タイムリミット(15)

タイムリミット(15)





 薪の身体は、すっかり衰えているように見えた。
 前々から細かった身体が、ありえないくらい痩せてしまっている。青木の片手で回ってしまうウエストは、手のひらに収まるほど細くなり、かすかに浮き出ていたあばら骨は目に見えてくっきりと、その形を明らかにしている。肉は殆どない。骨の間に、指が埋まってしまいそうだ。
 痛々しいほど頼りなげな薪の裸体に、青木の手が止まる。こんな状態の薪を抱いたら、壊してしまう。

「薪さん。今夜は止しましょう」
 身体の不調は当然、性感にも現れる。触ってもキスをしても、薪のそこは反応しなかった。シャワーを浴びたばかりの清潔な匂いのする薪の肩口に唇をつけて、青木は囁いた。
「早退しておいて、こんなことしちゃダメですよね。ちゃんと休まなきゃ」

 薪の体調が回復するまで、行為はお預けだ。
 待たされるのには慣れている。薪の我儘と気まぐれに掛かれば、デートのキャンセルなんて日常茶飯だし、1月以上させてもらえなかったこともザラだ。
 前戯と本番を飛ばして、後戯に入る。いつものように薪の頭を自分の肩に載せようとすると、薪は青木の腕を押しのけて下の方へ潜っていった。

 シーツがひとの形になって、モゾモゾと動いている。やがて目的の場所にたどり着いた華奢な手が、薪を前にしては大人しくなれない青木を捕らえた。
 やわらかい口唇が先端に触れ、すぐに濡れた内部に吸い込まれる。上下に擦られるたび、白いさざ波のようにシーツが動き、内からこみ上げる大きな波が青木の理性を奪っていく。
「薪さん、無理しなくていいです」
 息を乱さないように心掛けて、青木は薪の愛撫をやんわりと断る。
 しかし、シーツの動きは止まらない。小波のような動きは次第に大きくなり、男を狂わせる水音を立てる。

「いいですったら。我慢できなくなっちゃいます、ホント、っ!」
 付き合い始めて5年も経てば、薪の技巧も一流の域に達してきて、その口の中に注ぎ込むことも多くなった。薪も下で受けるより体力を消耗しないし、若い青木を満足させようと思ったら、こちらの技術に頼るしかない。
 後に引けないところまで追い込まれて、このままお終いまでして欲しいと、願いを込めて薪の髪に指を埋める。なのに薪はすっと頭を上げて、愛撫を中断してしまった。
 足を開いて青木の腰の上にまたがり、痛いくらいに脈動する青木の切っ先で入り口をなぞる。ぬるりとした感触は、薪が自ら準備した愛戯のための液体で、かれが先の行為を望んでいることを証明していた。
 しかし。

「無理です。薪さん、壊れちゃいますよ」
 薪の腰を押さえて動きを止め、右手を下方に滑らせる。その感触に、青木は悲しくなる。
 数ヶ月前までは、青木好みのふっくらした可愛い尻だったのに。今はごつごつとして固く、形も三角形に近い。
「平気だ」
「でも」
「いいんだ。これは、誓いだから」
「はい?」

 薪の顔が近付いてくる。あどけない頬が、青木の頬に頬ずりする。
 身体が痩せても顔にそれが表れない性質の薪の頬は、柔らかくすべらかで。つややかなくちびるは、アップで見るとたまらない蠱惑に満ちていて。

「お願いだから、僕の中に」
 ゆっくりと瞬く睫毛の動きは、孔雀が羽根を広げるように、薪の魅力を最大限に魅せつける。
「おまえの勇気を注いで」

 青木はやさしく薪の身体を自分の下に抱きこむと、骨ばった足を自分の肩に載せた。そうっとあてがい、見つめ合いながらゆっくりとひとつになる。

 少しずつ、慎重に。
 敬虔に、神聖な態度で。
 水鳥の羽毛のようにやさしく。
 ふくろうの羽音のように密やかに。
 声もなく。
 音もなく。
 愛の言葉さえ、いらない。

 微かに眉を顰めた薪が、切ない目をして青木の腕を掴む。引き寄せられるようにくちびるが触れ合い、あまやかな糸がふたりを結びつける。
 薪の背中に腕を回し、青木は薪の中を進む。自分の背中に縋る薪の手の弱々しさを感じて、青木は庇護と愛情を新たにする。

