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破壊のワルツ(15)

 こんにちは。
 
 弊社で施工中の夜間工事ですが、昨日舗装が終わりまして、竣工書類に入ります。
 工期は3月15日、かなりの強行軍になる予定です。 なのでごめんなさい、コメントのお返事が遅れます。 
 せっかくお声をかけてくださったのに、慌しくお返しして、つまんないお返事にしたくないので。 すみません、しばらくお待ちください。





破壊のワルツ(15)





 長い睫毛がぴくっと動き、一瞬きゅっと眉がしかめられたかと思うと、ゆっくりと目蓋が開き、澄んだ亜麻色の瞳が姿を現した。ぼんやりとした瞳はゆるゆると動き、鈴木の顔に焦点を合わせると、夢のような美貌が儚げに微笑んだ。

「すずき」

 彼が自分の名前を呼ぶときの口唇の動きが、とても好ましいと鈴木は思った。やさしくまどろむように開かれたくちびるから覗く舌の赤さが、子供みたいで可愛らしかった。

 点滴とマメな水分補給のおかげで、薪は大分元気になったようだった。自分からベッドの上に起き上がり、
「ハラ減って死にそう」
 鈴木が売店から買ってきておいたおにぎりとサンドイッチを差し出すと、薪は迷わずにおかかのおにぎりを手に取った。
 パクパクとおにぎりを食べる彼を見て、鈴木は心から安堵する。食欲があるなら大丈夫だ。人間、食べていればとりあえず死なない。

「ゆっくり食えよ。2日近く食べてないんだから」
「平気。2,3日食べないのは慣れてる」
 薪は捜査に夢中になると、食事をしなくなってしまうという悪いクセを持っている。できるだけ食べさせるように心掛けているが、鈴木が目を離すとすぐに元に戻ってしまう。まったく手のかかる友人だ。
「このドジ。あんなところに閉じ込められた室長なんて、前代未聞だぞ」
「何だよ、鈴木の冷血漢。少しは心配しろよ。マジで死ぬところだったんだから」
 ペットボトルに入ったお茶を薪に渡して、鈴木は心にもない意地悪を言う。同じように、棘のない非難が親友から返って来て、二人は同時にクスッと笑った。

「気を失う寸前、走馬灯が回っちゃってさ。本気で駄目かと思った」
「へえ。走馬灯って本当にあるんだ。やっぱり、小っちゃい時から今までの光景が見えるものなのか?」
「……うん。まあ、そんなもん」
 内容については話したがらない薪にそれ以上は聞かず、鈴木は薪が返してきたお茶を受け取った。代わりにサンドイッチの包みを渡すと、3つ並んだ三角形の真ん中のハム野菜を選び、残りは鈴木に返して寄越した。

「なんだよ。死ぬほど腹減ってたんじゃないのか」
「チーズ嫌い。ツナサンドも」
「仕方ないだろ。病院の売店なんて、昼を過ぎたら選べるほど商品が残ってないんだよ」
「近所にコンビニくらいあるだろ」
 いつ目覚めるか分からないままの薪を残して、病院を出られるわけがない。それを承知の上でこんな我儘を言う、でもこれは彼特有の甘えだと鈴木は知っている。

「よし、分かった。今から行って、薪くんの大好きな牛乳を買ってきてあげよう」
 鈴木がわざと薪の苦手な食品名を挙げると、薪は子供のように丸く頬を膨らませた。仕事は誰よりもできるのに、薪にはひどく子供っぽいところがあって、それは鈴木だけが知っている彼の真実。
「こらこら。フグみたいな顔になっちゃうぞ」
 指先で軽くつつくと、膨らんでいた頬はさっと微笑みに形を変え、
「いいなあ。フグ食べたい。買ってきて」と無茶苦茶な注文をつけた。鈴木は真剣な顔になって腕組みをし、
「コンビニにフグはないな」
「そっか。残念」
 当たり前のことを当たり前に言って、真面目に残念がって、次の瞬間顔を見合わせて、2人はクスクス笑った。病院だから我慢しているけど、これが薪の部屋や誰もいない第九だったら大声で笑っているところだ。
 他愛もない会話がすごく楽しい。どんな話でも薪としていると、必ず笑いが洩れる。たとえ薪がプンプン怒っていたとしても、その怒った顔がかわいくて、鈴木はやっぱり笑ってしまうのだ。

