宴の始末(2)

宴の始末(2)







 問題のメールは、復旧したどのパソコンにも残っていなかった。時間指定のプログラムを組んだのだろう、昨夜のメールにポイントを絞って、破壊工作は最小限に、しかし完璧に遂行された。

 警察のシステムに外部から侵入されたこと自体は大問題である。が、データの被害が特定のメールに限られていたことから、業務にはほとんど支障をきたさなかったこと、送られてきたウイルスが海外のサーバーをいくつも経由しているため発信元を特定するのはかなり困難であることなどから、上層部はこの件に関してあまり躍起にならなかった。
 とはいえ、何らかの対策は講じなければならない。
 そこで優秀なシステムエンジニア集団でもある第九で、新しいハッキング防止のプログラムを組むことになった。いつもなら本来の職務以外に携わることを嫌う薪だが、この日ばかりは何か思うところがあったらしく、所長の田城からの依頼を素直に受け入れた。

「カンベンしてくださいよ、三好先生。これ以上、室長の神経逆撫でしないでください。被害を受けるのはこっちなんですから」
 青木は勧められた椅子に座りもせず、立ったまま上から雪子を睨みつけた。
「あら。なんのことかしら」
 しゃあしゃあと言ってのける。まったく困った先生だ。
「もうネタはあがってるんですよ」
 いつもはおとなしい青木が、今日ばかりは険のある目で雪子を見る。1枚の解剖所見取得依頼書を雪子の前に突きつけて、青木は言い募った。
 
「こんなのメールで済むのに、わざわざオレに頼むなんておかしいでしょ。薪さん、きっと自分では言えないからオレをここへ寄越したんですよ。
 あのプライドの高い人が、いくら捜査のためとはいえあんな格好させられて、しかもあんなひどい目に遭って。もう思い出したくないはずです。二度とこんなことしたら、今度はオレが許しませんよ」
 大切な人を傷つけられて、そのひとのために憤慨する。若さゆえのその真っ直ぐな怒りを、雪子は好ましく思う。
 いずれこの子は、薪に必要なひとになる―――― こういったことで雪子の勘は、今まで外れたことがなかった。

「ふーん。じゃあこれ、いらないんだ」
 白衣のポケットから小さな黒いカードを取り出して、青木の目の前でひらひらと振って見せる。デジカメ用のSDカードだ。
「え? それって」
「そんなに怒ってるんじゃ仕方ないわよね。消しちゃおうっと」
 ノートパソコンに差し込んで、マウスを右クリックする。削除の項目を選んで消去しようとした雪子の手首を、青木の大きな手が掴んだ。
「いや、ちょっとあの」

 青木の心の中で、天使と悪魔が戦っているらしい。
 しかしこういう場合、戦いが始まった時点で9割方悪魔の勝利が決まっているものだ。正しいことを選べるだけの分別が持てる状態なら、初めから人は葛藤などしない。
 
「天外天のランチで手を打つけど?」
「……はい」
 一回りも年の離れた新米捜査官の意見を翻させることなど朝飯前だ。しかも自分は、彼の一番の弱点を握っている。
「ごちそうさま」
 雪子は笑いながら、コピーの項目をクリックした。




*****





 宇野の知識と迅速な対応のおかげで、第九に平穏が戻っていた。
 薪はいつもの冷静な室長の貌を取り戻し、職員たちは新しい事件の捜査にかかっている。

 今度の案件は、既に被疑者が死亡しており他に被害が及ぶ怖れはない。
 こういう捜査では、薪は滅多に口を出さない。部下の実力を伸ばすためにも、一から十まで自分が指示を出す必要はない、と考えているらしい。
 もちろん進捗状況は見て、アドバイスもしてくれる。大事なところを見落としているときには厳しい叱責が飛ぶ。書類を投げつけられたり、ネクタイを掴まれて至近距離で怒鳴りつけられたり、それはもう、めちゃめちゃこわい。
 その代わり良い手がかりを見つけたら、必ず褒めてくれる。
 その褒め言葉が「よくやった」とたった一言でも、そこに室長の希少な微笑がついてくるとあれば、職員のモチベーションは上がる。ひとは褒めて伸ばせとはよく言ったものだ。

 今回の視覚者の脳には幾ばくかの欠損箇所があり、その修正にはいくらか時間がかかりそうだった。画像修正ができるまでの間、薪は室長室で他の事件の報告書に目を通すことにした。

 報告書にもそれぞれ、人となりが表れるものだ。
 宇野の報告書はエンジニアらしく、数字のデータを引き合いに出すことが多い。岡部のものは逆に、動機や心理状態を綿密に記載している。文章を書くことが得意な小池は、言葉の選び方が的確で、散文的な報告書の記述の中にもセンスが光る。

「へえ。うまくなったじゃないか」
 青木の報告書を見て、薪は少しびっくりする。
 まだ第九に来て1年目なのに、ベテランの職員と比べても遜色が無い。
 なにより読む人の立場に立った説明の組み立て方が良い。文章は小池のように流麗ではないが、平易で読みやすい。写真や略図の配置のセンスもいいし、専門家の意見の参照なども取り入れて、実のある内容になっている。

 そういえば、と薪は思い出す。
 この前の事件のときは、青木の前で随分と醜態を晒してしまった。
 人前で泣くことなんて滅多にないのに―――― 待てよ。その前もたしか給湯室で……。
 なんであいつの前では、涙を堪えることができなくなってしまうんだろう。先日の事件のときはドラックの作用もあっただろうが、それよりも。

 あいつが鈴木に似てるからか。

 思い当たる理由はそれしかない。青木には迷惑な話だろう。
 気をつけないと、と薪は自分に言い聞かせる。

 鈴木の代わりなんか、いない。
 鈴木より愛せる人など、どこにもいない。
 今までも、これからも……僕には彼しか見えない。
 それは当然のことだ。僕が彼を殺したのだから。彼のすべてを奪ったのだから。他の人を見て良い道理がない。

 追憶に埋もれそうになる思考を無理やり引き戻して、薪は首を振った。強い自制心が、薪を再び仕事へと向かわせる。

「室長、画像の修正できました。お願いします」
「わかった。いま行く」
 報告書の閲覧を切り上げて、薪はモニタールームへ向かう。
 その瞳に先刻の感傷は、影も形も無かった。


 ―了―




(2008.8)


テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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コメントありがとうございます

鍵つきコメ下さったKさま。

褒めていただくと、こっちまでカユクなってしまいます。ありがとうございます。
オリキャラを気に入ってくださって、光栄です。

うちのムチャクチャな設定を楽しんでくださるKさまに、頭が下がります。
さすが、R系ギャグの大御所ですね!(←だから失礼だって・・)

このあとの件は、Kさまのサイトにお送りいたしました。
ありがたくて涙出そうです。

ありがとうございます。

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また来ちゃいました。

しづさん、こんばんわ。
相変わらずのストーカーひろっぴです。

今回は「宴の始末」でした。

薪さん、朝から大変でしたね。
でも、キレイな薪さん見れたら、みんな喜ぶのに。
薪さんの指示で削除させられる宇野さんも大変。
削除しちゃったら、もったいないのにぃ。
でも、薪さんには逆らえないですものね。

青木は青木で、誘惑に負けて、雪子さんにお昼おごる代わりに
SDカードコピーしてもらってるし・・・青木よ、何に使うんだい?
欲しい気持ちはとてもわかるけど♡
雪子さん、署内全員に送らなくても・・・・
いたずら大好きだから、今回も楽しくてしょうがなかったでしょうね。

さぁ、次は「告」です。
ゆっくり楽しませて頂きます。またお邪魔します。
いつもいつも、大したコメントも残せず、申し訳ないです・・・
少しでもいいコメントできるよう、修行します。

ひろっぴさんへ

ひろっぴさん。

いつもコメントありがとうございます。
お返事遅くなっちゃってすみません。

こんな後日談にまで、コメント入れていただいて嬉しいです(^^)

この話は、あー、
薪さんも青木さんも雪子さんも、なにをやってるんだか(笑)
我ながら、無茶苦茶な話っすね☆
薪さんに女装させるの、楽しかったんですよねえ。この頃はまだ30代だったし。
今は、四捨五入したら50ですからねえ。さすがにねえ(=_=)


コメントの内容は、どうかお気楽に。
読んでいただけるだけでありがたいですし。
感じたことを教えていただけたら、それに勝るものはありません。難しいことや立派なことは国語の教科書に任せて、こちらはヘンタイおばばが妄想垂れ流してるだけの腐れブログなんで。(←そこまで言わんとも)
構えず、気軽にコメントくださいね(*'ω'*)


プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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法医第十研究室へようこそ!
おかげさまで8歳になりました(^^♪
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