秘密の森のアリス(4)

秘密の森のアリス(4)






「きみはどうしてそんなに彼らのことに詳しいの?」
「えっ」

 不可解だった。
 秋葉原の歩行者天国から攫われてきたコスプレイヤーの彼女が、どうして彼らのことをこんなによく知っているのだろう? そもそも、どうして彼女には彼らの姿が見えるのか?

 もしかしたら、と薪は思う。
 彼女はアキバのオタク、つまりは2次元の世界と現実を混同してしまうような社会不適格者、じゃなくて、柔軟な思考の持ち主だ。2次元人に恋ができるような人間なら、当然妖怪の存在も信じているはず。だから彼女には彼らの姿が見える。
 妖怪たちに言わせれば「食いでがない」体格の彼女を彼らがさらってきたのは、自分たちの姿が見える彼女に、身の回りの世話をさせようと思ったからではないか。彼女はもう何年もここで彼らの生活を目の当たりに見てきて、彼らのことを熟知しているのではないか。

 目の前に浮かんだ謎を解き明かそうとするのは、捜査官の本能。推理の神さまとまで呼ばれた薪にとって、脳裏に浮かんだ疑問に対して瞬時に仮説が立てられるのは、もはや条件反射のようなものだ。

「わ、わたし、アキバノオタクだったんだけど!」
 少女の小さな口が開いて、妙なアクセントの言葉が聞こえた。ちょっと考えて、『秋葉のおたく』と言ったのだとわかる。彼女も緊張しているのか、声がひっくり返ったらしい。
「彼らにさらわれて、身の回りの世話をさせられていたの。何年もここにいるから、彼らのことはよく解っているの」
 やっぱり、と薪は頷いた。
 自分が考えた通り、彼女は大分昔にさらわれたらしい。それでこんなに古臭いコスプレをしているのだ。

「何年くらいここにいるの?」
 彼らのことを語る彼女の様子に恐れが見えないところから、2,3年は経っているかも、と薪は予想する。
「えーっと、2,3年くらい?」
「きみは今、いくつなの?」
 彼女の体つきは、まだ少女のままだ。声も高いし、胸も小さいし足も細い。12,3歳といったところか。
「えーっと、12、3歳くらい?」
 すると彼女が被害に遭ったのは、10歳くらいのときか。

「じゃあきみは3年も前から、彼らのその……そういう場面を見てきたってこと?」
「そういう場面て? 男から子種を絞るところ? それとも女を犯すところ?」
「!! 女の子はそういうこと、言っちゃいけません!」
 ついついオヤジくさく説教してしまうのは、薪が女性に夢を抱いているからだ。女性はやさしく美しく、性には慎み深く、欲を言えば雪子のように凛としていて欲しい。

「でも、よく解ったね? その行為が、そういう目的で為されてるって」
 10歳の少女に性衝動なんか理解できなかっただろうし、子孫を作るためにそんなことをするなんて知らなかったはずだ。言葉だって、女を犯すとか子種とか、まさかこの年でエロビデオなんか見たことないだろうし。
「あー、今はほら、『えろびでお』とかあるから」
「えっ!! だってきみ中学生でしょ!? 僕、24のとき初めて鈴木に見せられっ……!!!」
 言わなくてもいいことを言ってしまって、慌てて自分の口を塞ぐが言葉は戻せない。
「ううう、また中学生に負けた……」
 昔のイヤな記憶も戻ってきたりして、思わず固まる。まったく最近の若いもんは、とオヤジ定番の口癖が出そうになって、さすがに今はそんなときではないと気を取り直して立ち上がる。

「行こう」
 薪の言葉に、2人は薪が最初に目覚めた部屋を目指して歩き始めた。

 不本意にもここに住まざるを得なかった少女は、目的の部屋までの道も熟知していた。彼女の道案内は薪の記憶と違えるところはなかったが、薪は彼女の背中を守る形で、体ひとつ分後ろを歩いていた。

「彼らが、ひとを食べる場面も見てきた」
 歩きながら、少女が低く呟いた言葉が、薪の瞳を暗く翳らせる。
 この小さな少女にとって、その場面はどれだけ恐ろしかったことだろう。自分を守ってくれる親もなく、頼りになる大人もいない状況で、明日は我が身かもしれないと思いながら彼らの世話をしなければならなかったとは、なんて可哀想な子だろう。

「ひとを食べるたびに、彼らは姿が変わるの。前はあんなに醜くなかった」
 しかし、彼女の足取りはしっかりとして、彼らの元へ戦いに赴こうとしてる今の状況に恐れを抱いている雰囲気は微塵もなかった。
 彼女の健気さを、薪は好ましく思う。オタクというのは現実逃避ばかりしている人種かと思っていたが、そんなことはないようだ。こんなふざけた格好をしていても、心は鋼のように強い。

「わたしは彼らに、これ以上醜くなって欲しくない」
 ふと少女の声に、彼らに対する憐憫が混じったような気がして、薪は自分の先に立って歩く彼女の頭を見つめた。ふわっとしたクセ毛のショートヘアを飾る猫耳が、ぺたんと垂れている。どうやら可動性らしい。最近のオタクグッズはよくできている。

「あなたのお仲間が、エッチに強いことを祈ってて。それで稼げる時間が違ってくると思うから」
 青木が妖怪とセックスしている間は殺されない。そういうことだ。
 彼が自分以外の誰かとそういうことをするのは腹が立つけど、今回は仕方ない。嫉妬なんかしてる場合じゃない、命が掛かってるんだ。

「どうしていきなり怒り出すの? わたし、何か気に障ること言った?」
 いいや、と首を振って、薪は彼女に顔を見られないように横を向く。ポーカーフェイスはマスコミ仕様のものにしているはずなのに、子供って鋭いから苦手だ。

「そうだな、青木は4時間くらいはぶっ続けでいけるから。まだ余裕だと」
「どうしてあなたがそんなこと知ってるの?」
「ッ、ゴホッ、ゴホッ! お、男同士はそういうの、自慢し合ったりするから」
「ふううん。それが本当なら安心ね。受精の確率を高めるためには量が多いに越したことはないから、最後の一滴を絞り尽くすまで続けると思う」
 逆の立場にならなくて良かった、と薪は心の中で天の配剤に感謝する。自分だったら多分、20分で殺されてる。それに、こんな環境でしかも相手は妖怪で、それが役に立つかどうかも―――――。

「攫われてきた男の中には、恐怖で震え上がっちゃう男もいるだろ? そういうときはどうするんだ?」
「あのね、彼らの中で女性だけは特殊な能力を持っているの」
 薄暗いトンネルのような通路を歩きながら、少女は自分の知識を惜しみなく薪に与えた。
「男の人の心の中が読めるの。彼らが好ましいと思っている女性の姿形を知って、その姿になることができるの。だから、大抵の男の人は拒まないわ」
 彼女の説明を聞いて、薪は納得する。
 それなら、殆どの男は飛びつくだろう。妻や恋人がいない男だって、アイドル歌手に憧れていたり、人妻に横恋慕していたりするのだから。ここぞとばかりに張り切るに違いない。自分だって目の前に深田○子が、あの神々しいバストを晒して迫って来たら……。

「やばい」
 何度か青木と交わしたことのある会話を思い出して、薪は急に不安に駆られる。

「急がないと、危ないかもしれない」
「え、どうして? 4時間は大丈夫なんでしょう?」
 たしかに、青木は一晩中フルスロットルで飛ばせるやつだけど、でもそれは。
 相手が僕だから。
 青木は僕が好きだから、僕と一緒に高まりたくて、だからあんなに―――――。

「好きな相手じゃないと、役に立たないって言ってた。もしかすると駄目かも」
 青木から目的のものを引き出せないと知ったら、彼らはどうする。即座にその目的を変更して、彼を引き裂くのではないか。
 三郎が来るまで彼らは待つと言ったが、それは青木を殺すのを待つと言ったわけではない。食べるのを待つ、と言ったのだ。

 青木の自分を見る熱い瞳を思い出して、薪の背筋がぞっと寒くなる。
『オレは、薪さん以外のひとは欲しくありません』

 あいつが求めるのは僕だけ。
 もう何年も前から、世界中で僕ひとり。

 小刻みに震え始めた薪を気遣って、少女が歩を緩めた。弱気になった薪を勇気付けるように、胸の前で小さな拳を握り締める。
「大丈夫よ。彼の好きな人の姿になるんだから」
「青木は姿形だけで僕を抱いてるんじゃない!」

 すでに彼の命は奪われているかもしれない、そんな不安が薪の余裕を奪っていた。だから、少女のびっくりした表情の意味にも、しばらくは気付けなかった。
 あんぐりと口を開いている彼女の両目がぱちりと瞬き、薪は自分を取り戻した。

「あ、いや、あの、つまり、そのっ」
 出会い頭の事故のようなカミングアウトを何とか無効にできないかと、必死で考えるが頭の中は完全に真っ白だ。恥ずかしい時は反射的に出てしまう、右の拳で口元を隠すクセを意識することもできず、薪は壁にへばりついてしまった。

 徹底的にマズイことになった。
 こんなことが原因で、協力的だった少女が自分たちに対する嫌悪感から勝手な行動を取ったらどうしよう。青木と彼女、2人も抱えて逃げられるほどの腕力は、薪にはない。

 薪の心配を他所に、軽蔑の眼差しを浮かべるかと思った少女は、胸の前で握っていた拳を神さまに祈るときのように組み合わせて、
「す、すてき……」
 と、茶色の瞳をきらめかせた。
「きゃー、初めて本物を見たわ! 萌える~~! わたし、応援するから!」

 ……腐女子だったのか……。



*****

 ということで、正解は腐女子でした☆


テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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Cさまへ

4/19 15時に鍵拍手コメいただきました Cさまへ


きゃーーーー!!!!!
Cさまったら、なんて事をーーー!!!
そんなのダメ、絶対にダメですーーーー!!

とか言いつつ。
実は~、わたしも最初似たようなことを考えてて、どっちにしようなかあって。 
薪さんが嫉妬して地団駄踏んで悔しがる、それも面白いだろうなあ、とは思ったんですよ。 薪さんが青木さんのこと、好きなのがよく伝わるし。

でもでも、
わたしの中のモノガミストの血が~~~!! その案をゴミ箱にダンクシュートっ!! してしまったのです。

つまんないやつですみません・・・・・
だけど、青木さんは薪さんだけのものでいて欲しいの~。 わたし、あおまきすとだもん。 


というわけで、ご期待に副えませんでした☆
すみませんでした~、見捨てないでやってくださいね~。

COさまへ

COさま。

>腐女子っていくつくらいまでなのでしょう??

ご質問にお答えしましょう。
腐女子は死ぬまで腐女子ですよ。(本当か?)

旦那さまも娘さんも諦めてるってw
いいじゃないですか、腐女子だろうと秘密廃人だろうと、妻として母として、自分の責任を果たしていれば! 
趣味にかまけて仕事が手抜きだとか人さまに突っ込まれないように、一生懸命自分の仕事しましょうね。お互いにww 

プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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