破壊のワルツ(14)

破壊のワルツ(14)







「滝沢サン。室長、大丈夫ですか?」
 昼過ぎに第九に出勤した滝沢は、執務室へ入るや否や豊村の質問攻めにあった。
「どんな様子でした? 辛そうでした? 医者は何て言ってるんですか? どれくらいで仕事に戻れるとか」
 熱心な口調で矢継ぎ早に質問を重ねる豊村は、心配で心配でたまらないと言った表情だ。どうやら、室長のシンパに戻ってしまったらしい。
 こいつはもう、使い物にならない。何ヶ月かの苦労が水の泡だ、あの出しゃばり副室長め。

「大丈夫。2,3日で退院できるそうだ」
 滝沢が医師から聞いたことを伝えてやると、豊村は安堵して自分の席に戻った。拳をぐっと握って、机の上の書類と格闘し始める。
 左手でワサワサと紙片を動かしながら、右手は何故か机の下に入れている。傍を通りかかった上野が見咎めて、豊村の右腕をぐっとつかんだ。

「豊村」
「固いこと言うなって。姉ちゃんが室長のこと心配してたからさ、大丈夫だって連絡してやろうと思って。ほら、うちの姉ちゃん、室長のファンだから」
「そうじゃなくて。何も室長がいないときまで、隠れてメール打たなくても」
「もはや習性だな。手元を見ないほうが早く打てる」
 現代っ子の豊村らしい。滝沢は携帯のメールは苦手で、何度も画面を確認しないと打てないほうだ。一つのボタンでいくつもの文字を兼務するという、あの機能がいただけない。キィが多い分、PCのほうがずっと簡単だ。

「慣れた相手へのメールなら、ポケットの中でだって打てるぜ。そら」
 豊村が、椅子の背に掛けたジャケットのポケットに携帯ごと手を入れると、1分もしないうちに上野の携帯が振動した。
「役に立たない特技だな」
「そんなことないぜ。仕事中に彼女に連絡取りたいときとか、便利だぜ。室長もまさか、ポケットの中でメール打ってるとは思わないだろ」
「彼女からの返事は、どうやって読むんだ?」
「……そうなんだよ。それでいっつも喧嘩になるんだ。一方的過ぎるって」
 
 恋愛のストレスを仕事で解消しろ、と励ましにもならないことを言って、上野は滝沢のほうへ歩いてきた。
 豊村ほど素直に表には出さないが、彼も室長の身を案じていたのだろう。滝沢が事情を報せる前とは、明らかに表情が違っている。

「滝沢さん。室長に付き添ってたんじゃなかったんですか?」
「室長には副室長が付き添ってる」
「え。じゃあ、この書類には誰が判子押してくれるんですか」
「さあな」
 薪の意識が戻って彼の無事を確認すれば、鈴木は職場に来るだろう。夕方までには帰ってくるはずだ。職務を放り投げて付き添いを続けることなど、あの薪が許すはずがない。

「どうなんでしょうね。役付者が2人とも不在って」
 滝沢だって、大いに不満だった。
 親友の窮地に慌てた鈴木は、病院に入るときに携帯を切り忘れていたのだが、そこに所長からの連絡が入った。それは滝沢宛の伝言で、薪のパトロンの小野田が、当事者から直接事情を聞きたがっているから滝沢を戻してくれ、というものだった。それで仕方なく帰ってきたのだ。

 初めて話をした政敵の親玉の顔を思い出して、滝沢はじっと考え込む。
 薪を襲った災難について滝沢が説明するのを聞き終えた小野田は、困ったように微笑すると、
『やれやれ。発信機を付けさせても、何の役にも立たないね。次からは救難信号が出せるタイプのものを付けさせることにするよ』
 そんな回りくどい言い方で、滝沢を威嚇した。今回は見逃すが、次があれば容赦はしない、という意味だ。
 
