破壊のワルツ(2)

 私信です。

 Mさまへ。
 今日は寝坊しました。





破壊のワルツ(2)






 カタカタとキーボードを叩きながら、豊村は胸のうちに不安を抱え、鬱々と画面を見つめていた。
 短く刈り込んだ頭をガリガリと掻き、小さくて丸っこい目を手の甲で擦り、ディスプレイに並んだ文章を苛立たしげに消去する。太くて短い指が連続でバックスペースキーを押下し、やがて画面は白紙の状態に戻った。
 
 朝のミーティングで週末のメンテナンス当番の変更が発表され、それは豊村にとっては都合の良いシフトだった、にも関わらず、彼の気は晴れなかった。ひと月ぶりの週末を共に過ごす予定の彼女の顔を思い浮かべても、この焦燥感は収まらない。鈴木の代わりに自分が出る、と言ったときの室長の顔が頭に焼き付いて、その不機嫌そうな顔が豊村を怯えさせていた。
 彼は、昨日の自分の言を後悔していた。
 室長に向かって、あんな断り方をするんじゃなかった。今週末に会えなかったらお終いよ、と彼女に言われて切羽詰っていたこともあって、嫌味な言い方になってしまった。
 そんな彼に追い討ちを掛けるように、重大な新情報が同僚からもたらされた。

「鈴木副室長の用事って、結納らしい」
「えっ!?」
「本当に?」
 初めて聞く副室長のプライベイトに、隣の席の上野が身を乗り出してくる。自分より8歳年上の新人が仕入れてきた情報に豊村は焦り、彼の深刻な表情に、執務室の職員3人は額を着き合わせた。

「滝沢サン、昨日はただの私用だって言ってたじゃないすか」
 滝沢は第九に来て1年にもならない新人だが、年齢は34歳と、この研究室で最年長。階級も豊村より高い警視だ。自然と言葉は年長者に向けるそれになる。
「昨日、鈴木に直接訊いたときには、そう言ったんだ」
 鈴木から、その日は自分は都合が悪い、と告げられた滝沢は、当然その理由を訊いた。それを上野と豊村に伝えたのだ。
「副室長だけに特例を認めるなんてズルイから、断固反対したほうがいいって」
 滝沢に言われたときは尤もだと思ったのだ。それでなくとも室長と副室長は普段から仲が良くて、仕事中はもちろん、昼休みまでべったりだし。大学の頃からの親友だということは知っていたが、それでシフトを優遇するなんて、あってはならないことだと思った。
 しかし。

「結納なんて重要なことなら、交代を断ったりしなかった」
「昨日の時点では分からなかったんだ。結果的に嘘を伝えたことになってしまって、本当にすまない」
 素直に頭を下げる滝沢を、それ以上責めることはできなかった。

 彼が第九に来ることに決まったとき、鈴木副室長は2人の部下を前にこう言った。
『滝沢は優秀な捜査官で、以前の部署では部下を何人も使って仕事をしていた。それが研究室の一職員になって、下積みから始めるのはさぞ辛いだろう。彼が尊大な態度を取ったとしても、少しくらいは大目に見て欲しい。目に余るようだったら、オレに言ってくれ。こちらで対処するから』
 横暴な室長を抑え、研究室の調和を守る鈴木らしい言葉だった。彼の気遣いと思いやりには、いつも助けられている2人はそのとき、
『大丈夫です。尊大な態度は室長で慣れてます』
『そうですよ。室長の上を行くようだったら、とっくに島流しになってますよ』
 などと、軽口を叩くことで鈴木を安心させようとした。

