春よ、来い(4)

こんにちは。


『青木さん、要らない子』 のお話、こちらでラストでございます。

読んでいただいて、ありがとうございました。






春よ、来い(4)






 夜中に目を覚まし、薪はゆるゆると身を起こした。

 青木はよく眠っている。
 年を重ねるほどに、こいつは男っぷりがよくなる。惚れた欲目なのか、最近はつい、見とれてしまうほどカッコイイと思うときがある。
 そんなことを考えている自分に苦笑して、薪はそっとベッドを抜け出した。

 夜中はさすがに冷える。厚手のパジャマの上にガウンを着込み、キッチンに行ってインスタントコーヒーを濃く入れる。明日の会議の資料作りが途中だ。今夜中に仕上げなければ。
 どんな時でも仕事の手は抜きたくない。自分は鈴木の遺志を継ぐと決めたのだ。

 作業の続きをしようと机に向かうと、机の上にはホチキス止めされた会議資料が積み重ねてあった。何部かは見本に作ったが、人数分のコピーはまだしていなかったはずだ。
 一部を手にとって確認してみる。
 薪が何枚か駄目にしてしまった書類も打ち直されて、途中だったはずの参考資料からの抜粋も完璧に仕上がっている。
 ホチキスの止め方に特徴がある。きっちりとした真横止め――― 青木だ。
 自分が眠っている間に仕上げをしておいてくれたのか。ここまで出来ているのなら、あとは自分のPCに入っている草案のチェックだけだ。

 仕事を始める前に、薪は机の一番下の引き出しから写真立てを取り出した。青木が来るときには隠してある写真の中の親友に笑いかけ、自分の誓いを新たにする。
「鈴木。僕は上に行くからな」

 親友の野望を知った2年前から、薪はそれまで興味のなかった出世に積極的になった。
 上層部に媚びへつらったり、自分のプライドを切り売りしたりするほど貪欲になったわけではないが、特別承認や昇格試験を受けることは拒否しなくなった。薪のことを目に掛けてくれている官房長の引きもあって、薪は来年には警視監の昇格試験を受験できる手筈になっている。そのための勉強も既に始めている。今度は大学のときに受けた国家Ⅰ種のように、簡単な試験ではない。
 エリートの登竜門の国家公務員Ⅰ種試験を簡単だと言い切る薪の頭脳はやはり人間離れしているが、その薪にしてみても警視監の昇格試験はきつい。薪が過去の問題を見てヤバイと思ったのは、実はこの試験が初めてだ。

 試験勉強もしたいが、とりあえず今は明日の会議だ。
 会議は嫌いだが、出世のためには仕方がない。自分の顔を売って有能さをアピールして、自然に重要なポストを手に入れるようにしなければ。そのためにはしっかりとした会議資料を作り、重役たちに提供してやることだ。

 PCの電源は入ったままになっていた。マウスを動かすと、画面が明るくなる。……訳の分からない文字の羅列が、最後のページに打ち込まれている。
 これは……自分でやったんだな、きっと。あいつがヘンなことしてくるから、夢中でいろんなところを叩いちゃったんだ……。
 ひとりで赤くなりながらその部分を消去して、薪は気持ちを切り替えた。

 キーボードの上を細い指が瞬速で走る。
 明日の会議の焦点になるであろう、テロ対策マニュアルについての明確な具体案がいくつも打ち出され、投げかけられるであろう質問に対する答えが薪の頭の中で反芻される。回答を裏付ける資料を、自己が記憶する膨大な犯罪関連の記録の中から探り当てる。警察庁のデータベースにアクセスし、自分の記憶を確かめると同時にその文献をプリントする。
 夜中の薪の努力を、写真の中の親友だけが見守ってくれていた。



*****




 翌日の会議は10時からの予定を10分ばかり超過した。
 どういった風の吹き回しか、滅多に会議には顔を出さない小野田官房長が、今朝は出席するとの意向を伝えてきたからである。
 コーヒーを飲んでいくから少し待っててね、と会議室の電話から小野田ののんびりとした声が聞こえてきて、全員が席に着いた状態で主賓の到着を待つことになった。

「やあ、ごめんごめん。待たせちゃったね」
 全員が立ち上がって頭を下げる。官房長の席は一番奥だ。が、小野田は途中で足を止め、この会議室の中にあっては若さで悪目立ちする、亜麻色の髪の警視長に話しかけた。
「今日の会議、君が主役だって聞いたから。我儘言って出てきちゃった」
「あとで僕が中園さんに叱られるんですね」
「中園は君を気に入ってるから、叱ったりしないよ。でも昼飯には付き合わされるかもね。ぼくにも資料ちょうだい」
 こそこそと身内の会話を交わして、資料を手渡す。いろいろあって、薪は官房長にも主席参事官の中園にも目を掛けてもらっている。それを快く思わない輩もこの部屋の中には多いが、小野田以上の高官が此処に存在しない以上、誰も表立って薪を責めることはできない。

