破壊のワルツ(12)
滝沢さんのシーンが続くと、重くてむさくて、みぎゃーっっ、て叫びたくなりません?
今回はサービスショットです、萌えてください♪
破壊のワルツ(12)
リノリウムの床に延べられた段ボール箱の上で、薪は暑さに喘いでいた。
携帯のフラップを開けて時刻を確認する。日曜日の午後1時。ここに閉じ込められて、20時間になる。
「くっそ、滝沢のやつ。オボエテロ……」
自分を置き去りにした部下の名前で気力を出す方法も、そろそろ限界に近かった。飢えと渇きと、何よりもこの暑さは拷問だ。捜一にいた頃は現場に出ていたから、自然と暑さ寒さにも鍛えられたが、部署が替わってからはロクに陽にも当たらない生活になっていた。筋肉は落ちたし、体力も衰えた。あの頃と変わらないのは、事件解決に対する熱意と負けん気だけだ。
「ヤバイ。マジで眼、回ってきた」
いくらなんでも夜のうちにはここから出られるだろうと、最初は思っていた。しかし、いくら待っても誰も来なかった。仕方なく、携帯の灯りを頼りに書類保存箱の予備を引っ張ってきて床に敷き、昨夜はその上に寝たのだ。
暑くてひもじくて、ダンボールの寝床は耐え難いほど固くて、でもまあ明日には絶対に助けが来るだろうし、一晩くらいホームレスの真似事をしてみるのも話のタネになるかもしれない、などと呑気に考えたのも束の間。床面に接している部分が痛くて同じ体勢を取り続けることが辛く、とても眠れたものではない。加えてこの暑さ。
耐え切れず起き上がり、家が無いすなわち屋外、ということはプラス雨風。なんて逞しいんだホームレス、僕には無理だ、これなら刑務所の方が空調が効いている分マシだ。質素とはいえ食事も出るし。リストラの憂き目にあって路上生活を余儀なくされている彼らより、刑務所の犯罪者の方がいい暮らしをしてるなんて、なにか間違ってる。
ここを出たら警察をクビにならないように一生懸命仕事をしよう、と保身的な答えを導き出した薪は、膝を抱えたり横になったりを繰り返しながら、夜が明けるのをひたすら待った。
その時点では、滝沢は自分がここにいることに気付いていないのだろうと薪は思っていた。
『千葉から電車で直帰する』
行きの車中の会話で、滝沢は薪が先に帰ったと思い込んだのだ。上司が電車を使うと言えば駅まで車で送り届けるのが普通だが、ここから駅までは歩いても5分くらいだし。後部座席には鞄が置いてあったのだが、車上荒し対策のため、座席の下に隠してきたから見えなかったのだろう。
いずれにせよ明日、薪が出勤して来ないとなれば、滝沢は必ず薪に連絡を取ろうとするだろう。携帯がつながらなければ自宅、それもだめならこの上着につけた発信機が薪の居場所を教えてくれるはず。そうしたら、すぐに助けが来る。
出勤は定時の8時。遅くとも9時までには行動を起こすだろう。所長に連絡して、倉庫番に出てきてもらって、10時前後には出られる。それまでの我慢だ。
しかし、薪が想像した救出劇は、その開演時刻を大幅に遅らせていた。
携帯電話の時刻表示が、一日のうちでもっとも気温が高い午後2時を示している。薪はダンボールの上に横になって、身体は痛いが、もう起き上がることもできない。
どうして滝沢がここに来ないのか、薪にはさっぱり分からなかった。
もう午後だ。何故、助けに来ない?
まさか、僕がここにいることに気付かないわけじゃあるまい。倉庫番を呼び出すのに手間取っているのか?
空腹は感じないが、猛烈な喉の渇きを覚える。頭がぼうっとして、考えがまとまらない。とにかく暑かった。
上着はとっくに脱いで、ネクタイも外してワイシャツもボタン全開の有様だったが、いっそズボンも脱いでしまいたいくらいだ。でも、それをするとパンツ1丁の情けない姿で発見されたりして、下手をしたらマスコミにリークされるかもしれない、それはいやだ。
それから1時間後、背に腹は替えられない、もとい、暑さには勝てない。みっともなくてもいいから脱ごう、と思ったときには、既に手が動かない状態だった。
身体に力が入らない。完全な脱水症状だ。
全身が細かく痙攣している。こんなに暑いのに、震えているなんて笑える。頭はガンガンするし、吐き気もする。わずか数%の水分が体内から失われただけで、人間の身体は簡単に壊れる。
やっとの思いで携帯を開くと、時刻は3時過ぎ。霞んだ瞳の中に、鈴木の笑顔が見えた。
3時からだと言っていたな、結納式。
それを薪に告げたときの、鈴木の照れたような笑い顔が闇の中に浮かぶ。それから薪に冷やかされて、あわてた顔、困惑した顔、でも最後にはとびきりの笑顔。
どうしよう、これ、もしかすると人生の走馬灯ってやつかもしれない。僕の人生、90%は鈴木が占めてるから。
鈴木の顔が見える。すごく幸せそうに笑ってる。
向かいの席に雪子の姿がある。えらくめかし込んで、澄まして座っている。その隣には、年配の夫婦。よく見たら鈴木の隣にも、塔子さんとおじさんが座っている。
どうして鈴木と雪子さんの結納式の様子が見えるのだろう。もしかしたら僕は死んでしまって、魂だけになって鈴木に会いに来たのだろうか。
結婚の約束を固いものにした二組の家族は、楽しげに歓談し、互いの絆を深め合っている。
鈴木は目の前の雪子に夢中で、姿の見えない薪に気づくことはない。
それを淋しいと思っても詮無きこと。今に始まったことじゃない、ずっとこうだった。12年前、鈴木に振られてからずっと。
僕は自分から友人という立場を選んで、でもそれは彼の傍にいたかったから。彼を見ていたかったから。彼に話しかけられたかったから。
僕は鈴木に出会った19のときから、ずっとずっとずっと――――――。
細い右手から、携帯電話が転がり落ちた。開いたままの画面から洩れる明かりが、しばらくの間床の上を照らしていた。
やがてピーッという警告音が充電の必要を知らせたが、それを為すべき主はピクリとも動かなかった。動いたとしても、設備のないこの場所ではどうすることもできず、薪は唯一の明かりを失うことに変わりはなかった。
真の闇に閉ざされた部屋の中、薪の浅い呼吸音だけが、今にもその動きを止めてしまいそうに、弱々しく響いていた。
*****
って、これってSしか萌えない展開じゃ?
すみません、萌えたのは書いてるわたしだけだったみたいです。 ごめんなさい。
今回はサービスショットです、萌えてください♪
破壊のワルツ(12)
リノリウムの床に延べられた段ボール箱の上で、薪は暑さに喘いでいた。
携帯のフラップを開けて時刻を確認する。日曜日の午後1時。ここに閉じ込められて、20時間になる。
「くっそ、滝沢のやつ。オボエテロ……」
自分を置き去りにした部下の名前で気力を出す方法も、そろそろ限界に近かった。飢えと渇きと、何よりもこの暑さは拷問だ。捜一にいた頃は現場に出ていたから、自然と暑さ寒さにも鍛えられたが、部署が替わってからはロクに陽にも当たらない生活になっていた。筋肉は落ちたし、体力も衰えた。あの頃と変わらないのは、事件解決に対する熱意と負けん気だけだ。
「ヤバイ。マジで眼、回ってきた」
いくらなんでも夜のうちにはここから出られるだろうと、最初は思っていた。しかし、いくら待っても誰も来なかった。仕方なく、携帯の灯りを頼りに書類保存箱の予備を引っ張ってきて床に敷き、昨夜はその上に寝たのだ。
暑くてひもじくて、ダンボールの寝床は耐え難いほど固くて、でもまあ明日には絶対に助けが来るだろうし、一晩くらいホームレスの真似事をしてみるのも話のタネになるかもしれない、などと呑気に考えたのも束の間。床面に接している部分が痛くて同じ体勢を取り続けることが辛く、とても眠れたものではない。加えてこの暑さ。
耐え切れず起き上がり、家が無いすなわち屋外、ということはプラス雨風。なんて逞しいんだホームレス、僕には無理だ、これなら刑務所の方が空調が効いている分マシだ。質素とはいえ食事も出るし。リストラの憂き目にあって路上生活を余儀なくされている彼らより、刑務所の犯罪者の方がいい暮らしをしてるなんて、なにか間違ってる。
ここを出たら警察をクビにならないように一生懸命仕事をしよう、と保身的な答えを導き出した薪は、膝を抱えたり横になったりを繰り返しながら、夜が明けるのをひたすら待った。
その時点では、滝沢は自分がここにいることに気付いていないのだろうと薪は思っていた。
『千葉から電車で直帰する』
行きの車中の会話で、滝沢は薪が先に帰ったと思い込んだのだ。上司が電車を使うと言えば駅まで車で送り届けるのが普通だが、ここから駅までは歩いても5分くらいだし。後部座席には鞄が置いてあったのだが、車上荒し対策のため、座席の下に隠してきたから見えなかったのだろう。
いずれにせよ明日、薪が出勤して来ないとなれば、滝沢は必ず薪に連絡を取ろうとするだろう。携帯がつながらなければ自宅、それもだめならこの上着につけた発信機が薪の居場所を教えてくれるはず。そうしたら、すぐに助けが来る。
出勤は定時の8時。遅くとも9時までには行動を起こすだろう。所長に連絡して、倉庫番に出てきてもらって、10時前後には出られる。それまでの我慢だ。
しかし、薪が想像した救出劇は、その開演時刻を大幅に遅らせていた。
携帯電話の時刻表示が、一日のうちでもっとも気温が高い午後2時を示している。薪はダンボールの上に横になって、身体は痛いが、もう起き上がることもできない。
どうして滝沢がここに来ないのか、薪にはさっぱり分からなかった。
もう午後だ。何故、助けに来ない?
