天国と地獄8 (4)

天国と地獄8 (4)





「薪さんには女性に扮していただいて、曽我さんを騙した女の前で、曽我さんの新しい恋人のフリをしていただきたいんです」

 この計画は、青木と曽我で立てた。
 曽我本人にどんな仕返しがしたいかと聞いたところ、お金を取り戻そうとは思わない、という答えが返ってきた。曽我が一番頭に来たのはさんざん貢がされたことではなく、彼女の自己弁護の内容だったらしい。

『あんたみたいな冴えないオッサンが、あたしみたいに若くて美人の女を連れ歩けたんだから、それで満足しなさいよ』

 確かに彼女は若くて美人だった、そして曽我は見てくれは良くない。でも、人間容姿だけじゃない。まったく人生に影響がないとは言わないが、絶対にそれだけじゃない。大事なのは中身だ。平凡な顔立ちでも相手の人となりが分かってくるに従って可愛く見えてくるものだし、実際、何十年も一緒に連れ添ったら見てくれなんかどうでもよくなる。
 それを証明するためにも、彼女より遥かに美人の恋人を作って、その彼女に見せ付けてやりたい。男は中身で勝負するものなんだと、若さに思い上がった彼女に思い知らせてやりたい。
 それには曽我の恋人の振りをしてくれるとびきり美人の協力者が必要で、青木と曽我が思い当たる人物といったら、彼らの知り合いには一人しかいなかった。

 薪には容易い事だと思った。女性の振りをするのはおとり捜査で慣れているし、青木のために自分の身を差し出す決意までした彼なら、二つ返事で引き受けてくれると思った。しかし。

「アホらしい」
 さっきとは打って変わって冷たい口調で言い捨てると、薪は冷奴に箸を伸ばした。
「なんで僕がそんなことしなきゃならないんだ」
 まさか断られるとは思っていなかった青木は、薪のお手製のアジフライを頬張りつつ、そのふっくらとした身の柔らかさに感激しながらも、説得の続きにかかる。
「このままでいいわけないですよ。曽我さんは彼女と真面目に付き合っていたのに、あんな目に遭わされて。薪さんにとっても、曽我さんは大事な部下でしょう?」
「それは曽我と彼女の問題で、僕たちが口を出すべきじゃない」
「薪さんは口惜しくないんですか?彼女、曽我さんから貢がれた品を全部質に入れて、そのお金で本命の男とデートしてたんですよ。あからさまに利用されて……!」
「次からそんな女に引っ掛からなければいい。いい教訓になっただろ」
「薪さん」
 咎める口調で青木が薪の名前を呼ぶと、薪は箸と茶碗を置いて、両手をテーブルの上で軽く握った。

「青木。こういうことは、他人が何をしてもだめだ。曽我が自分で立ち直らないと」
 薪はずるい、と青木は思った。職務中のように姿勢を正して、澄み切った亜麻色の瞳で見つめられたら、青木はそれ以上何も言えない。
「大丈夫だ。曽我は、強い男だ」
 薪は、自分の部下を信じているのだと思った。彼が自分の力で己を取り戻すのを、黙して待つ心算なのだ。
 だからと言って、職務中に手心を加えたりしない。あくまで厳しく、やや独善的な上司像を崩さない。でも、居丈高にそらされた薪の胸のうちにはいつも、部下に対する信頼と愛情が溢れていることを青木は知っている。

「わかりました」
 神妙に頷いて、青木は食事に戻った。
 丁寧に細切りされた春キャベツの甘さと食感を楽しみながら、一連の会話のせいか、まるで仕事中のように整然とした所作で食事をする薪をプライベイトの彼に戻したくて、青木はちょっとしたイタズラを思いつく。

「薪さん。今夜、期待していいんですよね?」
「……えっ?」
 アジフライを分けていた薪の箸が止まる。顔と手の位置はそのまま、青木の顔を眼だけで見上げて、その瞳は不安に揺れている。
 薪は青木の期待の対象に気付いて、それは薪の最も不得手とする項目で、だから突然彼は挙動不審になる。青木と眼が合うとパッと横に逸らし、瞳があさっての方向を向いているものだからテーブルの上にキャベツが散らかっちゃってますけど。

 彼の焦りが伝わってきて、青木は心の中でニヤニヤ笑う。得意なことと苦手なことの差に天と地ほどの開きがある、それも薪の魅力のひとつだ。そのギャップがたまらない。
「さっき、今夜がんばってみるって」
「そ、それは!!」
 薪はくちびるを開いて、空気だけを飲み込んで閉じ、また開き。
 どうやら自分の発言をなかったものにしようとあれこれ考えているようだが、青木はそこまでお人好しではない。
「初めては、オレって決めてくれてるんでしょう?」
「うっ……」
 長い指を組み合わせて肘をテーブルに付き、薪の瞳を真っ直ぐに見つめれば、彼が自分から逃げられなくなることは分かっている。

「ごはん食べ終わったら、一緒にシャワー浴びましょうか」
 案の定、固まってしまった薪に笑いかけると、薪は白い薔薇が紅いインクを吸い上げて発色するように見る見る顔を赤くして、それでも終いにはこっくりと頷いた。




*****





 翌日、青木は曽我に、薪の協力を得られなかったことを正直に話した。曽我はそれほど期待していなかったようで、やっぱり、と軽く呟いただけだった。
 休憩室で自販機の紙コップに入ったコーヒーを飲みながら、青木は自分の隣で杜仲茶を飲んでいる曽我に、計画の修正案を提示した。

「どうしますか? 他に美人の心当たりと言うと、法一の三好先生か、助手の菅井さんくらいですけど」
「うーん、どっちもハイレベルだけど、年がなあ。彼女、まだ二十歳でさ。それと同じか年下に化けるとなると、苦しいだろうな」
「薪さんだったら年齢的にも文句なしだったんですけどね」
 薪の実年齢は37歳だが、服装によっては高校生くらいに見える。ラフな服装で居酒屋で飲んでいて、何度店の人から注意を受けたことか。

「あとは捜一の竹内さんに頼んで、女の子の知り合いから誰か見繕ってもらうとか」
「ダメダメ。竹内さんは、人妻と子供には手を出さないから」
 捜一の光源氏と異名をとるプレイボーイは、浮名を流す一方思慮深い一面もあって、自分の警察官としての立場を危うくするような相手とは初めから付き合わない。いつ監査課に突っ込まれても自由恋愛だと主張できるような、自立した大人の女性しか相手にしないのだ。その中に、親のすねを齧っている娘はいない。親がうるさいからだ。

「じゃあ、どうします? 諦めますか?」
「冗談だろ。今週末に決行する」
「わかりました! オレが曽我さんの彼女になります!」
「……おまえ、薪さんに毒されてない?」
 薪のスットンキョーが伝染ってきたみたいだ、と曽我に言われて、青木は照れ臭さを覚える。恋人として付き合うようになって一緒に過ごす時間が長くなったから、今までよりも彼の影響を強く受けているのかもしれない。主に、プライベイトの。

「こないだ、あんまり頭に来て言葉が出てこなかったから。相手に言いたい放題言われて、そのまま別れちゃってさ。新しい彼女なんかいなくたって、言いたいこと、バシッと言ってやるんだ。そうしたら吹っ切れそうな気がする」
 そう言って前を向いた曽我の横顔は、なかなかに男らしかった。

「悪かったなー、青木。さんざん付き合わせて。でも、おかげで勇気出た」
 曽我はKYだと評されることも多いが、基本的に平和主義者だ。腹に据えかねることがあっても、他人を攻撃したりしない。自分の意見を強く主張することよりも、ジョークや笑いに紛れさせてしまうことの方が遥かに多い。 それは、彼のやさしさの裏には自分の考えを堂々と言えない臆病な彼が隠れていることの証明に他ならず、そこが自分の弱さだと曽我自身も分かっているのだろう。

「自分を応援してくれる誰かがいるって、幸せなことだな」
「オレだけじゃないです。みんな口には出さないけれど、曽我さんのこと応援してますよ」
「うん。わかってる」
 曽我は残りの杜仲茶を一気に飲み干すと、右手の中で紙コップをくしゃりと潰し、立ち上がった。

「早いとこ、ケリつけないとな」



テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Cさまへ

Cさま、こんにちは。
お返事遅くなってごめんなさい~。


曽我さん、カッコいいですか?
そうですよね、曽我さんはこのままで、充分いい男だと思います。
曽我さんて、一緒にいると楽しそうだし、やさしそうだし、包容力はありそうだし、絶対にいいパパになると思います。(^^


>ブランドの時計とか、外車とかきれいな女持ちたがる男はな、自分に自信がないからそういう物で必死で補強してるだけだよ!(女も同じ)

そうですよねっ、人間外見じゃない、ましてや持ち物じゃない、中身ですよねっ。
自分自身を磨くのが、一番大事ですよね。


薪さんの女装は~~、
楽しんでいただけたでしょうか?
今回は深窓の令嬢風なのですけど、Cさまに、気に入っていただけることを祈ります~。
プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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