「それでは会議を始めます。お手元の資料をご覧ください」
 今日の司会は薪だ。
 テロ対策は、警察庁における新しい取り組み課題である。複雑化する国際社会の中で、テロ対策に一歩遅れをとる日本を憂えた総理大臣直々の命令で、警察庁が新たな対策を練ることになった。これは官房室から薪に与えられた、大きな課題である。
 この草案が通れば、薪の才覚の程は上層部のその上まで届く。薪の警視監昇任に文句を言う者もいなくなる。外野は実力でねじ伏せる――― これは官房長の指示だ。
 薪はできれば敵は減らしたいと思っているが、なぜか年々増える一方である。困ったものだ。まあ、小野田のような強力な味方も増えているから、差し引きはマイナスではないが。

 薪が用意した会議資料は完璧だった。草案もかなりの完成度で、法律の専門家が見てもこのまま法案として通用するのではないか、と思われるくらいだ。
 しかし、そう簡単に通してはくれないのがこの会議である。ここは建設的に議論を交わす場ではなく、互いの足を引っ張り合い、自分が上に行くための土台を築く場所だからだ。

 案の定、薪の流暢な説明を遮って、警備室局長の立花が口を挟んできた。
「そう簡単にいくかね。実際の現場も知らない君のような人間が、SPの訓練にまで口を出すというのはどうかと思うがね。彼らは能力も高いが、プライドも高いからね」
 SPの所属は警備室4課であるから、警備室局長の意見も無理はない。しかし、薪は4課の課長とは既に何度も意見を摺り合せている。局長には課長からその報告書が上がっているはずだから、これは明らかに薪に対する牽制だ。

「資料の5ページをご確認ください。そこにあるように、今の日本のSPは海外のものに比べて甘すぎます。訓練段階からの改善が必要です。訓練の内容については、4課の木村課長と話し合いの上で決定しました。それに、これは官房室の草案です。私個人の名前は出ません。警備部側の反感はないと思われます」
「しかし君ね」
 なおも言い募ろうとする警備部局長を、小野田がやんわりと制した。
「いいんじゃない。これ、よくできてるよね、立花君」
「……はあ」
「草案はぼくの名前で出すから。そうだよね、薪くん」
「はい」

 この場ではそう言ったが、小野田との間には既に密約が交わされている。
 草案は連名でという小野田の申し出を、自分の若輩を理由に最初は断った薪だったが、これは官房長命令だから、といつものように押し切られてしまった。重役会議の席では官房長の名前で提出することにしてその場を凌ぎ、そのあと薪との連名で出せばいい。
 出してしまえばこっちのものだ。小野田らしい人を食った作戦だ。

 ひとより10年も早く警視長に昇任した薪には、敵が多い。薪の昇任は官房長の特別承認がきっかけであり、昇格試験の結果で周囲を瞠目させた明晰な頭脳のおかげだ。薪は初の警視長昇格試験の現役合格者であり、最高得点記録保持者だった。
 が、その結果に感服しないものも多い。試験の結果だけで警察の仕事が務まるわけではない。頭でっかちの生意気な若造――― 薪をそういった眼で見る重役たちに囲まれての会議は、薪にとっては針の筵だ。末席に端坐していてもその状態なのに、今日は自分の議案を通すため、主役を務めなければならない。
 そんな薪を心配して、小野田は殺人的なスケジュールを調整してここに来てくれたのだ。コーヒーを飲んでから、などと電話では呑気なことを言っていたが、それはもちろんフェイクで、本当は急ぎの書類をやっつけて駆けつけてくれたに違いないのだ。

 薪の提案に反発する重役たちを次々と丸め込む小野田を見て、薪はそれを確信した。
 それほどまでに自分を買ってくれている小野田に、何としてでも報いたい。来年の警視監昇格試験は必ずパスしなければ。それぐらいしか今の薪には、小野田を喜ばせる方法が見つからない。
 何度か打診のあった愛娘との結婚話を承諾してやれれば一番良いのかもしれないが、そうすると今度は、普段は大人しいくせにキレるととんでもない行動に出る薪の困った恋人が、何をしでかしてくれるか分かったものではない。薪にもそんな気はないし、愛のない結婚なんて相手にとっても悲劇でしかないだろう。

