ヘアサロン(3)

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 結局、薪が自分の変化に気付いたのは第九へ帰ってからだった。
「どうしたんですか、その頭」
 帰るなり岡部に言われて、そういえば田城にも訊かれた、と思い出し、トイレに直行して鏡を覗き込んだ。

「えっ、なんで?!」
 普段はストレートに流れる亜麻色の髪が、ふんわりと空気を含んでやわらかく膨らんでいる。カールした前髪は眉を隠し、内側に巻かれた両側の毛先は幼い頬を強調して、限りなく中性的、というより9割方女の子だ。
「ちなみに、後ろはこんな感じです」
 背中に立った岡部が手鏡の角度を合わせ、薪の後頭部を壁の鏡に映しだす。バックはフェミニンな感じの二段カットになっていて、一段目が内巻き、裾は躍動感を出すためにコテで跳ねさせてあった。もう絶対に女の子にしか見えない。

「仕上がりを確認しなかったんですか?」
「それが、眠って起きたら会議の10分前になってて。確認する暇が無かったんだ」
 眼が覚めた時に見たのは、理髪店の天井と腕時計。時計の針を見たら、焦燥で周りの物が見えなくなった。これでは店主がバイトの娘を叱るのも無理はない。頼んだ髪型とまるで違うのだから、やり直しを申し出るわけだ。
「そうか、それで部長たちにガン見されたのか。チャラついた髪型しやがって、とか思われてたんだ、きっと。それじゃなくてもこないだ代議士の息子捕まえたせいで、白い眼で見られてるのに」
 頭を抱える薪に、岡部は三白眼を鈍く光らせて、
「いや、多分、部長たちが薪さんを見ていたのは別の意味だと」
「? どういう意味だ?」
「…………知らない方が幸せだと思います」

 疑問を提示しておいて解答を示さないのは結構最低の行為だが、今の最優先課題は部下に人の道を説くことではない。この頭を何とかしなくては。
 再度理髪店に行こうかとも考えたが、今日はもう時間がない。それでなくとも会議で仕事が押されているのだ。下手をすると、午前中岡部に取り上げられた報告書が期限に間に合わない。
 自分で何とかしようと、薪は必死に髪を撫でつけてボリュームダウンを図った。が、銀座の美容師が腕を振るったガーリーヘアは見事なセット力で、毛先の跳ね一つ直すことができない。

「そのままでもいいんじゃないですか? 似合ってますよ」
「これ以上、部長たちに睨まれたくない。捜査に関しては絶対に譲らないけど、それ以外のことでケンカ吹っかける気はないんだ。明日、マスターにやり直してもらって……あ、土曜日か」
 土日祭日は、庁舎内の店舗は休みだ。すると月曜日までこの髪形と言うことに、いや、月曜の朝は警察庁の定例会議がある。またそこで顰蹙を買うのはごめんだ。

「どうしよう。困ったな」
「街に出れば床屋なんかいくらでもありますよ」
「いやなんだ。街の床屋って、こっちが言うとおりに髪を切ってくれないだろ?」
「確かに、行き慣れない店だとイメージの相違ってのはありますね。そういう場合は写真を持っていくといいですよ」
「やってみたけど無駄だった」
 薪がそう言うと、岡部は鏡の中で不思議そうな顔をした。仕方なく薪は、自分がいくつかの美容室から受けた不愉快な対応について話してやった。

「左分けの短髪にしてください、って頼むと、今はこういう髪型が流行りだとか、前髪は下ろした方が似合うとか、段を入れた方がいいとか、それも周りをぐるっと囲まれて一斉に喚かれるんだ。うるさくて」
 鏡に映った部下の顔が、憐れみを含んだ困惑顔になる。やはり岡部は自分にとって最高の理解者だと、浮かれる気持ちが薪を饒舌にする。
「こんなに綺麗な髪を伸ばさないのは罪悪だとか言われて、毛先しか切ってもらえなかった店もあった。それから一番困ったのは、僕に似合う髪形はどっちかで、美容師同士がモード系とガーリー系とに分かれてケンカになっちゃって。どちらか選んでくださいって迫られても、意味わかんないし。
 とにかく、誰一人として僕の要望を聞いてくれないんだ。だから街の床屋へは行きたくない」

