タイムリミット(3)

 ここから本編です。

 この話、2年前の秋に書いたんですけど、読み直したら展開が唐突すぎる気がして、プロローグを書き足しました。 
 なので、前回までのプロローグは現在の文章で、ここから2年前の文章なんです。 読みにくかったらすみません。 
 え、書き直せって? いやー、本編70ページはちょっと~。(^^;
 は? 内容的にヒドイから書き直せって? 
 ううーん……。(@@)






タイムリミット(3)





 華やかなゴブラン織りの絨毯の上に胡坐をかき、薪は書類をめくっている。指先を彩る桜色の爪は、磨きあげられたピンクオパールのように奥ゆかしい輝きを放っている。
 豪華な絨毯に相応しく、高価な調度品で設えられた部屋。女性らしいピンク系のクッションやカーテン。壁に掛けられた明るい風景画。サイドボードには大きな花瓶に生けられた蘭の花が、高貴な香りを振りまいている。

 薪はきちんと髪を撫でつけて、正装に近い服装をしている。チャコールグレイのスーツはタリア・デルフィノ。ブルガリのネクタイは少し派手目のシルバーを。カフスとタイピンは、近い将来、義父となるひとからもらったエメラルド。
 薪の隣には、ソファに座った美しい女性の姿がある。
 ドレスアップした彼女の年のころは、30歳前後。いくらか目立ち始めたお腹を、フレアーのたくさん付いたワンピースで、上手く隠している。
 彼女の咎めるような視線に気付いて、薪はふと手を止めた。
「すみません。これ、明日の朝使うもので」
 弁解がましい薪の言葉を、彼女は笑って許してくれる。その笑顔は薪のものではないけれど、自分はたしかにこの女性に救われたのだ、と薪は思った。

 青木と別れてから、2ヶ月が過ぎた。
 悲しみのあまり死ぬこともなく、涙の海に溺れることも無く。薪は穏やかに毎日を過ごしている。
 付き合っていた頃と、薪自身は何も変わらない。相変わらず、第九と官房室の掛け持ちで忙殺される日々だ。が、仕事の方はあと半年もすれば落ち着くだろう。警視監の試験を受けて結果を出したら、官房室に完全異動する予定だ。

 変化のない薪の周囲で、変わっていくものがひとつ。
 婚約者の中で息づく、新しい生命。日を追うごとに成長し、彼女の子宮を少しずつ広げていく。その命を、愛おしいと思う。
 これは、自分の子だ。

「支度できた?」
 ノックの音と共に、声が聞こえた。
 薪の耳に親しい、聞き慣れた男の声。職場でも毎日聞いている。薪にはとてもやさしいが、怒ると背筋が凍るほど怖い直属の上司。そして2ヵ月後には、薪の義父になる。
「はい、お父様。行きましょう、剛さん」
「はい」
 書類を鞄に入れて、薪は立ち上がった。すっと右手を婚約者に差し出し、彼女の手を取る。
 開いたドアから姿を現した彼女の父親が、目を細めて仲睦まじいふたりの様子を見ている。嬉しそうなその表情に、薪の心も温かくなる。

「今日は薪くんが次席参事官になる前祝いだからね。きみが行きたがってた『仙岳』だよ」
 日本料理の頂点を何年も独占している赤坂の料亭の名前を出して、彼はにっこりと薪に笑いかけた。薪も心からの笑顔を返す。
「お父様は剛さんに甘いのね。わたしがチボーに行きたいって言ったときには、忙しい忙しいって。結局、連れて行ってもらってないわ」
「薪くんに連れて行ってもらいなさい。もう、美和子は薪くんに預けたんだから」
「美和子さん。僕でよかったら」
 仲の良い父娘の会話に、娘婿が控えめに口を挟む。薪は自分の立場をわきまえている。
「だれがお金払うのよ。一食、いくらするか知ってるの?」
「……すいません、小野田さん。お給料、前借りさせてください」
「ほーら。やっぱりお父様が一緒じゃなきゃ、ダメよ」
 冗談を言い合って、カラカラと笑う。美和子は明るい女性だ。