 鈴木の布石のおかげで心の準備をしていた2人だったが、意外なことに滝沢は、自分の階級を鼻にかけることもなく、従順な後輩の態度を崩さなかった。捜査官としての経験が長いだけあって、捜査においては先輩達の上を行くこともしばしばあったが、そんなときでさえ彼は謙虚な姿勢を貫いていた。
 言葉遣いも、最初は敬語で話していたのだが、彼のような見た目も立派な偉丈夫に敬語を使われるとどうにも居心地が悪く、こちらから止めてくれるように頼んだのだ。すると滝沢は、
『室長や副室長を敬うのと同じくらい、俺は先輩方を尊敬している。先輩方に敬語を使わないなら、彼らにも使わない』
 と言って、本当に室長たちに敬語を使うのを止めてしまった。大らかな副室長は、年上なのだし、それで構わないと笑っていたが、室長は明らかに不満顔だった。
 優れた捜査能力を持ち、それでいて謙虚で、同僚は大事にするが上役には媚びない滝沢に、上野と豊村は好感を抱いていた。傲慢を絵に描いたような室長より、ずっと人間的に優れた人物だと思っていた。

「これはお節介かもしれないが、今からでも謝りに行った方がいい。副室長の事情を知らなかったと正直に話して……でないと、これからの待遇に響く可能性がある。薪は根に持つタイプだろ」
「そ、そうだな。謝った方がいいよ、豊村」
 薪が執念深い性格なのは、上野にも心当たりがある。半年も前のミスを蒸し返されて、同じ注意を何度も受けた。もうそんな間違いはしない自信があるのに、新しい捜査に掛かる前には今でも必ず繰り返されて。もう、うんざりしている。
 同時期に第九に入った上野に言われて、豊村は席を立った。昨日の言い草が言い草だっただけに顔を合わせづらいが、客観的に見て悪者は自分のほうだ。

「じゃ、鈴木さんに」
 こういう場合は、まず副室長に相談するのが第九の鉄板だ。気難し屋の室長を上手に操っているのが、女房役の副室長だ。室長に言いたい事があるときは必ず副室長を通して、謂わば鈴木は、雲の上の室長と部下とのパイプ役なのだ。
「副室長なら所長室だ。婚約の報告をしてたぞ」
 目で長身の副室長を探す豊村に、滝沢が彼の居場所を教えてくれた。
「俺も所長室に居たんだ、6ヶ月報告の件で。それで婚約のことを聞いたんだ」
 科警研に入って6ヶ月を経た職員は、所長宛に現況報告書を提出する。報告書と銘打っているが、これは所長に向けた一職員からの手紙のようなもので、主に新人の精神的なケアが目的だ。よって内容には、自分が携わっている職種、職場の人間関係、仕事に対するやりがいや抱負など、前向きな文章を連ねるのが模範解答だ。間違っても室長の悪口を書いてはいけない。

「副室長も副室長だよな。もっと早くに打ち明けてくれればいいのに。そうすりゃ豊村も、こんな後味の悪い思いをしなくて済んだのに」
 なあ、と同意を求めるように、上野は滝沢に顔を向ける。滝沢は新人らしく口を噤み、困ったように首を傾げて見せた。捜査のことならともかく、新参者の自分に職場の人間関係について口を挟む権利は無い、と思っているのだろう。
 でも、上野は彼の気持ちを知っている。以前、一緒に酒を飲んだとき、『上2人があんなにべったりなのは、組織の統括を考える上でマイナスだ』とこぼしていた。あくまで酒の席のことで、滝沢が職場でそれを態度に表したことは一度もなかったが、あれが彼の本音だろうと上野は思っていた。

「室長も秘密主義だけど、副室長も同じだ。あのふたり、お互いのことしか信用してない。そんな風に、俺には思える」
 上野の厳しい言葉に、滝沢は苦笑して、
「仕方ないさ。あのふたり、大学時代からの親友なんだろう?この研究室を立ち上げたのもあの2人だし……そんなことより、早く行った方がいいんじゃないか?」
 心の中では親密すぎるふたりの関係を忌々しく思っているはずなのに、こうして彼らを庇い、話題を逸らそうと豊村に行動を促す。滝沢の思いやりに上野は感動すら覚え、改めて彼を見直した。
 捜査官として地力がそうさせるのか、一見尊大な雰囲気を漂わせる第九の新人は、実は謙虚で、やさしさと気遣いに溢れている。アフターの居酒屋で、室長の悪口で盛り上がっているときも、黙って聞いていることが多い。
 
