秘密の森のアリス(2)

秘密の森のアリス(2)




――――― どうして2匹も連れてきた? 食いでがありそうなのを1匹だけって、おれの言ったことを聞いてなかったのか。
――――― ちゃんと兄ちゃんの言う通りにしたさあ。でもこいつが放さんけん。
――――― そうよ。仕方なく一緒に連れてきたのよ。

 聞きなれない声に、薪は目を覚ました。意識を失う前の光景を思い出し、慌てて周りを見回す。
 雪道で、事故に遭ったのだ。みんなは無事だろうか。

 隣の席に座っていた青木が横に寝かされているのを確認して、薪はホッと胸を撫で下ろす。よかった、青木は無事だ。他のみんなは?
 そこで薪の思考は止まった。
 まだバスの中、でなければ病院だと思っていた。聞き覚えのない声が聞こえてきたから、誰かが自分たちを助けれくれたのだと解った。しかし、ここは。
 
 洞窟のような、暗い部屋。てか、どう見ても洞窟なんだけど。壁が土だし。
 病院じゃないな、じゃあ洞窟風の民家? ……ありえないだろ、それ。
 それに、さっきこいつら何て言った? 食いでがありそう、とか何とか、ホラー映画みたいなことを言ってなかったか?

 不穏なものを感じ取った薪は、未だ目覚めぬ振りで周囲の動向を伺うことにした。薄目を開けて声の主たちを探すが、彼らの姿は薪の視界にはなかった。なかったはずなのに、
『はあ、こりゃ駄目だ。こんなに小っさくて痩せっころげてちゃあ、骨を除けるのも面倒だ。森の奥に捨てて、野犬の餌にでもくれてやれ』
 後ろ襟をつかまれて、ひょいと身体を起こされた。声は前から聞こえるのに、姿は見えない。小さくて悪かったな、と普段なら言い返すところだが、こんな奇妙な状況にあっては流石にそれはできなかった。

『それはもったいねえよ、兄ちゃん。捨てるくらいなら、おらにおくれよ』
『三郎。こいつの全部の肉を合わせても、こっちの男の足1本分くらいだぞ?』
『食べるわけじゃなかよ。食うのは、そっちの男だけで充分だあ』
 信じがたいことだが、この連中は自分たちを食べようとしているらしい。しかも、姿が見えないということは……どういうことだ、どんなトリックを使っているんだ?

 ふと薪は、乗り合いバスの運転手が岡部と話していた、この地方の伝承のことを思い出す。
(あの森には、妖怪が住んでるんですよ)
 ……そんなことがあるわけがない! 第九の室長ともあろうものが、妖怪なんて言葉を知ってるだけでも恥だ!
 相手の正体が解るまでは、不用意に動かないほうがいい。そう判断して薪は、気絶した振りを続けることにした。

『また、おまえは』
『へへ、おらあ、こんなにきれいな娘っこ見たの初めてだあ』
「おまえの目は節穴か! スーツを着てるのに娘とはどういうことだ!?」
 思わず突っ込んでしまってから、ハッと気付く。
 しまった、つい。こいつら何て卑劣な手を、と薪は思うが、端から見たらカンペキなボケだ。
 
 こうなったら仕方がないと割り切って、薪はその場にすっくと立ち上がった。大胆に周りを見回すが、やはり部屋の中に青木以外の人間の姿は見当たらない。
 岡部や他のみんなは何処へ行ったのだろう。彼らに呼びかける意味もあって、薪は声を張り上げた。
「おまえらは何者だ! こそこそ隠れていないで姿を現せ!」
 自分が寝せられていた粗末な寝床(土の上に草を敷き詰めたものだった)から降りて、薪は叫ぶ。しかし、応えは返らなかった。
 薪は険しく眉を寄せ、舌打ちして、さっと床に屈んだ。気を失ったままの青木の肩を揺さぶって、彼を覚醒させようと試みる。