「薪さんて、本当に不憫ですよね……せっかくの容姿が、ただの一つも有益に働いてないんですね……」
「ん?」
 なにか言ったか、と振り返ると、岡部は苦笑して、
「よかったら、俺の馴染みの店を紹介しましょうか」と提案した。

「俺の名前を出して、同じ髪型で、と言えば短髪にしてくれるでしょう。どちらにせよ、毛先にコテ当てられちゃってるから、真っ直ぐにしようとするとかなり短く切ることになるでしょうし」
「本当か? それは助かる」
 警察官らしく、きちんとした髪型なら何でもいいのだ。以前、火事に遭って焦げた髪を短く切ったことがあったが、今日みたいな目で見られた記憶はない。短いのは許されると言うことだ。

「よし。そうと決まれば明日に仕事を持ち越さないよう、さっきの案件をさっさと片付けちまおう」
 モニタールームに戻ると、何となく部下たちがざわめいている感じはあったが、直接それを口に出すものは一人もいなかった。第九の人間はみな、薪の逆鱗を理解している。自分が働いている研究室を氷河期にしたい職員はいないし、金曜日の午後に室長の機嫌を損ねて強制残業の憂き目に遭いたい酔狂者もいない。
 
 室長室に入ると、岡部は簡単な地図を描いてくれた。
「住所は此処、店の名前はこちらです」
 見ると、岡部のマンションからそう遠くない場所で、隣のコンビニへは行ったこともある。迷うことはなさそうだった。
「もしもし、岡部ですけど。いつもどうも。明日、予約をお願いしたいんですが、先生は? 出かけてらっしゃる? じゃあ伝えていただきたいんですけど、明日の予約は俺の友人で、俺と同じ髪型にして欲しいんです。そうです、職業に合った髪型に」
 仕事の早い岡部は、その場で電話もしてくれた。これで今日のような失敗は無い。明日は眠っていても安心だ。

「これでよし、と。いや、今日は青木が研修でよかったですね。でなきゃ今ごろ、大騒ぎになってましたよ」
「え? 青木に何かあったのか?」
「あ、いや。何でもないです」
 岡部の言う青木の大騒ぎには全く心当たりがなかったが、気がかりだった床屋の件が消えたおかげで、薪は仕事に集中することができた。今日が期限の報告書も検証を終え、その後は何事も無く業務を終了し。失敗した髪型を気にしながらも、薪は帰途に着いたのだった。




テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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Aさまへ

Aさま、こんにちは。


> 私はやっぱり、サラサラストレートの薪さんが好きだ(´▽`)

わたしもです~。
ウェーブよりハネ髪よりも、薪さんにはサラサラストレート! ですよねっ。


> ぎゃーっ岡部さんと同じ髪型!!またしても五部刈りの危機(>д<)

あはははは!! 言われてみりゃそうですね★
大丈夫ですよ~。 わたしが薪さんにそんなヒドイことするわけないじゃないですか~。

「その方がマシだった」という目には遭ってもらいますけど。 うけけっ!!

Rさまへ

Rさま、こんにちは。


> 岡部さんが電話してくれましたが、薪さんは今度はパーマをあてられてもっと収拾がつかないことになるのではないかと心配です。

すすすすす鋭い! て言うか、学習されましたね、Rさん。(笑)
ええ、収拾がつかないとは正にこのこと。 お楽しみにっ!


> 岡部さんと同じ髪型に薪さんを脳内変換しようとしても私にはどうしてもできませんでした。

わたしにもできません。(^^;) 薪さんは、やっぱりいつものサラサラショートが一番ですよね!
「岡部さんと同じ髪型」というのはちょっとした引っ掛けでして。 (4)のネタになってます。



> コミックス10巻まで読み返してみました。やはり

ああ~、わかります、わかります。 わたしも何回も同じことを思いましたよ!!
なんで気付かないんでしょうね、こいつ。 頭悪い、てか、おかしいんじゃないの? あんだけあからさまに雪子さんに言われて、気が付かないってどういうことよ?

彼がそこまで頭悪いとは思いたくないので、ここは、「実は気付いているが敢えて言葉にはしていない」という方向で読むことにしました。 
最終回、「(僕の気持ちに)いつ気が付いた?」と薪さんに訊かれて、彼はしゃあしゃあと、
「ずっと前から知ってました」て答えると…… いいのになあ……。

Aさまへ

Aさま、こんにちは~~!


> ええっ、薪さん、次は岡部みたいな髪型にするのですか?
> ベリーショートで余計に可愛い顔が強調されて、さらに庁内の変態のオヤジ達(もちろん愛でる会の会員)からの熱視線を浴びそう。

薪さんが岡部さんの髪型になるのは想像できなかったんですけど、エレナの髪型になった薪さんならイケますねっ。
薪さんファンの視線はますます熱く、
てか、うちの庁舎、変態オヤジに埋め尽くされてる気がします。 いっそ燃やしたい。 その方が日本のためかと★ ←危険思想。


「薪さんの女装を愛でる会」は、まだこの時期はできてないんじゃないかな? ←設定がいい加減過ぎ。
それらしき会が存在しているというエピソードは、『2066.4 緋色の月』が初出だったと思います。 この話では薪さんはまだ警視正なので、「こっそり薪さんを愛でる会」がむしろ正しいかも。
そんなところまでお気遣いくださる、Aさまのやさしさにきゅんきゅんしますv-10


> 薪さんは、やはりお美しさや可愛さが際立っているせいか、私だけではなく、誰もが「愛でる」という発想になっちゃいますねww。

愛でられるために生まれてきたような人ですよねっ。
あんなに可愛くて健気な生き物を、傷つけられる人の神経が知れません。 貝沼とか警視総監とか、どうして彼を泣かせたり悩ませたり、そんなことが、…………あれ? ←自分に返ってきた。

泣いても苦悩しても、可愛いんですよねっ、総監!! 
ということで、警視総監は本当は薪さんが可愛くて仕方ないんだと思います。

Cさまへ

Cさま、こんにちは~。

文化庁のイベント、教えてくださってありがとうございます。
2月24日に「秘密」の読書会ですか? 
わー、何するんでしょうね?
知りたくて検索掛けたんですけど、ヒットしませんでした。(TT) Cさまは、どちらで情報を得られたのかしら? わたしも詳しく知りたいです。

24日は平日だから、何をするか分かっても指を咥えているしかないんですけど……(--;

秘密 読書会?

えーとですね、
文化庁メデイア芸術祭のHPの、
『第15回文化庁メデイア芸術祭  特設サイト』から、左上の「イベントスケジュール」
をクリックすると、スケジュール一覧がみれて、そこの24日に
「秘密 読書会」とあるんですが、、、解りにくいですよね、このHP,,,

追伸

ああ、最後に
「イベントスケジュール一覧へ」という下の方のもクリックしないと一覧に行きません。
いくつか会場があって、ミッドタウンでの24日のイベントのようです。

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しーらかんすさまへ

教えてくださってありがとうございます!!
おかげさまで、見ることができました♪

でも、やっぱり何をするかはさっぱりわかりませんね。
以前も同様のことが行われたことがあったかも、と過去ログを探ってみたのですけど、やっぱりヒットしません。(T∇T)

何やるんだろう、気になる~~。
「この漫画の見所は」とか、コメンテーターの人が語るのでしょうか? 薪さんの秘められた恋とかにスポット当たっちゃうんでしょうか?! ←それはないだろう。

平日で行きようがないので、文化庁のサイトにレポートが出るのを待ちます。
ありがとうございました。(^^

Rさまへ

Rさま、こんにちは~。


> 以前、べるぜバブのオープニング曲について

そうなんですよおおおっ!!!
このOPに変わってから、わたしもずーっとそう思ってて、
こちらのコメントをいただいた時には、我が意を得たりっ! て感じでした(≧▽≦)
(で、レス書くまで待ってられなくて、冒頭に書いてしまったと)


> 君がいなくなっても忘れない的な内容でぐっときてしまいました

わたしの胸にもぐっときましたっ!
「今ここで君が消えて」「何もかも終わりゆく運命でも」 ですからね~。 それでも「変わらない」ときて、
しかも2番に至っては、
「僕が消えて」も「願いは君の心で輝き続けること」 ときましたよ!
君と僕に当てはめるのは薪さんでも鈴木さんでも青木さんでもいいと思うのですが、事によっては滝沢さんもそう思ってるかもしれませんし(えええ~~)
とにかく、
秘密の世界観にピッタリじゃないですか!!


Rさまにいただいたコメントを見て、思わずPCの前で拍手しちゃいました☆
秘密と何の関係もない曲を聞いて、自分と同じように薪さんたちを感じてくれる人がいるって、本当に嬉しいことですねっ♪♪♪

プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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