破壊のワルツ(25)

破壊のワルツ(25)




 所長室がある管理棟まで迎えに来てくれるものと思っていた親友の姿がいつになっても見えないので、薪は仕方なく第九へ戻った。歩きながら携帯を鳴らしてみるが、鈴木は一向に電話に出ない。さては雪子とでも一緒にいるのか、と思い、重い足取りが更に重くなった。
 モニタールームに入ると、案の定鈴木はいなかった。
 ずいぶん待たせてしまったから、先に帰ってしまったのだろう。それなら一言言ってくれればいいのに、と強く憤慨し、その苛立ちの強さに、今夜どれだけ自分が彼に傍にいて欲しがっているのかを悟って、泣きたくなった。

「室長」
 無人と思われたモニタールームには2人の部下がいて、薪を驚かせた。鈴木は彼らを先に帰らせると言っていたが、どうやら薪を待っていたらしい。
 自分の席に座っていた上野が立ち上がって、薪を真剣な眼で見て言った。
「豊村のこと、詳しく聞かせてください」
 自分の仲間が自殺したのだ。その理由を知りたいと思うのは当然だ。
 薪は心の底から疲れ果てていたが、彼らの気持ちを汲んで、所長に報告したことをもう一度繰り返した。
「貝沼の画を見て、錯乱して自殺。残念ながらそういうことだ」
 田城に話したことを簡潔に伝えると、薪はそれで話は済んだというように、彼らに早く帰るよう促した。非情なようだが、豊村が死んでも捜査は続ける。所長や局長とも話し合って決めてきたところだ。彼らの精神の安定のためにも、しっかり休息をとらせるべきだ。

「これからも捜査は続けるが、1時間に10分以上、必ず休息をとることにする。夕方は定時まで、夜は捜査をしない。常に2人以上で行動し、言葉や態度に何か不審な兆候が現れた際には、すぐに僕か鈴木に報告を」
 泊り込みの捜査は第九では珍しくないが、今回は犯人の死亡が確認されていることと、なによりも自殺者が出たことで、その再発防止対策を明確にする必要があった。薪は明日の朝礼で発表する心算だったことを、その場で彼らに説明した。

「俺たちは、そんなことが聞きたいんじゃない」
 強い口調で遮られて、薪は声の主を見上げる。薪より20センチも高い位置にある険しい顔を、薪は訝しげに見つめた。
「豊村は、何故死んだんだ?」
「何故って……今、言っただろう。貝沼の画に影響されて、自殺を」
「それだけか?」
 滝沢の口調と目つきに、不穏なものを感じる。これは上司を、仲間を見る眼ではない。取調室で容疑者を見る捜査官のそれだ。
「どういう意味だ」
「おまえのせいじゃないのか、薪」

 直接的な言葉で詰られて、薪は怯んだ。
 責任は感じている。豊村は貝沼の画に影響されて錯乱したのだ、それが分かっていて、でもまさか、彼がその直後にあんな行動を取るとは予測できなかった。他人への破壊衝動が自分へとその向きを変える、その可能性はゼロとは言い切れない。しかしあの時は思いつかなかった。
 あのとき豊村は、不意に薪の首に掛けた手を緩めた。そして逃げるように仮眠室から出て行った。
 その独特の動きと異臭で、彼が突然錯乱状態から醒めた理由を知った。薪にも経験があるが、男の生理は単純だ。抜けば頭は冷える。そういうことなのだろうと思った。
 落ち着いたら、帰って来るだろう。そうしたら「気にするな」と言ってやればいい、と簡単に考えていた。

「彼の行動を予見し切れなかったことは、申し訳ないと思っている。その責任を問うというのなら、上申書でも告発文でも書けばいい」
「ちがう、そんな間接的なことじゃない。俺が言ってるのは、あんたが豊村を殺したんじゃないかってことだ」
 薪は驚いて眼を丸くし、二人の部下の顔を交互に見た。
「ストレート過ぎだ」と上野が滝沢を嗜めるが、彼もまた疑いの眼差しで自分を見ている。しかし、どこからそんな疑いが出てきたのか、薪には不思議でならなかった。

「馬鹿な。どうして僕が豊村を」
「じゃあ、これはなんだ」
 滝沢は急に薪の襟元をつかむと、ネクタイを緩めて引き抜いた。それから力任せに、薪のカッターシャツの前を開いた。白いボタンが弾け飛ぶ。
「やめ……!」

