破壊のワルツ(27)

破壊のワルツ(27)





 行きつけの居酒屋への道すがら、上野は滝沢に昔話をしていた。
 自分の2ヶ月後に、豊村が第九に入ってきたこと。その頃いた職員も後から入ってきた職員もみんな異動してしまって、彼と自分だけがあの室長の下で2年も耐えていた、という内容のことを冗談交じりに話した。

「豊村はさ、あの性格だから。叱られれば凹むけど、褒められればすぐ立ち直る。うちの室長と副室長は北風と太陽みたいなもんだから、あいつ、いいように操られて」
 豊村の愛すべき単純さを思い出して、上野は苦笑する。あんなに明るくていいやつだったのに、どうしてあんなことを。室長に乱暴を働いたことも、自殺したことも、まだ信じられない。

 貝沼の画は確かに凄まじかったが、上野には他の猟奇事件をパワーアップしたくらいにしか感じられなかった。だから正直に言うと、豊村がどうして貝沼の画に引きずられたのか、解らなかった。豊村だけではない。室長がMRIを見て貧血を起こしたのも初めてだったし、副室長の鈴木があんなに目を血走らせているのも初めてだ。
 自分にはさほど影響を与えない貝沼清孝の画。彼らと自分の違いは、どこにあるのだろう?

「それに、豊村は室長に憧れて第九に来た口だから。うちの室長は、あの実績であの性格だからな。好かれるか嫌われるか、両極端でさ。前に第九を辞めてったやつなんか」
「憧れが高じて、あんな暴挙に出たというわけか。しかし、それは愛情の裏返しだったわけだろう。それなのに、自殺するほど責めるなんて……やっぱり俺は、室長を許せない」
 上野はちょっと考えて、しかしやっぱり自分の意見を言うことにした。滝沢は、同僚を失った悲しみのせいで視野が狭くなっている。彼の凝り固まった気持ちをほぐしてやりたいと思った。

「言わないと思う」
 滝沢よりも、自分の方が薪との付き合いは長い。彼の人となりは、滝沢よりも知っているという自負があった。
「室長はたしかに口が悪いし、嫌味も皮肉も半端ないけど。仕事に対する情熱だけは本物だ。どうしてそんなに一生懸命に仕事をするのか、訊いた事がある。そうしたら、人の命を奪う行為が許せないって言ってた。だから、人に向かって死ねとは言わないと思う」
 上野は滝沢を穏やかな眼で見つめ、彼の気持ちを宥めようとした。以前、自分と豊村が副室長に室長への不満を訴えた折、彼が自分たちに向けてくれた暖かい笑顔を思い出して、彼のように相手の気持ちに寄り添おうと努めた。

「それに、豊村は室長を尊敬していたから。豊村がこの様子を見たら、きっと悲しむよ」
「おまえはいいのか、上野。おまえが2課で不遇をかこったのは、室長の」
「あれはもういい」
 副室長を真似て、寛大にひとを許そうと思った。今夜の鈴木は尋常ではなかったが、明日になればいつもの彼に戻るだろう。同僚があんな死に方をしたのだ、今夜は誰もが平常でなくて当たり前だ。
「何かの間違いだ。室長、そんなに器用なタイプじゃない。本当だったとしても、そこまで俺を買ってくれたと思うことにする。そのほうが建設的だろ」
 上野が笑って見せると、滝沢はむっつりと考え込む様子だったが、やがてこくりと頷いた。彼は尊大な雰囲気を持ってはいるが、決して頑固ではない。
「分かった。おまえがそう言うなら、俺ももう、この件に関しては騒ぎ立てすまい。明日室長に謝罪して、一からやり直しだ」
「ああ、明日のほうがいい。俺も一緒に謝りに行く」