 官房長付の運転手が操る黒いレクサスは、四方山話の間に料亭の駐車場に滑り込む。凝った作りの日本庭園から奥の間に通されて、薪は美和子と並んで腰を下ろした。
 久しぶりに吸いこむ、イグサの香り。三ヶ月前に嗅いだ同じ香りを思い出しそうになって、薪は慌てて心に蓋をする。思い出を捨てる気はないが、ここではまずい。

 上品な着物を着た給仕係が、一品ずつ料理を運んでくる。食前酒と前菜から始まる、日本一の名に恥じない見事な日本料理の王道を味わいつつ、冷たい吟醸酒を傾ける。小野田は薪の好みの酒まで用意してくれていて、薪が楽しい一時を過ごせるように図らってくれていた。小野田はいつも薪にはやさしいのだ。
「薪くん。憧れの仙岳はどう?」
 美和子が化粧室へ立つ間、小野田は薪にこっそりと囁く。
「すごく美味しいです。さすが日本一ですね」
 言葉のとおり、薪は料理を残さずに平らげた。昔はもっと小食だったのだが、何年か共に過ごした誰かの影響で、胃袋も大きくなったらしい。

「最近、痩せたみたいだったから、ちょっと心配してたんだけど。大丈夫のようだね」
「いいえ。痩せてないですよ。元からこんなものです」
「そう?」
「いつも気に掛けていただいて。小野田さんには感謝しています」
 軽く小首を傾げるようにして自分を慈しみの眼で見る上司に、薪は正直に心の内を吐露する。本当に、小野田には感謝しているのだ。
「プライベートのときは、『お父さん』て呼んでくれない?」
「はい。お義父さん」
 薪が照れを含んだ口調で彼を呼ぶと、小野田は嬉しそうに笑った。

 自分は幸せだ、と薪は思った。
 美しい妻に優しい義父母。可愛い義妹がふたり、いっぺんにできた。
 再来月からは、小野田の家に住むことになる。薪が昔から、ずっと欲しかった家族。それがようやく手に入る。遠回りしたけれど、ここに辿り着けてよかった。

「ごちそうさまでした」
 マンションの前に停まった車の中で、小野田に頭を下げる。運転手にも礼を言って、薪は車から降りた。
「どういたしまして。ぼくも美和子も、とても楽しかったよ」
微笑み合う3人。残業を強いられた運転手まで、その雰囲気に釣られたかのように微笑んでいる。
「悪いけど、明日の会議に使う資料。用意しておいてね」
「はい」
 それは既に作成済みだ。右手に抱えた鞄の中に入っている。ここで渡してもいいが、今夜は小野田にとっても貴重なオフだ。明日の朝にしよう。

 おやすみなさい、と挨拶をして、薪はエントランスのドアをくぐった。ちょうど向かいから歩いてきた管理人が、薪に会釈する。
「お帰りなさい。こりゃまた、えらくめかし込んで。デートですか?それにしちゃ帰りがお早いですね」
「義父と3人で食事だったんです」
「ああ。結婚されるんでしたね。おめでとうございます」
「ありがとう」
 薪は階段を上がって、自分の部屋に入った。
 真っ暗な、寒々とした部屋。誰もいない部屋の静寂に心が冷えるのも、あとしばらくの我慢だ。
 2ヵ月後、薪が帰るところはここではない。妻とその家族が待つ、あの豪勢な屋敷だ。

 ドアを閉めて靴を脱ぐと、薪はサニタリーに直行した。トイレのドアを開けて、スーツの汚れも気にせずに膝を折る。背中を丸めて小さく口を開けると、まるでそれが自然の摂理だというように、胃の中身が全部出てきた。
 恒常的に食事を吐くようになって、しばらく経つ。
 食事をして1時間もすると、いつも耐え難い吐き気に襲われる。この行為も慣れてくると、コツがつかめるというか、胃の弁と食道が自然に動くというか。端から見るほどの苦痛はない。