 とりあえずの空腹が落ち着いたのか、薪はサイドテーブルの置時計をチラッと見て、
「さて。そろそろ第九に帰ろうかな」
「無理でしょ。走馬灯まで回しておいて」
 薪が時折見せる常識の欠如は、鈴木の笑いと庇護欲を誘う。天才的なひらめきと幅広い知識を見せつける仕事中の彼と、子供っぽくて常識知らずの彼。相反する2つの性質は、彼の中で奇跡のように混じり合い、比類なきパーソナリティを構成している。
「少なくとも今日は泊まりだ。大人しく寝てなさい」
 ええ~、と文句を言いかけて薪は、自分の右腕に刺さった点滴の針を見つめ、次いで点滴スタンドを見上げて残量を確認すると、諦めたように肩を落した。点滴はさっき取り替えたばかりだ。あと3時間はかかる。

「鈴木。僕は平気だから第九へ戻って、仕事を」
「もう少しいるよ。急ぎの案件もなかったし、残ってるのは報告書の直しくらいだろ。夕方帰っても間に合う」
「そんなこと言って。本当はサボリたいんだろ」
「あ、バレた?」
「鈴木警視。職務怠慢によりボーナス査定マイナス2」
「そんな。室長、どうかお目こぼしを」
 鈴木は慌てて袋の中からオレンジジュースのパックを取って、賄賂代わりに薪に渡した。いい心掛けだ、と鷹揚に頷いて薪がパックに取り付けられたストローを外すのを見て、鈴木は安心する。指先の震えもない。今夜一晩休めば、明日にはもう大丈夫だろう。

 紙パックに刺したストローを咥えて、薪はふと気付いたように、そのままの体勢で鈴木の顔を見た。何か聞きたいことがあるらしく口元をモゴモゴさせているが、言葉にしづらい原因でもあるのか、なかなか言い出そうとしない。
 こういうときは無理に聞かない。薪の心の準備が整うのを、黙って待っていればいい。
 やがて薪は鈴木の顔から目を逸らし、薄い目蓋を伏せて、視線を自分の手に持ったオレンジジュースに落とした。

「鈴木。さっき僕に、その……水、を……」
 薪の質問の内容を悟って、鈴木は途端、先刻の激しい感情を思い出す。表情に出さないようにしたつもりだが、薪にはたぶん、見破られる。薪が俯いていてよかった。
 薪は下方に視線を固定したまま、何かを思い出したように口元を右手で覆った。それからその形を確かめるように、自分の唇を細い指先で辿り、
「なんでもない」と呟いた。
 言い出しておいて、否定の形で質疑を自己終了させた薪は、少しだけ頬を赤くしてジュースを啜った。薪の誤解は予想できたが、鈴木はその誤解を解こうとはしなかった。

「ね。鈴木が僕を見つけてくれたの?」
「いや、おまえを助けたのは滝沢だ。あいつがこの病院に運んでくれたんだ。それから色々とおまえの世話を……覚えてないのか?」
「ぜんぜん。気がついたら鈴木がいた」
 口移しで水を飲まされた感触は何となく覚えているけど、あの時の会話については記憶がない。そういうことらしい。
 滝沢の告白を覚えていれば、彼の名前を出したときに、薪の表情には変化が現れる筈だ。こと、この親友に関して、鈴木はどんな微細な変化も見逃さない自信があった。見逃さないだけではない、例え離れていても、彼の身に何事かあれば、それは必ず自分にも伝わるはずだとさえ思っていた。なのに。

 親友の窮地を知りもせず、ほんのわずかな憂いさえ浮かばず、自分が昨日していたことを思い出して、鈴木は自責の念に駆られる。
 土曜日は、せっかく東京に出てきたのだから、と雪子の両親をいくつかの名所に案内し、翌日は予定通りに結納をすませた。新しく自分の父母になる彼らの、その純朴な暖かい人柄に触れ、自分の幸せをしみじみと感じていた。その後彼らを空港まで送り、雪子と一緒に彼女のマンションに行って、ふたりで幸せを分かち合った。
 自分が、愛する女をこの腕に抱いて人生最高の幸せを感じていたときに、薪はたったひとり、真っ暗な闇の中、灼熱の地獄を味わって。
 それなのに。

