破壊のワルツ(29)

 昨日は強い余震がありましたね。
 みなさま、お怪我などなかったでしょうか?

 うちの地域は震度5強というけっこうな揺れだったのですけど、津波警報が出されて焦りました。 
 茨城県の海岸って、うちの社員が行ってるよ! (津波によって街中に運ばれた砂を砂浜に戻す作業をしています)
 無事を確かめようにも、地震直後は電話がつながらなくて。 連絡がついたときには、ホッとしました。
 で、一段落したと思ったら、水道局のひとが来て、浄水場の配管が割れたから直してくれって。 結局、夜の10時までかかって直しました~。 みんな、お疲れさん。

 昨夜は何度も揺れが繰り返されて、みなさまも、そのたびに不安が募っていったことと思います。
 わたしもオットや社員が復旧作業に出かけていたので、揺れるたびに不安でした。
 本当に、早く治まってくれることを祈るばかりです。






破壊のワルツ(29)




 悪夢に続く悪夢で割れるように痛む頭を抱えて、薪は第九へ戻ってきた。

 警察庁長官以下上層部の殆どが招集された緊急対策会議では、第九と、その設立を支援した官房長の派閥が徹底的に糾弾された。次長は事なかれ主義の長官を取り込み、第九研究室の廃止を提案した。官房長派はもちろん反対したが、2人も自殺者を出したとあっては、その発言力は弱かった。
 しかし、実際問題として、廃止もまた困難だった。
 第九は科警研の金食い虫と評されるように、多大な資金の動く公共機関だ。今現在、それに関わるものたちや、第九設立に加担した政治家たちの強い圧力は避けられない。
 そこまで考えていた次長が、代替案として出したのが、室長の人事権の剥奪と、官房室および警視総監による第九の二重の管理体制だった。

 今まで、第九の職員の選定は室長によって行われていた。実際に人事を発令していたのは官房室だが、薪が望む人事は小野田に伝えれば、だいたいはそのまま通った。各所の課長は官房室には逆らえなかったし、本人には鈴木が根回しをしておいてくれたからだ。
 しかし、これ以降、薪は勝手に警視庁内の職員を第九に引っ張ることができなくなった。彼の権限で第九に招くことができるのは所轄の人間、それも警部補までの階級のものと限られた。残りは警視総監側からと官房室側から、同数の職員が選定されることになった。
 ある程度のペナルティは覚悟していたが、一番の危惧だった室長の交代の話は何故か出なかった。それは、薪の脳にしまいこまれた数多くの秘密のせいかもしれなかった。
 室長の役職から外して第九以外の部署に出すよりは、このまま第九で飼い殺しにしよう。そう判断されたのかもしれない。

 何とか首のつながった自分の職場に帰ってきた薪を迎えたのは、心を許した副室長ではなく、いまひとつ反りの合わない部下だった。そこで薪は、またもやひとつの問題を抱えることになる。

「鈴木が? おまえに殴りかかった?」
「ああ。見てくれ、この顔」
 滝沢の言う通り、彼の頬は腫れ上がり、内出血の痣も見て取れた。しかし、あの穏やかな鈴木が他人に暴力を振るうなんて。俄かには信じがたい。

「滝沢。おまえ、何か鈴木を怒らせるようなことを言ったんじゃないのか?」
「殴られても、俺のほうが悪者かよ」
 滝沢は不満そうな口調で言い返したが、直ぐにその態度を改めて、
「鈴木のやつ、眼がおかしかった。豊村や上野と同じ兆候が現れている」
 死んだ二人の名前を出されて、薪の表情が凍る。
 鈴木が彼らと同じことになったら、と想像したのだろう。見る見る間に青ざめて、仕事のことは見事なポーカーフェイスで通すのに、こちらの方は本当にわかりやすい男だ。

「鈴木はどこに?」
「特捜の部屋に篭って、一人で画を見てる」
「おまえ、鈴木が精神的に不安定になってるって、今言ったじゃないか。そんな状態の鈴木を独りにしたのか」
「鈴木が俺と一緒に仕事をしたがらないんだ。仕方ないだろう」
 チッと舌打ちして、薪はモニタールームを出て行った。その背中に、滝沢は追い銭代わりの情報を投げかける。
「鈴木のやつ、昨夜一晩中、MRIを見ていたらしいぞ」

