スキャンダル(15)

スキャンダル(15)




 薪に痛められた肘をさすりつつ、間宮は顔をしかめていた。

 まったく、容赦のない。素人相手なのだから、もう少し手加減してくれても良さそうなものだ。
 まあいいか。おかげであの魅惑的なヒップにさわれたし。

 一昨年あたりから、薪は急に色っぽくなった。周囲にはそれと気づかせていないが、自分にはわかる。あれは男に愛されているもの特有の色気だ。
 味をみてみたいと思わないこともないが、いまひとつ食指が動かないのは、薪が相手の男と相思相愛だという事実だ。相手に満足しきっている状態の人間を口説くのは、至難の業だ。10人以上の愛人とラブゲームを繰り返している自分に、効率の悪い新規開拓をしているヒマはない。
 それに。
 なんとなく、このまま彼を見ていたいような気もする。相手がどこの誰かは知らないが、薪はどんどん美しくなる。表情が柔らかくなったし、雰囲気も丸くなった。色気も増したし、身体の方も熟してきた。いい恋愛をしている証拠だ。

「噂ほどじゃないみたいだな、君も」
 薪が歩いていった方角とは逆の方から皮肉とともに現れたのは、官房室の首席参事官だった。
「ああいう類の男は、弱ってるところを慰めてやれば簡単に落ちるって教えてやっただろ? なんで真面目に口説かないんだ?」
 中園のシニカルな口調に、間宮は薄いくちびるを歪めると、階級を無視した言い方でそれに反論した。大丈夫、自分には次長(義父)がついている。
「どうも俺は官房室の人間とは相性が悪いみたいだな。あんたのボスも苦手だけど、アタマ張ってる分、あんたよりはマシらしいな」

 近頃薪がここで泣いている、と教えてくれたのは、何を隠そうこの男だ。どうしてそれを自分に教えるのか不思議だったが、ようやく合点がいった。
 この男は、自分と薪に関係を持たせて、何かしようとしているのだ。おそらくは官房室の利になることで、薪と自分には不利な何か。この男が薪に悪意を持っていることは、この言い草が証明している。

 中園は小野田の右腕だ。小野田が自分の跡継ぎにと定めている薪に攻撃を仕掛けるということは、小野田の意志に背くことになるはずだ。それを理解した上で薪を追い込もうとするのは……薪が小野田にとって有害だと判断し、彼を排除しようとしているのか。

「ああいう類ってどういう類だ? あんたはひとを分類してるのか? 薪くんは薪くん、あんたの恋人とは別の人間だろ。ていうか」
 仕事のとき以外は絶対にしない真面目な目になって、間宮は中園をねめつけた。
「金とセックスを等価交換できるような人間と、薪くんを一緒にするな」
 間宮は中園のように、セックスを金で買ったことはない。別にそういう職業の人間に偏見を持っているわけではないが、それはプレイボーイのすることではない。
 恋愛はゲームだと思っているし、ひとりの相手に貞操を誓うべきだなどとはカケラも思っていないが、そこに金銭を絡めるなんて、興が冷めるようなことはしない。セックスの対価はあくまで、一時の夢と快楽であるべきだ。からだだけでなく気持ちの上でも楽しくなければ、ゲームとは言えない。
 
 間宮は不愉快そうに眉をしかめて立ち上がると、警察庁の方へ歩いていった。その場に残された最後の男は、腕を組んだまましばらく考えを巡らすようだったが、不意に苛立ったように足元の芝生をつま先で蹴ると、他人に聞かせたことのない乱暴な口調で毒づいた。
「ちっ、どいつもこいつも……腑抜けばかり揃いやがって」

 口汚く吐き捨てると、中園は官房室へ取って返した。目的は、小野田の執務机の奥、シークレットボックスの切り札だ。

 こうなったら最終手段だ。騒ぎが大きくなるのは中園も本意ではないが、あの事件調書を公にすれば完全にふたりを別れさせることができる。検察にも手を回して青木を葬ってしまえば、薪が何を主張したって無駄だ。マスコミも世論も、こちらで操作する。情報操作は中園の得意分野だ。

 ところが、中園の探し物はなかなか見つからなかった。
 そんなはずはない、ここに切り札が保管されていることを確認したのは先週のことだ。小野田が保管場所を変えたのだろうか? 何のために?

