緋色の月(14)

 今日はメロディの発売日ですよ。
 はあ~、どきどきします~。 
 あおまきさん、仲直りしたかな~。 (←そこかよ!)

 お話の方も、やっとドキドキしてきたかな。
 本日も広いお心でお願いします。(^^





緋色の月(14)





 彼が息を弾ませて東条家の門に走りこんできたとき、東条は二階の自分の部屋にいた。リクライニングシートに座り、背もたれにもたれて、銀白色の携帯電話を弄っていた。
 窓際のその席からは、家の前の通りがよく見えた。スプリングコートの裾をはためかせて走る彼は、活発な少年のようだった。平均的な成人男子よりも大分小さい、ユニセックスな身体。まるで彼に人としての穢れを許さない神が、純真な少年のまま彼の時を止めてしまったかのようだ。

 彼の姿を認めると東条は、階段を下りて玄関で彼を出迎えた。玄関に東条がいるとは思わなかったらしい彼はひどく驚いた表情をしたが、それは完璧な彼の美貌をほんの少し崩して、しかしその僅かなアンバランスが彼を最高に可愛らしく見せる。取り澄ました彼も魅力的だが、どちらかというと東条は、ふとした瞬間に見せる彼の素の顔をより好ましいと感じていた。

「お帰り。朝ごはん、目玉焼きとみそ汁でいい?」
 目玉焼きは周りの部分が少し焦げてしまったけれど、黄身を割らずに上手にできた。春玉ねぎの味噌汁は具を刻むときに誤って指を切ってしまったけれど、甘みがあって美味しい味噌汁ができた。きっと彼も喜んでくれると思った。
 しかし彼は、三和土から上がろうともせず、険しい顔で東条をじいっと見据えた。
 昨夜とは別人のような彼の態度を不思議に思って、東条は首をかしげた。昨夜、彼はとてもやさしくて可愛いかった。にこにこと笑いながら、東条に夕食を作ってくれた。なのに一晩経ったら彼の態度は豹変していて、東条は戸惑っていた。

「薪さん、どうしたの」
「先生。以前僕が差し上げた携帯ストラップを、今もお持ちですか?」
 それは東条が一昨日からずっと探していたものだった。彼が自分にくれた大事な贈り物。失くしたと知って、東条はとても悲しかった。

 彼が自分に贈ってくれたものはたくさんあるが、どれもみんな貴重だ。
 例えば、彼が診察用のベッドに横たわるときに使った紙製の枕カバー。寝台に落ちた彼の髪の毛。くちびるを拭ったティシュー。
 それらはみんな、彼を思い出す因にと彼が自らの意思で東条に残してくれたものだ。どれ一つとして、失っていいものはなかった。
 中でもこれは、いつでも東条と一緒にいたいと言う彼の気持ちの表れだと思った。携帯電話という常備品につけるアクセサリ。―― これを僕だと思って、いつもあなたの身につけていてください―― なんてかわいらしいことを考えるんだろう。彼の奥ゆかしい愛情表現に、東条は感激した。

「同じものを、この町で拾いました」
 そうか、彼が拾ってくれていたのか。
 運命だと思った。彼の想いが込められたアイテムは、それを所持すべき者の手に戻ってくる。彼の手を経て、また新たな愛情を注ぎ込まれて、ああでも、そんなアイテムに頼らなくても、もう彼は僕のもの。

「きみが拾ってくれたのかい? ありがとう」
「今は持っていません」
 礼を言って手を差し出した東条に、薪は素っ気無く首を振り、ストラップは別の場所に保管されていることを伝えた。
 彼の不機嫌の理由が分かった。自分が心を込めて贈ったものを失くされて、彼は腹を立てているのだ。子供みたいだ。本当に彼はどこまでかわいいのだろう。

「じゃあ、それはまた後でね。それより食事にしよう。お腹ぺこぺこだよ」
 薪を玄関口に残したまま、東条はキッチンに向かった。
 不機嫌を装いながらも黙って自分の後ろを付いてくる彼の従順を、東条は愛しく思う。素直で、愛らしくて、でも彼はとっても恥ずかしがり屋だから、自分の気持ちをはっきりと東条に告げたことはないけれど。ちゃんと分かっている、彼は僕を愛してる。それくらい分かってあげられなかったら、カウンセラーなんかやってられない。

 彼をダイニングテーブルに着かせ、味噌汁を温める。東条がごはんを茶碗によそろうとすると、自分は要らない、と薪に言われた。
 せっかく作った朝食を断られて、東条はがっかりした。でもすぐに自分の失態に気付いて、申し訳ない気持ちになった。彼は低血圧症だ。きっと、朝はいつも食事をしないのだ。彼の慣習を知らなかったことは残念だが、これから覚えればいい。明日は失敗しない。
 
 昨夜と同じ席に座り、薪は何事か考え込んでいる様子だった。
 亜麻色の瞳が、東条の一挙手一投足をずっと追いかけている。自分に纏いつく彼の視線に、熱いものを感じる。
 そうか、と東条は思う。
 昨夜は同じ屋根の下にいたのに、自分が何もしなかったから、彼は拗ねているのだ。昨日は朝から晩まで動き詰めで、彼も疲れているだろうと思って気を使ったつもりだったのだが、寂しい思いをさせてしまったらしい。せめて一緒の布団で寝てあげればよかった。

「薪さん。ごはん食べたら、ちょっとお喋りしようか」
 薪は少しの間をおいて、こくっと頷いた。
 やっぱりそうだ。彼は寂しかったのだ。『お喋り』という言葉に隠された秘密を僕と彼は共有している。それを承知で頷いたのだから、今日こそ彼は僕のものになってくれるのだ。
 
 先生、と小鳥が鳴くような声で呼びかけられて、東条は、うん、と返事をする。クッキングヒーターのスイッチを切って、味噌汁を汁椀に注ぎながら「なんだい?」とやさしく尋ねた。
「ストラップは、いつ失くされたんですか?」
 まだその話?
 やれやれ、よっぽど腹を立てているようだ。でも、彼のご機嫌を直す方法なら心得ている。朝食を済ませたら、彼の望むことをたっぷりしてやろう。

 目玉焼きを頬張りながら、東条はモゴモゴと答えた。
「こっちに着てからだから、昨日かな」
「そのストラップは、事件のあった公園の噴水の近くに落ちてました。警備の巡査が拾ったんです」
 硬いアルトの声が響いた。それは診察室ではついぞ聞いたことのない、事件に相対する際の彼の声音だった。
「事件の後、公園はすぐに閉鎖されました。今も警官が現場保存のために立っています。事件発生は二日前の深夜。昨日この町に着いた先生が、どうやって公園に落し物ができるんです?」
 薪がどうしてそんなにストラップに拘るのか、東条にはよく分からなかった。アイテムは大事だけど、それが本質じゃない。一番大事なものは、彼と自分の心の中にある。それを彼も知っているはずなのに、どうして突っかかるような言い方をするんだろう。

 少々面倒になって、東条はこの話題を切ろうとした。
「なら、それは僕のじゃないんだ。きっと、別のところに落としたんだね」
「あのストラップは限定品で、警視庁の職員かそれに関連のある人間しか持っていません。東京から3時間もかかるこの町に、そんな人物が二人もいるのは不自然ではないですか」
 言い争いを避けたいと思う東条の気持ちを知らぬ振りで、薪は食い下がった。
 突っ張る彼もかわいいけど、あんまりしつこいと興が冷める。恋人の嫉妬は愛情を強くするけど、ヒステリーは引かれる。それと同じだ。

「もうひとつ、気になっていることがあります。昨日の夕方、先生は僕に電話をくれたとき、一昨日の事件を『カップル殺し』と言いましたよね? 被害者が恋人同士だったという情報は、どこから得たんですか」
「そんなの、テレビのニュースに決まってるじゃないか。君は一日歩き回っていたから、テレビを見ていないんだろう」
「I署による報道規制で、この事件に関するニュースは差し止められていました。事実、夕方旅館で確認したニュースでも、夜この家で見たニュースでも、事件は報道されていなかった。この事件のニュースが流れたのは昨日の朝1度だけ、その時点では被害者は男女と報道されただけで、被害者の関係については言及されていませんでした。なのに先生は、それを知っていた」
「……清川さんに聞いたんだよ。警察署で」
「そう、僕もそう思い込んでいました。清川課長や、あるいは町の人々から情報が渡ったのかもしれないと。でも、もう一つの可能性があることに気付いた。
 先生は公園で彼らを見た。だから彼らが恋人同士だと知っていたのではありませんか?」
「やれやれ。一つの可能性とやらで疑われちゃ敵わないな」

 食事を終えて、東条はコーヒーを淹れた。
 これなら薪も喜ぶだろう。彼はコーヒーが好きなのだ。インスタントだけど、スーパーで一番高いのを買ってきた。東条にはこれで充分美味しい。

「薪さん、そんなに怖い顔しないで。これじゃカウンセリングにならない」
 愛を語ろうとしているのに、その口元はありえないと東条は思った。きりっと結ばれたくちびるも綺麗だけど、ふわっと笑っているいつもの彼のくちびるが東条は好きなのだ。
「もっとリラックスしてくれないと。はい、これ飲んで」
「けっこうです」
 懐柔策のコーヒーを断られて、東条は肩を竦める。これ以上突っ張る気なら、こちらにも考えがある。手荒な真似をする気はないけど、多少のお仕置きは必要かもしれない。一昨日の夜のことも、彼には反省してもらわなければならないし。

「まずはそのストラップの問題を解決しないと、カウンセリングは不可能みたいだね。仕方ない、真面目に探すか」
 多分、彼の方も引っ込みがつかなくなってしまったのだと思った。だからこれは、彼のため。素直になれない彼の言い訳を、僕が作ってあげるんだ。

「あ、あった!」
 クローゼットの隅に置かれた旅行鞄を広げて、東条は声を上げた。
「鞄から持ち出すときに、引っ掛かって紐が切れたんだね。中に落ちてたよ。ほら」
 鞄の底を指し示した東条の鼻先で、亜麻色の髪がさらりと揺れた。鞄を覗き込む薪の、長い長い睫毛。目を開いていても美しいが、伏せ目がちになると嘘みたいに綺麗だ。

 ああ、でも。一番きれいなのは彼が眼を閉じているとき。いつも僕に見せてくれる、きみのあの顔。睫毛がとてもきれいな、きみの可愛い顔。
 今日も見られるんだね。うれしいよ。

「先生、どこに」
 つややかなくちびるから洩れた言葉の続きは、白い布に吸い込まれた。薪は瞬時に退こうとしたが、後ろ頭を押さえられ、布に鼻と口を押し付けられた。
 東条の胸に倒れ込むように、彼はその身を投げ出してきた。安らかに眼を閉じて、彼は自分の腕の中。
 ああ、いつもの彼だ。

「さあ、薪さん。僕とお喋りしようね」



テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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