破壊のワルツ(8)

破壊のワルツ(8)





 モニターに流れる膨大な英数字を眺めていた薪の前に、大きな人影が差した。気付いて、右手の机に積まれたファイルを取る。
「早いな、滝沢」
 部下の仕事をさりげなく褒めてやって、薪はファイルを広げ、中身をざっと確かめた。

 土曜日の休日出勤は新人の滝沢と2人きりで、始めは少し気が重かった。言葉にできるほど明確な理由があるわけでもないのだが、何となく彼のことは苦手だった。
 やたらと身体に触れてくるのも嫌だった。だからもし、彼が今日もそうしてくるようだったら、スキンシップは嫌いだから触らないで欲しい、とハッキリ言うつもりでいたのだが、2人きりになったら逆に遠ざかって、必要なとき以外は近付いてもこなかった。

「次はこれを頼む」
 ファイルを差し出して相手の顔を見ると、いつも新人とは思えないくらい落ち着いている滝沢の顔が、心なしか青い。トラブルの予感がして、薪は眉根を寄せた。
「どうした?」
「すみません、室長。データを破損してしまいました」
 うなだれて報告する滝沢に、薪は心のどこかでホッとしている自分に気付く。滝沢の業務習得能力は、これまでに薪が指導に当たった部下の誰よりも優れていた。捜査官としての能力も十二分にあった彼は、実際の捜査において第九の先輩たちを牛蒡抜きにし、結果1人の職員が本人の希望で辞めていった。
 出来過ぎの新人。良い人材を手に入れたと鈴木は単純に喜んでいたが、薪は鋭すぎる滝沢の仕事振りに、薄ら寒いものを感じていた。
 そんな彼でも、ミスはするのだ。ミスをしたことを気にしてか、普段は使わない敬語を使ったりして、かわいいところもあるじゃないか。

「どれ。見せてみろ」
 滝沢のモニターを見ると、画面に映っている報告書の写真の部分が黒く染まっていた。データを写そうとしている途中で、バグが起こったらしい。それに気付かず、元データの方を消去してしまった。これはもう、当該事件の報告書ファイルからスキャンして貼り付けるしかない。
「事件の日付は7ヶ月前か。千葉まで行くしかないな」
 当初、科学警察研究所が建てられていた場所は、現在では書類庫になっている。報告書等、紙ベースの書類は3ヶ月単位でそこに送られ、係員によって整理保管される。

「申し訳ない。月曜日、書類庫に行ってファイルを探してくる」
「書類庫の鍵なら僕が持ってる。これから行って、取ってくる。おまえは次のデータを」
「俺のミスだ。俺が行く」
 凄むような口振りに、薪は思わず怯んだ。
 現場に出ていた刑事なら、それ相応の怖さを身につけていて当たり前だが、滝沢のは捜一の先輩たちとは種類が違うような気がした。犯人を威嚇するための単純な怖さではなく、底の見えない闇のような恐ろしさを含んだ凄みだった。

「鍵を」
 ぬっと突き出された手に、びくりと身体が震えるのを理性で押し留める。自分は室長だ。部下に舐められてはいけない。

「悪いが滝沢。鍵は室長以外が使ってはいけないことになっている。どうしてもと言うなら、一緒に来い」
 椅子に座った滝沢を上から睨みつけるようにして、薪は彼の申し出を拒絶した。二人の間の空気は瞬く間に険悪なものになり、重い沈黙がモニタールームを包んだ。

「わかった」
 緊迫した空気を破って、滝沢が折れた。
 簡単に机の上を整理して、出かける用意をする。第九が無人になることを考えて、一旦は書類を保管庫にしまい、セキュリティも掛けて行くことにした。

 外に出ると、むっと暑かった。
 5月も、あと3日ほどで終わる。梅雨入り前のこの時期は、異常に暑かったり寒かったりで、気候が安定しない。
 滝沢が運転する車の後部座席で、薪は黙って外を見ていた。車窓に流れる風景は既に夏のそれで、道行く人々は揃って半袖を着ていた。国際会議で何度話し合っても、温暖化は進む一方だ。昨夜も暑かった。5月にクーラーがないと眠れないなんて、2062年に地球が終わるという伝説は本当じゃないかと疑いたくなる。

 薪、と呼びかけられて、前方に視線を戻した。運転席の滝沢の顔が見えるわけではないが、話かけられればそちらを見るのが普通だ。
「もしも、これが鈴木なら。鍵を渡したか?」
 先刻のモニタールームの一件を蒸し返されて、薪はいたく気分を害する。滝沢の粘り強い性格は捜査のときは長所だが、それ以外ではただの粘着気質だ。
「意味の無い仮定だ。考える気にもならない」
 すげなく滝沢の質問を切り捨てると、薪は再び窓の外に視線を移した。じりじりと焼けるアスファルトに陽炎が立っている。今夜も暑くなりそうだ。

「きちんと回答しないなら、渡すと解釈するが」
 自分が終わらせたつもりの会話を続けようとする滝沢に、薪は腹立ちを感じる。
 滝沢の質問の意図はよく解らないが、あまり良い印象は受けない。鈴木のことだけは特別扱いをするのだろう、と尋ねられているとしか思えない。
「もしも鈴木なら、こんなミスはしない。ちゃんとバックアップ後のデータを確認してから元データの消去を行う。だから、鍵が必要な状況にはならない。これでいいか?」
 薪が厳しい口調で言うと、滝沢は無言になった。薪から見えるのは、きれいに撫で付けられた彼の後頭部の一部分だけだったが、何故か異様に腹が立った。自分の胸のうちを見透かされて嘲笑われている、そんな気がした。

「この時間だと、今日は書類を取ってくるだけで精一杯だな」
 わざとらしく腕時計を確認して、薪はこれからの予定を告げた。滝沢がルームミラーでこちらの様子を伺っていることは先刻承知だ。だからずっと外を見ていたのだ。
「ファイルを見つけたら、僕は千葉から直帰する。電車で帰るから送らなくていい。おまえは書類を第九まで持って行け。キャビネットに保管したら帰っていい。残りは明日だ」
 不愉快だ。帰りは一緒の車で帰りたくない。

 つまらない感情で発した一言が、この後自分に降りかかる災厄の種になろうとは、その時の薪には想像もつかなかった。



テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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Mさまへ

鍵拍手いただきました Mさまへ

そうなんですよ~。
鈴木さんの婚約式が頭の隅にずーっとあって、カリカリしてるんですよ~。
だから、ちょっとしたことが許せないの。
でもって、そこに鈴木さんの名前なんか出されたら、かちーん!て。
・・・・・・・うちの薪さんて(笑)
プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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