破壊のワルツ(23)

破壊のワルツ(23)






 時刻が昼を告げ、鈴木は薪を起こしに仮眠室へ向かった。

 捜査に戻ることはないが、食事はさせた方がいい。食べたがらないのは分かっていたが、水分だけでも摂ってもらわないと。また病院の世話になってしまう。
 貝沼が捕まってからの5日間、薪は食事らしい食事をしていない。あの連続殺人が貝沼の仕業だと判明しただけでもかなりのショックだったろうに、彼が留置所で自殺を図り、その脳を自分達で検証しなければならないことになってしまった。
 正直なところ、鈴木は貝沼よりも、留置所の職員の不手際を責めたい気分だった。貝沼が自殺さえしなければ、きちんとした供述も取れただろうし、そうすれば薪の不関与もハッキリしただろう。裁判の結果死刑になって第九に脳が回されてきたとしても、それは何年も先の話で、薪の在任中ではなかったかもしれない。

「薪。大丈夫か?」
 薄暗い部屋の中、ベッドに座ってうなだれている薪の姿を見つけ、鈴木は彼に声を掛けた。窓辺に寄って、日光を取り込もうとブラインドのレバーに手を掛ける。
「開けるな」
 鋭く制止されて、鈴木は手を止める。声の主に目を凝らしてみると、驚いたことに薪は毛布を身体に巻いていた。
「どうしたんだ? 熱でもあるのか」
 今は夏の盛りだ。いくら冷房が効いているとはいえ、毛布が必要なほどの温度ではない。

「鈴木。僕のロッカールームから、ワイシャツ持ってきて」
 横になっていたから皺になってしまって、と言い訳のように付け加えた薪の声が微かに震えている。鈴木は問答無用でブラインドを開け、瞬間、焼けるような夏の日差しが部屋の中に差し込んだ。
 
 部屋が明るくなって、咄嗟に毛布で顔を隠した薪の手を強引に開かせ、鈴木は彼の有様に驚愕する。
 唇の端は切れて血が滲み、頬には引っかき傷があった。隠そうとする薪の手から毛布を奪い取ると、予想通り、彼の身体にはたくさんの痣がついていた。

「……豊村か」
 午前中、仮眠室へ入ったのは薪と彼だけだ。鈴木の席は一番左側の列で、右を見れば全員の姿が目に入る。上野と滝沢は、一度もモニタールームから出なかった。

 細い首筋にくっきりと残った手形を見つけて、鈴木は激しい怒りに駆られる。
 犯そうとしたが抵抗されたので首を絞めた。しかし、日中、しかも職場の仮眠室で? 隣の部屋では同僚が仕事をしているのに? 正気の沙汰とは思えない。

「違うんだ、鈴木」
「なにが違うんだ? 豊村に乱暴されたんだろ?」
 薪は立ち上がり、鈴木の手から毛布を取り返した。それで再び身体を覆うと、やるせなく首を左右に振り、
「このアザをつけたのは豊村だ。だけどあれは違う」
 立っているのも辛いらしく、薪はベッドにドサッと腰を下ろした。毛布に包まれた自分の肩を自分で抱くようにして、両足を座面に上げて膝を抱えた。

「豊村の眼は、正気じゃなかった」
 薪の声にも表情にも、陵辱されたことに対する怒りはなかった。意外なくらい静かな眼で、薪はとつとつと語った。
「貝沼の画に引っ張られたんだ。一時的に錯乱してただけだから、落ち着けば元に戻ると思って。だから僕も、騒がなかった」
 自分の前に突っ立ったままの鈴木を、薪は思い詰めた表情で見上げた。言おうかどうしようか迷う形にくちびるを開き、思い直して引き結び、前歯で下くちびるをきゅっと噛んだ。

「貝沼の脳は特別製だ。これ以上、見続けることは……危険かもしれない」
 仕事に対して、薪がこんな風に不安を訴えるのは初めてだった。薪はいつも強気で自信家で、貪欲なまでに捜査に積極的だった。その薪に、こんなことを言わせるとは。貝沼の狂気は本物だと、今更ながらに鈴木は背筋が寒くなる。
「でも僕は、ちゃんと調べたい。ちゃんと調べて、僕がこの事件に何の関わりもないことを証明したいんだ。だから」
「わかった。豊村や他の連中のケアはオレがする。最後まで頑張ろう」
 華奢な肩を両手で覆って、鈴木は力強く頷いた。薪を安心させる事が、今の自分の一番大事な仕事だと思った。
 
