スキャンダル(17)

スキャンダル(17)





 小野田からの電話が切れて、中園は自分の予感が的中したことを知った。
 夕刻、研究所から警察庁に足を運ぶ官房室の新人を見て、彼と自分の上司の間に何かしらのトラブルを予見した中園は、警察庁の正門の影でずっと薪が出てくるのを待っていた。小野田の電話はその間にかかってきたのだが、薪はまだ出てこない。あの脆弱者のことだ、どうせその辺でヘタレているのだろうと予想をつけて、警察庁の中庭を探してみることにした。

 薪はひと目につかない中庭のベンチに、膝を抱えて座っていた。
 彼には研究所にお気に入りの場所があるのだが、何故か今日はそこは避けたらしい。警務部長とのニアミスを警戒したのだろうか。

「ああ、薪くん、ちょうど良かった。実はね、……どうしたの?」
 何も知らない振りをして、隣に腰を下ろす。今回の事件で中園が何をしたのか、薪は解っているはずだ。しかし、自分を糾弾することはしないだろう。警察機構において、上司に逆らうことは許されない。
 こういう人間がどんな行動をとるか、中園は良く知っている。ここでは素知らぬ振りを通し、でも心の中では決して恨みを忘れず、中園の失脚を狙って影で足を引っ張るようになる。少々厄介だが、かわせないことはない。狡猾さも騙し合いのスキルも、自分の方が遥かに上だ。

「すみませんでした。中園さんにまで、いやな思いをさせて」
 自分の予想が気持ちいいくらい外れて、中園は戸惑った。

 驚いた。直球でくるか。

「小野田さんはもともと、僕たちのことには大反対で。それは良く分かってたんですけど、まさかこんな……」
 薪はどうやら勘違いをしている。この計画の首謀者を、小野田だと思っているのだ。
 上司をさしおいて、部下が独断で物事を進めることはありえない。常識で考えれば、薪の導き出した解答は尤もだ。

「小野田の指示で動いたわけじゃない。これは僕の独断だよ。信じる信じないは君の勝手だけど」
 薪は訝しげな眼で中園を見て、長い睫毛を瞬かせた。小さな頭の中では、中園の言葉の真実を探って様々な仮説が立てられているのだろう。
「本当に優秀な部下ってのはね、上司に言われなくたって上司の望むことを自ら行なうもんだ」
 自分は、小野田の影だ。小野田がしたくてもできないこと、倫理や正義と言った厄介な障害物に引っかかって遂行を躊躇われることを行なうのが自分の仕事だ。
「だから、君が小野田を恨むのは筋違いだ。そりゃ、途中からは小野田も知ってたけど。でも、それを君に言わなかったのは」
「恨んでません」
 薪はポツリと言った。

「たとえ小野田さんがあの計画をご自分で立てられて実行されたのだとしても、恨んだりしません。官房室を辞める気もありません。仕事も今までどおり、きちんとやります。ただ」
 滑らかに動き出したくちびるが不意に止まり、白い前歯が軽く下くちびるを噛む。再び口を開いたとき、戒められていたくちびるは赤みを増し、濡れていっそ扇情的にひとのこころを惑わし、しかしそこから零れる言葉は哀しみに満ちて、中園の胸に不可解な衝動を呼び起こした。
「小野田さんが……あの優しい方が、そんなことをしてまで僕たちを……そう思ったら、小野田さんに申し訳なくて」
「やれやれ。僕の計算がことごとく狂うのは、君のせいか」
 自分に起きた異変は危険なものだ、と中園の本能が告げていた。この子に深入りすることは、自分には命取りになる。

「警察機構の人間なら、僕の計算通りに動くのになあ。君に感化されるのかな。君の周りの人間まで。やりづらいな。こんなやりづらいステージは初めてだ」
「人間を思い通りに動かすことなんかできませんよ。自分のことだって思うようにいかないのに、ましてや他人なんて」
 苦笑した薪の眉は困ったように下げられて、それだけで彼はとても可愛らしい顔になる。普段の取り澄ましたイメージが崩れて、壁の向こうに本当の彼を見つけたような、そんな興奮を覚える。

「ここにいるのは人間じゃない。ただの歯車だ。巨大な組織の中の、君も僕もひとつの部品に過ぎない。また、そうでなくてはならない。組織とはそういうものだ」
「まるで機械みたいですね」
「そう、機械だ。人と違って機械は正確だからね。もちろん、メンテナンスは必要だ。古くなったり傷んだりしたパーツは除外し、より性能のいい部品に交換する。そのために昇格試験があり、人事異動があるんだ」
 中園の持論は、そのまま警察機構の現実だ。自分の代わりはいくらでもいるし、薪の代役もまた。

