緋色の月(15)

 こんにちは。

 秘密ファンなら誰しもが薪さんの無事を祈っているこの時期に、こんなキモチワルイ話の続きを公開してすみません。 
 広いお心でお願いします。




緋色の月(15)




 彼の眼は、いつも安らかに閉じられていた。
 長い睫毛が白い頬に影を落とす。物静かな鼻も、軽く結ばれたくちびるも、すべてが信じられないほどに美しく、東条は彼に触れずにはいられなかった。
 この顔で、彼は東条の質問に答えた。

「今日、君をここへ送ってきたのはだれ?」
「岡部と言って、僕の部下です」
「どんなひと?」
「とても優秀な捜査官です。僕は彼を一番信頼している」

 眼を閉じたときの彼は、とても正直だった。思ったことを素直に口にし、嬉しいことには微笑み、哀しいことには眦を下げ、悔しいことにはくちびるを噛んでみせた。
 
 Hシオンという薬品は睡眠剤の一種だが、効き始めが20~30分と短く、その間に上手く誘導すれば患者の本心を探る事ができる。東条はこれを飲み物に混ぜて薪に飲ませ、秘密裏にカウンセリングを行っていた。
 この薬品には一時的な健忘の効果もあり、眼が覚めたとき薪は、東条に質問を受け、自分がそれに何と答えたか、まったく覚えていなかった。
 東条がこのクスリを使ったのは、彼の心が健常であるかどうか確かめて欲しい、と警視総監に頼まれたからだ。東条は警視庁の専属カウンセラーだ。当然、彼のクライアントは警視総監だ。断ることはできなかった。
 
 何度か試してみて、彼の精神はとても安定していると思った。先輩医師の診断は、間違っていなかった。
 東条は、それを総監に報告しようとした。薪警視長の精神は安定した状態にあります、もう治療の必要はないでしょう。
 でも、と彼は思った。
 報告を終えたら、薪に会えなくなる。彼の姿を見ることができなくなる。

 迷った末、東条は報告書に、『ほぼ安定しているが経過観察の必要あり』と記載して提出した。その頃の東条は既に、薪に異様な執着を抱くようになっていた。

 薪と初めて会ったのは、3年前だ。
 先輩医師が体調を崩して退職し、カウンセリングを引き継いだ患者の中に彼がいた。
 最初に彼を見たとき、東条は純粋に驚いた。こんな美しい人が警察官で、しかも自分の診察室の回転椅子に座っている。それは俄かには信じがたいことだった。I県の片田舎で育った東条は、こういう特別な容姿を持った人間は、銀幕か液晶パネルでだけお目にかかれるものだと思い込んでいた。

「今度の先生は、えらくお若いんですね」
 初めましての挨拶の後、彼にそんなことを言われた。
「前の先生には、昔話ばかり聞かされたんですよ。カウンセリングを受けに来た患者の方が話を聞くって、おかしくないですか?」
 先輩医師が残したカルテには、現在薪の精神は健常者のそれと何ら変わりないことが記載されていた。しかし、彼にカウンセリングを命じている総監にそれを報告しても納得してもらえない、と彼は零していた。薪は官房長の派閥に属する人間で、警視総監とは敵対している。その辺の事情が絡んでいるのだろう、と先輩医師は推察していた。

 彼といろいろな話をするうち、彼がとても美しい心を持っていることに東条は気付いた。彼は純真で、真っ直ぐな理想をその精神の中枢に置いていた。それが彼をいっそう輝かせていることを知って、東条は彼に憧れを持つようになった。
 だから、診察中に彼が眠ってしまっても、その身体を自由にしたいとは最初は思わなかった。そんな冒涜は許されないと強く自分を戒めていた。生まれたままの彼の姿を夢見ないでもなかったが、東条の診断では、薪は自尊心が高く、男性的な精神の持ち主だった。そんな彼が男から受ける性的な奉仕を悦ぶとは考え難かった。

 箍が外れたのは、1年ほど前のことだ。
 その日は日曜日で、薪を送ってきたのは、若い男の部下だった。ヒゲの男ほど頻繁ではないが、今までも時々、彼の送り迎えをしていた。彼はとても背が高く、顔も良く、立派な体躯をしていた。薪と並ぶと実に絵になって、東条は微かに胸が疼くのを感じた。
「1時間後に迎えに来い」
 命令口調で言い放った薪に、はい、と返した彼の微笑が、何故かその日は蕩けそうに甘やかで、それが東条に疑惑を生じさせた。ちらっと彼を見上げた薪の視線が妙に艶めいていて、東条の疑惑は瞬く間に大きく膨れ上がった。

 しばらく中断していたHシオンを、その日東条は薪に投与した。
 薪が薬によるトランス状態に陥ったのを確認すると、東条は質問を開始した。

「今日、君を送ってきたのはだれ?」
「青木一行という男です」
「どういうひと?」
「彼は僕の」

 薪は口ごもった。
 彼が素直に答えないなんて、薬が効いていないのかと東条は焦ったが、ちがった。彼は自分の中に、彼を表わす言葉を捜していた。

「部下ではないの?」
「部下です……ああ、ちがう、彼は」

 はあ、と彼は悩ましげなため息を吐き、小さく首を振った。白い頬に朱が浮かび、それは彼の最上の喜びを表していた。

「かれは、なに?」
「彼は、僕の一番大事なひとです」

 そう言うと、彼はとても幸せそうな顔をした。

「だいじなひと?」
「大事です……かれが大事……なによりもだいじ……」
「彼を好き?」
「すきです。だいすき」

 嫌な予感がして東条は、眠りに落ちた薪の、シャツのボタンを外してみた。確認せずにはいられなかった。
 その光景は、東条にとっては晴天の霹靂だった。
 薪の白い肌に、赤い痣がいくつも残されていた。そちらの方面に疎い東条にもすぐに分かった。今日、彼はあの男に抱かれてきたのだ。
 ショックだった。東条は随分前から、彼を患者として見ていなかった。患者として見る事ができていたら、こんな衝撃は受けなかったに違いない。職業柄、隠された性癖を持つ人間は見慣れていたからだ。
 こんな彼を見たくない、現実を知りたくないと思うのに、東条は自分の手が彼の衣服を剥いでいくのを止められなかった。自分の目が、彼の身体にあの男との情事の証拠を探すのを止めることができなかった。

 休日らしくラフな服装をした彼の、ズボンを脱がせ、下着を取り去った。脚を開かせると、臀部に近い内腿にまで赤い刻印が為されていた。
 こんな場所にまで、あの男の唇が触れるのを許したのか。
 東条の脳裏に、年若い捜査官が彼の内股に顔を埋める画が浮かんだ。想像の中で薪は、脚を大きく開き、その間で動く男の黒髪に手指を埋めていた。切ない声を洩らし、腰をくねらせて、彼の口中に白濁した快楽の証を注いだ。

 残像のように流れていくその情景は、しかし東条に、薪に対する嫌悪や幻滅を抱かせなかった。それどころか、そのとき彼を訪れたのは歓喜に近い感情だった。
 東条は生まれて初めてとも思える、極度の興奮を味わっていた。彼の白い身体を彩る朱印をひとつひとつ指でなぞり、彼のやわらかい内股に手を這わせた。彼は深い眠りの中にいて、東条の指に反応することはなかったが、東条の興奮状態は続いた。
 
 目を閉じて身体の力を抜いて、自分からは一切動かず、東条の愛撫を受けるだけの彼。どこぞの女のように、浅ましく東条の身体を貪ったりしない。彼の性はとても慎ましいのだと東条は考えた。
 東条は自分のズボンを下ろし、下肢を露にした。東条のそこは、どんな女性を前にしたときよりも激しく昂ぶっていた。
 薪を送ってきた男が想像の中でしたことを、東条も彼にしてあげたいと思い、それを実行した。彼の肌に舌を這わせながら、東条は己が手で自分の欲望を擦り立てた。
 限界を感じると、東条は彼の上に乗り、自分の欲望を彼の慎ましやかなそれに押し付けた。途端、強烈な快感が東条の背中を駆け上り、夢中で擦り付けて、果てた。

 彼の白い肌に残された赤い痕跡、その上に自分の体液が散って、穢されたはずの彼はしかし、鮮烈に美しかった。それは東条の網膜に焼き付けられ、次第に彼の脳に浸透し、彼の精神を歪めていった。
 
 捻じ曲げられた感情は、東条に偏った思考を生じさせた。それは、薪も自分を好きなのではないか、という自分に都合の良い妄想だった。
 彼はこうして、カウンセリングのたびにその身を自分に預けてくれる。拒否したことは一度もない。もしかしたら彼も、この秘密のカウンセリングを楽しんでいるのではないか?
 その証拠に彼は、必ずと言っていいくらい夜遅い時間にカウンセリングを申し込んでくる。仕事の都合だと彼は言うが、本当は、看護師が帰る頃合を狙っているのではないか。自分と二人きりになりたいから、自分の愛撫が欲しいから、だから。

 ああ、そうだったんだね。
 きみの健気な恋心に気付いてやれなくて悪かった。僕がたまにしか相手をしてやれないからきみは寂しくて、それであんな男と。
 言ってくれれば、いつだって応じたのに。僕が忙しいから、気を使ったんだね?
 本当にすまなかった。
 もう、代用品なんかで済ませなくていいんだよ。僕はずっときみの側にいることにしたから。
 そう、ずっと一緒だよ。

 
 穏やかに開かれていた眉間がぴくりとうごめき、長い睫毛が震えた。んん、と低く呻いて、彼は眼を開けた。
 東条は彼の亜麻色の瞳に唇を寄せて、そっと囁いた。

「眼が覚めた? じゃあ、カウンセリングを始めようか」
 


*****


 相変わらず彼は美しい、と私は思いました。
 
 彼は大人しく、私の前に横たわっています。それは大そう眩しい光景でありました。窓から差し込む日の光が、彼の亜麻色の髪と白い頬を輝かせ、小さく結ばれた唇は薔薇の蕾のように可愛らしくありました。
 いつもと何も変わりません。診療室が自分の部屋になっただけのことです。でも、今日は時間の制約はありません。彼を迎えに来るものはおりません。私は、彼が目覚めるのをじっと待ちました。

 やがて彼は目を開けました。

 透明度の高い亜麻色の瞳が、ぼんやりと私を見ました。それはあの夜の、彼の様子に酷似しておりました。
 緋色の月の下、私以外の男に身を任せていた彼。
 美しかった、例えようもなく美しかった。でも、二度とあんなことがあってはならない。私以外の男の手が、彼に触れることは耐えられない。

 私はすでに、決意を固めておりました。
 まだ眠りから醒めきらない彼に、私はそっと囁きかけました。

「僕とお喋りしよう。薪さん」


*****


 うう、気持ち悪い、この男……。
 こんなんだったら間宮のほうがなんぼかマシだと思ってしまうわたしは、人として終わってるのかしら★


テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Aさまへ

鍵拍手くださった Aさまへ

>ウガああ~っ!!入れてはいませんよね!?そこだけは勘弁して!(>д<)

Aさまが吼えてる。(笑)
この辺はわざとぼかしてあって、そのうち分かりますから~、
それまでは青木くんと一緒に悶々なさってください。(←鬼) 


>原作のカウンセラーも総監とグルだし・・東条みたいな奴だったらどうしよう・・(><)

ないない。<カウンセラーが変態。
総監の命令でカウンセラーに通うなんて、管轄外の割には影響力大きいんですよね。 
第九は科警研だから、管轄は警察庁。 だから命令が下るとすれば国家公安委員会の委員長または警察庁長官、というのが自然だと思うのですけど。 これはやっぱり、過去の事件のことで第九の立場が弱くなり、警視庁側の介入を許してしまっているのでしょうか。

>今回の薪さんも美しかったよ~!!

半端なかったですね!
特にあの、鈴木さんとワインを傾ける薪さん!! もう、この世のものとは思えないほどに美しいっ!! 鈴木さん、どんだけ美フィルター掛かってんの? ってツッコミたくなりました☆


>青木が来ても頼りになるのか心配だけど「明日に向かって撃て」なのだ!

わたしも、いよいよここで「明日に向かって撃て」かと思ったんですけど~、
読み返したら、どうやらGPSはブラフだったみたいで。 
最終決戦は、薪さんを巡って滝沢さんVS青木さんの構図になるみたいですね。 (ちがう)


>実はあのモノローグ、青木じゃないよね?チラッと思ってしまった(笑)

あのモノローグって、どのモノローグかしら・・・・・?
(最初のは完全に薪さんのモノローグですよね)
すみません、もう一度メロディ読んでみますね。(^^;

ありがとうございました。

Sさまへ

鍵拍手いただきました Sさまへ


はじめまして。
お声を掛けてくださって、ありがとうございます。(^^

物語に引き込まれた、とのお言葉、とてもうれしく拝聴いたしました!!
ありがとうございます!

それは決してわたしの手柄ではなく~~、
Sさまの薪さんを想うお心が強いから、こんな退屈なお話でも続きが気になってしまうのだと十分に理解しております。
それを承知の上でも、やっぱり嬉しかったです♪

続きを公開して、Sさまに引かれないといいのですけど・・・・ ごめんなさい、どうか広いお心でお願いしますっ。 (あらかじめ謝っておくあたり、この先どう展開していくのかが知れますね(^^;))


コメントありがとうございました。
Sさまの、またのお越しをお待ちしております!

 

Aさまへ

Aさま、こちらこそ、お手数おかけしてすみませんでした。(^^;

モノローグは東条のものです。
でも、Aさまがふと思われたように、ちょっと引っ掛けも入ってます。
種を明かしますと、心の中で思っているものではなくて、彼の診察日誌に書かれたものの抜粋なんです。 話の展開上、第三者にもこのモノローグを知らせる必要があるので。

コメントありがとうございました♪
プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

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