「……うれしかった」

 ぽそっとこぼした彼の言葉は、抑え切れない愛情に満ちて。死線を彷徨って目覚めたとき、傍にいてくれて嬉しかったと、たったそれだけのことで満ち足りる彼のいじらしさに、鈴木は息が詰まりそうになる。

 鈴木は手を伸ばして、薪の手からジュースのパックを取り上げ、もう片方の手で彼の肩を抱き寄せた。
「す……」
 突然の無礼な振る舞いを咎めようとしたであろう薪の声は、中途で止まった。
 昨日、あんな目に遭って気持ちが弱くなっていたのかもしれない。自分を心配してくれる友人を、ありがたいと思ったのかもしれない。その時の薪は、普段の自制心を忘れて、おずおずと鈴木の背中を抱き返した。

 薪の体温を、薄いパジャマの下のしなやかさを感じて、その肌の甘さを思い出して、鈴木は彼の未来の恋人に猛烈な嫉妬を覚える。
 薪を誰にも渡したくない。
 そんな気持ちが込み上げてきて、鈴木は自分の身勝手さに吐き気がする。自分は雪子と婚約しておいて、彼女と愛を確かめ合って、自分の未来を確実なものにしているのに。その一方で、薪の心をいつまでも自分に留めておきたいと願っている。

『おまえは傲慢な男だ』

 滝沢の非難が、耳の奥で木霊する。
『薪が好きになる男は、この世で自分ひとりだとでも思っているのか』
 そんなことは思っていないし、望んでいない。薪が自分への気持ちに踏ん切りをつけて未来を歩めるように、それが雪子との結婚を決めた陰の理由。
 もちろん彼女を愛している、だから彼女と結婚する。それで薪も新しい恋に踏み出せるなら、それが全員の幸せにつながると思った。だから、薪を愛する人間の出現は、本来なら喜ばしいことのはずだった。
 でも滝沢は男だから、自分と同じ同性だから、彼と愛し合ったら薪がまた苦しむことになるから、だからオレは薪の親友として―――――。

 必死で自分に言い訳しながら、鈴木は心の奥底で叫ぶ声に耳を塞ぐ。
 12年前、自ら選んだ親友という立場に無我夢中で縋りつき、それを貫こうとして鈴木は、自分の中に埋み火のように残る彼への想いを懸命に抑え込んだ。

 普段の傲慢さが信じられないくらい、大人しく鈴木の腕に抱かれている薪の、若木のように健やかに伸びた背中を掻き抱きながら。
 鈴木は自分の中に深く眠る埋み火の、その暗い焔に怯えていた。




テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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Cさまへ

3/10 13時に鍵拍手コメントいただきました Cさまへ

Cさま、こんにちは。
お返事、めちゃめちゃ遅くなってすみません。


この章、萌えてくださいました? うれしいです(^^
鈴木さんと貝沼が物語のカギ、というのは、本当ですよね。 どちらも故人として出てきたのに。


原作の薪さんと鈴木さんと雪子さんが、三角関係っぽい、っていうか、完全な三角関係だったと思いますよ~。
だって雪子さん、薪さんの気持ち知ってたし。 鈴木さんは鈴木さんで、薪さんが結婚できないから自分もプロポーズをしない、って、それ普通じゃないから(笑)

その三角関係っぽい理由が、『まあ、薪さんだから』というCさまのご意見、ウケました(>∇<) 
確かに。 薪さんだから、ですべて納得です(笑)


>『秘密』というお話は,この,薪さんにとっての貝沼と鈴木,この2つのトラウマから解放された時終わるような気がします。特に鈴木。

そうあって欲しいです。
薪さんの最大の十字架って、鈴木さんと貝沼の手によって殺害された少年たちの命だと思うんですよね。 
事件の隠蔽とかMRI捜査の苦悩とか、それは警視正ともなれば、普通に悩むものだと思います。 事件の隠蔽なんか、珍しいことじゃないと思う。 政治的な圧力なんか、ガンガンかかるし。
でも、薪さんにとってそれがものすごく辛いのは、鈴木さんと語りあったMRI捜査の理想が薪さんの中に息づいていて、その鈴木さんがこの世にいないから。 鈴木さんが生きてたら、警視総監に秘匿を強制されても、あそこまできつくないんじゃないかな・・・・・


連載があと何回残っているのか分かりませんが、
Cさまの仰るとおり、秘密のエンドは、薪さんの解放であって欲しいです。


プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

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おかげさまで8歳になりました(^^♪
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