未来への弁証(1)

 こんにちは。

 こちら、『スキャンダル』と『女神たちのブライダル』の後日談です。
 サードインパクトに向けて、青木くんの気持ちの整理をつけてます。 騒動は起きません。
 前作もそうだったんですけど、次の話もけっこう破壊力(?)の強い話だから、間にこれを入れて緩和しようかなって。 
 ……姑息。


 よろしくお願いしますっ。





未来への弁証(1)





 落としたてのコーヒーの香りが充満するキッチンで、青木はコーヒーサーバーを手に取った。
 サーバーの注ぎ口から黒色の液体が流れ、白いマグカップに抱き取られる。静かに嵩を増す黒と白のコントラストが7対3の割合になったところで手を止め、2つ目のカップに残りのコーヒーをざっと流し込んだ。これは自分用なので、注ぎ方も大分いい加減だ。

「薪さん、コーヒー入りましたよ」
 両手にマグカップを持ってリビングに入り、ソファにいた恋人に声を掛ける。うん、と生返事を返した薪は、DVDのジャケットを熱心に見ている。山と積まれたDVDは、ここに来る途中青木がレンタルショップで借りてきたものだ。
「う~ん、どれもこれも色気が足りないな。女の子の裸がバンバン出てくるビデオとか無かったのか?」
「アダルトビデオはご自分の会員証で借りてください」
 さらっと切り返してコーヒーを手渡す。薪の顔に似合わないエロオヤジ発言には、もうすっかり慣れっこだ。

「オレのお勧めはですね、こちらです」
 そう言って青木が手に取ったのは、少し前に話題になった海外ドラマだ。辛口批評の得意な宇野が素直に面白かったと言っていたから、これは薪も喜ぶだろうと思って借りてみた。薪と宇野とは、けっこう好みが似ているのだ。
 青木の手元を見る亜麻色の瞳が、興味深げにくるめいている。ジャケットに書かれた宣伝文句とアクションシーンのカットに、口角が上がる。しかし、天邪鬼が専売特許の薪が、素直に面白そうなんて言うはずがなかった。
「不届きなドラマだな。牢破りなんて」
 なるほど。警察官としては複雑かもしれない。

「でも、このお兄さんは無実の罪で、で、こっちの弟がそれを救うために刑務所の見取り図を手に入れて」
「弁護士立てて、無実を訴えればいいじゃないか」
「それが、これは国際的な陰謀が絡んでいてですね、警察もみんなグルで、一個人の力じゃどうにもならなくて」
「警察官の僕たちが、そういうドラマ見て盛り上がっていいと思ってるのか?おまえには警察官の良識ってもんがないのか」
 大きな亜麻色の瞳が半分に眇められて、青木を横目で見ている。最近ますます艶めいてきたくちびるが意地悪そうに微笑んで、これはいつもの薪の言葉遊びだと青木に教える。

「ル○ン三世大好きなくせに……じゃ、別のにしますか」
「見ないとは言ってないだろ。さっさとかけろ」
 自分勝手な恋人に苦笑して、青木はDVDをデッキにセットする。薪はソファの座面に片足を載せて、くつろいだ表情でリモコンを押した。
 青木が隣に座ると、当たり前のように薪の手が伸びてくる。口では何のかんのと言いつつ、一緒にテレビを見るときには自然に手を重ねる。意地悪と甘えん坊が同居している薪の性格は、とても複雑だ。

「あっ、後ろから追っ手が来てる! 早く逃げないと」
 気乗りしなさそうなポーズは最初の数分だけで、すぐに物語の世界へ入り込んでしまった薪は、ビデオがスタートして30分後にはすっかり主人公たちの味方になっている。両の拳を胸の前で握って、小声で画面にエールを送っている。身を乗り出すようにして画面に見入る姿に、青木は思わず笑いを洩らした。
 このひとは年の割りに無邪気なところがあって、時々、普段の冷静な仕事振りからは想像もつかない姿を見せてくれる。青木にとってそのギャップはたまらない魅力に思えて、薪から離れられない要因のひとつになっている。

「ああっ、あいつ裏切りやがった! だからあの時、殺しときゃよかったんだっ」
 ……警察官の良識はどこへ?
「やったっ、逃げ切った! 見ろ、あの刑務官の口惜しそうな顔。ザマーミロ!」
 …………もしもし、警視長殿?
 ビデオより、薪を見ていたほうが面白い。今日の薪は大好きな犬と遊んでいるときのように、楽しそうな顔をしている。