 思っていたより、ずっと鋭そうな男だった。所長からの報告だけでは納得せず、滝沢から事情聴取をしたがる辺り、薪に対する期待の大きさと他人を信用しない慎重さが伺われる。
 表面上は穏やかな笑みを絶やさないのに、周りの空気は異様に重かった。そのオーラが彼の器の大きさによるものか、野心の強さかは判断しかねるが、敵には回したくない男だ。次長が彼に自分の立場を奪われるのではないかと危惧する理由も分かる。
 分かる、が。

 幾枚かの付箋を付けられて返却された報告書の手直しをしながら、滝沢は冷酷な笑みを浮かべる。
 次長も、彼のくだらない虚栄心もどうでもいい。小野田の野心にはもっと興味がない。
 自分がここに来たのは、ある目的のため。次長の密命は渡りに舟だったが、あちらは適当にやっておけばいい。

 ――――― 2057年11月の末、飛行機の墜落事故が起きた。
 飛行機事故は珍しいが、それでも皆無ではない。事故の大小はあれ、世界のどこかしこで年に1,2件は起きている。世間が年月と共に忘れ去ったであろうその事故は、しかし墜落から約1ヵ月後に唯一助け出された乗客の今際の際の告白で、関係者を震撼させた。

『わたしは、他の乗客の遺体を食べて生き残った』

 その衝撃的な内容から直ちに緘口令が敷かれ、亡くなった乗客の脳は、事故の原因と真実を確認するため、秘密裏に第九で調査することになった。捜査に当たったのは室長一人だと聞いたが、それでも上司に報告書を上げたはずだ。滝沢が狙っていたのは、その捜査資料だった。

 保管庫にはなかった。スパコンのバックアップにも、MRIのデータベースにも残っていない。あとは保管庫か、上司の手元にあるか。しかし、事件が隠蔽された場合、提出された書類は焼いてしまうのが普通だ。そちらの線は薄いだろう。
 ようやく書類庫を確認することができて、だが、そこにもあの事件の資料は残されていなかった。もしかしたら室長が個人的に持っているのかもしれないと考え、それを探すために彼を意図的に書類庫に閉じ込めた。

 第九に戻り、室長の執務机を調べたが、やはり何も出てこない。ならば自宅か、とこちらは少々危ない橋だったが、一番下の引き出しのシークレットボックスの中に隠してあった彼の自宅の合鍵が、滝沢の背中を押した。
 告発は覚悟の上だ。たとえ犯罪者に身をやつしても、真実が知りたい。
 昼間のほうが近所に怪しまれないと思い、日曜日の朝から、滝沢は彼のマンションを徹底的に探した。だが、あの事件に関するものは何も出てこなかった。

 あの事件の資料は、何ひとつ残されていない。
 滝沢が友人から聞いた話も、独自に組み上げた仮説も、証拠となるものは何も残っていない。
 それを知ったとき、滝沢は絶望した。

 俺は、彼らの無念を晴らすことができない。警察官として、真実を追究することができない。
 彼女のために、死んだ友人のために、自分にできることは何もない。

 目の前が真っ暗になるような心持ちで書類棚を見上げていたあの時。帰りを促す薪に、声を掛けられた。
『過ぎた好奇心は身を滅ぼすぞ』
 その一言で、滝沢は彼が事件の隠蔽に関わったことを確信した。
 この男はあちら側の人間。公安と政府が一緒になって隠滅した警察の不祥事、それを隠すことを選択した人間だ。

 瞬間。
 滝沢の中で、薪は人間ではなくなった。

 コレは現存する唯一の物証。彼はその容れ物に過ぎない。自分の仕事はこの容れ物から証拠を引き出し、世間に知らしめること。それが、突然に、理由も分からず死んでいった彼女に対する手向けであり、おそらくは知りすぎた為に消されたであろう友人の人生に対するせめてもの餞だった。


