天国と地獄3 (4)

天国と地獄3 (4)




 桜色に上気した素肌に借り物のパジャマを着て、薪はリビングに戻ってきた。白地に緑色の線が入った開襟のシャツは、彼の涼やかな佇まいになかなか良く似合っていたが。
 その裾から伸びた百合の茎のようにしなやかな曲線の、なんてきれいなことだろう。膝上10センチの奇跡。これを青木に見せたら大変なことになるな、と岡部は冷静に判断を下しつつ、素朴な疑問を薪に投げかけた。
「なんで上しか着てないんですか?」
「おまえの服は、僕には大きすぎる」
 尤もな疑問に尤もな答えが返ってきて、岡部はぽりぽりと頭を掻く。一つや二つのサイズ違いなら何とかなるが、Sサイズの薪が3Lサイズのパジャマを着たら、ズボンが落ちてしまうのだろう。

 母親のミスに気がついて、慌てて自分の持っていたものと差し替えたので、他の服を用意するヒマがなかった。 男のSサイズは女性のMサイズと同じくらいだから母親の服でぴったりなのだが、いかんせん、彼女はユニセックスな服は一枚も持っていない。フリルや小花や愛らしい動物などなど、どれも薪の怒りを買いそうなものばかりだ。
「服が乾くまでの間ですから。それで我慢してください」
「うん、これで充分だ」
 薪はソファに腰掛けて、そうするとますます女の子めいて見える。立っていても膝上まである上着は、座ると膝を覆い隠して、これは立派なワンピースだ。これを青木が見たら、以下略。

「悪いな、世話をかけて……ん?」
 薪は、何かに驚いたように声を上げた。見ると、彼の素足に身を擦り付けるようにしてじゃれる小動物の姿が。どさくさ紛れになって、捨ててくるのを忘れていた。
「うわ。ちいさいな、こいつ」
 薪の小さな両手でもすっぽりと包める子猫の身体を抱き上げて、薪はやさしく微笑んだ。薪は動物が大好きだ。一番好きなのは犬だと聞いた覚えがあるが、ネコも好きなのだろう。瞳が蕩けている。
 亜麻色の瞳を愛おしさに潤ませて、薪はソファのクッションにもたれかかり、至近距離で子猫と相対した。濃ピンクのクッションは薪の肌の白さを引き立てて、さすがの岡部も一瞬、彼の性別を忘れそうになる。

「岡部。こいつ、ここで飼えないのか?」
「無理です。俺もお袋も仕事を持ってるんですから」
「彼女、何処に勤めてるんだ?」
「近くの花屋です。パートタイマーですけど」
「パートなら、彼女に世話を頼めるんじゃないのか?」
 薪の言うとおり、その気になれば飼えないことはないのだが。いざ飼うとなると、部屋が無人になった際のことが心配だ。帰ってきて、壁が爪跡だらけになっているのも困るし、引っくり返した花瓶の水で床が水浸しになっていたらもっと困る。

 岡部がペットを飼いたくない理由を言うと、薪はなおも食い下がって、
「ちゃんと躾ければ大丈夫だろ。キャットツリーとか置いて、そこで遊ばせればいいんだ」
「俺にはネコの躾をする余裕はありません」
「彼女にやってもらえばいいじゃないか」
「無理ですよ。厳しいことの言えないひとなんですから」
 雛子が怒ったところを、岡部は見たことがない。人に何を言われても、何をされても、揶揄は親しみに受け取り、悪意はさらりと流して、まるで夢の世界に生きているようなひとなのだ。だから心配で、岡部は彼女を独りにできない。

「これくらい小さい頃から躾ければ、そんなに大変じゃないって聞いたぞ?」
 引かない薪に、岡部は違和感を覚える。薪は頑固だが、ひとに面倒を押し付けることはしない。この強力な勧誘には、裏があるはずだ。
「どうしてそんなに俺にこいつを飼わせたがるんですか?」
「おまえがいない間、雛子さんが寂しがってるんじゃないかと思ってさ。猫でもいれば、気が紛れるだろう?」
 …………まだ続いてたんですか、そのカンチガイ。