 しかしその日は、料亭で食べたものがすべて汚物になっても、吐き気は治まらなかった。こうなると、少し苦労する。胃液を吐くのは苦しいし、みっともなくゲエゲエ呻かないと出てこない。
 こみ上げるままに、嘔吐を繰り返す。自分の耳に響くうめき声が、だんだん泣き声になってくるのが聞くに堪えないくらい情けない。
 やっと吐き気が治まって、薪は汚れた口をトイレットペーパーでぬぐい、汚物を流す。そのままトイレの床にごろりと横になって、胸のつかえが取れるのを待つ。
 ブランドのスーツもネクタイも、汚物まみれだ。それに、この臭い。また後始末が大変だ、と顔を横に向けると、涙が下方につつっと流れ落ちた。耳を伝って、亜麻色の髪に吸い込まれていく。

 薪は自分のくちびるが、何かを言っているのに気付く。
 よく、聞こえない。こめかみを流れる血液の音がうるさくて、言葉が聞き取れない。

「……」
 だれかの名前。薪の胸を抉るように痛ませる、ひとの名前。

「…………会いたい」

 最後の一言だけは、はっきりと聞こえた。
 しかし、それが自分の声なのか、あるいは薪が呼んだ誰かの声による幻聴だったのか。
 薪には判断がつかなかった。





*****


 やっぱり書き直さなきゃダメ?(笑)


 

テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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10月22日 11:00 鍵拍手くださった方へ

こんにちは。


おっしゃる通り、無理はよくないですよね~。
身体に来るって、本当ですよね。


○○さまが、現在とても幸せでいらっしゃることは、わたしも嬉しいです。(^^
仕事も家族関係も満足なんて、最高ですね。
さすが○○さまだな、と思ったのは、ちゃんと自分が幸せだって自覚されていること。
人間て、現況の何処に不満があるかを見つけるのは得意だけど、幸せを見つけるのは意外と不得意な生き物ですよね。 本当に下手なひとは、どんなに恵まれた環境にいても、不満ばっかり言ってますものね。(^^;
それをしっかりと見据えてらっしゃる○○さまは、やっぱりすごいなあって。


やりたくない仕事をすることは、とっても辛いですよね。 
だって仕事をする時間て、眠っているときを除くと、一日で一番多くを占めているでしょう? 
と言うことは、一日の大半が辛い思いをして過ごしていると言う事で、これは不幸以外の何者でもないと思います。

眠るのが怖いくらい、悪夢に魘される毎日・・・・本当に辛かったんですね。(;;)
わたしも昔は仕事で失敗する夢をよく見ましたが、悪夢と言うほどではなかったです。 でも、夢に出てくるくらい頭にあったわけですよね。 職業選択って、本当に大事ですね。


経験者だからこそ切実な、『無理はよくないよ~』というメッセージ、薪さんに伝えておきますねっ。
ありがとうございました。


Aさまへ

Aさま、こんにちは。


Aさまがパニくってる。(^^;

>読み始めて、これは薪さんの見てる夢!?パラレルワールド!?と思いつつ読むと・・僕の子ども~!!?