「とうとう20人目の被害者ですよ。捜一も、何をやってるんだか」
 
 上野が画面に向かって、経験したことも無い部署に文句をつけるのを聞いて、滝沢は彼の方へ顔を向けた。
 上野のPC画面には、巷で騒がれている連続殺人の記事が映っていた。見出しに、『美少年連続殺人、20人目の被害者発見される』という文字が躍っている。
 近頃、世間では寄ると触るとこの事件の話だったが、滝沢は興味を持てなかった。滝沢の探究心は、一昨年の飛行機事故と昨年のひき逃げ事故に向けられたままだった。

「今度は顔の皮膚を剥がされていたって……うげ、グロそう。コイツ、捕まって死刑になったら絶対に特捜きますよね? 見たくねえなあ」
「だろうな。しかし、20人てのはすごいな」
「ええ。たしか、今までの被害者の写真が並んでる記事が」
 上野は滝沢の相槌に乗ると、インターネットで目的の記事を探し始めた。書類をすべて仕上げて上司も不在、仕事中の雑談も少しは許されるだろう。

「ほら、これですよ」
 上野に付き合って画面を覗き込んで、滝沢は初めて見るはずの彼らに、デジャビュを覚えた。誰かに似ていると思った。
「室長に似てますね。きれいな男の子って、みんな似たような顔になるンすかね」
 豊村が横から入ってきて、滝沢の疑問に答えをくれた。
 そうだ、薪に似ているのだ。

「そうかあ? 室長はもっと怖いぜ」
 上野に感じられない被害者と薪の相似が、豊村と自分に感じられるのは何故だろう。
 
 豊村は室長を崇拝している。それだけでなく、青年期にありがちな擬似恋愛的感情を持って見ていると滝沢は思っている。自分にとっても、薪は特別な存在だ。真実の鍵を握る唯一の人間として、常に観察してきた。
 自分たちにそう見えるということは、鈴木にも見えるはずだ。彼の薪に対する感情は、豊村のそれよりずっと強い事が証明されたばかりだ。

 利用できるかもしれない――――― 滝沢は自分の席に戻り、PCで事件の概要を丹念に読み始めた。


******

 やっと貝沼事件が出てきました~。
 このお話も、折り返し地点です。 って、まだ半分かよ! 長いよー! (すみません、自分で書きました)

 それと、老婆心ながら。
 現在の薪さんのマンションの鍵は、瞳孔センサー式で本人以外は入れないんですけど、このお話は鈴木さんの事件の前で、住んでいるところが違います。(薪さんのお引越しの経緯は「岡部警部の憂鬱」に書いてあります)
 この頃は、第九から車で5分くらいのマンションで、鍵も普通のものでした。
 今考えると、第九の室長の自宅にしてはセキュリティが甘かったですね。(^^;


テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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Mさまへ

3/9 6時に拍手鍵コメくださった Mさま

こんにちは。
お返事遅くなってすみません。

そうですね、滝沢さんにもぜひ、カウンセリングを受けてもらいたいですね(^^;
どうせなら薪さんが通っているメンタルクリニックに行って、彼の主治医を指名し、カウンセリングと称して薪さん賛歌を二人で謳って欲しいです(笑)

Aさまへ

3/9 11時に拍手鍵コメいただいた Aさま

お返事遅くなってすみません。

>ああ、よかった!鈴木さんの付き添いで(^^)小野田さん、ナイスフォロー!!

えへへ~。
過去話ですからね、やっぱりすずまきさんは欠かせませんよね♪


>貝沼事件をしづさんがどう、書くのか楽しみです(>▽<)

貝沼事件そのものは書きませんが、それによって狂っていく旧第九の様子を書いてみました。 
書くのはとっても楽しかったです、でも、読んだら暗くてイヤになっちゃいました★ (それを公開して人さまに読ませるって、人間としてどうよ?)
Aさまは、流し読みしてくださいねっ!!

ありがとうございました。
プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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