「おまえが探してるものは、そこにはないよ」
 不意に聞こえた声に、中園は思わず固まった。無断で探っていた机の持ち主が現れて、咎めるような目つきで自分を見ている。
「ていうか、もうこの世のどこにもない」
 その言葉の意味を、中園は正確に理解した。小野田がこんな馬鹿げた行動に出るなんて、とても信じられない。

「……おまえまで、僕の計算を裏切るのか」

 衝撃を皮肉に紛らせる余裕もなく、中園は心中を吐露した。小野田はいつもの少し困ったような表情になって、若い頃に比べると幾らか貫禄のついた肩を軽く竦めた。
「土曜の夜ね、青木くんから電話があってさ」
「土曜日? 温泉に行ってたんじゃないのか」
「ちょっと出ておきたい会議があったから。薪くんと一緒に行って来たんだ。そうそう、これ、お土産。渡すの忘れてた」
 小野田がキャビネットから出した有名な関西土産を見て、中園は顔色を変えた。
「おまえ、わざと」

 小野田の行動が何を見越してのものだったか理解して、中園は彼の愚かな行動に心底腹を立てた。
 青木を薪に会わせないよう、彼を名古屋に追いやったのは中園だ。接触を持たなければ、記憶も好意も薄れていくだろうと踏んでのことだ。ひとがコツコツ積み重ねた仕事を、根っこからひっくり返しやがって。

「僕の好みを忘れたのか。僕は羊羹のたぐいは大嫌いなんだ」
「そうだっけ? 八町味噌にすればよかったかな」
 怒りを込めた攻撃をひらりとかわされて、中園は拳を握り締めた。衣を被せている余裕はない、ここは直球だ。
「青木くんはなんて?」
「ぼくの好きにしていいって言ってたから、好きなようにさせてもらった。なんか急に、火が見たくなっちゃってさ」
 青木の行動は常識から大きく外れていて、中園には計算不能だ。青木だけではない、あの間宮という男も、いや、長年見てきた友人である小野田まで。

 自分の中のコンピューターが火を噴いて、ガシャガシャと勘に障る音が鳴り響いた。中園の書いたシナリオは意味を成さない電子記号になって、泡のように消えていった。
 小野田に掴みかかる自分が簡単に想像できるくらい、作戦の失敗を口惜しく思いつつ、この事態を喜ぶ自分がどこかにいて、それは多分、ずっとむかし小野田に託した自分の一部分だ。すべて彼に与えたと思っていたのに、まだいくらか残っていたのか。それとも、新しく生まれたのか。

 打算のない行為。ただ、誰かの笑顔が見たいとか、誰かに幸せになって欲しいとか、そんな警察機構で生き残るためにはあってはならない感情。
 だけど、それを小野田には捨てて欲しくなくて、だったら小野田の代わりに自分がそれを成そうと思った。魑魅魍魎の跋扈する警察庁の頂点に立ってすら、彼が人間らしくいられるように、自分は小野田の影になろうと思った。彼の暗部をすべて引き受けようと思った。

 だから、と中園は彼の行動を承認する。
 小野田の愚行は、自分が望んだことでもあるのだ。

「官房長は、放火魔のプロファイリングでもなさるおつもりで? 付き合いきれませんな」
 やっとの思いで皮肉屋のスタイルを取り戻して、中園はドアに向かった。小野田の側を無表情に通り過ぎ、ドアノブに手を掛ける。

「中園」
 引いたドアの隙間に足を進めようとしたとき、上司のすまなそうな声が聞こえた。
「ごめんね」
 応えを返すこともなく、中園はドアを閉めた。ドアの閉まる音と上司の声が重なって、中園の耳にいつまでも残っていた。




テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Aさまへ

Aさま、こんにちは~。


> ダンディなおじさま達の対決ですね(^O^)/。

ほ、本当だ。 この章、オヤジしか出てきませんね(^^;
どんどん青薪小説から外れて行ってるような・・・・・・(汗)


> 間宮さんは単なる好き者ではなく、自分の中の色男のダンディズムに正直に従って生きていらっしゃるようで、素敵ですーo(≧∇≦o)。

でた、Aさまの間宮ひいき!(笑)
まあ、彼は一応慰めに来たので、今回はいい役回りでしたね。 基本的に、薪さんの味方ですし。


> なんだかんだと薪さんの回りのおじさまたちは薪さんに甘くて優しいですね。
> しづ様のお話の薪さんは、誰もを魅了する素敵な輝きを持ってらっしゃるんでしょうね。

ていうか、危なっかしくて放っておけないんでしょうね(^^;
うちの薪さん、弱点多すぎだから☆


> 小野田さんがあの切り札を燃やしちゃうなんて、ビックリしました。

あはははー、あれは以前から、どうにかしなきゃと思ってて~。(自分で広げた風呂敷の始末に困るやつ)
だけど、青木くんはその事実を知らないので、ずっと小野田さんに自分たちの運命を握られていると思い込んでいるのです。 だからね、最終的にはどうにかして小野田さんに認めてもらわなきゃなの。 それが最終話です。 


ありがとうございました♪♪♪
プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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