天国と地獄2 (1)

 こちら、男爵シリーズ『天国と地獄』の続編でございます。
 書いたのは、10ヶ月ほど前です。(お古ばっかですみません)

『天国と地獄1』を未読の方にご説明いたしますと、
 このお話では、あおまきさんは恋人同士ではありません。
 薪さんは完全ノーマル設定で、原作の青木さんのように、男が男に恋をする感覚が理解できません。 当然、鈴木さんと恋人同士だった過去もありません。(←ここを外すのは迷いました) 
 青木くんはがっつりヘンタイで薪さんにメロメロですが、(←ここだけは外せません) ノンケの薪さんは彼の気持ちに気付いてくれません。 
 そのあたりのすれ違いやとんちんかんな言動に焦点を当てた、ギャグ小説です。

 うちの話で、青木くんが告ったときに実力行使しなかったらこうなってたかも的なパラレルとして書いてみました。
 男爵カテゴリなので、薪さんのカンチガイっぷりはMAXになっております。 いっそバカと言ったほうが、いえその。


 どうか、広いお心で。


 





天国と地獄2 (1)


「お疲れ様でした」
 ゴール地点から500m程の位置にある選手たちの休憩スペースに入ってきた上司の姿を見つけて、岡部は彼に声をかけた。
 薪は片手を上げて岡部に応え、しかし言葉を発することは能わずに、息を弾ませながら岡部の隣に腰を下ろした。休憩スペースといっても、研究所の中庭をロープで区切っただけのもの。薪が座ったのは、当然芝面の上だ。
 袖なしのランニングシャツから覗いた華奢な肩が、大きく上下に動いている。その動きは彼の肺の激しい収縮から伝わる余波で、のけぞった顎から首に流れる汗は、彼の懸命の努力を証明する。
 上を向いて、薪はハアッと大きく息を吐いた。芝生の上に仰向けに寝ころがり、両手を太陽にかざして、悔しそうに叫ぶ。
「ああっ、くっそー! 青木なんかに負けた!」
 その雄叫びの原因がひとりの男に由来するものだと理解して、岡部は思わず吹き出した。

 抜けるような青空が広がるも、凍てつく空気の冷たさに外出が躊躇われるような2月の日曜日。警視庁警察庁合同の持久走大会が開催された。
 基本的に参加は自由で、コースは皇居と日比谷公園周囲の道路。距離は約20キロ。
 身体を鍛えることは警察官の責務だ、と認識している岡部と薪は毎年参加しているのだが、3年前から第九の若い捜査官がそのメンバーに加わった。薪が負けた、と口惜しがっているのは、その彼のことだ。

「岡部、僕はもうダメだ。人間としてお終いだ」
「持久走で負けたくらいで大げさな」
「だって、相手は青木だぞ?」
「無理ないですよ。青木のやつ、スタミナ付きましたからね。今年は俺だって冷や冷やしましたよ」
「青木のくせに生意気な。2年前は2キロも走れなかったのに、いつの間にあんな」
 ぴたりと口を閉ざして、薪は冷ややかな視線を前方に送った。
 話題の後輩が、10人くらいの女子職員に囲まれている。彼女たちは青木の周りに群がり、色とりどりのタオルやスポーツドリンクなどで自分をアピールしようと躍起になっている。

「モテるようになりましたよね、あいつ。男らしくなったし。やっぱり武道に親しむと、一本芯が通りますからね」
「どこが男らしいんだ。ニヤニヤしやがって。軟派ヤローが」
 薪の辛辣な言葉は、現況にまるで合っていない。青木はニヤけてなどいないし、どちらかというと迷惑そうな素振りさえ見える。
 次々と差し出されるタオルも、自分のがあるから、と断っているし、スポーツドリンクにも手を伸ばさない。笑みを浮かべながらも固い態度は崩さずに、挙句の果てには「すみません。休ませてもらえますか」とかなりキツイ一言を放って、彼女たちを追い払った。
 それを見ていた薪は、ふん、と鼻を鳴らすと、
「硬派気取りか。本当は嬉しいくせに」
「……どっちにせよ、気に入らないんですね」
 薪は、自分より女の子にモテる男が好きではない。捜査一課の竹内のことを嫌っているのも、彼が自分より女性に人気があるから、という要因がかなりのウエイトを占めていることを岡部は知っている。

 ベスト10に食い込んだ岡部の後輩は、俯いて嘆息すると、肩の力を抜いてその広い背中を開いた。よく知らない女子職員に集団で来られて、大分緊張していたらしい。
 ふと頭を巡らせた青木が、岡部の姿を捉えた。
 軽い微笑を浮かべた青木の目が、次の瞬間キラキラと輝き出すのを見て、岡部は彼が自分の隣で胡坐をかいてそっぽを向いている上司の姿に気付いたことを知る。岡部たちの周りには走り終えたばかりの走者が大勢いて、彼らの中に埋もれてしまう小さな姿を見つけるのは困難と思われたが、青木の目は特別製らしい。

「薪さん!」
 青木は弾んだ声で薪の名を呼ぶと、さんざん悪口を言われていた本人のところへ、満面の笑顔で駈けてきた。先刻の女の子たちに向けていた態度とは雲泥の差だ。
「薪さん、ベスト10に入りました! 約束、覚えてくれてますよね」
「知らん」
「えええ!? ひどいですよ! 10位までに入ったら、デートしてくれるって、鼻の骨が折れそうですけど薪さんにされることなら平気ですっ」
 薪が勢いよく青木の顔面にめり込ませたプラスチックの容器から、甘酸っぱい匂いがする。どうやら中身はレモンの蜂蜜漬けらしい。

「もう、乱暴なんだから……ん、美味しいです。薪さん、今日のお弁当なんですか?」
「おまえのなんかあるわけないだろ。岡部と僕の分だけだ」
「ええ! だって、今日は楽しみにしてろって、耳が千切れそうに痛いですけど薪さんの指がオレの身体に触ってくれるのは嬉しいですっ!!」
 目的のためには手段を選ばない薪の人並み外れた行動力のおかげで、会話を始めて2分も経たないうちに青木の顔にはいくつもの傷がついている。自分がいると、それがさらに増えていきそうな予感がして、岡部は小さな嘘を吐く。

「俺はいいです。お袋が作ってくれましたから」
「そうなのか?なんだ。じゃあ、犬にでも食わせるか」
「意地悪ばっかり言わないで、オレに食わせてくださいよ。なんでそんなにつんけんしてるんですか?」
「薪さん、ヤキモチ妬いてんだよ。おまえが女の子に囲まれてたもんだから」
「え?本当ですか。薪さんが、ヤキモチ?」
 背の高い後輩の耳元で、こっそり真相を教えてやると、青木は何故か嬉しそうに笑って、ぐっとガッツポーズを取った。
「ヤキモチだなんて……くっ! 薪さんて、本当にかわいい……!」
「違うと思うぞ、青木」

 ベスト10に入ったことより遥かに満足そうな青木の様子に、岡部は呆れながらもお約束の突っ込みを入れる。 青木の勘違いに苦笑する傍ら、そのいたいけな気持ちを応援してやりたいと、お人好しの岡部は思う。
 だから岡部は顔見知り程度の捜一の後輩に声をかけ、その男と一緒に昼食を摂りたいと薪に頼み込む。自然の流れで中庭に歩いていくふたりの後姿を、岡部は苦笑交じりに見守った。



*****



「薪さん、何位でした?」
「……26位」
 少し口惜しそうに唇を尖らせて、ぼそりと薪は白状した。
 参加した人数は200人を超えているし、現役の警察官ばかりの大会だから、それだって立派な数字だ。青木が初めて参加した3年前なんて、順位は三桁だった。

「年々、順位が下がってる。やっぱり年には勝てないな」
 薪の顔に似合わぬ台詞にはすっかり慣れて、今更突っ込む気も起こらない。実年齢に合った発言でも、このひとの場合は外見が外見だけに、耳にした者は失笑を禁じえないのだが、薪に対する特別な感情からか青木はまた受け取り方が違って、まるで小さな子供が大人の真似をしてオマセなことを言っているような可愛らしい印象を受けてしまう。だからついつい微笑んでしまって、それが薪の不興を買うのだ。
「僕はもともと、スプリンターなんだ」
 確かに、薪のスタートダッシュは猛烈だ。400m走では勝てた試しがない。

「それで薪さん。来週の日曜日、幕張メッセで自動車の展示会が」
 薪のお手製のミートボールを口に入れて、そのやさしい味わいに目を細めつつ、青木は自分が考えたデートプランを薪に説明する。薪は自然のものが好きだから、帰りに海沿いのH公園に寄って、それから磯料理が自慢の店で夕食をとって、それからそれから、できれば友人から脱却するためにそういう雰囲気を作って、今度こそ告白を。
「仕事が入らなきゃな」
 熱心な青木とは対照的に、薪の言葉は素っ気無い。なんだか少し、機嫌が悪いような気がする。

「ていうか、僕なんかよりさっきの娘たちの中から、誰か誘った方がいいんじゃないのか?」
「どうしてそんなこと」
「おまえが純情で女の子に声を掛けられないのは知ってるけど、いつまでもそんなことじゃ困るだろ」
「オレが他の女の子とデートしても、薪さんは平気なんですか」
「いや。それは僕だって、心中穏やかじゃないけど」
 薪の素直な言葉を聞いて、青木は嬉しくなる。さっきもヤキモチを妬いて、と岡部が言っていた。嫉妬という感情は、好意があってこそだ。

「雪子さんのことを考えるとな。なあ、青木。もう一度、彼女のこと考えてみてくれないか?」
 ……こっちですか。

 途端に口の中のミートボールの味が分からなくなって、青木は力なく箸を持った右手を膝の上に載せる。薪は青木の気持ちには全然気付いてくれないばかりか、雪子と自分をくっつけたがっている。
 親友の恋人だった彼女に、薪はどうしても幸せになってもらいたい。そう思って、自分が見込んだ将来有望な恋人候補の男性を次々と雪子に紹介しているのだが、雪子の方はかなり迷惑している。薪の気持ちを思うと無碍にもできないが、正直これ以上のお節介は止めてもらいたい。雪子が青木のことをはっきりと薪に断らない裏側には、彼女のこんな本音が隠されている。「青木くんとのことをきちんと考えたいから、友人の紹介は中断して」という雪子の言い訳を真に受けて、青木のことをかき口説いているというわけだ。

「オレにはその気はないです」
「だけど、よく考えてみろ。おまえが女性の中で、唯一平気で話せるのは雪子さんだけだろ? 彼女以外の女性と付き合うより、ずっとスムーズに行くと思わないか」
 別に、女性が苦手なわけではない。薪に余計な誤解をされたくないから、喋らないようにしているだけだ。
 年長者ぶった薪の説得に、青木は心の中で反論する。口に出してはいけない想いが、青木の心とくちびるを固く凍りつかせる。

「たしかに彼女はおまえより12歳も年上だけど、女性の方が平均寿命は長いんだぞ。若い娘の方がいいっていうおまえの気持ちもわかるけどな」
 そんなこと、一言も言ってないじゃないですか。オレは12歳年上のあなたが好きなのに。
「広い心を持った年上の女性を妻にしたほうが利口だぞ。この職業についた男にとって、家庭は安らげる場所じゃないとな」
 そんなもの、いらないです。オレはいつでもあなたと一緒にいたい、切なくても苦しくてもいいから、あなたがいいんです。

「オレのことより、薪さんはどうなんですか? 見合い話、片っ端から断っちゃって。ひとに結婚を勧めるなら、まずはご自分が実践されたらいかがです?」
 実行して欲しいとは露ほども思っていないが、とにかくこの話を終わらせたくて、青木は薪に自省を促した。素直に頷かれても困ってしまうが、しかし青木には、薪が次に何と答えるか、解っていた。

「僕はいいんだ」
「じゃあ、オレもいいです」
「そんなわけにいくか。あのな、青木。警察官僚ってのは40までに結婚しないと出世に響く」
「オレは、女の人といるよりもあなたといた方が楽しいんです」
 あ、しまった、口に出ちゃった。
「まあ、気持ちは解るけどな。何のかんのいっても、男同士の方が気楽だよな。気取りも見栄もいらないから、落ち着くし」
 いえ、今も心臓バクバクいってるんですけど。
 ていうか、今のセリフで気付かないって、この人どんだけ鈍いんだっ!