「市民はそれを喜ぶでしょうか」
 いきなり飛んだ薪の質問の意図が解らず、中園は目を丸くした。警察の人事異動に、国民投票はないが?
「僕はいま、組織について話をしてるんだよ? どうしてそこに民間人がでてくるんだい」
「だって、僕たち警察は市民を守るために存在しているんでしょう? 僕が彼らだったら、機械に守ってもらって嬉しいとは思わないと思いますけど」
 どこかの小学生の作文みたいな薪の言い分を聞いて、中園はたっぷり2分間自失した後、小野田の跡継ぎ候補から薪のことは完全に除外すべきだ、と考えた。にも関わらず、中園の口はそれを薪に告げようとせず、ただゲラゲラと笑い続けた。

「そんなにおかしいですか? 青臭いって思われるかもしれませんけど、でも」
 笑われて恥ずかしくなったのか、頬を赤くしてくちびるを尖らせる。でも、の後は賢明にも声にしなかったが、心の中で薪が何を言っているかは想像がついた。
 なるほど、小野田が骨抜きになるわけだ。
 この子はやっぱり危険だ。小野田の弱いところをガッチリと捕まえている。小野田が絶対に失いたくないもの、失わないように精一杯守っているもの、それを薪は当たり前のように持っているのだ。

「とりあえず、君たちのことは応援するよ。せいぜい仲良くするこった。でも、忘れるなよ。僕が君に協力するのは、あくまで小野田のためだ」
 中園のこれまでの言動とは矛盾した宣言に、薪は子供のような顔になって首をかしげた。不意打ちみたいに繰り出してくるあどけない美貌に、またもや胸がざわつくのを感じて、取り込まれてたまるかと中園は気を引き締める。

「小野田が大事にしている君のその性質は、彼といるからこそ保たれている。そうだろう?」
 その言葉に目を瞠り、薪はゆっくりと笑顔になった。
 幸せそうな、慈しむような笑みは、中園が初めて見る類の美しさだった。

「そうかもしれません。あいつがいてくれたから。でなければとっくに僕は、自分を失っていたと思います。あのとき、何もかも無くして……でも、あいつが僕の人生にそれを返してくれたから」
 ちょっとその顔は反則だろう、これじゃ何も言えやしない、ちくしょう、これはこの男の計算じゃないのか、と無茶な言いがかりを付ければ憎まれ口を叩く気力も湧いてきて、それで中園はようやく普段の自分を取り戻すことができる。

「いや、聞いてないから。ノロケ話はいいから。ていうか、男同士のノロケ話は気持ち悪いからやめてくれ」
「ノロケなんかじゃありませんよ。僕は、彼がいなかったら生きてなかったかもしれないから、だから青木のことはとっても大事で、……あれ?」
 ようやく自分の台詞の恥ずかしさに気付いたらしい薪は、とっさに顔を伏せて頬を赤くした。その様子はやっぱりとても可愛くて、一時の情欲以外の衝動を男に感じるなんて狂ってるとしか思えなかった気持ちが自分の中にも隠れていたことを悟って、そんなことを知ってしまったらこれからの夜遊びに影響が出る、それだけは避けなければと本能的に中園は薪から目を逸らした。

「だから、なんでそこで赤くなるんだよ。ほんっと、勘弁してくれよ」
「僕になにか用事があったんじゃなかったんですか」
 気恥ずかしさをごまかすように強い口調で薪が言うのを、自分の耳が心地よく感じていることを自覚しつつ、その理由を深く考えまいと努めて、中園は言った。

「ああ、そうだ。小野田が君に写真を返したいって」
「小野田さんが?」
「事情を説明するのに、小野田に証拠を見せないわけに行かなかったからさ。僕が一番恥ずかしいと思った写真を渡しといたから。君に渡したものなんか比べ物にならないくらい強烈なやつ」
「えっ!! あの写真よりすごいのがあったんですかっ!?」

 小野田があの写真を持っていると知って、自分の浅ましい姿を彼に見られたと思い、頭を抱え込む薪の姿を尻目に、中園はニヤニヤと笑いながら警察庁の正門に向かって歩いた。
 途中、いつものように今日の恋人に電話をしようと携帯を取り出すが、何故かボタンを押す気にならず、たまには早く家に帰るか、と何年か振りで思う自分を激しく嫌悪しつつも悪くないと思っている自分もいて、こりゃ今日は早く寝たほうがいいな、と健全的な結論に達し―――――。

 最終的に、彼は笑った。



テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Aさまへ

Aさま、こんにちは。

次のお話はですね、
たいした内容ではないです。

わたしもさすがに、連続でしんどいお話を公開する心算はないので~、
次はほのぼのと、日常の1コマを切り取ってます。
テーマは、青木くんの気持ちの整理、です。

で、それが終わったら再びしんどい話に・・・・・・
すみません~~~~。


Aさまのコメント、いつも爆笑させていただいてます。
先日の、青木くんの誕生日プレゼントに関するご提案も、すごく可笑しかったです~。
コメントは、SS書きにとっては 覚醒ざ 栄養ドリンクのようなものなので、いただけるとすっごく嬉しいですっ。 わたし、お喋り大好きだし(^^

これからもよろしくお願いします!


プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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