 二時間半の逃走劇が終わって、青木はコーヒーのお代わりを淹れに立つ。リビングに戻ると、薪が次の上映作品を選んでいる。今日は一日、ビデオ三昧のつもりらしい。

 ……休日に、昼間から家の中でDVDなんて薪らしくない。
 室内でモニターばかり見ている職業だから、オフの日は画面を見たくないのが人情というものだし、天気が良ければ太陽の下で活発に動き回りたくなるのがひとの本能というものだ。今日のように秋空が眩しく晴れ上がった休日なら、薪の好きな動物系のテーマパークに出かけるのが定番だ。
 先月、あんな写真が届かなければ。

 あの写真のせいで、薪は身が細るほど悩んで悩んで、でも。
 絶対に別れない、と言ってくれたことがとてもうれしかった。

 しかし、それに応じられるかどうかは犯人の出方による。小野田に預けてある書類が表に出れば、自分は薪と一緒にはいられなくなる。

「薪さん。オレがもし、犯罪を犯したらどうします?」
 隣に腰を下ろして、何気なく訊いてみる。薪が本音を言うとは思わないが、一応念のためだ。
「自首させる」
 迷いもせず、簡潔に答える。青木の好きな潔い口調。
「逃げたら?」
「草の根分けても探し出す。絶対に見つけて、僕が手錠かけてやる」
「警官の鑑ですねえ」
 実に薪らしい答えだ。ここまでは百点満点だ。

 薪は青木の手からコーヒーを受け取ると、ソファに深く座り直した。カップに口をつけ、ゆっくりとすする。
「その代わり、待っててやる。おまえが罪を償ってくるまで、ずっと」
 おっと、減点です。マイナス20点。
「それはやめてください」
 青木の隣で伏せられていた長い睫毛がぱっと開き、亜麻色の瞳が青木の顔を映す。びっくり眼のあどけない顔を、あとどれくらい見ていられるのだろうと不吉な予感を覚えながら、青木はにっこりと笑った。

「オレが刑務所に入るようなことがあったら、薪さんは素敵な女性を見つけて、結婚なさってください」
「なに言いだすんだ? 急に」
「約束してください」
「できない」
 マイナス30点。しかし、まだ合格圏内だ。
「どうしたんだ? 刑務所に入る予定でもあるのか。だったらこの場で白状しろ。洗いざらい自白(うた)っちまえ」
 捜一時代のクセで、容疑者を自白に追い込むときには言葉が荒くなる。上品そうなのは見掛けだけで、薪はけっこう刑事という荒っぽい職業に向いているのかもしれない。

「先日の写真のことが気になってます」
「バカ! どんな外道でも、殺したら殺人罪だぞ。あんな人間のクズのために人生棒に振る気か」
「……いや、間宮部長を殺す気なんかないですから」
 お得意のカンチガイにがっくりと肩を落として、その先の言葉を失ってしまった青木に、薪はくすくすと笑って、
「大丈夫だって言っただろ。あの写真のことなら、僕がきっちりカタをつけたから。おまえは何も心配しなくていい」
 なんだ。分かってたのか。

 官房室に写真が送られてきてから、すでに2ヶ月が過ぎた。何事も起こらないところを見ると、薪の言うことは青木を安心させるための嘘ではないらしい。
 だが、青木の胸には不安が残っている。自分たちのことが他人に知れたら、公私共に薪は大きなダメージを受ける。あの事件は、そのことを青木に思い知らせた。

「でも、オレが女性だったら、あそこまで問題にならなかったわけだし。今日だって、本当は外に出たかったでしょう?」
 自分と付き合っている限り、薪の人生に平穏はない。
 いつばれるかビクビクしなければならないし、職場の近辺では会えない。身体の関係がなかったときにはできたことが、今はできない。
「堂々と表に出られないし、いつも気を張ってなくちゃいけないし」
 知り合いに会うかもしれない場所では、普通の男女みたいにデートなんかできないし、レストランで食事をするのも躊躇われる。例え見知った顔がいなくても、他人に自分たちの関係が見透かされているようで落ち着かない。なんだか逃亡中の指名手配犯みたいだ。