「青木、起きろ。帰るぞ」
『そいつは駄目だあ』
『帰るなら、おまえ1人で帰れ』
 後ろから羽交い絞めにされて、青木の傍から引き離される。正体不明のその力は非常に強く、じたばたともがく薪の足が宙に浮いても、薪を拘束した力は緩む気配がなかった。
『その前に、なあ、兄ちゃん』
『おまえは本当に女が好きだな、三郎。さっさと済ませて来い。待っててやるから』
『ええ~、アタシもう、お腹ペコペコなのに~』
『こいつを食う前に、おまえには別の仕事があるだろう』
『う。面倒だなあ』

 バタバタと動かしていた足を揃えて抱え上げられ、薪は荷物のように担ぎ上げられた。足を戒められ、腹部を支点に頭の方が下になる形で、どんどん青木から離されていく。
「青木っ! 僕の声が聞こえないのか!! 起きろ、このバカっ!!!」
 ありったけの声で叫ぶが、青木は身じろぎもしない。何かの薬物で眠らされているのか、それとも妖力というやつか。
 いや、妖力なんか認めない。こいつがヘタレなだけだ。

「青木!!」
 薪の叫びは虚しく響いて、土壁に吸い込まれた。
 
 不自由な体勢で、薪は焦る。何が原因でこんな世界に入り込んでしまったのかさっぱり解らないが、とにかく逃げないと。今自分を戒めている者とその仲間は、青木を食べる心算なのだ。
 焦燥する薪にお構いなく、薪の身体はずんずんと洞穴の奥へ運ばれていく。途中、いくつか横道があり、その中には外へ通じている道もあるらしく、冷たい空気が流れてきていた。

「おい、おまえらは何者なんだ。どうやって姿を隠している?」
『おめえ、おらたちの姿が見えねえのか。さては、ゲンダイジンってやつだな』
「どういう意味だ?」
『おらたちは、存在を認めねえ人間には見えねえのさ』
「……妖怪ってことか」
 認めたくはないが、認めざるを得ないようだ。これは夢だと思って成り行きに任せていたら、永遠に夢から目覚めなかったという結末になりかねない。

『その呼び方は好きじゃねえ。兄ちゃんみたく、『三郎』って呼んどくれ』
 妖怪である彼にも、名前はあるのか。人間と同じに、親がつけたのだろうか。だとしたら、親子の情とか兄弟の情とかもあるのだろうか。そこに訴えかければ、あるいは道が拓けるかも。
「三郎って、いい名前だな。ご両親が付けてくれたのか」
『おらが一番最初に食った人間の名前が、三郎だったんだあ』
 ……聞くんじゃなかった。

 三郎と名乗った妖怪は薪を抱えたまま、何度か角を曲がった。パニック状態の、しかも逆さになった頭で、それでも薪はその道順をしっかりと覚えた。
 入り口に大きな葉が暖簾のように吊り下げられたその部屋は、どうやら寝室らしかった。先刻、薪が寝かされていた粗末な草の敷物より、ずっと厚手の寝床がしつらえてある。ベッドは3つ。つまり、ここにいるのは3人。
「3人で暮らしているのか?」
『ああ、ずーっと前から3人だあ。兄ちゃんが700歳、姉ちゃんが500歳、おらが300歳』
「そんなに生きてるのか。すごいな」
『おらはそうでもねえ。けどな、兄ちゃんと姉ちゃんはすごいぞ。おらも早くああなりてえ』
 
 少しずつではあるが成り立ってきた会話に、薪は僅かばかりの希望を抱く。話が出来るということは、意志の疎通が可能ということだ。交渉次第では、ここから無事に帰れるかもしれない。それには、こいつから様々なことを聞き出して、交渉に有利な材料を揃えることだ。
「長生きの秘訣はなんだ?」
『人間を食うと精がつくだ。鳥や鼬ばっかじゃ、こうはいかねえ。人間を食わなかった仲間は、みんな死んじまった』
 ……無理だ! 人間を食料としか考えていない生物に、ネゴシエイトなんか不可能だ!!

 彼らにとって、自分たちは牛や豚に見えているのだ。言葉が通じるからと言って、マトモに話を聞いてくれるわけがない。
 再びパニックに陥った薪を三郎はベッドに座らせ、両肩に手を置いた。姿は見えないが、重みは感じる。触れられた感触はたしかにあった。

『おらの言うこと聞けば、おめえは殺さねえでいてやる。おめえの心掛け次第によっちゃ、森の外れまで送ってやるけん。大人しゅうしとれ』
 しゅ、とネクタイの結び目を解かれて、慌てて薪は相手の見えない手をつかむ。触感だけだが、いかつい農夫のようなその手は、固い毛に覆われていた。
「男相手に何するつもりだ、このエロ妖怪っ!!」
 手に力を入れて、薪は怒鳴った。

『オトコ?』
「そうだ、僕は男だ、ほら証拠!」
 相手の手をワイシャツの胸に導いて、その平坦さを強調するように胸をそらす。三郎は自分からサッと手を引いて、
『…………コロス』
 うあああ、しまったっ!! 自分で死刑執行のスイッチを入れてしまった!

『おらのこと騙しただな。ふてえヤツだ』
「そっちが勝手に誤解したんだろうが! 自分が女性だなんて、僕は一言も言ってないぞ!」
 それには一理あると思ったのか、三郎はしばし沈黙した。余計に怒らせたか、と不安に駆られる薪の耳に、意外にも優しい言葉が。
『神さまも間違う事があるってことだべかな。そんな顔で男さ生まれてきて。可哀想に、おめえも色々苦労してきたんだべな』
 妖怪の目にも涙、って、
 腹立つ! 顔のことで妖怪に同情されるって、むっちゃ腹立つ!!

『けど、女じゃねえなら生かしとく意味もねえ。森に捨てるだ』
 彼らが言う『森』とは、バスの窓から見えたあの広大な森のことだろう。その奥に置き去りにされたら、助けを呼びに行っている間に青木はおそらく骨になっている。
「ちょ、ちょっと待て!」
 つまみ出される猫のような格好で不可思議な力に持ち上げられつつ、薪は必死で頭を巡らせる。
 青木を救い出すには、ここで捨てられては困る。苦し紛れの口八丁が、追い詰められた薪の口から飛び出した。

「おまえ、男としたことないのか? 300年も生きてきて、それは哀れなことだな」
『ああ? 何を言っとるだ?』
「女なんかよりずっといいぞ。少なくとも、僕を抱いた男はみんなそう言う」
 妖怪相手に2枚目の舌が通用するかどうかは解らないが、何もしないわけにはいかない。第九の室長として、こんな訳の分からない死に方をしてたまるか。

『男が男に何をするだ?』
 すとん、と床に降ろされて、薪はホッと息をつく。さあ、ここからだ。
「そんなこと……口ではとても言えない」
 口元に手を当てて、もじっと身体を捩ってみせると、相手はにやけた声で、
『恥ずかしいんか。おめえ、男にしちゃあメンコイなあ』
 芸は身を助けるとはよく言ったものだ。おとり捜査の為の演技訓練、やっておいてよかった。

『じゃあ、さっそく身体で教えてもらうとすっか』
「ちょ、ちょっと待って!! えっと、えっと、そうだ、まずは風呂! 風呂に入らないと男同士はできないっ!!」
『なんでだ?』
「つ、つまり、男が使うところはその、事前に洗わないと細菌に汚染されて病気になる可能性が」
『おらたちは病気になんかならねえ』
 そりゃそうだ、性病に侵された妖怪なんか聞いたことがない。でもここは断固死守!

「入れたら腐り落ちるぞ! それくらい強力な毒性なんだ!」
『そうなんか? そりゃあ困るな。仕方ねえ、湯を立ててきてやる』
「あ、ありがとう」
『大人しく待っとれよ』
 だれが待つか、バカ。

 心の中で毒づいて、見えない相手にニコッと笑いかけ、バイバイと手を振る。部屋からひとの気配が完全に消えたのを確認して、薪は立ち上がった。




*****


 薪さんの美しさは万国共通。
 妖怪の世界でも通用しちゃうのでした☆


テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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