゃないですか~。
ちょっとファニー過ぎる気もしますが、キャラクターネクタイを着こなせると言うのは、かなりのハンサムさんですね(^^

ぶはっ!
そうなんですか、あの国ではHの発音が。
イケメンが台無し、いや、逆に整いすぎてなくて好感度アップだと思いますよ♪

> でも、悔しいけど、間宮部長にブルガリは似合ってますね。
> 薪さんはネクタイ締めないけどもし締めてたら、何が似合いますかね・・案外とあまりこだわらなさそうな気も。

なんとなく、この辺は雰囲気ですね(^^
うちの薪さんはお洒落さんなので、ネクタイをしますが。(それに、ノーネクタイだと上から注意されそうじゃないですか? うちは第九の立場が弱いという設定で始まったので、上の不興を買いそうなことは極力慎んでます)
今のところ、よくさせているのが、
普段使いには渋いところでダンヒル、ジバンシーあたり、外出用にはヴェルサーチですかね。
いつだったか原作で薪さんが締めてた柄物のネクタイ、あれ、ヴェルサーチじゃないのかなあ。 


> 薪さんがネクタイ締めないのは、貝沼事件以来ですよね。青木に「ネクタイ締めて寝るから首絞められる夢を見るんだ」あれは自分のことでもある?

そうですね。
薪さんは、自分が色んな方法で殺される夢を見てるような気がします。
なんたって、部下がドアノブで首吊ってますからね・・・・・紐系のものがダメになった可能性もありますが。
それと、自分はこれ以上の出世は望みません、という意思表示でもあるのかしら? 警視長になったら間違いなく警察庁に戻されますよね? だから、わざとしないのかなあ、と思ってました。


> 2010では薪さんの過去話も出てきそうなので、このあたりのこともいずれ語られるんでしょうか。メロディ発売まであと2週間。つらい薪さんに再会するまで、あともう少し、こちらの幸せな薪さんに酔わせてくださいませ。

原作の状況は厳しくなる一方で・・・・・。
事件が解明すれば、いくらかは救われる部分も出てくると、今はそう信じましょう。
うちの幸せな薪さん、
・・・・・・そうですよっ、それを書くつもりだったのに、どうしてこんな話にっ!?
悪酔いさせたらすみません~~!!


> 冬の冴えわたる星空のもと、白梅の香りを胸一杯に、薪さんの今後のストーリー展開をぷらぷらと考えながら歩いていると、駅から家までの通勤の道も、また、幸せなものです・・・・・

Mさまもわたしと同じですね~。
薪さんのことを考えていると、あっという間に時間が過ぎるんですよね。
さらにはそっちに思考の大部分を傾けてしまうものですから、手元がお留守に(^^;
仕事のときは集中しますが、料理とか掃除とかはあちこちでボロが・・・・・・実家に帰されないように気をつけよう。(大マジ)


プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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