 このひとを。
 弾劾するものがあれば、自分はその口を塞ごう。
 殴ろうとするものがあれば、自分はその腕を折ろう。
 憎むものがあれば、その心を潰してしまおう。

 これから何があっても。
 必ず、このひとを支えていく。

 その夜の青木は、最後までやさしさを通した。



*****




「メシ食ってから、どのくらい経った?」
 青木の腕の中でため息交じりに薪が吐き出した言葉は、情交の直後には相応しくないロマンの欠片もないセリフだった。
「え? あー、2時間くらいですか」
「なるほど」
 何を納得しているのだろう。相変わらず、薪は謎だらけだ。

「もう寝るぞ。明日は戦争だ」
「あれ? 月曜までお休みもらったんじゃなかったんですか?」
 薪は答えなかった。
 もしかしたら、結婚式の準備が忙しいのかもしれない。むかし姉に聞いた話では、式の前の2ヶ月というのは寝る間もないほどやることがあって、舞の結婚式は楽しみだが準備のことを思うと憂鬱になるそうだ。

 そのことは考えないようにして、骨ばった硬い身体を抱きしめる。
 ……こんなに痩せてしまって。
 宇野の言った通りだ。画や言葉に惑わされて、ひとを見ることを忘れていたなんて。第九職員失格だ。

 辛い現実から逃れようと塞いでいた目を開いて、改めて薪を見れば。
 ドアを開けてくれた細い手は震えて、亜麻色の瞳はもっと震えて。あんな、親を亡くした子供のような目をして。どうやって生きていけばいいのか、考えることもできない迷い子のような瞳で。
 薪は、ずっと青木への気持ちを叫び続けていたのに。

 どうして信じなかったのだろう。薪は、恋人に抱かれながら他の人間に心を移すような器用なひとではないと、何故すぐに思わなかったのだろう。

 それに薪の性格なら、別れたいなら別れたいとはっきり言うだろう。それが言えなかったということは、まだ青木に心を残しているのだ。こうして青木に抱かれるということは、青木を愛しているのだ。
 自分たちがしている行為は恥ずべきことだが、薪の身体の方が大切だ。
 これから先、積み重なる季節の中で、薪が美和子を本当に愛するようになったら。その時こそ自分の役目は終わる。
 しかし今はまだ、そのときではない。

「そうだ。薪さん。今度宇野さんに、好物の五目稲荷を作ってあげてくれませんか?」
 宇野に何か礼をしたいと思ったが、彼が喜びそうなものといったらPC関連か薪の手料理だ。結果を報告するためにも、後者の方が望ましいだろう。
「すっごく食べたがってて……薪さん?」
 青木が覗き込むと、薪はすでに寝息を立てていた。
「墜落睡眠は健在ですか」
 久しぶりに見る恋人のかわいい寝顔にキスをして、青木は目を閉じた。



テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Uさまへ

Uさま、こんにちは~。


> (13)(14)と本当にせつなかったです(涙)

やさしいUさまを泣かせてしまって、すみませんでした~。
薪さんには幸せになって欲しいと思うのですけど、切ない薪さんも好きなんですよね。 そもそも、あの切ない恋心が無かったら、薪さんに嵌ってませんもの。 だからついつい書いちゃう。 
でも、ちゃんと責任取って、薪さんを幸せにします。 うちの青木くんが。(^^


> 宇野さんがあんなふうにしゃべる方とは思ってませんでした。絵的には銀行員っぽくて、どちらかといえば寡黙なタイプのイメージでした。

うちの宇野さんのイメージはですね、1巻で、初めてMRI画像を見て怯える青木さんに、
「なにこのくらいでビビってんの」
と冷たく言い切った彼から来てます。 機械に強いのは、アニメからです。
わたしも彼は寡黙な方だと思っていますが、必要があれば、言いにくい事をズバリと言うタイプの人なのかな~、って。


> それにしても、ここであの狂言自殺芝居のエピソードが出てくるなんて・・・
> あんなふうに言われたらやっぱり薪さんも“キュン死に”しちゃって、脳内パニックで降参ですね。

