FC2ブログ

室長の災難(21)

室長の災難(21)




 


「このっ、ヘタレ!」
 赤く彩られた唇が、厳しい意見を吐いた。

「あんたみたいなヘタレ、見たことないわ。
 なに? 結局やってないわけ? あんだけ大騒ぎしといてやってないって、どーゆーこと?」
「だって、ムリですよ」
 向かいに座った大男は、がっくりと肩を落として両手で額を押さえている。せっかくの体躯が台無しの情けないポーズだ。
「何がムリ? それでも男? そんなに薪くんが怖いの?」
「薪さんは怖いですけど、そういうわけじゃ」
「じゃ、なに」
 いい加減、イライラしてきた。こっちだってヒマじゃないのだ。
 どうしても話を聞いてほしいと青木が言うから、第一研究室の自分の部屋に呼んだのだ。てっきりノロケ話を聞かされると思いきや、地面に沈み込みそうなほどへこんでいる。どうやら昨日は雪子の予想とは違う展開になってしまったようだ。

「薪さん、めちゃめちゃラリっててすごく色っぽくて、自分からキスまでしてきたんですよ。それなのに……途中で眠っちゃったんです」
 解毒剤の副作用が出たらしい。でも、そんなことくらいで諦める男がおかしい。
「なんでそこでやめちゃうわけ? やってるうちに起きるわよ。やっちゃったもん勝ちなのよ、あのクスリ。4時間は天国にいきっぱなしだって言ったでしょ」
「続けようとしましたよ。でも」
 青木はそこで、机に突っ伏してしまった。顔を伏せたまま、情けない声で訴える。
「薪さんてば、鈴木さんの名前を呼んだんですよ……オレ、もう萎えちゃって……」

 なるほど。
 それはありうる。
 薪がそう簡単に鈴木のことを忘れられるとは思わなかった。自分が彼を忘れられないように、きっと薪も。

「なによ、そのくらいのことで情けない。あんたそれでも男?」
「ショックで目の前、真っ暗になっちゃいましたよ。だって、キスも笑顔もだいすきって言葉も、全部鈴木さんに向けられたものだったって分かったら……もう、何もできませんよ。ううう」
 とうとう泣き出してしまった。
 は――っ、と大きなため息をついて、雪子は大きな子供の背中をポンポンと叩いてやる。
 皮肉なことに、青木は鈴木に顔立ちや体つきが良く似ている。クスリのせいで正常な判断ができなかったであろう薪が、見間違えるのも無理はない。
「しょうがないでしょ。克洋くんはあんたの3倍はいい男だったんだから」
 青木のことは放っておくしかない。そのうち泣き止むだろう。

 それにしても、解せないことがある。
 解毒剤の効果の現れ方だ。いままで、こんな風にドラックの症状がぶり返した被験者はいなかった。個人差と言ってしまえばそれまでだが、実に不自然だ。
 現場から押収されたドラックのひとつを目の前にかざし、雪子は考え込んでいた。
 無色透明の液体。500mlのペットボトルに入っている。無味無臭で、ただの水となんら変わりない。しかしこれは悪魔の水だ。

「三好先生。それ、もらってもいいですか」
 水分補給しないと、と青木が手を出す。飲ませたら面白そうだが、これは今から分析に回さないといけない。被害者の血液から発見されたドラックと、照合を行うのである。
「飲んでもいいけど、これ例のドラックよ」
「え? 水じゃないんですか?」
「見た目は水にしか見えないし、味もないけどね」
「そのパッケージって、もしかして昨日の?」
「そう。現場から押収したものの1本。……どうしたの? なんか、顔青いわよ」
 顔を引き攣らせながら、新米の捜査官は懺悔した。
 
「……飲ませちゃいました、オレ。解毒剤がすごく苦くって、薪さんが水を欲しがってて 。てっきり水だと思って、それ」
「あんた、犯罪者じゃん」
 またひとつ、薪に言えない秘密ができてしまった雪子であった。


テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

法医第十研究室へようこそ!
10万拍手ありがとうございます!
いつの間にか9歳になってました。( ゚Д゚)
文字サイズをお選びください
最新記事
最新コメント
拍手のお返事
いつもありがとうございます!

最新拍手コメのお返事はこちらです。

過去の拍手レスの確認は、該当記事の拍手欄を押してください。
鍵拍手コメのレスは、記事のコメント欄にお返しします。
月別アーカイブ
カテゴリ
詩 (1)
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

リンク
QRコード
QRコード
FC2カウンター
こんにちは(^^
現在の閲覧者数: