緋色の月(21)

 最終章です。
 お付き合いくださったみなさま、ありがとうございました!!




緋色の月(21) エピローグ(2)




「クスリで眠らされて意識がなかったんだ。それでも、青木は僕を許せないのか」
 
 正座から膝立ちになって青木に詰め寄ると、青木は慌てて首を振り、
「ち、違いますよ。許すも許さないも、薪さんは被害者じゃないですか」
 と、薪の早とちりを諫めた。
「なら泣くなよ。あの男が許せないのは分かるけど」
「それも違います。もちろん先生のしたことは許せませんけど、オレも似たようなことしてたし……責める権利ないっていうか」
 青木は昔、薪が捨てたはずのジャケットを後生大事に隠し持っていたことがある。早朝から薪の家の前に立っていて、外出先まで尾けて来たこともある。立派なストーカー行為だ。薪に想いが通じて恋人同士になる前、彼が眠っているのをいいことにくちびるを盗んでしまったこともあるし、一人寝のベッドの中で毎晩のように淫らな彼を妄想しては自分を慰めた経験もある。ひとのことを言えた立場ではない。

 犯罪者を先生と呼んでしまう青木の愚直さを好ましく思いながらも、じゃあなんだ、と薪がくちびるを尖らせると、青木は途端に項垂れて、申し訳なさそうに白状した。
「あんなことされて、一番傷ついてるのは薪さんなのに、オレが慰めて差し上げなきゃいけないのに、オレ、口惜しくて……オレ以外の男が薪さんを抱いたって思ったら、口惜しくて口惜しくて、どうしてもやさしい気持ちになれなくて」
 それは恋人として当たり前の感情だと薪は思った。薪だって、青木がクスリで身体の自由を奪われて、どこぞの女にオモチャにされたら面白くない。女に報復するのは当然として、被害者である青木に対しても当り散らしてしまいそうだ。こういうものは理屈じゃない。理性は納得しても、感情は治まらない。それが分かっていたから、まだ宵のうちからベッドに入ったのだ。
 でも、青木は大きな勘違いをしている。そこだけは正してやらないと。

「こんなオレに、薪さんに触れる資格ないって」
「ちょっと待て。僕が東条に犯られたって、あの事件調書のどこに書いてあったんだ?」
「事件調書には書いてありませんでしたけど、ストーカー被害に遭った男性は、クスリで眠らされて性的暴行を繰り返されてたって、週刊誌に」
 ……どうして警察の人間が週刊誌で事件の詳細を確認するんだ。おまえはそれでも幹部候補生か。

「証拠品の診療日誌も読みました。薪さんと何度も愛し合ったって」
「おまえの眼は節穴か。あんなもの、東条が自分の妄想を書き付けてたに決まってるだろうが」
「まあ、あれは全部本気にしたわけじゃないですけど。薪さんが挿れただけでイッちゃったとか、立て続けに射精とか、ありえないし」
 ちょっと待て! 真偽の判断基準はそこなのか!?

 説教は後回しにして、今は青木の誤解を解くことが先だ。薪はしぶしぶと言った口調で、自分が受けた被害内容を青木に話して聞かせた。
「――― という具合で、裸にされて触られたのは事実だけど、そこまではされてない。一時間程度で目覚める量の睡眠薬なんだから、されれば気がつくし、万が一眠っている間にされてたら、眼が覚めたときに感触でわかる」
 あんなものが出入りすればその後はしばらく疼くし、眠っていたのはせいぜい1時間位のものなのだから、身体の異変に気付かないわけがない。

「でも、試験管にストーカー被害に遭った男性の精液が保存されてたって」
「あれは僕のものじゃない。おそらく東条のだ。彼は、現実と妄想の区別がつかなくなっていたんだ」
 薪は眠っていたのだから、吐精なんかできるわけがない。加えて、薪には絶対にそれが自分のものではないと確信できる理由があった。
「もしかして、中身を調べたんですか?」
「調べなくてもわかる。この2ヶ月、僕はカウンセリングには行ってない。2週間前の精液が採れるはずがない。それに」
 言いかけて、薪は口ごもる。
 薪の揺るぎない自信を何が支えているのか、それを言うのはちょっと、いや、むちゃくちゃ恥ずかしい。理由もさることながら、それを為していた自分の気持ちを青木に知られるのはもっと恥ずかしいからだ。