まさか、僕がここにいることに気付かないわけじゃあるまい。倉庫番を呼び出すのに手間取っているのか?
空腹は感じないが、猛烈な喉の渇きを覚える。頭がぼうっとして、考えがまとまらない。とにかく暑かった。
上着はとっくに脱いで、ネクタイも外してワイシャツもボタン全開の有様だったが、いっそズボンも脱いでしまいたいくらいだ。でも、それをするとパンツ1丁の情けない姿で発見されたりして、下手をしたらマスコミにリークされるかもしれない、それはいやだ。
それから1時間後、背に腹は替えられない、もとい、暑さには勝てない。みっともなくてもいいから脱ごう、と思ったときには、既に手が動かない状態だった。
身体に力が入らない。完全な脱水症状だ。
全身が細かく痙攣している。こんなに暑いのに、震えているなんて笑える。頭はガンガンするし、吐き気もする。わずか数%の水分が体内から失われただけで、人間の身体は簡単に壊れる。
やっとの思いで携帯を開くと、時刻は3時過ぎ。霞んだ瞳の中に、鈴木の笑顔が見えた。
3時からだと言っていたな、結納式。
それを薪に告げたときの、鈴木の照れたような笑い顔が闇の中に浮かぶ。それから薪に冷やかされて、あわてた顔、困惑した顔、でも最後にはとびきりの笑顔。
どうしよう、これ、もしかすると人生の走馬灯ってやつかもしれない。僕の人生、90%は鈴木が占めてるから。
鈴木の顔が見える。すごく幸せそうに笑ってる。
向かいの席に雪子の姿がある。えらくめかし込んで、澄まして座っている。その隣には、年配の夫婦。よく見たら鈴木の隣にも、塔子さんとおじさんが座っている。
どうして鈴木と雪子さんの結納式の様子が見えるのだろう。もしかしたら僕は死んでしまって、魂だけになって鈴木に会いに来たのだろうか。
結婚の約束を固いものにした二組の家族は、楽しげに歓談し、互いの絆を深め合っている。
鈴木は目の前の雪子に夢中で、姿の見えない薪に気づくことはない。
それを淋しいと思っても詮無きこと。今に始まったことじゃない、ずっとこうだった。12年前、鈴木に振られてからずっと。
僕は自分から友人という立場を選んで、でもそれは彼の傍にいたかったから。彼を見ていたかったから。彼に話しかけられたかったから。
僕は鈴木に出会った19のときから、ずっとずっとずっと――――――。
細い右手から、携帯電話が転がり落ちた。開いたままの画面から洩れる明かりが、しばらくの間床の上を照らしていた。
やがてピーッという警告音が充電の必要を知らせたが、それを為すべき主はピクリとも動かなかった。動いたとしても、設備のないこの場所ではどうすることもできず、薪は唯一の明かりを失うことに変わりはなかった。
真の闇に閉ざされた部屋の中、薪の浅い呼吸音だけが、今にもその動きを止めてしまいそうに、弱々しく響いていた。
*****
って、これってSしか萌えない展開じゃ?
すみません、萌えたのは書いてるわたしだけだったみたいです。 ごめんなさい。