 自動ドアの手前で、薪はぎょっとして振り返った。
 タクシーから降りて鈴木と別れた後、彼は自宅へ帰ったものと思っていた。冷静な鈴木らしくない、豊村の死を目の当たりにして乱れた精神状態であの画を見続けるなんて、どうしてそんな無茶な真似をしたのだろう。

 滝沢の言ったとおり、特捜に使う第4モニター室に鈴木はいた。
 大きな背中を少し丸めて、その後姿は昨日までの彼と何も変わらないように見えた。ほっとして彼に近づいた薪は、しかしその場に立ち竦んだ。

 どうしてだろう、すごく不安な気分だ。

 鈴木は薪の精神安定剤だ。仕事で躓いたとき、嫌なことがあったとき、すべてを投げ出して第九から逃げ出したくなったときでさえ、鈴木が傍にいてくれれば平常心を取り戻せた。鈴木に感情をぶつけて言いたい放題毒づいて、それで次の日からは元気に仕事ができた。鈴木はいつも、薪に癒しと活力を与えてくれたのだ。

 薪が後ろから近づいてきたことに、鈴木は気付かない。それも異変のひとつだった。
 鈴木はどんな人ごみからでも薪を見つけることができたし、どんなに遠くからでも彼の視線を感じ取ることができたはずなのに。

「鈴木。少し休んだらどうだ」
 しばらく隣に立っていても、鈴木が自分に気付く様子がないので、薪は慎重に声をかけた。鈴木はハッとして振り向き、充血で真っ赤になった目で薪の顔を見つめた。
「根を詰めすぎてはよくない。食事はしたのか?」
「ああ」
 素っ気無く言って、再び画面に向かう。そんな鈴木の態度に、薪はますます不安を募らせた。
 いつもの鈴木なら、針の筵のような会議から帰ってきた薪を気遣って、優しい言葉をかけてくれる。根掘り葉掘り訊くことはしないが、代わりに薪の好きなコーヒーを淹れてくれたり、日曜日にどこかへ行こうか、などと気晴らしに誘ってくれたりする。そんな鈴木が、薪の顔もロクに見ないなんて。

 現在、彼の関心を集めているのは貝沼が殺した被害者の画らしい。
 貝沼は、少年のふくらはぎから肉をきれいにこそげとって、肉切り包丁で細かく叩いている。まな板の隣には卵に小麦粉。何をしようとしているのか一目瞭然だ。
 こんな画は珍しくもない。今までに何件も見てきた。しかし、このフリークスな犯行が自分に起因するものであったら、という微かな不安が、薪の精神を追い詰める。乱れた心でその画像を見ることは耐え難く、薪は画面から顔を背けた。

「鈴木」
 MRIマウスから離れない鈴木の手に自分の手を重ねて映像を止め、薪は事の真偽を問い質した。
「滝沢を殴ったって、本当か」

「あいつは!」
 いきなり大声で返されて、薪はびっくりして眼を丸くした。反射的に手を離し、後ろへと一歩退がる。

「あいつはおまえに危害を加えた、だから!」
「そんなに大声を出さなくても聞こえる。鈴木、ちょっと落ち着いて」
「おまえを辱めたからオレはそれが許せなくて!」
 鈴木が自分のことで怒ってくれるのは普段ならうれしいことなのだが、今日のこれは呑気に喜んでいる場合ではなかった。

「薪を苦しめるやつは許さないんだ、オレは絶対に許さない、絶対ぜったいぜったいいいい……」
 鈴木はカッと眼を開いたまま、呪文のように繰り返した。瞬きの回数が、異様に少なかった。喋り方も言葉選びも、いつもの鈴木ではなかった。

 早く休ませないと大変なことになる、と薪は思い、彼を落ち着かせようとして、もう一度彼の手に自分の手を添えた。
「鈴木、僕は滝沢に危害を加えられたりしていない。おまえの誤解だ。僕を襲ったのは豊村だ。彼はもう死んだ。僕を危険な目に遭わせる人間は、この世に存在しない」
 薪が手を握ると、鈴木は少しだけ落ち着いたようだった。マウスを操る手を止めて、大人しく薪の話に耳を傾ける。
 