 科警研の裏庭を抜けた時、上野の携帯が鳴った。母親からだった。同僚が事故にあって亡くなり、それで今日は遅くなる、と伝えて電話を切った。
 同僚に母親との会話を聞かれたのが何となく気恥ずかしくて、上野は照れ隠しにエヘヘと笑った。
「うちのお袋、心配性でさ。残業のときは必ず電話してたんだけど、今日はあの騒ぎで」
 何気なく携帯の画面を見ながら、言い訳めいた口調で30近い息子の帰りが8時を回ったくらいで電話してくる過保護な親の説明をしていた上野は、液晶画面の右上に点滅する小さな封筒のマークに気付いた。

「あれ。メール着てる」
 歩きながら手馴れた手つきで操作をし、受信ボックスを表示する。そこに現れた名前を確認して、上野の足が止まった。

「…………豊村からだ」

 隣で滝沢が歩みを止め、上野を見つめた。
 夏特有の蒸し暑い風が2人の間を通り過ぎ、彼らがそれぞれの手に持ったジャケットの裾をはためかせた。
 画面に眼を走らせ、上野は低い声で言った。

「滝沢。どうして豊村が室長を襲ったことを知っていたんだ?」
「さっき言っただろう。豊村から聞いたんだ。自分のしたことを、とても悔やんでいた。だから豊村はきっと」
「『上野、おまえにだけは告白しておく』」
 画面に打ち出された文章を読み上げて、上野は信じがたい思いで目の前の同僚を見た。

「俺にだけ、と書いてある。どうしておまえが知ってるんだ」
「何をこだわってるんだ、上野。そのメールを打ったあとに、俺が豊村と話をして彼から真実を聞いた。それだけの話だろう」
 突然頑なになった上野の本意がわからず、滝沢は首を傾げた。慌てる様子もなく落ち着いている彼を見て、上野は自分の脳裏を過ぎった不安の正体を知る。
 滝沢は、豊村の死を悼んでいる振りをしていただけではないのか。彼の目的は豊村の無念を晴らすことではなく、室長を陥れるため。逆に、豊村の死を利用して……?

 上野は、携帯の画面を滝沢に向けて、彼の前に突き出した。滝沢は冷静にそれを読み、重々しく頷いた。
『俺は室長にひどいことをしてしまった。許してもらえるとは思っていないが、謝罪の上、責任を取るつもりだ』
「かわいそうに。やっぱり、豊村は自分のしたことを悔やんで」
「謝罪の上、と書いてある。書いてある以上、豊村は室長に詫びを入れる前に死んだりしない。それに『責任を取る』って、こういう場合普通は『辞表を書く』という意味じゃないか?」
「いや、豊村ははっきり言った。あんなことをしてしまって、俺にはもう生きる資格がないと……そんなことはないと慰めたんだが、力不足だったらしい。そう考えると、豊村の自殺は、俺にも責任が」
 上野は親指をすばやく動かして、画面をスクロールした。豊村の最後の手紙の下方には、彼の最後の言葉が残されていた。

『滝沢には、気をつけろ』

「これは、どういう意味なんだ? これを打ったときの豊村が、錯乱してたとは言わせないぞ。あいつは正気に戻ったからこの手紙を書いた、そうだろう?」
 上野は画面を滝沢に近づけ、彼に詰め寄った。
 今回の事件で、室長も副室長も何かを隠しているが、滝沢も同じだ。上司2人には言えないこともあるのかもしれないが、せめて同僚の彼だけは、自分にすべてを打ち明けてほしかった。

 滝沢は黙って上野の様子を見ていたが、やがて肩をすくめると、おもむろに鞄と上着を地面に置いた。
 上野が彼の行動の意味を考える間もなく、滝沢は彼の後ろに回り、太い腕で彼の総頚動脈を圧迫した。痕が残らないように、指ではなく面積の広い腕を使う。現場の経験が長い滝沢にとって、それは当たり前の知識だった。

「ったく。おまえみたいに種を蒔いても、芽の出ないやつもいるんだな。役に立たないやつは、死ねよ」

 腕の力を徐々に強くしながら、滝沢は豊村との最後の会話を思い出している。
 まさかあのとき、豊村が自分と会話をしながら上野にこのメールを残していたとは。単純な男だと決め付けて、彼を侮っていた。

 仮眠室から出てきた豊村の様子は、明らかにおかしかった。貝沼の画を夢中で見ていた他の2人は気付かなかったようだが、目的を持って彼を仮眠室に送り込んだ滝沢には、一目瞭然の異変だった。
 彼の後を追って、滝沢はそっと執務室を離れた。
 豊村はおぼつかない足取りで、洗面所に入っていった。彼はしばらくの間個室に篭っていたが、やがて出てきて、冷たい水で顔を洗った。両手を洗面台に載せ、鏡の中の自分に向かって深いため息をついた。それから、使い終わったハンカチをスラックスのポケットに突っ込んだ。

「豊村。大丈夫か」
 友人を心配する親切な同僚を装って、滝沢は豊村の前に姿を現した。
 豊村は滝沢に気付いて、いつになく好戦的な目つきでこちらを見た。黙ったまま、ポケットから手も出さずに、挙句には左手まで反対側のポケットに入れて、ついと横を向いた。

「何を持っている?」
 彼の左側のポケットが不自然に膨らんでいるのに気付いて、滝沢は訊いた。豊村は素直に中身を取り出し、滝沢に見せた。
「室長のネクタイじゃないか。どうしたんだ」
 滝沢の問いに、豊村は答えなかった。じっと考え込むように、夏らしい薄青色のネクタイを見ていた。
 やがて豊村は顔を上げた。それは、彼が滝沢に初めて見せる不信に曇った顔だった。

「滝沢。どうしておれに、室長と貝沼の接点を教えたんだ?」
「捜査をする上で、情報は多いほうがいいと思ったからだ」
「上野は知らないみたいだった。おまえはどこからその情報を得たんだ?」
 滝沢は黙り込んだ。豊村の小動物のように丸い目は、次第に疑いの色を濃くしていく。

「被害者の少年を見るたびに、おまえは室長のことを引き合いに出して。どうしてあんなに何度も『室長に似てる』って言ったんだ?」
 豊村は左手で薪のネクタイをぎゅっと握り、詰問口調で滝沢に詰め寄った。彼の中に生まれた猜疑が、瞬く間に大きくなっていくのが解った。
「おれはどうも、おまえに誘導されていたような気がしてならない。今回のことも、以前、室長と派手な喧嘩になったときも。おまえは巧妙に、おれを気遣う振りをしながら室長の悪いイメージをおれに吹き込んで、それも少しずつ少しずつ、長い時間を掛けておれが室長に刃向かうように仕向け……!!」

「残念だ、豊村。おまえはもっと使える男だと思っていた」
 静かに呟きながら、滝沢は今と同じように、豊村の首を絞めた。痕が付かないように注意深く、彼が意識を失うまで締め続けた。

 人間を気絶させるには、実はそれほど長い時間は要らない。窒息死させるには8分以上気道を閉塞させなければいけないが、失神させるにはものの10秒もあれば十分だ。首の左右の総頚動脈を堰き止めれば、脳に回る血が不足して人は簡単に意識を失くす。

 豊村が動かなくなったのを確認して、滝沢は床に落ちたネクタイを取り上げた。そのネクタイを豊村の首に巻きつけ、背中合わせになって彼を背負った。
 このやり方だと、殆ど縊死と区別が付かない。司法解剖をすれば器官の潰れ具合から判明することもあるが、検視の段階ではまず気付かない。そしておそらく、上層部は警察内部で起きた身内の自殺を司法解剖に回さない。万が一、誰かに殺された事実が出てきてしまったら、自殺以上のスキャンダルになってしまうからだ。そんな危険な賭けはしない。

 滝沢は豊村の死体を誰にも見られないように資料室まで運び、ドアノブに吊るして、彼が自殺したように見せかけた。昼になっても姿を現さない豊村を心配して彼を探しに行った鈴木が、その死体を発見したというわけだ。

 初めて自分の手で人を殺したことに、滝沢はさしたる感慨も抱かなかった。
 彼もまた、気付いていなかった。
 貝沼の脳に操られ、自分が彼の手足となって、薪の心に貝沼の恐怖を残すべく動かされているという事実に。