 しかし、滝沢は奥ゆかしいだけで、自分の意見が無いわけではない。意見を求めると、実に建設的な解答が返ってくる。
 第九の残業が多すぎること、他の研究室に比べて有給休暇の取得が少なすぎることについての不満を連ねていたら、その件については所長に相談してみたらどうか、と提案された。残業はともかく、年次休暇の消化に関しては、所長の管理能力も問われる部分だからだ。
 なるほど、と思い、こっそり所長室に赴いたのはGWに入る直前だったが、室長の暴君ぶりは相変わらずだ。所長ですら、薪には強く意見できないのかもしれない。
 何故なら、薪には強い後ろ盾が―――――。

「さあ。こういうことは、早いほうがいい」
 滝沢に背中を押されて、豊村は室長室の扉を叩いた。その後姿を、ふたりは心配そうに見守っていた。



テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

コメントの投稿

非公開コメント

Aさまへ

鍵拍手くださった Aさまへ


>何やら滝沢は猫かぶってる感じですね。

そうなんですよ~、めっちゃ被ってます。
こうやって、徐々に徐々に内部を混乱させていくんです。 ふふふ。


>原作の薪さんも当時は猫かぶりだったようですが(笑)

そうそう、そうなんですよね。
だからわたしも最初は、部下に対して猫を被る薪さんを書こうとしたんですけど~、それがどうにも脳内に思い浮かばず、やめちゃいました☆
これは二次創作と言うことで、やっぱりここでも、うちの薪さんです(^^;


>なんか暗雲が広がり始めて不安です(><)
>つくづく、現在の第九はいいですね(^^)

ふふふふ~。
これが書いてみると楽しいのですよ~。 これからどうやって掻き回してやろうかな~、とか、すっかり滝沢さんに同化してます~。

現在の第九はいい、というお言葉、本当にそう思います。
今は、部下達を前にした薪さんが生き生きしてる、それは感じておりました。 旧第九で、薪さんが部下にまで気を使っていたという事実が分かった今では、それがことのほか嬉しくて。 ある程度は使うのが普通ですけどね、鈴木さんの前で頭抱えるほど悩んでいたとは思わなかったので。
やっぱり、岡部さんの力は大きいですよねっ! さすが岡部さん。


薪さんの妻子持ち設定についての記述、ありがとうございました。

>ぱふのインタビューでは第九のメンバーを考えたらおっさんばかりで華がなかったので一人、綺麗どころを作ることにしたのが薪さん、と答えてました。
>あのキャラあってのストーリイだと思えるのですごく意外でしたけど。

ということは、薪さんは最初、見た目は普通のオッサンだったわけですか?
薪さんの役どころは、天才的な頭脳を持つバリバリのエリートという設定は変わらなかったと思いますが、見た目はあんなビジュアルではなかったかもしれない、ということですね? 
もしかすると、滝沢さんのビジュアルが、薪さんのボツになったキャラデザだったかもしれない、ということですね!?<それはちがうやろ。

あれっ?

でも、薪さんのビジュアルがオッサンだったら、貝沼事件は起きませんよね? いや、起きたかもしれないけど、美少年連続殺人じゃなくて、オッサン連続殺人になってますよね?
そんなのイヤ(笑)
プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

法医第十研究室へようこそ!
おかげさまで8歳になりました(^^♪
文字サイズをお選びください
最新記事
最新コメント
拍手のお返事
いつもありがとうございます!

最新拍手コメのお返事はこちらです。

過去の拍手レスの確認は、該当記事の拍手欄を押してください。
鍵拍手コメのレスは、記事のコメント欄にお返しします。
月別アーカイブ
カテゴリ
詩 (1)
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

リンク
QRコード
QRコード
FC2カウンター
こんにちは(^^
現在の閲覧者数: