秘密の森のアリス(9)

秘密の森のアリス(9)





 携帯をポケットにしまって、薪はくるりと踵を返した。それから残念なことに猫耳を外し、それをアリスに渡した。これはどうやら彼女の持ち物だったらしい。
「外しちゃうんですか?」
「もうこれが無くても、僕には彼らの姿が見える。彼らが存在していると、しっかり認識できたからな」
「ええ~、せっかく似合ってたのに。もったいない」
「妖怪の前に、おまえを退治してやろうか」
 いつものように青木と軽くジャレ合った後、薪は長兄に向き直った。腕を組んで横柄に、床に安座している兄を見下ろす。

「さて。残るはおまえひとりだな。降参するなら今のうちだぞ」
『だれが降参などするものか』
 うそぶいて立ち上がり、兄妖怪はさっと身構えた。
「僕と青木、ふたりを相手に戦うつもりか? 妹の助けもなしに?」
『こちらも死活問題だからな。四の五言わんと掛かってこい』
「男が相手なら容赦しないぞ。例え恭子ちゃんのお兄さんと言えども」
 まだ惑わされてんですか、あんたは。

「あ、薪さん。こいつ、ものすごく固い身体をしてるから気をつけて」
 青木の注意が終わらぬうちに、薪は短慮にも攻撃に移った。ぐっと足を踏み切って、得意の回し蹴りを相手の頭部に決めるが、次の瞬間、悲鳴を上げたのは薪のほうだった。

「痛―――っったいっ!!!」
 よっぽど痛かったらしく、右足を持ってぴょんぴょんと跳ねている。
「だから言ったじゃないですか。何か武器を使わないと無理ですよ。せやっ!!」
 掛け声と共に振り下ろされた木刀を、妖怪の右手が受け止める。しかし、それは囮で本命は鳩尾を狙った蹴りだ。ところが、それもまた左手で弾き飛ばされて、青木は後ろに退いた。更に妖怪は、後ろから殴りかかった薪の拳を軽くかわして彼の腕を掴み、前方へ投げ飛ばした。

「あぶなっ」
 逆さまになって吹っ飛んできた薪の身体を受け止めて、青木は彼を立たせる。青木の首に右腕を回したまま、薪は青木の耳元で小さく囁いた。
「おかしい。あいつ、僕たちの動きが分かるみたいだ」
「えっ。妹にはオレたちが見えないはずなのに、どうして」
『ふん、浅はかなやつらだ。眼を塞いだくらいで、妹の能力は防げぬわ』

 聞かれたはずのない会話に返答が返ってきて、ふたりは状況を理解する。目で見なくとも心は読める、テレパシーも使える、そういうことらしい。
「そうか。猿ぐつわも噛ませるべきだったな」
「いや、猿ぐつわも意味がないと思いますけど」
 この人は超能力の基本が分かってない。
「でもそうすると完全にR15を超えちゃうから、今回の路線を外れちゃうし」
 そして薪の考え方の基本が、青木には分からない。

『降参するのはおまえらのほうだ。おまえ達の動きは分かる。しかも、この固い身体は刃も通さぬ。おまえ達に勝ち目はない』
 兄妖怪の言う事がハッタリでないことは、彼の身体に何度か切り込んだ青木にはよく分かっていた。木刀が折れることこそなかったが、その強度は尋常ではなかった。おそらく、真剣でも切れないだろう。
『先刻も言った通り、おれは無益な殺生は好まん。大きな男よ、おまえが大人しく我らの胃袋に納まるなら、その2人は見逃してやろう』
 それは魅力的な取引に思えたが、薪がものすごい眼で青木を睨むので、青木は思ったことが言えなかった。しかし、兄妖怪の言は正しい。戦況は自分たちに限りなく不利だ。

「笑えるな。それくらいのことで勝利宣言とは」
 弱気になる青木に引き換え、薪はどこまでも強気だった。兄妖怪の申し出をせせら笑う口調で却下すると、懐から拳銃を取り出し、右手でさっと構えた。
「人間にはピストルという武器があるんだ。鉄の弾が378m/sで飛び出しておまえの身体に627J/cm2の圧力で食い込む。おまえの身体がどんなに固くとも、音速の鉄球を防げると思うか」
『ふん、面白い。試してみるか』
 薪は相手を睨みすえたまま、青木に銃を放って寄越した。左手で器用に受け止めた青木の耳に、薪の低い声が響く。

「青木。おまえ、射撃3段だったよな。あいつの右の膝、狙えるか」
 どれほど傲慢に振舞っても、やっぱり薪はやさしい。膝を撃ち抜いて追ってこれなくすればいい、そう考えているのだろう。
「はい」
 青木の銃は357マグナム。貫通力には定評があるが、薪が普段使用している32口径に比べると、かなり重いし反動も大きい。薪がこの銃を使って、小さな的に当てるのは難しいはずだ。青木に銃を返した薪の判断は正しい。

「右足の膝を撃つ。防げるものなら防いでみろ」
 薪が大きな声で宣言したのを聞いて、青木は木刀を下に置き、銃を構えた。右手でグリップを握り、左手をハンドガードの真下に置く。脇を締めて腕を伸ばし、照準器を睨んで引き金を引く。
 狙いは過たず、標的の右膝に命中した。が、瞬時に跳ね飛ばされ、兆弾した弾が土の壁にめり込んだ。
「そんな……銃が効かないなんて」

 これでは倒しようがない、やはりここは自分が犠牲になるしか、と絶望の中でさらに絶望するようなことを考えて、青木は青ざめる。薪を守るのは自分の職務でもある、彼のためなら自分の命など惜しくない、青木はそう覚悟を決めている。彼に刃が突き出されれば自分が彼の盾となり、銃弾が彼を貫こうとすれば自分がそれを受ける。常日頃から青木の中にあるその気持ちは嘘ではない。
 だが。
 妖怪に食べられるというシチュは考えてなかったからっ! てか、こんなマニアックな死に方、いやっ!!

「なるほどな。やっぱりそうか」
 ぐらぐらと足元もおぼつかない青木の傍らで、薪は憎らしいぐらい落ち着いていた。
 やっぱり、と言うからには、薪は妖怪に銃が効かないことを予想していたのか。しかし、それで平静でいられる薪の神経が分からない。
「落ち着いてる場合じゃないですよ。銃が効かないなら、もうオレが人身御供に行くしか」
「バカを言うな。部下を人身御供になんかできるか」
 薪は高慢な口調でそれを言うと、乱れた髪に手櫛を入れ、きれいな額を顕にした。自分に気合を入れるとき、薪はよくこのポーズを取る。
 そのきりりとした横顔の、清冽に輝く亜麻色の瞳を見ていると、気持ちがすっと落ち着くから不思議だ。

「青木、あいつの身体は初めから堅いわけじゃない。ずっとあの硬度を保っているとしたら、間接が曲がらないはずだ。どこに攻撃が来るか察知して、そこを意識的に堅くしてるんだ。その証拠に、さっきのおまえの突きは効いただろう?」
 そうだ。薪の猫耳に興奮して思わず発した突きは見事に決まって、兄妖怪の身体は壁まで吹っ飛んだ。これはいけると思ったのだが、その後は相手の防御力が上がって、逆にこちらの手が痺れるようになった。
「攻撃が予測できなければ、身体を硬化させることもできない。つまり」

 封じるべきは妹の方だ。

 青木がそう思ったときには、薪はもう動いていた。青木の手から拳銃を奪い取ると、ひらりと後方へ飛び退って、
「おい、妖怪。こっちを見ろ!」
 薪は声を張り上げ、兄妖怪の注意を引きつけた。彼の視線を受けつつ、地面に這い蹲らせた妹妖怪の背中を手で押さえ、彼女の頭部に拳銃を突きつける。
「大人しくしろ。でないと妹の頭を打ち抜くぞ!」
 …………さすが薪さん。目的のためには手段を選ばない。

『兄さん、助けて!』
『おのれ、妹を人質にとるとは、卑劣な真似を。正々堂々と戦ったらどうなんだ!』
 妖怪にフェア精神を説かれる警察官て、どうなんだろう。
「僕の言うことを聞け! 妹がどうなってもいいのか!」
『ううっ、やめてくれ。妹に無体なことをしないでくれ』
 妖怪が哀れっぽく頼むのに、薪は手を緩めなかった。すでに彼の戦意は感じられないのに、妹に銃を突きつけたまま、恐ろしい眼で兄妖怪を睨んでいる。

『兄さん、このままじゃ2人とも殺される! アタシのことは気にしないで、兄さんだけでも逃げて!』
『おまえを置いていくなんてできない! たったひとりの妹じゃないか!』
「……なんかこれ、見方によっては僕が悪者みたいじゃ」
「「『『どこからどう見てもあんたが悪者』』」」
「ちょっと待て! 今、4人でハモった!?」

 薪のツッコミをスルーして、青木は好機とばかりに兄妖怪の身体を拘束する。腕を捻りあげて地面に伏せさせ、容赦なく片膝で押さえ込んだ。
「青木さん、これでそいつを縛って」
 小走りに青木に駆け寄ったアリスが、エプロンのポケットから黒い紐のようなものを出した。先刻、調理場から彼女が持ってきたものだ。
「連中の髪の毛で編んだ紐よ。長兄の力でも、簡単には切れないわ」

 青木は少女の指示通り彼を後ろ手に縛り上げ、地面に転がした。当座の危険が去ったせいか、どっと疲れを感じた。
「ごくろうさま。この薬を塗っておくといいわ」
 アリスがポケットから軟膏を取り出して、青木に渡してくれた。続いて濡れティッシュとタオル地のハンカチを出して、青木の額についた血を拭き取ってくれる。色々なものが出てくるポケットだ、と青木は妙なことに感心していた。




テーマ : 二次創作:小説
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2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
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