天国と地獄7 (2)

 お話の途中ですが、 
 今年は実家が初盆なので、3日ほどお休みをいただきます。
 15日には再開できると思いますので、よろしくお願いします。




天国と地獄7 (2)




「鈴木。何してるの?」
 いつもより幾分高い薪さんの声がして、オレと鈴木さんはそちらを振り向いた。振り向いて、うわあ、とオレは思わず小さな声を上げた。
 薪さんのエプロン姿はいつも魅力的だけど、今日はめちゃくちゃかわいい。喫茶店のボーイがしてるみたいな、腰から下の黒いエプロン。着ている服も普段のTシャツにジーパンじゃなくて、襟の立った半袖のプリーツシャツに蝶ネクタイをして、黒いスリムなスラックスを穿いている。レストランのホールスタッフみたいだ。

「相変わらずかわいいなあ、薪は」
「え~、やめてよ~、恥ずかしいよ~」
 なんすか、その嬉しそうな態度。前にオレがそのセリフ言ったら、薪さん怒りましたよね? バカにするな、とかってソッコー蹴り飛ばしましたよね?

「鈴木、そんなことしなくていいんだよ。こいつがやるから」
「でも青木が『あれだけ飲み食いしたんだから、少しは働いてください』って」
 言ってない!! いや、ちょっとは思ったけど、口には出してません!
「青木。鈴木はおまえの大先輩だぞ。もっと敬意を払え」
「オレはそんなこと一言も……っ!?」
 何かに首を絞められたような具合に息が止まって、オレは目を瞠った。嫌な予感がして鈴木さんを見ると、にっこりと天使の笑いを浮かべつつ、両手をスリーパーホールドの型に決めて、ってマジだよ! このひと、オレの息の根止める気だよ!

「鈴木。青木の言うことなんか気にしないで。鈴木は幽霊なんだから、働きすぎは身体に良くないよ」
 幽霊の健康に気を使う前に、オレの命の心配してくださいっ!
「薪、青木も悪気があったわけじゃないんだ。オレが飲み食いしたのは本当だし」
「もう、鈴木は本当にお人好しなんだから。そんなとこが好きなんだけど、あ、言っちゃった。(テレッ)」
「おいおい、部下の前でそんなこと言っていいのか? 明日、職場で噂になっちゃうぞ」
 オレに明日が来ればねっ!!

 窒息一歩手前で、鈴木さんは手を緩めてくれた。というか、自分のセリフに照れる薪さんが鈴木さんの胸に抱きついたせいで、ホールドが解けただけみたいだけど。
 薪さんはしばし鈴木さんの身体の感触を味わい、それに満足すると、右手の人差し指を立たせ、指の先で鈴木さんの胸をつんつんと突いた。嬉し恥ずかしといった表情で、
「噂になってもいいよ。鈴木となら」
「オレも」
 ……デキてるよね、これ。絶対にデキてるよね、このふたり。

 鈴木さんに対する気持ちは純粋な友情だったとか、普通の男同士に恋愛感情は生まれないとか、薪さんが今までさんざん言ってきたことは、オレの好意を受け入れられない彼の、単なる言い訳に過ぎなかったと知って、オレは泣きたくなった。
 でも、幸せそうに鈴木さんの胸に額を預ける薪さんを見ていると、それに水を差すような真似はできなくて。オレは仕方なく料理に専念する振りで、二人の姿を見ないようにした。

 その夜、食卓に並んだ薪さんの手料理は、いつにも増して見事なものだった。鰻ちらしにハマグリの吸い物、茄子のおろし煮に春雨のサラダ。仕事から帰ってきて後は寝るだけのいつもなら、ちらし寿司とインスタントの吸い物だけなのに、てか、オレはそれで充分だし不満に思ったことなんか一度もないけど、こうも差がつくと何かフクザツ。
 しかも、ダイニングテーブルで鈴木さんの隣に腰を下ろした薪さんは、
「はい、鈴木。あーん」
 やると思った、絶対にやると思った。
 なんてコテコテな人たちだろう。今時新婚二日目の夫婦だってやらないぞ。

「うん、美味い。相変わらず、薪の料理は絶品だな」
「本当? うれしい」
「ほんとほんと。ほら、お返し。あーん」
 ちょっと、やめてもらえます? テーブルひっくり返したくなっちゃうんですけど。
 オレはとりあえず頭の中で、鈴木さんがテーブルの下敷きになっているところを想像して苛立ちを解消しようとした。でも次の瞬間、鈴木さんは薪さんに助け出されて、何故かオレがテーブルの下敷きになり、さらには二人がオレの上に座って仲良く食事を始め……ああ、オレって自分の想像の中ですらピエロなんだ。

「はあ、この料理が毎日食べられたら幸せだろうなあ。そうだ、薪。オレのところに嫁にこない?」
「っ、げほっ、ごほっ!!」
 鈴木さんの言葉に、思い切りむせる。
 オレのところって何処ですか!?
 プロポーズは生きてるうちにっ! この世にいるうちにお願いします!
「うん、行く」
 即答だよ!
 行ったら帰って来れませんよ!! てか、関係ないんですよねっ、分かってますとも!

「でも僕、結婚しても仕事は辞めないからね。鈴木の所から、第九に通える?」
 世界一の遠距離通勤でしょうね……。
「それは無理だな。仕方ない、しばらくの間は単身赴任てことで」
 ふたりはチラッと目線を交わし、くすくすと笑い出した。
 なんだろう、よくわからない。この二人の間では、今のやり取りが笑えることなのだろうか。年が離れているせいか、笑いのツボがつかめない。

 その後も、薪さんと鈴木さんはオレにわからない昔の話をしていて、オレはずっと蚊帳の外だった。でもそれは仕方がない。鈴木さんには、現在の話は分からないのだから。
 そんな扱いを受けて、オレが悲しかったかというとそうでもない。何故かというと。

「そうだよ、あの時の鈴木ったら」
 鈴木さんの肩を軽く小突きながら、あはは、と子供みたいに無邪気に笑う薪さんの姿がそこにある。
 ずっと、こんな風に笑う彼が見たかった。鈴木さんのおかげだ。ああ、本当に鈴木さんがここに来てくれて良かった。
 食事の間中、オレは幸せそうな薪さんを満喫して、今日は人生最良の日だと思った。




*****




「あー、美味かった~。お腹いっぱいだ」
 満足そうに自分のお腹を撫でる鈴木さんの横で、オレは空になった皿を片付けた。重ねてシンクに運び、後片付けを始める。
 テーブルの上を拭いていた薪さんが、見事に盛り上がった鈴木さんのお腹に耳を当て、
「あ、今動いた」
「わかりますか~、パパでしゅよ~」
 それから顔を見合わせて、ケラケラ笑う。
 何がそんなにおかしいのかオレにはさっぱり分からないが、薪さんの笑い声がこんなにたくさん聞ける日は滅多とないので、なるべく二人の邪魔をしないように、こっそり手早く皿を洗った。

「青木、コーヒー淹れてくれ」
 寿司桶と汁椀を運んできた薪さんが、業務連絡みたいに素っ気無く命令だけを残して鈴木さんのところへ帰って行く。はい、と返事をしながら、ちょっとだけ寂しいな、と思い、それでも薪さんの瞳がキラキラ輝いているのを見ると、やっぱり嬉しい。

 眠りながら涙を浮かべていたあの人が。明かりの消えたモニタールームで頭を抱えていたあの人が、今宵はこんなに楽しげに。
 オレが薪さんに望んだのは、おこがましくも与えたいと思ったのは、正にこんな時間。第九の室長という重責を担い、心休まるときのない彼を癒したいと、たとえひと時でもいいから心から安らげる時間を持って欲しいと、だから彼の恋人になりたいと、この手で彼を幸せと安寧に包み込みたいと。
 だけど、それを彼にもたらすのはオレじゃなくてもいい。誰が為すかは重要ではなく、彼がそれを享受することが大切なのだ。

「鈴木。こいつ、コーヒー淹れるのだけは上手いんだ。飲んでみて」
「本当だ、美味い」
「でしょ?」
 オレが風呂の支度をしてリビングに戻ると、ふたりはソファに並んで座っていた。大学時代に通った喫茶店の話が一区切り付くのを待って、オレは風呂の用意ができたと告げた。

