秘密の森のアリス(11)

秘密の森のアリス(11)





「僕は1人っ子だったからな。ちょっと羨ましいぞ」

 薪はついと横を向き、彼らから視線を外した。本音を吐くのは照れるらしい。
『……3人?』
 聞きとがめて、兄妹は薪の顔を見る。薪はそっぽを向いたまま、右の頬を指先で引っかいて、
「三郎を殺したと言ったのはウソだ。まあ、頭にでかいコブはできてるかもしれないが」
 膝に手を当てて、よっこらしょ、とオヤジみたいに立ち上がる。それから両手を後腰に当てて、ウン、と伸びをした。

『本当か』
『ああ、三郎……』
「寝室近くの横道に転がしてある。いま、連れてきてやる」
 安堵のため息をついた2人の妖怪は、じっとうなだれたままだった。その姿は薪の言葉に深く感じ入り、自省しているようにも見えたが、青木には彼らがこれで人を襲うことを止めるとは思えなかった。
 これが人間の社会なら、彼らはこれから刑務所に行き、長い年月を監視下に置かれて過ごすことになる。法が定めた服役期間があってこそ、深い自省ができるのだと青木は思っている。しかし、彼らは人間ではないし、服役期間もない。

「本当に、大丈夫なんですか? オレにはどうしても、完全に彼らを信じることは」
「大丈夫だよね? アリスちゃん」
 ふいに、薪は少女に呼びかけた。
 なぜ彼女に保証を求めるのか、薪の言動は青木には理解できなかったが、彼女には、それですべてが伝わったようだった。

「いつごろから気付いていたの?」

 アリスは青木が初めて聞くような、低い声で呟いた。ぎゅっと拳を握り締めて立ち尽くす彼女からは、さっきまで彼女の個性だと思っていた子供らしい甘さは消え失せて、青木はぞっと背筋が寒くなるのを感じた。
「途中から何となく。決め手はきみが、『アリス』と名乗ったことかな。あれ、僕たちの心を読んでたんだろ? 本当の名前はなんていうの?」
「わたしたちに名前なんてないわ」
 アリスが自分たちの心を読んだ?
 彼女にも妹妖怪と同じ特殊能力が? それではまるで彼女は。

「青木。彼女は、アリスは彼らの仲間だ」
「えっ!! じゃあ、彼女も人を食べて生きてきたんですか!?」
「失礼ね、こいつらと一緒にしないでよ!」
 猫耳をピンと立たせて、アリスは怒った。尻尾があったら間違いなく逆立っていそうだ。
「同種族には変わりないけどね。人を食べるなんて野蛮な真似はしなかったわ。わたしたちには誇りがあったもの」
「うん。だと思った。きみの姿は、彼らとは違っていたからね。それはきみの真の姿なんだろう?」
「正解だけど。自分の心を読まれて、その姿をとっているとは思わなかったの?」
「悪いけど僕、胸の小さい女には興味ないから」
「……セクハラよ、それ」
 むっとした顔をしながらも、彼女の耳は穏やかに垂れて。どうやら彼女の本心を見抜くには、耳を見た方が早いらしい。

「人間を食べるたびに彼らが醜くなっていった、ときみは言ったよね。彼らをこれ以上、醜くしたくない、とも。だからきみは、彼らを救いたくてここに来たんだと思った。違うかい?」
 薪の問いかけを横顔で聞いて、アリスは背中で腕を組み、侮辱を受けた胸をぐっと強調するように反らせて、
「何でもお見通しかあ。薪さんは、人間よりもわたしたちに近いのかもね」と、聞きようによっては失礼なことをのたまった。

「アリスちゃん。きみは」
「わたしは300年前に滅びた一族の思念体。その代表として、ここに来たの」
「代表? きみが?」
 彼女はまだ年端も行かない子供で、強そうでもないし、偉い役職に就いているようにも見えない。そんな彼女が、どうしてこんな重責を負うことになったのだろう。
「だってー、今の時代のBLはスゴイって聞いたから。一度現物を拝んでみたかったんだもん」
 そんな理由か――――――っっ!!
「恐ろしい……300年も前から腐女子は存在していたのか」
 薪はツッコミ処を間違えている。

「こんなんなっても仲間だからねえ。仲間の尻拭いはわたしの仕事ってことで」
 アリスの告白に、青木は薪の横顔をじっと見る。
 いつだって、すべてのからくりを見抜くのは薪だ。薪は天才的な頭脳を持っていて、一度見たり聞いたりしたことは忘れないから知識量もすごくて、でもそれだけじゃない。
 他人の話をよく聞いて、そのひとの感情に寄り添おうと、いつも努力しているから。ひとを理解して、そのつながりを大事にしていきたいと、いつも願っているから。だから、普段の知識がまったく役に立たないこんな状況でも、真実を見抜くことができるのだ。
 真実は、人の心の中にあるから。

「あとは、わたしに任せて」
 アリスはポケットから首輪のようなものを出すと、それを妖怪たちの首にはめた。それからカラフルなステッキをエプロンのポケットから取り出すと、
「いい? これから人を襲ったりしたら、その首輪がボンと行くからね? わたしがずっと監視してるから、そのつもりでいるように」
 外道!! つまるところ脅迫だよ!!