 こんな状況が楽しいわけはない。
 自分は薪とふたりでいられればうれしいけれど、薪にしてみたらまるで楽しみがない生活だ。つまらないうえに危険ばかり多くて……将来を秤に掛けられるほどに自分との関係が薪にとって大切なものかといえば、そんなことはないに決まっている。薪の実力ならもっと上にいけるはずだし、上司の娘との縁談を進めていれば、今頃は警察庁初の40前の警視監が誕生していたかもしれない。
 それが自分のせいで。
 鈴木さんもきっとそんなことを考えて、このひとから身を引いたのではないだろうか。でなければ、あのラストカットの意味がわからない。

「そう考えると、やっぱり女性と付き合ったほうが薪さんだって楽しいでしょう。恥ずかしい思いしてAV借りてこなくても、女の子の裸がバンバン見られますよ」
 胸に痛いセリフを冗談のオブラートに包んで、青木は無理に笑った。引きつってる、と自分でもわかったが、仕方がない。ポーカーフェイスは苦手だ。
 引き換え、薪のポーカーフェイスは完璧だ。青木の言葉に怒るでも笑うでもなく、感情の篭らない瞳で青木をじっと見据えた。

「おまえは?」
「オレは……あなた以外のひとなんか」
 見えない。
 もうずっと前から、このひと以外目に入らない。

 薪は青木からすっと目を逸らし、手に持ったDVDをデッキにセットした。テレビの前に座って華奢な背中を見せたまま、画面に向かっていつもの意地悪な口調で言った。

「おまえが刑務所に入ったら、僕はずっと待ってる。死ぬまでひとりで待ってる。でもって、すごく淋しい死に方してやる。ひとりで孤独に死んで、誰にも見つけられずに1月くらい経って、おまえの苦手な腐乱死体になってやる」
 床に正座した薪の背中はピンと伸びて、昂然と頭を上げて、でも細い肩が強張っている。小さな拳が膝の上で、ドラマの主役のピンチを応援するときのように握られている。
「僕にそんな死に方させたくなかったら、刑務所に入らなきゃならないようなことなんかするな」
 ダメだ、薪の解答は0点だ。そして自分も。

 薪の言葉が終わらないうちに、青木は彼を後ろから抱きしめていた。
 片手に余るほどの細い身体。こんなに頼りない身体なのに、薪はとても強い。ケンカも強いが、精神的にも。傷ついても凹んでも、立ち直れるだけの強さを身につけてきている。薪が自分を必要としなくなる日も、近いのかもしれない。

「気をつけます」
「心掛けだけで犯罪が防げるなら苦労しない。きちんと対策を立てて、予防策を取らないと」
「予防?」
 薪の言葉の意味が解らず、青木は瞬きを繰り返す。犯罪の誘惑に負けない精神力を養うために山寺へ行って修行して来い、とか言われたらどうしよう。

「どうせおまえの場合、無銭飲食か性犯罪だろ? 食事はさっきしたからいいとして、もうひとつの方が心配だな」
 青木の腕を緩め、その中で身体を反転させてこちらに向き直ると、薪は両腕で青木の首に摑まり、膝の上に乗ってきた。
「おまえみたいな単純な人間は、満たされてりゃ犯罪なんか起こさないだろ」
 薪の誘い文句は回りくどくて捻くれてて、でもその瞳は限りない愛情に満ちていて。少しだけ赤らめた頬を見れば、こういうことを自分から言い出すのが何よりも苦手な彼が、しょぼくれている青木を元気付けるために普段は好まない昼間の情事を申し出てくれているのだとわかる。

「はい。薪警視長のプロファイリングは完璧です」
 茶目っ気たっぷりの口調で言って、くちびるを重ねる。薪のくちびるからは、ブラジルサントスの香りと苦味がする。初めてのキスもこんな味だったな、と青木は思い、すぐに否と思い直す。
 あの時はこんなふうに、薪の舌は自分の中に入ってこなかった。くちびるも呼気も、もっと固くて冷たかった。くちびるを離したときに、瞳が熱っぽく潤むこともなかったし、その後こうして青木の胸に額をつけることもしなかった。あの時は……派手に殴られたのだ。

「何がおかしい?」
 クスクスと笑う青木に首を傾げる恋人を抱き上げて、青木は寝室の扉を開けた。




テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Author:しづ
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2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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