 会議は2時間ほどで無事に終了し、草案はこのまま内閣に提出されることになった。草案自体のレベルの高さもあるが、やはり小野田の力は大きい。
 会議が終了した後、薪は小野田に深々と頭を下げた。
「ありがとうございました」
「礼を言うのはぼくのほうだよ。この段階で、ここまで煮詰めたものを持ってくるとは思わなかった。法学部の教授に声を掛けといたんだけど、必要なかったみたいだね」
「専門家に見ていただけるならありがたいです。僕の法律の知識には、かなりのブランクがありますから」
 薪は今年で41歳。いくら薪が東大の法学部を首席で卒業したとはいえ、20年も前の知識では、この草案は作れない。この草案の為に薪がどれだけの時間を法律の習得に費やしたか、小野田にもよく解っている。だからこその労いの言葉なのだ。

「この資料は、もらっちゃっていいのかな」
「はい。後でもっと詳しいものをお届けしますが、今日のところはそれをどうぞ」
「本当にもらっていいの?」
 小野田の含みのある言い方に、薪は首をかしげた。
 なんだろう。こんな回りくどい言い方をする人ではないのだが。
 周りに誰もいないのを確かめて、小野田は一枚の写真を薪に見せた。
「――― っ!!」

 例の写真だ。
 小野田のところに配布されたのは不幸中の幸いというべきか、神様の悪戯というべきか。どちらにせよ、薪は穴があったら入りたい。顔から火が出そうだ。

「この写真も僕がもらっていいのかな」
「いや、あのっ、違うんです、この写真はカエルが」
「蛙?」
「つまりその」
 薪は言葉に詰まる。
 とても説明できない。この写真が資料に混ざってしまった本当の理由は、もっと言えない。

 薪が親友に襲い掛かっているようにしか見えない写真を返してよこすと、小野田は少しだけ真面目な顔つきになって言った。
「この資料、君んとこの部下と一緒に作ったんでしょ。もちろん原案は君だろうけど、ホチキスの止め方が違う資料があったから」
 自分の席に着くまでに他の出席者の席を見て、そこまで気付くとは。やはりここまで上り詰める男は、凡人ではないのだ。
「気をつけなさいよ。君は敵が多いんだから。ぼくの力にも限界があるんだよ」
「……すみません」

 小野田の心配はよくわかる。
 自分と青木の関係を、この頼りになる上司は知っている。その上で見逃してくれている。それは薪の実力を認めて自分の後継者に育て上げたいと思っていることと、青木の存在が今の薪を支えていることを察しているからだ。

「このミスは高くつくよ」
 小野田の固い声音に、薪の秀麗な眉が不安げに寄せられる。何を言われるかも怖いが、彼に余計な心配をかけてしまったことが悔やまれる。
「中園との昼食に、ぼくも混ぜてもらうとしよう。もちろん薪くんの奢りで」
「……何を召し上がりますか?」
 いつもの口調に戻った小野田に、薪は苦笑で応えた。どうやら今日も、小野田は自分を見逃してくれる気らしい。
「職員食堂のSランチ」
「そんなのでいいんですか?」
「おいしいよ、あそこのランチは」
 本当に職員食堂で食事をする気だろうか。官房長と首席参事官が席に着いたら、その周りの職員たちは食べた気がしないだろう。……面白そうだ。
 
 小野田は中園を携帯電話で呼び出すと、カフェテリアで落ち合う約束を取り付けた。立ち上がって管理棟の方へ歩いていく小野田に、薪も後ろから着いて行く。
「そうだ。あの写真のことは、中園には黙っといたほうがいい?」
「できればその方向でお願いします」
「じゃあ、口止め料にケーキも食べていい?」
 どこまでも惚けた男だ。余裕のある男はカッコイイ。自分もこれくらいの余裕を持ちたいものだ。

 しかし。問題はこの写真だ。
 確かあのとき、机の上に伏せて置いた。その後、青木があんなことを……気がついたら資料が幾枚もくしゃくしゃになっていたし、PCには訳の分からない文字が打ち出されていたし、きっとこの写真も無意識のうちにレジュメに混ぜてしまったのだろう。

 青木のやつ、どうしてくれようか。
 仕掛けたのは自分の方だったはずだが、薪の思考にはそれはない。自分はちゃんとしたのに、一度で満足しない青木が悪いのだ。

「あ、薪くん。写真のことは黙っててあげるけど、その首の方はうまい言い訳を考えときなさいよ」
「は?」
「ほら、ここ」
 ワイシャツの後襟を引かれ、その奥を指で差される。深く頭を下げないとわからない位置だが、さっき小野田に礼を言ったときに見えてしまったらしい。
 小野田の言う意味がようやく分かって、薪は今度こそ真っ赤になった。
 あれほど痕はつけるなっていつも言ってるのに……青木のやつ!
「若いっていいねえ」
 もう、何も言えない。うつむいて手で顔を隠すのが精一杯だ。

 春になったら、と薪は決心する。
 もしも春まで自分たちの関係が続いていたら、青木をこの写真の親友と同じ目に遭わせてやる。雪子さんと岡部にも手伝ってもらって、押さえつけて無理やり中に突っ込んでやる。雪子さんはまた写真を撮るだろう。そうしたら、小野田さんを心配させる写真がもう一枚増えることになるな、と薪は心の中でにやにや笑う。

 そんなふうに。
 思い出を重ねて、触れ合って。人は生きていくのだ。

 ――― 鈴木。僕はまた一歩、おまえに近づくぞ。

 明るい日差しに包まれたカフェテリアの窓際の席で、中園が待っている。薪を見てにっこりと笑う。自然に浮かんでくる微笑と共に、薪は首席参事官に会釈する。
 秋空が今日も、青い。



―了―



(2008.10)



テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Mさまへ

Mさま、こんにちは~。


> 悪童共に押さえつけられて、パンツにカエルを入れられて涙目の小学生薪さん………………

ちょ、何を想像してるんですか。(>∇<)
たしかに可愛いですけど☆
 

> 小学生なら、色々と大丈夫と思っていたら、さすが襲われキャラですね!!(キャッキヤッ)

さすが襲われキャラって!!(爆)
小学生でも「襲われ」なんですか? いじめられっ子じゃなくて?(笑)


児童文学とBLの関係について、ご教授くださってありがとうございました。
そうか、そうだったのか・・・・・あさの氏はそういう目的で。(信じるなよ)


Mさまのように沢山の良書をお読みになってて、本を見る目が肥えてらっしゃる方に、拙作に夢中になっていただいたこと、とっても光栄です。(^^
でもそれはわたしの引力じゃなくて、やっぱり薪さんの引力なんですよ~。
それとねっ、Mさまの薪さんに対する愛! それに尽きます!



> それにしても、『春よ、来い』がオチだと、どこで終わるのがしっくりくるんだろう。

そうですねえ。
3部になってからの薪さんはぐずぐずに崩れちゃったんで、『ラストカット』の後ですかねえ。 


> 薪さんの気持ちはラストカットから、あまり進んでない様な……身体のお付き合いはもっと進んでいる様な……
> まさか、しづ薪さんのエッチ下手設定 後付けっΣ( ̄□ ̄;)
> いやいやいや、それはあまりに不憫(面白いけど)

おおおっ、鋭い、Mさま!!
その通りでございます!<薪さんのエッチ下手、後付け設定。
最初の薪さんは普通に、よそ様の薪さんに負けず劣らずお上手でいらしたのですけど、みんなと同じじゃつまんない、うちはギャグだし、よし、Rでもギャグに徹しよう、と思ったのがうちの薪さんの不幸の始まり☆
悲鳴系の声も後付けです。 あれはね、『女神たちのブライダル』で薪さんの声が大きすぎて青木さんがアパート追い出されちゃう、ってヒヤヒヤするギャグをやりたくて、ああなったんでした。
だからこの話の薪さんは、悲鳴系の喘ぎ声じゃないんですよ~。


> 春になったら青木君は、カエル入れられちゃうんですね!(≧▼≦)やーいやーい♪
> 薪さんの心の鈴木占有率も高いし………しづさん、本当に青木君キライだったんですね(笑)

だって・・・・・・・
5巻の青木さん、薪さんがあんなに悲しい眼をしているのに、雪子さんにまっしぐらなんだもん・・・・ものすごく悔しかったんですよ。 『オレが支えます』宣言はどこ行ったんだよ、この腐れ外d・・・・・・すみません・・・・・・。


> 本編も小野田お父様が2人の仲を認めてくれて大団円がいいな~(≧∀≦)

さてさて、それはどうなりますか、
10月から公開予定の『タイムリミット』をお楽しみにっ!


Mさまには、いつも身に余るお言葉をいただいて~~、
とても励まされます。 ありがとうございます。
これからもお見限りなく、お付き合いいただけると嬉しいです。(^^

プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

法医第十研究室へようこそ!
おかげさまで8歳になりました(^^♪
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