 妖怪たちは複雑な顔をしていたが、自分たちで決めたこともあるようで、不満を漏らすようなことはしなかった。この先、彼らの心情が変わらないとは限らないが、今のところは仲間の意思とやらに従うつもりでいるようだ。
「秘密兵器って、こういうことだったのか」
「仕方ないわよ。生きるために食べるっていう本能を抑え込むんだもん。そんなに簡単にはいかないわ。今までのこともあるしね」
 殺伐とした方法しか取れない自分を恥ずかしがるように、アリスは照れ笑いをした。

「わたしが最後まで、責任を持って監視します」
 きりりと強く引き絞られた彼女の茶色い瞳の潔さに、青木は何故彼女が仲間たちの代表になったのか、その本当のわけを知る。
 彼女は決して強くないし大人でもない、そんな彼女が仲間たちの代表になったのは、誰よりも彼らのことを憂いていたから。彼らを最後まで見守る決意を、彼女がしていたから。

 アリスに頼まれて、青木は薪と一緒に三郎のことを捜しに行った。
 途中、薪は銃を青木に返してよこした。青木はそれを黙って受け取り、安全装置を掛け直してガンホルダーに落とし込んだ。馴染んだはずの銃が、なんだかやけに重かった。
 三郎は、薪が隠した場所ですやすやと眠っていた。頭にコブはできていたが、他に傷はないようだった。
 青木が彼を肩に担いで先刻の場所に戻ると、すでに手足の拘束を解かれていた兄妹が寄ってきて、三郎の身体を抱きしめた。アリスは容赦なく三郎の首にも拘束具を取り付けたが、その手つきはとても優しかった。

「さて。僕たちは帰るか」
 三郎の足を縛ったことで汚れてしまったネクタイをポケットに入れて、薪は青木を見上げた。ここは森の奥深くらしいから、帰るのも一苦労だと思われたが、薪についていけば安心のような気がした。
「あ、待って。出口はこっち」
 アリスがステッキで地面を叩くと、そこは真っ黒な深淵になった。青木が下を覗くと、遥か下方に、自分たちが乗っていたバスが見えた。ガードレールに接する形で止まっているが、横倒しになったりはしていない。更に眼を凝らすと、中の様子が見えた。第九の仲間も運転手も、気絶しているのか眠っているのか、動く気配はない。

「さ、早く行って」
「行ってって……アリスちゃん、これ、命綱とかハシゴとか、そういう安全面をサポートするものは」
「これくらいの高さでビビッてんの? 男らしくないわね」
「いや、男らしいとか男らしくないとかのレベルじゃないからね、これ。君たちの常識で測らないでくれる? 人間が落ちたらカクジツに死ぬからね」
 目測50m、いや、100m?眼では測れないその距離感を不安に思うのは当然だが、加えて薪には高所恐怖症の気がある。それは後天的なもので、その原因は数年前、火災に巻き込まれて仕方なくマンションの5階から飛び降りたという滅多にできない恐怖体験のせいかもしれない。

「やーね、大丈夫よ。ぽーんと飛べば、あっという間に元の世界に」
「あっという間に天国の間違いじゃ!?」
「ごちゃごちゃうるさい。行きなさい、ほらっ」
「わっ、とっとっ、……ひいいいいいっ!!!」
 ぽんっ、と少女に突き飛ばされて、でもその力はびっくりするほど強くて、薪は何もない空間に投げ出される。自然の重力が働いて、彼の身体は真っ逆さまに下方へ落ちていった。

『怖いわねー、あの子』
『おれにはとてもあんな非情な真似はできん』
『逆らわねえほうが身のためだべ』
 妖怪に畏怖された少女は、ちらっと青木を見て、何ならあなたも突き飛ばしてあげましょうか、と眼で訊いた。それには及びません、とこちらも眼で返して、青木は飛び込み台から下方の水面を目指すスイマーのように地を蹴った。

「し、死ぬっ!! 絶対死ぬ! 恩を仇で返しやがって、あのクソガキ―――――っっ!!!」
 眼を白黒させながら、口汚く少女を罵る恋人を空中で捕まえて、青木は彼の身体を腕の中に大事にしまう。
「大丈夫です。オレが守りますから」
「……ぅるっさい」
 ぎゅっと自分の背中を抱きしめる細い腕を感じて、青木は眼を閉じる。
 ほらやっぱり。薪がいればぜんぜん怖くない。
「そのときは一緒だ」
 思いつめたような薪の声が聞こえて、青木は彼を抱く腕の力を強くする。そのまま気が遠くなりかけた彼らの耳に、少女の声が聞こえてきた。

「薪さん、青木さん!」
 薄れゆく意識の中、彼らはかすかに眼を開く。遥か上空を見上げると、茶色い猫耳がピンとそそり立った少女のシルエットが浮かび上がった。
「素敵な名前をありがとう!!」




*****

 と言うことで、
 あやさん、ピタリ賞でした!!<少女の正体。
 お見事っ!!
 てか、底が浅くてすみません。(^^;


テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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