「だけど、あの先生のところには3年も通ってたんでしょう。その間には、きっと何回かは」
「ありえない」
「どうして言い切れるんですか」
「どうしてもだ」
 これ以上の会話は危険だと察して、薪はぷいと横を向いた。絶対拒絶のオーラを出して、青木の質問を封じる。

「……そうですよね。どちらにせよ薪さんの意思じゃなかったんだから、そんなことに拘るのもおかしいし、今更蒸し返しても仕方ないですよね。ごめんなさい、嫌なことを思い出させて」
「僕には無理なんだ! 僕が二日続けてできないの、知ってるだろ!」
 男のプライドに懸けて言うまいと決めていたことを、薪は大声で叫んだ。

 だって青木があんまり悲しそうな顔をするから。黒い瞳が捨て犬みたいに薪を見るから。
 彼にこんな顔をさせるくらいならプライドなんか要らないと、一瞬でも思ってしまったら薪の負けだ。

「カウンセリングに行った日は、おまえと夜を過ごした翌日だ。だから、何をされても勃たないんだよっ」
 ときに涙を禁じえないほどの薪の薄さは、青木が一番よく知っている。翌日は本当に何をしても反応しない。起きていてもその調子なのだから、眠っていたら尚更だ。
「でも、3年間必ずそうだったわけじゃ」
「いいや、3年間ずーっとだ」
「薪さんの記憶力がいいのは存じ上げてますけど……」
 くそ、しぶといな。僕にここまで言わせるか。

「僕がカウンセリングに通っていたのは、僕の意志じゃない。総監に無理矢理通わされていたんだ。僕は早くカウンセリングから解放されたかった。そのためには良好な診断結果が必要だと思った、だから」
 頬が火照っているのが分かる。本音を言うのが一番苦手だ。自分の最も弱い部分を、相手に知られてしまう。
 すうっと息を吸って、薪は一気に吐き出した。

「自分で最高に満ち足りてるって思う精神状態のときを選んで、カウンセリングを受けていたんだ! 一度も違えてない!!」

 青木と過ごした翌日は、満たされてる。歩くのが辛いくらい足腰が痛くても、会議の最中に居眠りしそうなくらい寝不足でも、それは青木が僕を愛してくれたことの証だから。痛みもだるさも、感じるたびに幸せな気分になる。
 自分がそこまで彼に溺れていることを当の相手に知られるなんて、最大の屈辱だ。だから言いたくなかったのに。でも、
「薪さん」
 ぱあああ、と笑顔になる青木を見ていると、そう悪くもないような、ていうか、この単純なところが可愛いと、胸がきゅんきゅんしてしまう。だから薪はついつい余計な一言で、自分の首を絞めるのだ。
「安心しろ。僕はおまえ以外の男には反応しないから」

 他の男なんかゾッとする。東条に触られたときも、虫唾が走った。
 青木だけだ。青木だけが僕の身体をおかしくする。この感覚を狂わせる。羞恥心を悦びに、苦しさを快感に、狂わされたまま乱れて乱れて、堕ち行く先には底が見えない。僕もそのうち彼の精神分析医のように狂ってしまうのだろうかと、時々薄ら寒くなる。

「納得したか? じゃ、服を着て録画の続きを見よう。僕のカンではもうすぐ第二の殺人が」
「薪さんっ!」
 ベッドから降りようとしたところを後ろから捕らえられ、腰を引かれてシーツの上にうつ伏せに倒れた。腿の付け根に硬いものを押し付けられて、薪はぎょぎょっと振り返る。
「ちょ、ちょっと待て! 今夜はできないんじゃなかったのか!?」
「すみません、我慢できないです」
 結局こうなるのか―――――っ!!

 安眠への期待を裏切られて、薪は腹を立てる。でも、いささか強引に後ろから入ってきた青木に、オレもあなただけですから、と耳元で囁かれれば、彼がもらたす律動とその余波の中で、腹立だしさも愛しさに変わっていく。
 青木はまるで存在自体が魔法みたいに、僕の心に次々と生まれるマイナス因子をプラスに転じていく。それは、表が黒で裏が白色のドミノピースが逆向きに倒れていくさまにも似て、与えられる刺激との相乗効果で、僕の身体も心も白くする。
 自分は多分東条と同じ種類の人間で、それはあの夜、同じ色の月を見ていたことからも明らかだ。話してみれば夢も闇も、我がことのように理解しあえるのだろう。
 でも。
 
 ―――― でも僕は天邪鬼だから。逆に倒されるのが好きなんだ。

 つながったまま、脇腹を抱えるように起こされて、薪は青木の膝の上に座らされた。自然にうつむくと、彼の手が自分の脚の間で動いているのが見えて、その隙間に覗く自分があまりにも快楽に正直なのが恥ずかしくて、思わず眼を逸らす。しかし一度眼にしてしまったその映像は、彼の脳に留まり彼の脳下垂体を刺激して、彼の快楽を倍増させる。
 自然に反り返る細い背中と、リズムに合わせて動く腰。今日は抑えなくてもよい嬌声が、つややかな唇から迸しる。

 上向いた薪の眼に、消さずにおいた部屋の明かりが飛びこんでくる。眩しくて、薪は目を閉じた。
 閉じた目蓋の裏側で、寝室の暖色照明の残像が、赤い月の破片のように滲んで消えた。



―了―



(2011.6) 最新作とか言っておいて、公開終えたら3ヶ月も経ってたよー。(^^;


テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Aさまへ

Aさま、こんにちは。

女におもちゃにされる青木さん、うちではありえませんが、
原作の彼は初心で相手に気を使うタイプなので、押されるがままに関係を結んでしまうこととか、ありそうです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・薪さん、押しちゃえばいいのに。


Aさまご心配の「最後まで」は、大丈夫です、されてません。 
てか、できないよ~~! そんなの書けない~~!
薪さんのピュアなお尻は青木さんor鈴木さん専用でお願いします、本当にお願いします。 ←いったい誰に頼んでいるのか。
その前のことも本当はイヤなんですけどね、キスも嫌。 と言う割に、いろんな男に(無理矢理) くちびる奪われてるなあ、うちの薪さん・・・・・・不憫。


>薪さんの自信って・・(^^;)

えらい情けない自信ですよね。(‐_‐;
「お前以外の男には反応しない」の一言では、証拠にならないと思ったんです。 
それは薪さん側の言い分で、偽証の可能性も多分にあるわけです。 だから、絶対に不可能と言う確たる証拠を示そうと思ったら、自分の薄さを出すしかないのではないかと・・・・。


赤い月はですね、狂気の象徴として書きました。
東条と薪さんは、あちら側とこちら側の境界線上に生きている人なんです。 薪さんの場合は、青木さんがいてくれるからこちら側に留まっていられるけれど、あくまでその魂の位置は境界線上のひと。 だから赤い月が見える。 逆に、青木さんは完全にこちら側の人なので、見ることはない。 

てな感じで設定したのですけど、実際は、
薪さんとの野外プレイに夢中で見てなかっただけ、じゃないでしょうか。(笑)

Mさまへ

Mさま、こんにちは。

なんか、だいたい想像付いちゃったんですけど☆

わたしもね、
結婚して1ヶ月くらい経った頃、オットが東京に1週間ほど泊まり込みで研修に行ったんですけど、その時に写真を撮られた覚えがあります。
離れてるの寂しいから、だからだと思いますよ~。


> 薪さんがこれ以上恥ずかしい目に合わなくて良かったです。(ええ、本当に)
>
> いや、2日続けては無理とか、青木君と逢瀬の翌日は満ち足りてるとか、薪さん的には恥ずかしいんだろうけど恥ずかしさの傾向が違う。

そうですねえ。
うちの薪さんは、自分の裸を見られることにはあまり抵抗がないです。 男だし、どうってことない、と思ってるんじゃないのかな。
彼が強く羞恥心を感じるのは、その行為に自分の気持ちが伴う場合だけです。
青木さんと何回身体を重ねても彼が羞恥心を失わないのは、そこに自分の喜びがあると彼が自覚しているからです。 それを知られるのが恥ずかしいんです。 
要は、自分が青木さんにメロメロなことを相手に知られるのが一番恥ずかしい。 
意地っ張りな彼らしいでしょう?(^^

Lさまへ

5/3に拍手コメントいただきました Lさま


Lさま、こちらにもコメントありがとうございます。(^^

最高でした、とのお言葉、とても嬉しく思いました。(〃∇〃)


> 薪さん綺麗~!強い!しなやかで本当に気高い!青木は幸せ者だ~!

ありがとうございますっ。
原作薪さんの足元にも及びませんが(^^;) なるたけ近付けるように頑張ってます。 と言っても仕事中だけですけど~、プライベートがグダグダなのはもはや仕様ということで、どうかご了承ください☆ 
プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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