天国と地獄4 (2)

天国と地獄4 (2)





「なんだ。俺の勘違いか」
 カラン、とオンザロックの氷が立てる音で、青木は我に返った。
「よかったな、楽しく過ごせて。あの人も、きっと楽しかったんだろうよ。今日は機嫌がいいみたいだったぞ」

 公私共に頼りにしている同じ部署の先輩刑事が、無精ひげに見せかけた顎鬚を手でさすって、手入れの時期を計っている。今日一日、淀んだ空気を引き摺って仕事をしていた青木を気遣ってアフターの誘いをかけてくれた彼は、青木の話を聞いて、心配無用と判断したのだろう。
 そう、滑り出しは絶好調だったのだ。
 薪と並んで歩いて、手なんかつないじゃって、一緒にゴーカートなんか乗っちゃったりして。
 でも、二人で観覧車に乗ろうとしたとき。青木は悪魔に会ったのだ。

 幸せなデートから一転、地獄に突き落とされた時のことを思い出して、青木は今朝の陰鬱な表情に戻る。テーブルの上で組み合わせた自分の両手をじっと見つめて、日本海溝より深いため息をついた。
「薪さんの機嫌がよかったのは、オレの力じゃないです。彼女のおかげです」
「彼女?」
「元カノに会ったんです。薪さんの」
 薪の元カノと聞いて、岡部は黙り込んだ。普通にしていてさえ白目の多い三白眼の瞳をさらに小さく引き絞り、そのいかつい顔は驚きの表情に固まる。
「大学の頃、付き合ってたらしくて……薪さんの好みドンピシャで、小さくてかわいくて胸の大きい、うううう」

 思い出しただけで泣けてくる。
 観覧車乗り場で、二人は殆ど同時に互いの姿に気付いた。あの人ごみの中から、運命みたいに互いを探し出した。
 別れてから15年も経っているのに、一目でそれと気付く。それだけ付き合いが深かったのだろう、と青木は考えて、足元を掬われるような感覚に陥った。
 目の前が暗くなるほどのショックを受けた青木とは対照的に、岡部は「そんなことか」と言いたげな口調で、
「薪さんが大学の頃って、何年前の話だよ。とっくに別の男ができてるだろう」
「特定の相手はいないそうです。昨日も、女友だちと来てました」
 確かに、そう言っていた。
「あなたの方は?」と訊かれて薪は、「僕もまだ独り。仕事が忙しくて」と平凡な答えを返していた。

「観覧車の中で薪さんに聞いたんですけど。他に好きな人ができたとか、ケンカ別れしたとかじゃなくて、就職して忙しくなって、自然に離れちゃったみたいなんです。だからお互い未練があったみたいで、楽しそうにメアドの交換を……うああああんんっ!!」
「泣くことないだろう」
「だって薪さんがあの女とぉ……もしかしたら、結婚しちゃうかも……」
「メールくらいで、大げさな」
「メアドを交換したってことは、今度ふたりで会おうってことじゃないですか! 焼けぼっくいぼうぼうじゃないですか!!」
 岡部に危機感がないのは、仕方のないことだ。岡部は当事者ではないし、二人が再会した場面を目撃したわけでもない。何より、薪に特別な感情を持っている青木とは違うから、薪が女性と付き合うことになっても平気なのだ。

 善意で青木の愚痴を聞いてくれる岡部に当り散らすなんて、恩を仇で返すもいいところだと思ったが、青木には他に不安をぶつける相手がいなかった。
 何だか自分が情けなくなって、長い長い片恋の行方も絶望的なものに思われてきて、青木はテーブルの上に突っ伏してしまった。尊敬する先輩相手に非礼を重ねてしまいそうで、顔を上げる事ができなかった。




テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
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