殺し文句、てか、完全に揚げ足取られてますね☆
青木さんを思い切ることができなくて、他人まで巻き込んでしまったのに、やっぱりそれを貫き通すことができなくて、本当にこの薪さんは最低だと思いますが。(^^;) ここでやっと気付いてくれて、筆者もホッとしました。



しづの創作能力につきましては~~~、
ぎゃー、なんか誤解されてるみたいなので、すみません、引用できません。(>_<;)
この創作は、そんな大層なものではなく、腐ったオババの戯言に過ぎないので~~、少しでも楽しんでいただけたら本望です。


> 本編だけでもずいぶんたくさんの作品がありますが、後続のための伏線がちゃんとはってあったりするでしょ?最初からこの展開を予め考えて全部を流れるように書かれていたのですか?

一応は考えて伏線張ってます。
でも基本、書きたいものから書いてるので、順番はめちゃくちゃになってます。 カテゴリの上から読んでいただくと、一応は流れてる、かなあ、流れてるといいなあ。(自信ない)


Mさまの過去のお話は、
きゃー、どんなジャンルだったのでしょう? よかったら聞かせてくださいね。(^^

「プロの作家、すげ~!」は、
全く同感です!
今はお金さえあれば誰でも本は出せる時代ですが、売れてる作家さんはやっぱりスゴイですよね。 プロットはもちろん、テーマも作品も登場人物も魅力的ですものね。

「謎解き・・・・」はお好みじゃないのですか?
わたしはまだ読んでませんが、小学生でも読める本格推理だそうですね。 ドラマを見る限りでは楽しそうですけど~、子供が読んでも大丈夫なように、あまり際どい展開は避けてるのかもしれませんね。

わたしの話の完成度はともかく、
笑っていただけるのは嬉しいです~!!!
だってギャグ小説(のつもり)だもんっ!


> そのうち一連の作品の中から《勝手にベスト3》とか選んじゃおうかな(^^)

わーい、ぜひ聞きたいです!
もしも選ばれたら、教えてくださいね♪♪



> 薪さん、どんなふうに戦争するんでしょうか。美和子さんも偶然同時に攻めてくるのかなあ。「お義父さん」て呼ばれて喜んでる小野田さん、少しかわいそうですね。でも彼も海千山千、黒い部分もあるでしょうから、薪さんに「可愛さ余って憎さ百倍」にならないことを祈ります。

ええ、正にそんな感じで。 てか、見抜かれてるし。(笑)
小野田さんは、割と黒いです。 でも、薪さんにはやさしいの。 だから、最初から正直に話せばよかったんですよね。
一応ね、小野田さんが美和子の子供を強制的に堕胎させるかも、という疑念を薪さんに抱かせるために、『緋色の月』のエピローグで薪さんに小野田さんに対する警戒心を抱かせておいたのですけど、実際はそんなことしないんじゃないのかなあ。(←伏線まで張っておいて、この無責任さ)


> 浅田真央ちゃんがSP1位になりましたね。
> 真央ちゃんは輝いてないと・・・といつも思ってます。薪さんも同じかな。意地悪言って笑ってないと・・・

なりましたねえ。(^^
そうですねえ、イジワル言ってニヤニヤしてる薪さん、本当に楽しそうですものね。 3巻でしたか、今井さんにアイスを食べろと強要してるところとか、ホントかわいい。


原作は、切なさ通り越してツラくなってきましたよね。(^^;
メロディ本誌でも、未だツラさ全開なので~~、12月に発売の本誌で、少しは改善されるといいのですけど・・・・・。
心配ばかりしてても結果が良くなるわけじゃないので、信じて待とうと思います。

え~、でも、うちの薪さんなんかでいいんですか?
嬉しいですけど。(〃∇〃)
秘密コミュには、もっとマトモな薪さんが沢山いらっしゃいますよ~。
しかも、みんな青木さんとラブラブなの~、うちみたいにケンカばっかりしてないの~。
見習って、少しは甘い話を書こうと思うのですが、なぜか現在の妄想は薪さんが青木さんのバイクの後ろに乗って逃走犯を追いかける光景。 少年漫画の読み過ぎですかね。(笑)
プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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おかげさまで8歳になりました(^^♪
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