 薪は初めてホッとしたように微笑み、こくりと頷きを返した。鈴木は彼の唇の端を手で触って傷の具合を確認すると、戸棚から救急箱を取り出して傷の手当をしようとした。
「いいよ、大げさなことしなくて」
「顔の方は大したことないみたいだけどさ。その……あっちの方は大変なことになってるんじゃないのか?」
 鈴木が言い辛そうに言うと、薪は呆れた顔になって、
「鈴木。いくら僕だってそこまでされたら、大きな声で助けを呼んでる」
 と、いつもの傲慢さを取り戻して言った。

「未遂だから。安心しろよ」
「なんだ。オレはてっきり最後までやられちゃったのかと」
「下品なこと言うなよ! こんな所でそんなことまでできるわけないだろ!?」
「じゃあ、どこまでされたんだ? パンツの中に手入れられた?」
「いいから、さっさとワイシャツ持って来いよ!」
 深く追求するとまた薪を怒らせそうだったので、鈴木は彼に言われたとおり、ロッカーから着替えを持って来た。

「薪。食欲ないと思うけど、昼飯」
「食べる」
 即行で返って来た答えに、鈴木は驚く。
 いくら言っても駄目だったのに、どういった心境の変化だろう。
「豊村が襲ってきたとき、殆ど抵抗できなかったんだ。ずっと食べてなかったから、身体に力が入らなくて」
 薪は毛布をベッドに落すと、痣だらけの上半身にアイロンの掛かったワイシャツを纏い、さっと袖を通した。細い指先でボタンを留めながら、ハッキリした口調で言う。
「これから何があるか分からないから。食べなきゃ駄目だ」
 薪は根性がある。困難な場面でこそ闘志を燃やすタイプだ。頼もしいと思うと同時に、彼をよく知る鈴木は不安を覚える。

『貝沼の脳は特別製だ』と薪は言った。それは豊村が錯乱したことでも証明された。彼が精神的に未熟なのではない、貝沼が特別なのだ。鈴木でさえ何度か吐き気を覚えたくらいだ。そんな画を、今の薪に見せて大丈夫だろうか。
 薪は今、貝沼の凶行の原因が自分にあったのではないかと不安になっている。そんな精神状態であの画を見続けることは、彼の精神に決定的なダメージを負わせることになるのではないか。

 着替えを済ませる薪の背中で、鈴木はこっそりと決意を固める。
 薪が見る前に、すべての画を自分が見ておこう。そうして、薪が衝撃を受けそうな部分を予め報告書にしておく。何が映っているか前もって知っていれば、衝撃も和らぐだろう。

「あれ? 枕元に置いておいたネクタイと時計は?」
「その辺に落ちてない? ボックスティッシュとか時計とか、手当たり次第に豊村にぶつけたから」
 言われて床を探してみると、ベッドの下に薪の腕時計が落ちていた。が、ネクタイはない。
「時計はあるけど。ネクタイは見つからないな」
「おかしいな」
 他のベッドの下も調べたが、薪のネクタイはどこにも落ちていなかった。

「ネクタイの1本や2本、どうでもいいだろ。早くメシに行こうぜ」
「だって。あのネクタイ、西陣織だったんだぞ」
 鈴木もそれは知っていた。あれは昔、薪と一緒に京都へ旅行に行った折、記念にと1本ずつ買い求めたものだ。薪はそれをとても気に入っていて、何かあるときには必ず身に着けていた。
「小野田さんのところへ定例報告に行かなきゃいけないのに」
「その時は、オレのを貸してやるから」
 未練タラタラの親友を急きたてて、鈴木は仮眠室を出た。グズグズしている暇はない。薪に食事をさせて、豊村を探して、彼のフォローをしなければ。

 その後、薪のお気に入りのネクタイは、思わぬ場所で発見された。
 第九の資料室のドアノブに、輪になってぶら下がっていた。輪の中には豊村の首があり、彼は薪のネクタイにすべてを預けるようして息絶えていた。



*****


 原作では、薪さんのネクタイは使われてません。
 オリジナル設定ばっかりですみません~、てか、すでに薪さんの性格が……二次創作失格のような気がします。(^^;


テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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Mさまへ

Mさま、こんにちは~。
拍手コメ、ありがとうございました。


>薪さん、優しい・・・そして強い、やっぱり薪さんはこうでないと!!!

ですよねっ!
薪さんはとってもお強くていらして、
でもMRIの画を見てショックで気絶しちゃったりして、そのギャップがすんごいんですけど、そこがまたいいんですよね。(^^
プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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