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室長の災難(17)

室長の災難(17)







「着きましたよ、薪さん。起きてください」
 薪のマンションに帰り着き、青木は薪に声をかけた。せっかく良く眠っている薪を起こすのは忍びなかったが、仕方ない。
 薪の部屋は2階である。運ぶのはわけはないが、薪のマンションの鍵は瞳孔センサー方式だ。他人では、部屋の鍵を開けることができない。

 呼びかけると、薪はすぐに眼を覚ました。寝ぼけながらも暗証番号を押す。小さなカメラが現れて薪の瞳を確認し、ドアのロックが外れた。
 玄関の叩き口に薪を座らせる。濡れタオルで足を拭いてやり、汚れを落とす。血は止まったようだ。仕事熱心な上司が眠っているのを良いことに、途中の薬局で血止めのスプレーを買って塗っておいたのが功を奏したらしい。
もう一度スプレーを吹き付けて、抱えあげる。ソファに座らせて、青木は部屋の中を見回した。

「薪さん。今日はもう休んでください。パジャマ、どこですか?」
 寝ぼけているのか、薪の様子がおかしい。
 だいたい、されるがままになっているのがヘンだ。普段なら他人に足を拭かせたりしない。薪は世話を焼かれるのを嫌う性格なのだ。
「薪さん?大丈夫ですか?」
 顔を覗き込むと、薪は青木を見てうっとりと微笑んだ。

「うふっ」
 ……うふっ?

 いまだかつて、この厳しい上司がこんな風に微笑むのを見たことがない。それはまさに蕩けるような微笑だったが、青木には違和感のほうが大きかった。
 借り物の背広を脱ぎ、すでに服の役目をしていなかったキャミソールを脱ぎ捨てる。同性の裸体ではあるが、個人的な事情でとても直視できない。
 眼を逸らした青木の頬に、華奢な手が伸びてくる。そのまま頭を掴まれて、引き寄せられる。その力はやはり女のものではない。
 半開きになった唇が近づいてくる。いつも思わず目を奪われるつややかな唇は、今日に限っては妖艶な娼婦のようで、男の欲望を直撃する。
 
「ま、薪さん? どうしたんですか? ちょ、ちょっと」
 噛み付くような、キス。
「ん……っふ……」
 扇情的な喘ぎを織り交ぜながら、ねっとりと舌を絡めてくる。激しく性急で追い詰められているかのように、それはあまりにも甘い媚薬だった。
 しかし。

 悲しいかな、これはクスリのせいだということも青木には分かっていた。そして、この夢が覚めたら間違いなく薪の怒りを買うであろうことも。理不尽だが、それは確実だった。

 最大級の努力でもって薪の身体を引き離し、青木は携帯電話を取り出した。まだ起きていてくれるといいが。
『はい三好。青木くん? どうしたの』
「三好先生、助けてください――――! 薪さんがヘンなんです!」




*****





 雪子はまだ仕事中だった。昼間解剖した5人目の被害者の解剖所見を纏めていたのだ。
「ヘンて?」
 電話の向こうでは、青木がパニクった声を出している。何事かあったようだ。

『発情期の動物みたいなんですよ! これ、あのドラックのせいですよね? どうしたらいいですか?』
「解毒剤は?」
『現場で飲みました。でも、家に帰ってきてからまたおかしくなったんですよ。現場では落ち着いてたんですけど……ちょ、ちょっと薪さん、やめてください! そんなとこ触っちゃ駄目ですってば!』
「なんか楽しそうね」
 今から車で薪の家まで行って、見物したいくらいだ。
「そこは薪くんの家なの? 周りには誰もいない? じゃあベッドに縛り付けておけば大丈夫よ。そのドラックは副作用がないから。せいぜい残っても頭痛と倦怠感。一晩寝れば元に戻るわ」
『そんなことできませんよ! できる状況じゃないんです、わあっ!』
 おもしろい。テレビ電話じゃないのが残念だわ、と雪子は思った。

「でもヘンね。一旦は効いたんでしょ。まあ試薬段階だからね、いまいち効き目が不安定なのかしらね」
『そんな無責任な。なんとかしてくださいよ、お願いします。オレ、もう理性が蒸発しそうなんですよ!』
「いいじゃん。やっちゃえば?」
 そうなのだ。青木は、薪にぞっこん参っている。雪子は青木の気持ちを知っていて、薪とは古い友人であることからいろいろと相談にも乗ってやっていたのだ。
『嫌ですよ、こんな不自然な。だってクスリでラリってる相手をどうにかするなんて、それじゃあいつらと一緒じゃないですか』
「なに贅沢言ってんのよ。薪くんのほうからなんて、こんなチャンスあと十年待ったって来ないわよ。今やらなかったら、あんた一生できないわよ」
『そこまで望み無いんですか、オレ』

「やらないで後悔するより、やって開き直りなさい。じゃ、がんばって」
 言いたい放題言って、雪子は一方的に電話を切った。自然に顔がにやけてくる。
「明日が楽しみね」
 鼻歌交じりに、雪子は解剖所見の作成に戻った。


テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Author:しづ
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2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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