 10秒も経たないうち、上野は気を失って滝沢にもたれ掛かってきた。
 ぐったりとした上野の身体を、滝沢は無造作に肩に担ぎ上げた。それから2人分の荷物を左手に抱えると、今来た道を引き返していった。




*****


 わたし、滝沢さんはいい人だと信じています。(嘘じゃないよ~!)
 きっと彼は、『よそ者は黙ってろ』と言った人たちと敵対する勢力のスパイで、今は薪さんの完全な味方ではないけれど、共通の敵と戦っているという点に置いて利害が一致しているから、最終的には味方になってくれると思うの。 もちろん、宇野さんにも危害を加えたりしないと思う。
 滝沢さん、みんなの白眼視に負けないでがんばって!
 って、こんなん書いてるわたしに応援されても、迷惑かしら。(笑)



テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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非公開コメント

Aさまへ

Aさま、こんにちは。

ええ、そうですよね、まさか殺人まで行くとは・・・・・こんなん書いて大丈夫か、わたし。(^^;
滝沢さんは主要キャラですからね。 彼にそんな不名誉な過去をつけてしまうのはどうかとも思ったんですけど、面白そうだから書いちゃいました。←無責任。
でも、一応サスペンス仕立てで書いたつもりなので、Aさまにどきどきしていただけて嬉しいです~。 


>個人的に私の中の上野のビジュアルイメージはなぜか宇野なので、もう死ぬのかと思うと非常に切ないです。

そうなんですか?
上野さんは豊村くんより2歳お兄さん、でしたよね。その分、人生経験もちょっとだけ豊富、でも鈴木さんや滝沢さんには全然敵わない、という位置づけで書いてます。 穏やかで冷静で、自分をしっかり持っているところは宇野さんと似ているかもしれませんね。


>ところで、原作の今発売されている号を読んだとき、このまま宇野は滝沢にトイレで・・・・・

あはははははっ!!!
それはないでしょう、でも、殺されちゃうよりはいい! ぜんぜんいいですよ、OK牧場ですよっ! 
↑ 旧世紀のオヤジギャグが炸裂するくらい可笑しかったです~~! さすがAさま!!

楽しいコメントありがとうございました♪

Aさまへ

4月10日 14時に鍵拍手コメントいただきました Aさまへ

Aさま、こんにちは。


>おおっ、二人の部下は自殺じゃなくて滝沢が殺したって斬新な発想ですね!ほんと、思いもよらなかったです。

驚いてくださってうれしいです~。←不謹慎かしら(^^;


>鈴木さんに対しては原作でも怪しいところがありますが・・

これは鈴木さんの死因に関してですか?
薪さんに拳銃を渡したのは滝沢さんではないか、ということですか?
薪さんを「薪」と呼び捨てにする人間は、鈴木さんと滝沢さんしかいないですからね。 多分そうなんでしょうね。 でも、それだと不思議なことがあるんですけど、
えっと、
鈴木さんの発砲事件を機に、貝沼事件の捜査は打ち切られたはずです。 となると、滝沢さんはいつ発狂して入院したんでしょう? 不自然じゃないですか?
それに気付かず、追求もしない薪さん、というのもおかしいと思うんですけど。  


>宇野さんまでネクタイで首を

ぎゃーーーー!!!
ないです、ない! それはないですよっ! 
宇野さんが、あのバラ柄のネクタイでっ、あ、なんかリアルに想像でき・・・・・・
そういえば、豊村くんの殺害現場はトイレでしたね。 これを書いたのは2月の半ばなんですけど、4月号のシーンと偶然被ったんだなあ。 
・・・・・・6月号も、心臓に悪そうですね。(^^;

Mさまへ

拍手コメントいただきました Mさまへ

ふふふふ、怖かったですか?
書いてるほうはとっても楽しかったですっ! ←鬼。

悲鳴を上げてるMさまがかわいいです。 抱きしめて慰めてあげたくなch・・・・・自重。
プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

法医第十研究室へようこそ!
おかげさまで8歳になりました(^^♪
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