室長の災難(16)

室長の災難(16)







 思いもかけない天敵の好意を今回だけはありがたく受けることにして、薪は一旦、自宅へ戻ることにした。
 早くシャワーを浴びて、あの連中の手の感触を洗い流してしまいたい。そうしたら着替えをして、取調べに立ち会わなくては。
「行きましょうか、薪さん」
 頷いて立ち上がろうとする。が、やっぱり腰が立たない。まだクスリが効いているらしい。解毒剤が必要だった。
 青木に事情を話して、バックを探させる。しかし、なかなか見つからない。拉致された場所に置いてきたか、いや、証拠を残すような真似はすまい。となると、ここに来る途中どこかに捨てられてしまったか。
 腰が立たないだけならまだ良かったのだが、別の効果も現れてきてしまったようで薪は焦った。何もしていないのに、身体が勝手に震え始める。残った理性をかき集め、爪を腕に食い込ませて痛みで劣情を抑えこむ。そうでもしていないと、誰彼かまわず押し倒してしまいそうだ。

「ありましたよ、薪さん。これですよね」
 助かった。もう少しでケダモノになるところだ。
「水、探してきますね」
「いらん」
 そんな余裕はない。
 青木の手から奪った錠剤を、薪は噛み砕いた。
 途端に口を押さえて背中を丸める。きれいな顔は苦痛にゆがんでいる。
「大丈夫ですか?」
「これっ、めちゃめちゃ苦っ……!」
「やっぱり水いりますね」

 ペットボトルの水を持って青木が帰ってきたときには、薪の様子はだいぶ落ち着いていた。周りに岡部と曽我がいて、事件の話をしている。薪に尾行の成功を褒められたらしく、曽我はうれしそうに坊主頭を掻いていた。
「岡部。先に捜一に顔を出しておいてくれ。僕も着替えたらすぐに行く」
「はい。でも、薪さんは今日はもう、休まれたほうが」
「大丈夫だ。曽我は帰れ。ああ、小池と宇野にも、帰るように伝えてくれ。報告書は明日でいい。ご苦労だった」
 さっきまでの乱れた様子は、もうない。さすが三好先生だと感心しながら、いつもの落ち着いた室長の姿に安堵する。

「水です、薪さん」
 ボトルを受け取ってすぐさま呷る。白いのどが動いて、コクコクと飲み込む音がした。よっぽど苦い薬だったらしい。
「青木、薪さんを家までお送りしてくれ」
「はい」
「薪さん、歩けないから運んでやってくれ」
「あれ? 解毒剤効かないんですか?」
「歩けないだろ、あの足じゃ」
 見ると、白い足は血まみれだった。
 慣れないハイヒールで格闘したせいだ。見るも無残な様子に、青木は顔をしかめた。

「うわあ。よくあれで歩いてましたね」
「我慢強いのも考えもんだな。ほどほどにしないと大きな怪我をする。俺は、あの人の強さが心配だよ」
 青木にだけ聞こえるように、岡部がこっそりと囁いた。
 岡部と薪の付き合いは、深い。青木の知らない薪を、この頼れる先輩はきっとたくさん知っていて、それゆえに心配も絶えないのだろう。
「頼んだぞ」
「はい、岡部さん」

 先輩を見送ってから、青木は車のキーを取り出した。今日はもう休んでくれるように室長を説得してみよう。岡部の言うとおり、室長には休息が必要だ。
「薪さん、失礼します」
 背中と膝に腕を回して抱き上げる。さっきも思ったが、男とは思えないくらい軽い。
「降ろせ、歩ける」
「無理ですよ。血だらけじゃないですか」
「平気だ、これくらい。みっともないから降ろせ」
「みっともなくないです。みんな、自分の仕事で手一杯です。こっちを見てる人なんていませんよ」
 青木が強く主張すると、薪は子供がむくれるようにくちびるを尖らせて黙り込んだ。
 痛くないはずがないのだ。それでも強がりを言うところが、薪の男としてのプライドの高さを証明している。薪は女のように扱われることが大嫌いなのだ。
 しかし、気持ちに体がついていかないのも薪の特徴である。疲れもピークに達していたのだろう。青木の腕の中で、ほどなく薪は眠ってしまった。緊張の糸が切れたのか、それとも解毒剤の副作用か。

 こわれものを扱うように、その華奢なからだを車の後部座席にそっと横たえる。
 室長の眠りを妨げないよう、青木は細心の注意を払って車をスタートさせた。



テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
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