「いいのか? 彼女の心のスキマを他の男に埋められちゃっても」
「あのですね!!」
 岡部が薪の誤解を解こうと声を張り上げたとき、冷たい麦茶を持って雛子が現れた。風呂上りで喉が渇いていた薪は、ありがとうございます、とにこやかに笑って、子猫を膝に下し、それを美味そうに飲んだ。
 薪の膝の上で、子猫は大人しく蹲っている。雛子が手を伸ばし、その小さな頭を2本の指でやさしく撫でた。事情を知らない人間が見たら、仲の良い姉妹が一匹の子猫を可愛がっているようにしか見えないだろう。

「靖文さんも、お風呂に入ってきてくださいな」
「俺はいいです。自然に乾いちまいました」
 正確には自然に乾いたんじゃなくて、あんたらが俺の血圧を上げたからですけどねっ!
「大丈夫ですよ、室長さんのお話し相手なら、わたくしがさせていただきますから」
 ふと岡部は、自分がここからいなくなった後、彼女と薪の間で交わされるであろう会話を想像して青くなる。
 この二人は互いに互いを、岡部の想い人だと思い込んでいるのだ。二人きりになんかしたら、どこまで誤解が転がっていくか分かったものではない。

「いや、薪さんの相手は俺がします。お母さんはどうぞ、大好きなDVDでも見ててください」
「DVD? どういったものがお好みなんですか?」
 母親を自分の部屋に引き取らせようとする岡部に反して、薪は雛子を質問で引き止めた。
「この年になってお恥ずかしいんですけど。実は、ネズミーアニメが大好きで」
「あれはとても良くできたアニメだと思いますよ。キャラクターも魅力的ですし」
「そうなんですの。特に、『クマのぺー』シリーズに眼がなくて」
「ああ、なるほど。クマつながりなんですね」
「は? それはどういう」
 雛子が不思議そうに首を傾げると、薪はにっこりと笑って彼女の追及を封じた。相手が笑えば笑みを返すのが流儀の雛子もまたおっとりと微笑んで、そうしていると○姉妹真っ青の華やかさだ。
 美女2人に可愛い子猫のスリーショット。それが自宅のリビングで見られるというのは、男として喜ばしいことかもしれない。片方は自分の母親で、もう片方は同性の上司だという事実にさえ目を塞ぐ事ができれば。

 ふっ、と原因不明の虚脱感から岡部が乾いた笑いを洩らしたとき、災厄は訪れた。

「室長さん。よろしかったら、お夕食をいかがですか?」
「え。いいんですか」
 !!! しまった、薪に注意をしておくのを忘れていた!

「お母さん! 実は、薪さんと俺は外で済ませてきて」
 母親が恐ろしいことを言い出したので、岡部は焦って嘘を吐く。薪が不思議そうな顔でこちらを見ているが、説明している時間はない。

「あら、そう」
「お母さんの手料理が食べられないのは、非常に残念なんですが」
 ぐう、と二人の男の腹の虫が同時に鳴いた。嘘のつけない岡部と、身体だけは正直な薪らしい反応だった。
「まあ、靖文さんたら。自分の家で遠慮なんかするものじゃありませんわ。さ、室長さんもこちらにいらして。あ、猫は置いてきてくださいね」
 地獄の門が大きく開け放たれたことを悟ってがっくりと肩を落とす岡部を、薪と子猫が不思議そうに見ていた。



*****

 
 今頃かよ、と突っ込まれそうですが、
 こちらはアレです、8巻の表紙になった『借り物のパジャマを着て、ピンクのクッションの上で猫と戯れる薪さん』です。
 あのイラストを見たとき、すぐにこの設定が浮かびました♪(←パジャマが岡部さんのって。どうした、あおまきすと)



テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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Aさまへ

Aさま。


>あの表紙の、シャツで子猫を抱いてるのは

当時、彼シャツじゃないか、って秘密コミュで噂になっておりました(〃▽〃)
あおまきすとなら当然青木さんのシャツのはずなんですけどね、何故かうちでは岡部さんのシャツになりました。


>きっと近じか、薪警視正から

いやですよ、あんなブラック官庁ww
アタマも付いていけないですけど、なにより神経が持たないと思います。薪さんと一緒の職場なんて、心臓破裂しちゃう。遠くから見てるのがいいです。


>ドSであるか否かの視点

Aさまが楽しめる状況と言うのは、やっぱり薪さんが上機嫌であることが前提なのですね。
ですよね~、好きな人にはいつも笑ってて欲しいですものね(^^
わたしだって、…………。←書いたものを思い出したら何も言えなくなった。

愛の形は様々ってことでお願いします。(とってつけたようww)


プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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