 無理矢理おろされたシャツを背中に回され、薪は後ろ手に腕を拘束された。隠す術を持たない彼の裸体に、ふたりの男の視線が突き刺さる。
 首から下に付けられた無数の赤い痣。それは白い肌に扇情的に映えて、友人を亡くしたばかりの彼らに相応しくない感情を掻き立てた。
「滝沢、やり過ぎだ」
 上野の制止をひと睨みで切って捨てて、滝沢は薪の腕を握る手に力を込めた。現場で鍛えた捜査官の睨みに、上野は弱気に眦を下げる。滝沢と上野では格が違う。止められるわけがなかった。

「豊村に乱暴されたんだろう? それで豊村を」
「ちがう!」
「では何故、豊村はおまえのネクタイで首を吊ってたんだ?」
「そんなこと、僕が知るか!」
 あまりにも馬鹿馬鹿しくて、怒る気にもなれなかった。そんな単純な頭でよく刑事が務まるな、と言い返してやりたかった。

「滝沢、手を放」
「何をしている!」
 大音量の鋭い恫喝に、その場の誰もが竦み上がった。ぎょっとして振り返った3人は、自動ドアから現れた副室長の姿を眼にしてなお、声の主を探した。あの温厚な鈴木が、こんな声を出すとは信じられなかった。
 鈴木は眼を血走らせ、顔を怒りで赤黒く染めて、こちらに走ってきた。滝沢の手から薪の身体を強引に奪い取ると、彼を2人の部下から護るように自分の胸に抱きしめた。
「上官に対する暴力は、重大な職務違反だ。2人とも査問会の覚悟をしておけ!」
 
 一方的に部下を悪者呼ばわりするとは、彼らしくない。豊村のことがあって平静ではいられなくなっているのだろうが、それは上野たちも同じだった。
「暴力を振るっていたわけじゃありません。俺たちはただ、どうして豊村が室長のネクタイで死んでいたのか、その理由を知りたくて」
「それだけじゃない。研究所内の不審死だ、普通なら司法解剖だろう。それをせずに、遺体をさっさと遺族に返したのは何故だ」
 鈴木は薪を抱きしめたまま、凄まじい眼でふたりを睨んだ。まるで親の敵でも見るような怨みの籠もった視線に、上野の腰が引ける。

「何を言い出すんだ、豊村の遺体は検視官がちゃんと調べただろう。その上で自殺の判断を下した。司法解剖をする必要はない」
「そうかな」
 上野は鈴木の剣幕に口を噤んだが、滝沢は食い下がった。年齢的にも捜査官としての実績も自分は引けを取らない、という自信があるのだろう。
「丹念に調べられたらまずい事があったんじゃないのか? 豊村の爪の間から薪の皮膚片が出てきたら、言い逃れのしようがなくなるから、だから圧力を掛けて」
「錯乱した豊村に襲われたんだ、皮膚片くらいついてるだろうさ。でも、それは殺人の証拠にはならない。
 滝沢、おまえは優秀な捜査官という触れ込みだったが、どうやら間違いだったらしいな。その調子で今まで、何人の冤罪を出してきたんだ?」

 鈴木と睨み合っている一人を除いて、残りのふたりはそれぞれの立場から驚いていた。
 薪は、親友のこんな姿を一度も見た事がなかった。鈴木は常にやさしく、相手の気持ちを第一に考えてものを言う男だった。上野は上野で、第九の母親的存在の彼が、自分達に対して牙を剥くこと自体に驚いた。鈴木はいつもニコニコと自分達の不満を聞いてくれ、時に諭し、時に室長に進言してくれる。そうして第九の融和を図ることを最優先に考えていた彼が、こんなに好戦的に皮肉を言うなんて。

「おまえらが薪に下らない疑いを掛けていたことはわかった。が、それと薪のシャツを脱がすことと、どういう関係があるんだ? 自白させるために拷問でもする気でいたのか」
「まさか。俺たちだって、本気で室長が豊村を殺したなんて思ってないです」
 止まらない鈴木の舌鋒を受けて、上野が懸命に自分達の言い分を主張する。滝沢が暴走しているのも事実だ。ここは自分が収めないと、決定的な亀裂が入ってしまう。
「でも、豊村がその……室長に乱暴を働いたことを知って、室長のプライドの高さは知ってますから、つい不安になって」
「そんなことくらいでいちいち殺したりするか!!」
 下手に出た心算が一喝されて、上野はますます身を縮こめる。普段怒らないひとに怒られるのは、ものすごく怖い。

「薪はな、昔っから襲われキャラなんだ! 電車に乗れば痴漢に遭うし、道を聞かれれば物陰に引きずり込まれるし、倉庫で片付け物をしてれば床に押し倒される!」
「鈴木っ! なに人の過去暴露してくれてんだよ!!」
「裸に剥かれて突っ込まれる寸前なんて、両手で足りないくらい経験済みなんだよっ! 日常茶飯なんだ、あんなの!」
「ちょっと待ってっ! 鈴木、僕を社会的に抹殺しようとしてる!?」
 これ以上鈴木に喋らせたくなくて、薪は必死に声を上げた。彼がずっと自分を抱きしめたままなのも気になっていた。鈴木は今まで、人前では絶対に自分の身体に触れなかったのに。

「とにかく、薪は殺していない」
 鈴木はその一言でその場を切り上げ、薪を庇いながら室長室へ入って行った。緊張の糸が切れたように、上野がどっかりと椅子に腰を下ろす。
「こ、怖かった……あんな副室長、初めて見たよ」
「ふん、馬脚を現したな。聖人君子を気取りながら、中身はあんなもんだ。大事な大事な薪のためなら、一瞬で鬼になれるんだ」
「滝沢も悪いんだぞ。あんなやり方して」
 仲間が死んで哀しかったのは上野も同じだが、滝沢はそれを怒りに変換させてしまったのだろう。辛い気持ちを誰かにぶつけなければ、やりきれなかったのかもしれない。

「なあ。本気で室長を疑ってるわけじゃないんだろ? あの人のことだ、本当に殺人を犯すとしたら、自分のネクタイを使って絞め殺すなんて真似はしないだろ」
「しないだろうな。やるとしたら、日を改める。自分に嫌疑が掛かるようなヘマはやらないだろう。でもな」
 滝沢はギロッと目を剥き、ドアの向こうの薪を見据えるように強い眼差しで室長室の方向を睨んだ。
「あのプライドの高い男が、そんな辱めを受けて黙ってるわけがない。正気に戻って、自分のやったことを悔やんでいる豊村に、死んで詫びろとでも言ったんじゃないか」

 座っている上野を見下ろして、滝沢は断定的に言う。
「きっと豊村は、室長のせいで死んだんだ。あの室長なら言いかねない」
「滝沢……ちょっと落ち着けよ。場所変えて話そうぜ」
 室長室の薄いドアに気兼ねして、上野は声を潜める。これ以上ここで話していると、また副室長に怒鳴られそうだ。

 上野は立ち上がり、鞄を持って滝沢の背中をぽんと叩いた。
 自分たちは今日、同僚を亡くしたのだ。彼の思い出も語りたかったし、その相手は同じ職場仲間の滝沢が相応しいと思った。
 滝沢は苦く笑って、自分も鞄を取り上げると、上野と並んでモニタールームを後にした。




テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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Aさまへ

鍵拍手いただきました Aさまへ

Aさま、こんにちは~。

>鈴木さんが庇ってくれたのは嬉しかったのですが゛襲われキャラ゜発言で緊迫した場面がギャグのようになってしまった(笑)

はい、ギャグのようじゃなくて、ここは純粋にギャグなんですよ。
どんなに緊迫した場面でもおちょくらずにいられない、この性癖を直さないといつか刺されると思います★


>薪さんは数々の体験で中々、人に気を許せない性格に!?

原作の薪さんの過去も、こんなんだったらどうしましょう。(爆)


滝沢さんが上野くんより激しているのは、密かに豊村くんに好意を寄せていたから、ではありません。 (いや、そんなこと誰も言ってないから)
とにかく、この滝沢さんは悪い人なんですよ。
お楽しみに~♪

Mさまへ

つらい思いをさせてすみません、で、
Mさまのおつらさの原因は、

1.薪さんの羞恥プレイ。 
2.薪さんにかけられたファムファタール疑惑。 (え)
3.鈴木さんが明かした薪さんの過去のご乱行。 (!!?)

のうちのどれでしょう?

え、4.の「読みづらい」 ですか?
・・・・・・・・・・・・キュウ☆
プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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おかげさまで8歳になりました(^^♪
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