「鈴木、お風呂に入ったら?」
「薪も一緒に入る?」
「うん!」
 ……一緒に入るんだ。ふーん……。

「背中、流しっこしようね」
「背中だけじゃなくて、身体中洗いっこしようぜ」
「やだ、鈴木ってば~、えっちー」
 あんたたち、オレの存在忘れてるだろ。

 薪さんと鈴木さんは仲良く風呂に入っていき、さすがに心穏やかではいられないオレの耳に、やがて浴室から聞こえてきたのはふたりの笑い声。
『うひゃひゃひゃ! 鈴木、くすぐったい!!』
『遠慮なさらないで~、サービスいたしますわよ~~』
『よしよし、チップは弾むからよろしく頼むよ、って、きゃはははっ!!』
 ……なにやってんだか。

 サービスやチップなんて言葉が出るところをみると、これはあれだ。薪さんの大好きな歌舞伎町のお風呂屋さんの真似事だ。ホントにきわどい冗談が好きなんだ、このひとたち。
 
 きゃらきゃらという薪さんの明るい笑い声と、あははは、という鈴木さんのやさしそうな笑い声が止むと、ふたりは浴室から出てきた。夏だからドライヤーで髪を乾かすのが辛いらしく、濡れた髪をタオルで拭きながらエアコンの吹き出し口の前に並んで立っている。
 オレが心配した、というか下劣にも想像したような展開にはならなかったみたいで、ひとまずホッとした。
 もしかしたらオレの思いすごしで、今までのも全部彼らの冗談で、このふたりは本当にただの友だちだったのかもしれない。薪さんは決してオレに嘘を吐いていたわけではなくて、オレと知り合う前は本気で同性間の恋愛は成り立たない、と信じていたのかも。

「鈴木、そろそろ休もうか」
「ああ」
「ベッド、一緒でいいよね?」
「オレはいいけど。でも、薪の身体のこと考えるとな。今夜はよした方がいいんじゃないのか?」
 …………やっぱデキてんじゃん!!!

 先日、ついほんの数日前、「おまえと恋人のキスがしたい」とか自分から言い出しておきながら、キスまではいいけどその先はいやだ、と勝手きわまりない言い分で最後の一線を拒否している薪さんは、相手が鈴木さんなら地の果てまで許せるらしい。
 グロイだのキショイだの、さんざん言ってくれたけど、あれは結局ただの言い訳に過ぎなくて。そこまで許すほどオレのことを好きにはなれない薪さんの、拒否する理由のひとつに過ぎなかったと知った。

「明日の仕事に差し支えるかもしれないし」
 仕事に差し支えるって、どんだけやる気なんですか!?
 まあ、一年ぶりで楽しみなのはわかりますけど。

 それはきっとものすごく悲しいことで、だからオレはこの場合嘆くべきなのだと思ったけれど、悲しくも腹立たしくもならなかった。恋人として当たり前の反応をするには、オレはもう、薪さんを愛しすぎていた。あまりにも長い期間、夢中で彼の幸せを望んでいたせいか、それ以外のことはどうでもいいと思うようになってしまっていたらしい。
 薪さんがそれを望むなら。それはオレの望みでもあるんだ。

「オレ、今日は帰りますから。明日の朝、お迎えに上がります」
 ふたりが気兼ねしなくて済むように、オレは潔く鞄を持って立ち上がった。
「そうか? じゃ、気をつけてな」
 薪さんはあっさりと頷いて、鈴木さんはひらひらと手を振った。
 オレにとっても3週間ぶりの薪さんとの夜だったけど、このふたりにとっては一年ぶりの夜。もっと早くに、ふたりきりにしてやればよかった。

「あ、青木」
 玄関口で靴を履いているオレを、薪さんは呼び止めた。明日の迎えの時間を聞いてなかったことに気付いて、はい、と振り返る。
 ネクタイを掴まれて、ぐいっと下方に引かれ、視界がぶれると同時に唇をふさがれた。



テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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