夢でもパラレルでもありません、現実です。
書いてある通り、薪さんは青木さんと別れて美和子さんと婚約して、美和子さんのお腹の中には子供がいると。

客観的に見て、幸せではないでしょうか?
優しい義父母、美しい妻、可愛い義妹。 薪さん、ずっと自分の家族が欲しかったんだし。 だから僕は幸せだって、自分に言い聞かせるように思い続けて。

だけど、
>あ~ん、やっぱりダメじゃん!(><。。)

そうなんですよ、Aさまのお言葉通り、ダメなんです~。
やっぱり薪さんは、青木さんじゃなきゃダメなんです。 頭よりも身体の方が分かってる、って感じです。
それを頭の方に分からせてやるのが今回のお話の目的です。

大丈夫ですから、しづを信じて! 泣かないでくださいね。
続きをお楽しみに~。(^^


Nさまへ

Nさま、こんにちは~。


> プロローグ読んだ時点で、

あはははは!! (笑うなよ、Nさん泣いてるのに)
そうですよね、アカンですよね。


> け、結婚式とかゆってるけど、式の途中で青木くん乱入のドタバタコメディだよね?!と思うようにしたんですが、

それも面白いかな~、と思いましたが、結婚式ってものすごく沢山のひとの尽力によって行われるものじゃないですか。 それをぶち壊すことはしたくないので、止めました。


> 覚悟して読んだら…
> アカン、子ができとるやんけ…

ぷくくく・・・・
なんかですね、NさまがPCの前で呆然としてる姿が目に浮かんで、正にわたしが狙った通りの反応をしてくださってるのが嬉しくて、ついつい笑ってしまうのですよ。 (←鬼)
そうですよねっ、子はアカンですよね!



> 薪さん…やっぱり苦しんでるんですか…この2ヶ月で何がぁ…

もちろんです。 苦しんでます。
でもこれ、薪さんがいけないんですよ。 自分にできないことを無理してやろうとするから。 あちこち巻き込んで迷惑かけて、それが全部自分に返ってきた感じ。 自業自得ってやつです。


> 最後の数行で一緒に泣いてしまいました。
> 私この先読めるかな…(読みますけど!)

しばらくツライ章が続きますが、大丈夫ですから。(^^
泣かないでくださいね~。


> 愛しの青木くんがどうしてるか心配です(笑)
> …彼は生きてるかなぁ……えっまさかしづさんそこまでドS展開じゃないですよね。…ねっ。

お、恐ろしいことを想像されてますね。(^^;) さすがのしづも、そこまでは考えなかったな。
青木くんは、元気ですよ。 元気じゃなかったら、薪さんを救えませんから。
ご安心ください♪

Aさまへ

Aさま、こんにちは~。

薪さんのお子様、きっと可愛いことでしょう。 あの性格、そのまんまだったら育児も大変そうですけど。(笑)


> 吐くと言う事は薪さんは理性では青木と切れたつもりでも、感情では割りきれていないのだと思いますが、この先、薪さんがさらに辛い状態にならないか、ちょっと心配です。
> ただでさえ華奢なのに、吐き続けて更に小柄になりそう…( ̄ω ̄)。

理性と感情がバラバラの状態なんでしょうね。
いやね、『春よ、来い』で青木と別れても大丈夫、とか彼が言うもんですから、そうかそうか、だったら別れてみろや、ってやったらこうなっちゃったの。 これからどうしましょう?(笑)


> 小野田さんの娘が実はとんでもなくしたたかな女性か、それとも天使なのか、現時点では解りませんが、今後、青木と薪さんの幸せの為に動いてくれる事を願うばかりです。

美和子さんは、いいひとです。
わたし、基本的に女の人には単なる悪役とか汚れ役を振らないようにしてるんです。 女性が魅力的じゃないBL小説は、つまらないと思うから。 魅力的な女性がたくさんいる世界で、ノーマルな男性二人が、それでも同性で愛し合っちゃうところがいいんです。


ところで、ナイショのお話についてですが、
おおっ、そうでしたか!
安全性が求められるものでしょうからね、基準が厳しくなるのは致し方ないのでしょうね。
オットも欲しがってましてね~、カタログとか部屋に置いてあるんですよ。 
本当に、世界に誇れる素晴らしい品ですよね! そこにAさまのお力も注がれているのですね!
よし、オットに自慢しちゃおう!(←オレの友だちすごいんだぜ、の世界)



プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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