タイムリミット(9)

タイムリミット(9)





 その晩、薪は久しぶりに親友の夢を見た。
 場所は何処だかわからない。だだっ広い枯野に、鈴木はひとり風に吹かれていた。セピアに染まる空気の中に、所在無げに立っていた。
 鈴木の姿を見つけて、薪は彼に駆け寄った。いつもそうするように、その胸に飛び込んで彼のぬくもりを確かめようとした。
 常なら薪の身体を抱きしめてくれる鈴木の腕は、何故かだらりと垂れたまま、しかし薪のことを払おうとはせずに、薪のするがままに任せていた。

「鈴木?」
 無反応な彼に異変を感じて、薪は顔を上げる。鈴木は眉根を寄せて、黒い瞳を曇らせて、とても困った顔をしていた。
 彼の夢はこれまでに何度も見たけれど、こんな鈴木は初めてだった。鈴木は薪の夢の中では必ず笑顔だった。昔、薪を責め苛んだときでさえ、笑顔を絶やしたことはなかった。

「どうしたんだ? なにか心配事?」
 すでにこの世のものではない友人に向けるにはおかしな質問だと思ったが、鈴木の憂いは放っておけない。
「あ、もしかして、雪子さんのこと?」
 雪子は昨年竹内と結婚して、秋には子供も産まれる。あの遊び人のこと、いつかはやらかすだろうと思っていたが、竹内のやつ、とうとう尻尾を出したか。
 統計的にも、妊娠中の浮気が一番多いのだ。薪も男だからその気持ちは分からなくはないが、雪子が絡むなら話は別だ。120%竹内が悪い。

「わかった。僕が明日、竹内をとっちめて」
「違うよ」
 苦笑して、鈴木は薪の頭をくしゃくしゃと撫でた。その手は大きく温かく、薪にとってはとても懐かしいものだった。
「しょうがないなあ、薪は。相変わらず早とちりばっかりして」
「じゃあ、何だよ」
「おまえのことだよ」
「僕? 僕は順調だよ。鈴木の夢に、一歩ずつ近付いてる。来年は警視監になってみせるよ。小野田さんの娘婿になれば、上の連中も押さえ込めると思うし」
 鈴木は薪の髪に指を埋めたまま、ゆっくりと首を振った。

「分かってるだろ? オレの望みは」
「……分からないよ。なに?」
「本当に、わからない?」
 鈴木の両手が薪の頭をやさしく掴み、彼の背中が丸められた。間近に迫ってきた鈴木の唇にびっくりして、薪は顔を背けた。

「や、今は……ちょっとその、ダメ」
 思わず拒んでしまったことで鈴木が気を悪くしなかったらいいのだけれど、とビクつきながら彼を見上げると、鈴木は何故か、今度はにっこりと微笑んでいた。

 親友の意外な反応に驚いて瞠られた亜麻色の瞳が、鈴木の後ろで起こった変化に、さらに大きくなる。
 鈴木の笑顔が魔法を発動したかのように、ふたりを取り巻く枯野が、みるみる緑の草原に変わっていく。柔らかそうな草の間からは名もなき花が一斉に芽吹いて、色とりどりの花弁を開く。
 笑顔ひとつでこんなことができるなんて。やっぱり鈴木はすごい。

 可憐で、それでいて力強い野花の美しさに心を奪われながら、薪は頭の隅で、あのとき青木と見た桜も、鈴木とだったらこんな風に花開いたのかもしれないと、詮無いことを考えた。

 次々に塗り替えられていく自分の足元を、目を丸くして見ている薪に、鈴木のやさしい声が響く。
「ちゃんと、わかってるじゃないか」
 なにを? と薪が顔を上げようとしたとき、目が覚めた。
 見慣れた照明器具に、薪は自分が自宅のソファで転寝していたことを知る。

 ローテーブルの上には、白い厚みのある封筒が何通か重なっている。中には返信用の葉書が入っており、その宛名は小野田聖司。これまでに薪が何度か貰ったことのある、自分からは初めて出すことになる招待状だ。
 第九のみんなには薪くんから直接手渡して、と小野田から預かってきた。残りは小野田の方から郵送してもらう手筈になっている。
 もう、後戻りできない。

 一番上になっている招待状の宛名に、薪のこころが冷える。どうして役所の人間というのは、すべてのものを50音順に並べたがるのだろう。
 薪は封筒を手に取り、一番上にあった封筒を最下層に入れ直した。こういうものは、年功序列でいくものだ。

 そう思いながらも、岡部宛の封書を上に持ってくることはせず、テーブルの上に戻す。それだけを為すと、あとはすべての興味を失ったかのようにその場を離れ、付きっぱなしだったテレビを消して寝室へ入っていった。




テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Author:しづ
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2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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