天国と地獄8 (6)

 こんにちは~。
 て、呑気に語尾を伸ばした挨拶してる場合じゃないですよね。

 ごめんなさい、放置しちゃってすみませんでした~っ
 しかも、章の途中と言う非道な切りっぷり!!(長かったので2つに分けた) 鬼だね、しづ!!!

 ちょーっとリアルがバタバタしておりまして、コメレスは、もうしばらくお待ちください。
 記事は見直し済みなのでね、残り2回、レスより先に公開させていただきます。←不義理の極み。


 みなさまに、楽しんでいただけますように。
 
 




天国と地獄8 (6)




「ごめんなさい、曽我さん。わたくしのこういうところがお嫌なのでしょう?でもマキは、あなたの為なら家なんかいつでも捨てる覚悟がございますのよ」

「何を仰います、マキさま! 資産254億の小野田家を継がれるのはお嬢さましかいないのですよ!!」
「「資産254億!?」」
 事実とはゼロの数が9つほど違っているようだが、細かいことを気にしてはいけない。
 しかし、あまりにも現実から掛け離れた嘘はリアリティを損なうものだ。観客の中に「小野田家なんて聞いたことあるか?」という声がちらほらと上がったとき。

「小野田、小野田……おっ、これか!!」
 カフェにいたひとりの男がノートパソコンを広げ、インターネットから記事を引き出した。「こりゃすごい、本物だ!」と彼が声を上げるので、気になった連中は一人二人と彼の席に寄っていき、彼のPCの画面を覗き込んでは、おお、と感嘆の声を上げた。
 平均よりは大分小柄な山本が人垣の後ろから爪先立って、見ると、画面には現職の法務大臣と握手をしている警察庁長官と隣に並んだ薪の姿が映っていた。これは多分、先日の事件解決の折に法務大臣と会談をしたときの写真だと思うが、長官の衣装はタキシードに、薪の衣装は豪奢なイブニングドレスに変わっていた。

 宇野さん……これは一種の詐欺行為では……いや、まあ、偽造したのは公文書ではないし、でも軽犯罪法には抵触しているような……。

「これって、何とかって大臣だよね? テレビで見たことある」
 法務大臣の名前くらい覚えておきましょうね、君たち。
「毎週土曜、定例となっている昼食会、とか書いてあるぜ。すっげーセレブ」
 うん、現職の法務大臣はそんなにヒマじゃないと思いますけどね。
「しかしこの親父、あの娘と似てないなー」
 そりゃあ、本物の親子じゃありませんから。

 いくらか浮世離れした設定も、インターネットという魔法をかけられれば現実になる。今や観衆の誰もが、マキという女性は自分たちとは異なった世界で至宝のように育て上げられた温室の薔薇であることを信じていた。
 そして当然、生まれる疑問がひとつ。
 美人で、若くて、お金持ちで、約束された幸福な未来を持つ彼女が、そのすべてを投げうってまで付いていきたいと思う男性、それがこの坊主頭の冴えない男?

「その男のどこがそんなに?!」
 ヒロシと呼ばれた男の質問は、観衆の総意だった。
 マキはニコニコと品良く微笑みながら、小鳥が羽繕いをするように小首を傾げ、
「曽我さんは、ステキな方ですのよ」
「どこが?! あんたの目、節穴じゃないの?」
 アカネの叫びは、これまた観衆の代弁。しかしマキは臆することなく、静かな口調で、しかし力強く言い切った。
「失礼ですけど。表面上のものだけ見ていては、曽我さんの素晴らしさはわかりません」

 それは、実に教師的な物言いだった。あどけない頬のラインから自分よりも年下と見受けられる少女に上から目線で諭されて、アカネは腹に据えかねたのだろう。自分だって男を見てくれだけで判断するほど愚かな女ではないことを主張するため、曽我の内面的な部分に対する非難を早口にまくし立てた。
「この男はね、無神経で空気読めないし、見当違いのことばっかり言うし、女の言いなりになってばかりの情けない男なの! あたしの嘘に何度も騙されるくらいバカだし……とにかくバカなの! いいとこなんて、ひとつもないわよ!」
 公衆の面前で罵倒されて、それでも曽我は何も言わなかった。卑屈なまでに寡黙な彼の横顔をちらりと見やり、麗しの少女はぽつりと一言、
「馬鹿はおまえだろう」

 ざわめいていた観衆が、シンと静まり返った。
 それは唐突に打ち捨てられた上品な言い回しとか、現れてから今までずっと彼女の顔に浮かべられていた笑顔が失せたこととか、そういった眼に見えるものの影響ばかりではなかった。冷たい波動が彼女の細い身体から発せられ、それが彼女の怒りであることを本能で感じ取ったことによる恐怖が集団に伝染したからだった。
 透き通るアルトの声音に氷の冷たさを添えて、薪は言った。

「曽我は、一見無神経に見える行動の裏で、たくさんのものを見てたくさんのことに気付いている。MRI画像をあれだけ細かく読み解ける曽我に、それができないわけがない。曽我はその上で言葉を選んでいる。相手の気持ちを、プライドを考えるから。隠しておきたい人の心を大事にするから。それは曽我のやさしさで、それに気付かない人間が愚鈍なんだ」
 淡々と、でも力強く、彼女の声はそれが真実であることを他人の心に伝える。心から信じているものは心に伝わる。頭で理解するのではなく、第一印象からでもなく、彼女の言葉から真実の彼を感じ取って、ギャラリーは沈黙する。

「誠実で正義感が強く、同情心が篤い。強く、やさしい心を持っている。今どき珍しい本物の男だ」
 曽我の手を離し、薪は一歩前に出た。自分よりも若干背の高いアカネに、至近距離から氷柱のような眼光をぶつける。
「曽我は、おまえなんかにはもったいない」

 ひくっと頬を引きつらせて、アカネは一歩下がった。彼氏に至っては素早くアカネの背後に隠れて、まったく今時の男は情けない。
「お嬢さま、お言葉が。お顔も少々」
 澄ました口調で執事が注意を促すのに、お嬢さまはハッと我に返り、こほん、と子リスが首を縦に振る風情で咳払いをし、レースつきの白い日傘をくるりと回した。
 すると彼女を包んでいた氷壁は幻のように融解し、彼女は再び、少しだけ世間知らずで屈託のない深窓の姫君に戻る。そこにすかさず攻撃をかけるアカネは、中々根性が入っていると山本は思った。

「なっ、なによ、小野田家のお嬢様だか何だか知らないけど、あんたあたしより年下でしょ。偉そうに説教しないで、きゃああっ!!」
 アカネの反撃は、途中から悲鳴に変わる。
 ずうん、と重苦しい音と共に現れたのは見上げるような大男で、その三白眼から照射されるのは間違うことなき殺気。ぼきぼきと指の骨を鳴らし、毛深い腕をぐっと曲げれば、ボディビルダーのような筋肉が白シャツの下に浮き上がる。
 今度こそ二人は悲鳴を上げて2mほど飛びのくと、熱せられたアスファルトの上の膨張した空気の中で震え上がった。

 最後は脅しなんだ、といささか滑るような心持ちで山本は、すっかりぬるくなったアイスコーヒーを飲み干した。岡部が出てくれば、これで幕だろう。

「宅のお嬢さまを侮辱する言葉が聞こえたようでしたが、空耳でしたかな」
「岡部、弁えなさい。空耳ですよ」
 微笑みつつ用心棒を諌める、その自然さは、彼女が確かに命令することに慣れた特権階級の人間であることを感じさせる。強い主従関係を認めて衆目が感心するのに、山本はひとり心の中で呟いた。
 そりゃ自然ですよね。室長、岡部さんには普段から言いたい放題ですものね。

「お嬢さま。旦那さまがお屋敷でお待ちです。曽我さまも、どうぞご一緒に」
 岡部が大きな手で指し示した先には、黒塗りの高級車が停まっていた。運転手らしき男が後部席のドア前に立ち、お嬢さまの乗車を待っていた。彼もまた背が高く、きちんと撫で付けた黒髪のオールバックとクスエアな眼鏡がよく似合う美形だった。
「さ。行きましょう、曽我さん」
 曽我の手を取り、車へと導く彼女の足取りはとても軽く。スキップでも踏みかねないその様子は、曽我への好意を物語る。

「どうぞ」
 運転手はドアを開けて姫君を乗せ、反対側のドアから執事と曽我を乗せる。助手席には用心棒が乗り、最後に運転手が運転席に納まった。
 美丈夫たちに慈しまれ守られて、美しい姫君は花のような人生を歩むのだろう。しかしその彼女が選んだのは、坊主頭の垢抜けない男。

 否。そんなはずはない。
 彼女が選び、それを周りの彼らも認めている。ということは、彼はもしかしなくても、大した男なのではないか? 若さゆえにそれが見抜けず、アカネという女はとんでもない損をしたのではないか?

 そんな声もちらほらと上がる中、車はゆっくりとスタートを切り、衆目の中で道化を演じる羽目になったアカネは、不貞腐れた表情で足早にその場を去っていった。ちょっと待って、と後ろから追いすがる男を振り返りもしない様子から、「彼らの仲も長くないかも」「あの女の気の強さじゃね」などという失笑も洩れ聞こえてきて、本当に集団というものは心無い発言をすると山本は思う。
 そっと後ろを伺うと、いつの間にか宇野は姿を消していた。もうここに、山本の知り合いはいない。

 カフェの話題は先刻の一幕のことに染まり、小野田家の令嬢の美しさや、執事のスマートさ、あらわたしはあの運転手が素敵だと思ったわ、いやいやあの用心棒は名の通った武道家に違いない、などと空想も逞しくお喋りに花を咲かせるが、彼らがどんなに熱心にiモード検索をかけても、先刻確認したはずの記事は見つけることができないのだった。
「それにしても、あのお嬢さまオトコの趣味悪いよな?」と誰かが言うのに、「ホント、てんで釣り合わない」「あれだったら最初の彼女の方がお似合い」という声がそこかしこで上がる。全体でまとまった話をしているわけではなくとも、共通のスレッドが立った状態の今、グループごとの会話も全体の会話も似たようなものになるのだ。

「世間知らずっていうかさ。ちょっと非常識だよな」
「浮世離れしてるっていうの? まあ、金持ちなんて皆そんなもんかもしれないけど」
「あのお嬢さまが特殊なんじゃん? でなきゃ、あんな冴えない男選ばないっしょ」
「いやいや、分からんぞ。ああ見えてあの男、ビルゲイツも真っ青のITの申し子とか」
「どっちにせよ、あのお付きの数は非常識でしょ」
「でもみんないい男だった~」

 みんなの言うとおり、なんて非常識な上司と同僚なのだろう、と山本は思った。
 同僚が女性にこっぴどい振られ方をしたからと言って、こんな大仰な仕返しをするか? 良識のある大人のすることとは思えない。
 しかし、この胸が熱くなるような感覚はなんだろう。彼らはどこまでも愚かしい、でも、その愚考の目的を思えば下らないと切り捨てることのできない何かが山本の中にも生まれつつあって、その何かが新しい山本賢司を作り出していく。

 今日は天気も良いし。梅雨も明けたことだし。
 少し、非常識になってみようか。

 やがて山本の待ち人が現れて、いつものように周囲の人々からざわめきが起こった。常なら逃げるようにその場から去る山本だが、今日はゆっくりと座ったまま、自分の妻と娘を見上げた。
 店中の客が彼女たちに注目しているのが分かる。マキ嬢ほどではないが、彼女たちは道行く男たちを振り返らせるのに充分すぎるほどの容姿をしていた。豊かな黒髪をアップにまとめ、中学生の子供がいるとは思えないほどに若々しい肢体を持った妻に、山本は尋ねる。

「ねえ、玲子さん」
「なあに?」
「きみは私の何処がよくて、私と結婚したのかな?」
 妻はデパートの袋を両手に持ち直すと、その美しい顔に輝くばかりの笑みを浮かべ、
「賢司さんみたいに素敵なひとは、他にいません。思いやりがあって、頭が良くて、正義感が強くて、勇ましくて。わたしがこれまでに会った男性の中で、あなたが一番ステキ」
 15年前に聞いた台詞と全く同じことを、彼女は録音機のように繰り返した。彼女の気持ちはあの頃のまま、いや、年々強くなるようですらあると山本は感じている。
「だから学生のうちにプロポーズしたのよ、あなたを誰にも取られないうちに。社会に出たら、たくさんの女性があなたに夢中になるって分かってたから」

 あまりにも現実との開きが大きい彼女の言葉に、カフェの客たちが呆然としている。我が妻ながら彼女のドリーム精神には恐れ入る、と山本も密かに思っている。しかし今日だけは、彼女の気持ちを素直な気持ちで聞きたかった。

「ママ、ずるい!」
 中学1年になる娘が、玲子を押しのけるようにして山本の前に顔を出す。母親そっくりのきれいな顔をして、同級生の男の子からしょっちゅう交際の申し込みをされているらしいが、本人は彼らを歯牙にもかけないと聞く。
「わたしだってパパのこと、世界で一番ステキな男性だって思ってるのに! パパ、ママとわたし、どっちが好き?」
 さすが玲子さんの娘。男の趣味の悪さは母親譲りだ。
「まあ、玲奈ったら」
 さすがに玲子は母親だ。彼女は娘の言葉を軽く諌め、ホホホと上品に笑い、
「そんなのわたしに決まってるでしょ。わたしは賢司さんの奥さんなんですからね」
 ……もしもし、玲子さん? 眼がすわってますけど。

「わたしの方が若いし、これからもっともっと美人になるもん! お父さんだって、若い子の方がいいに決まってるわ!」
 いや、玲奈ちゃん。美人になってもお父さんには何もできないからね?
「大人にはね、子供に真似のできないテクニックってものがあるのよ! 賢司さんはわたしのもの、手を出さないでちょうだいっ!」
「なによ、負けないわよ!」
 …………彼女たちも充分非常識だった……。

「帰りに何処かでごはん食べていこうか」
 大人の良識を捨てきれない山本がぼそりと呟くと、二人の美女は山本の右腕と左腕をそれぞれ抱きしめて、はい、と素直に返事をした。そのまま3人で連れ立って、夕暮れの迫る街へと消えていく。
 彼らがいなくなって平均年齢が10歳ばかり下がったカフェで、「人間、やっぱり中身だよな」という低い呟きが、誰からともなく洩れた。




テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Aさまへ

Aさま、こんにちは。

>観客(笑)完全に劇場になってますね!

第九オールスターズによる小劇場ですね☆
みんなノリノリで~、第九総男爵化現象が起きているような?

青木さんの運転手は~、ええ、本来ならもっと重要な配役であるべきだとは思ったんですけど、わたしの中で、どうしても彼は運転手止まりで・・・・青木さんて、こういうとき、先輩を立てるタイプだと思うし。


>あれ、小池は?ギャラリーにいたっけ?

小池さんは、ちょっと理由があって、わざと出さなかったんですけど~、
それよりも滝沢さんですよね。(--;
『破壊のワルツ』を書いてしまったせいか、どうしでも彼の男爵化が想像できず~~、
研修中と言うことで誤魔化しちゃいました、すみません。


>薪さんてやっぱり、第九のお姫様ですね(>▽<)

はいっ!
もう、それが強調したくて!!
第九職員みんなに愛されるお姫さま。 暴君と思われがちな彼の真実は、こうあって欲しいな~。


>山本さんの第二幕まであるとは。こっちは真実なんですねえ・・辛い過去を乗り越えた人ですからその努力を知れば惚れるかもしれないですね(^^)幸せになって欲しいです。

山本さんの私生活は完全に捏造ですけど~、
彼はとっても真っ当で努力を怠らない人だと思うので、ぜひ、報われて欲しいです。

Cさまへ

Cさま、こんにちは~。

>あれ、なんかどさくさにまぎれて青木までが美形と書かれていましたよ!!

ええ、青木さんは一般人から見たら、充分美形だと思いますよ~。
薪さんの麗しさに隠れちゃうことが多いですけど、青木さんが眼を閉じてる顔とか、すごく素敵だと思いません?
傍目から見たら、彼らは充分お似合いのカップルだと思いますっ。(//∇//)


>先日見たドラマの台詞『あなたは愚かだ!!だがその愚かさが愛しい!!』てのを思い出しました。人間ってそんな物ですよねえ~~

はい、バカな子ほどかわいいとはこのこと☆
このバカ回路の100分の1でも原作の薪さんに付いてれば、もっと楽に生きられただろうにねえ・・・・・
だけど、その不器用さが、また愛しいんですよね。(^^
プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

法医第十研究室へようこそ!
おかげさまで8歳になりました(^^♪
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