「昨夜もここに泊まって捜査をしていたんだって? ダメじゃないか、そんな無理をしては。昨日、決めただろう? 1時間につき10分以上の休憩、夜は捜査をしないこと。副室長のおまえに率先して破られたら、僕の立場がない」
 薪はできるだけやさしい口調を心がけて、鈴木を諭した。両手で彼の大きな右手を包んで、彼を安心させようと微笑んだ。熱に浮かされたような彼の黒い瞳が薪を見て、鈴木は幼い子供に戻ったようにカクンと首をかしげた。
「薪……困ってる?」
「ああ、困るよ。鈴木が決まりを守ってくれないと、僕が困る。昨夜の代休だ、今日は自宅でゆっくり休んでくれ」
 送って行ってやりたいが、室長の自分はここを離れられない。研究室にはまだ滝沢が残っている。彼が他の3人と同じ精神状態に陥らないとは限らない。

「仕事が引けたらおまえの家に行くからな。ちゃんと休んだかどうか、直ぐに分かるぞ」
 鈴木をタクシーに乗せて研究室から送り出し、念のため、彼の母親に電話を入れた。詳しいことは話せなかったが、「昨夜無理をしたので、昼間ゆっくり寝かせてください」とだけ頼んだ。

 モニタールームに戻ると、滝沢が一人で黙々と仕事をしていた。
「薪。追加の人員はいつ入るんだ? まさか、俺とおまえとで28件全部見ろって訳じゃないだろう」
 横柄な口調で、ずけずけとものを言う。彼の尊大さが、今はありがたかった。
「なるべく早く入れてくれるように、田城さんに頼んでおいた」
「人任せだなんて、何を呑気に構えてるんだ。無理矢理にでも引っ張ってこいよ、緊急事態なんだから。このままだと俺はカクジツに過労死だ。第九全員死に絶えるぞ」
「僕にはもう、人事権はない。室長を続ける代わりに、色々な特権は剥奪されたよ」
 滝沢は手を止めて、薪の方を見た。何か言おうとして口を開くが、いい言葉が見つからなかったのか、一言も発せずに口を結んだ。

「滝沢。僕はこれから、上野の自宅へ事情を説明に行かなくてはならない。昨日言ったように、必ず充分な休憩を取って、危険だと思ったら見なくていい」
「安心しろ。俺はあいつらとは年季の入り方が違う」
 滝沢は不遜に言い切ったが、あの鈴木でさえ引き込まれたのだ。薪は不安だった。
「とにかく、無理はするな」

 刑事と言う危険な職業について10年以上にもなれば、知り合いや同期の中にも殉職者は出る。しかし、自殺者は初めてだ。それも立て続けに、2人もの部下の自殺を防げなかったなんて。
 彼らはサインを出していた。特に豊村は、あんなに明確なサインを。今思えば、あれは追い詰められた豊村が、自分に助けを求めてきていたのだ。それなのに自分は、自分の心配ばかりして、彼らのサインに気付きながら何の手立ても講じなかった。
 
 滝沢に言われたことは、的外れなんかじゃない。自分の責任は、重い。
 彼らに対して、自分は何ができるだろう。残された遺族に対して、何が。

 自分に課せられた使命、その重責を思うと、息ができないくらい苦しくなる。その上に貝沼による不安要素が重なって、薪は自分の限界をひしひしと感じていた。




テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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Aさまへ

Aさま、こんにちは(^^

ねぎらいのお言葉をありがとうございます!
Aさまも、大丈夫でしたか?
毎日余震が続くものですから、もうすっかり慣れてしまって、震度3までの地震では椅子から立ち上がることもしなくなってしまったしづですが、
さすがに、震度5強は驚きました。


北茨城への視察は、
違う日でよかったですね!
津波は本当に怖いですから・・・・・。



>薪さん、飼い殺しって本当かもしれませんね。

原作の薪さんも、やられてるんじゃないのかな?
あれだけの秘密を知っている薪さんを、外へは出せないと思うんですよね。 敵対派閥の権力者に取り込まれたら、厄介だから。


>鈴木さんが狂っていく様子が生々しいです(´д`)

ありがとうございます! (あれ?褒め言葉ですよね?)←心の底からアクマ。
生々しさを感じてくれたら、書き手はうれしいです。(^^


>原作では鈴木さんの前に入院したことになっているから薪さんに銃を渡したのは夢にすぎないのか・・・

あー、きっとこれは、何かアクロバティックな手法が用いられていて、
だからあれは多分、滝沢さんです。 彼以外、薪さんを呼び捨てする人はいないでしょうから。
それとも、夢だから、ということで、拳銃を渡したのが誰かは最後まで判明しないのかもしれませんね。 
いろいろな予想ができて、本当に秘密は楽しいですね♪
プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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