 薪にはどうも、男が男を性愛の対象として好きになる、という感覚が理解できないらしい。薪に言わせると「そんなことはありえない」ことで、「そういう気持ちを持つのは特殊な人種だけ」だそうだ。偏見に満ちた薪の定義は納得できないこともない。青木も薪に恋をする前は、全く同じことを思っていたからだ。
 だからはっきりと、「オレは薪さんが好きです」と言ったとしても、それは友人としての好きとしか受け取ってもらえない。言葉で理解してもらえないなら行動で示したいところだが、きちんと意思が伝わらないうちにそんなことを仕掛けるのはためらわれるし、嫌われる要因になりかねない。薪は「特殊な人種とはお近づきになりたくない」と明言しているからだ。

 男なら誰でもいいわけではなく、というか、薪以外の男なんか気持ち悪い、だけど薪とだけはそういう関係になりたい。
 青木のこの複雑な心情を薪が理解してくれるのは、遥か先のことと思われた。



*****


 恋人同士になる前の二人を書くのは、とっても楽しいです。
 青木くんがひたすら薪さんのことを追いかけている様子が、3巻までの彼らを彷彿とさせるからです。 
 ……よくぞ帰ってきた、青木。(感涙)


テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

コメントの投稿

非公開コメント

Aさまへ

Aさま、こんにちは。


>薪さん、足早そうですよね。2009で階段駆け下りて青木に追いつきましたから(笑)

そうなんですよね。
原作の薪さんは頭脳派だし、たおやかなイメージがあったので、走ったり殴ったりのシーンは想像できなかったんです。 
だから、2009では驚きました。
あの辺から、どんどん男っぽくなったような?
わたしは男っぽい薪さん好きだから嬉しかったですけど。(^^ 


>原作とは反対の世界だけど(気づいてないだけだけど)薪さんと一緒にいたいのは同じですね(^^)

といいますか。
これってね、原作の青木さんと薪さんを入れ替えてるんです。
原作では、薪さんの方から青木さんを好きになったでしょう? それが薪さんの苦しみを産むなら、その方向を逆にすれば苦しみは青木さんのものになる、薪さんをあんなに泣かせて、青木さんも苦しめばいいのよっ! と思って書き始めたのがうちのお話なんです~。


>ここから、あんなに熱烈な恋人同士になるのかと思うと不思議です(笑)

あ、こちらはパラレルなので、熱烈な恋人同士にはならないかも・・・・
てか、本編の方も『熱烈』な恋人同士ではないです(^^;
なんかうちのは、どっかずっこけてて・・・・薪さんはいつも仕事最優先だし、いつまでも鈴木さん大好きだし・・・・・よそ様のあおまきさんに比べたら、全然ヌルイです、すみません。


で、Aさまの未来予想の、
>滝沢の「ふふん、やっと白状したか」

これ、いい!!
滝沢さん、それでこそあおまきすと!!(←??)
あおまきさんの未来は、滝沢さんの双肩に掛かっているのですね。 がんばって、滝沢さんっ!

・・・・・・本当に、そんなオチだったら平和なエンドなんですけどね。(^^;
プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

法医第十研究室へようこそ!
おかげさまで8歳になりました(^^♪
文字サイズをお選びください
最新記事
最新コメント
拍手のお返事
いつもありがとうございます!

最新拍手コメのお返事はこちらです。

過去の拍手レスの確認は、該当記事の拍手欄を押してください。
鍵拍手コメのレスは、記事のコメント欄にお返しします。
月別アーカイブ
カテゴリ
詩 (1)
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

リンク
QRコード
QRコード
FC2カウンター
こんにちは(^^
現在の閲覧者数: