シングルズ(3)

シングルズ(3)





 山本の姿が見えなくなってからも上手く怒りを収められずにいた岡部は、それでもズボンのポケットに入った携帯の着信に気付いた。
 身体の力を抜き、携帯のフラップを開ける。着信メールを確認した途端、現金なことに彼の顔は、先刻の怒りが嘘のように穏やかなものへと変化する。
「すみません、室長。俺も帰っていいですか? お袋と約束があって」
 
 岡部は母親との二人暮らし。親孝行の彼は、母親をとても大事にしている。
 この年になって母親と二人で食事に行ったり、買い物に付き合ったりするのはマザコン扱いされかねないが、彼の場合はその外見と質実剛健たる実績が見事にそれを許さない。硬派の彼が女性にデレデレする姿すら想像できないのに、ましてや相手が母親ともなれば、それは尊敬の対象にしかならない。

「岡部さんのお母さんは幸せですね。こんな親孝行な息子、何処にもいないですよ」
「俺も少し、見習わなきゃなあ。たまには田舎の母ちゃんに、クリスマスプレゼントくらい贈ってやるか」
 感心した口調で小池と曽我が岡部の美徳を讃えると、岡部は複雑そうな顔になって、しかし取り立てて反論はせずに帰り支度を始めた。そんな岡部を、薪が妙にニヤついた顔をして見ているのを不思議に思った青木が首を傾げたが、やはり何も言わずに口を結んだ。

「すいません、室長。俺も帰ります。今、ネトゲ仲間からイベントの誘いが来て」
 素早く返信メールを打ちながら、宇野が朗らかに言った。彼の私物のノートパソコンには、イベントの内容だろうか、ゲームキャラクターの格好をしてケーキを食べている人々の姿が映っている。ちょっと普通の人間には入れない雰囲気だ。

 母親に、ネトゲ友だち。
 どちらも歯軋りするほど羨ましい相手ではないが、自分たちより幸せなことに変わりはなかった。が、先刻のように表立った妨害工作はできない。岡部には逆らいたくないし、宇野に到ってはゲームオタクのイベント。そんなものまで羨んだら、自分がミジメすぎる。
 ただ、やはり取り残される寂寥感はわだかまって、二人の姿が執務室から消えた後、小池は誰にともなく叫んだ。
「ちくしょーっ!! 今日は徹夜で書類整理だっ!!」
「分かる、おまえの気持ちすごくよく分かるよ、小池!男は仕事に生きてナンボだよな。俺も付き合うからな」
 仕事の上でもこの二人は実にいいコンビだが、漫才をやらせたら研究所内で右に出るものはいないに違いない。

「さて、僕も帰るぞ。後はよろしくな」
 黒いカシミヤのコートを着た薪は、机に置いた鞄を小脇に抱えた。小池と曽我は、声を揃えて頭を下げる。
「お疲れさまでした!」
 さすがに、室長を引き留める気はない。それに、どうせこの人は家に帰っても独りだし。
 と、思っているのはこの部屋の中では2名だけ。
 恋人たちが愛を語り合う聖なる夜、薪も当然、秘密の恋人と約束している。ちらりと彼に眼を走らせれば、すぐに返ってくるアイコンタクト。

 ――――― 家で待ってるから。
 ――――― はい。
 ――――― ……なるべく、早く来い。
 ――――― はい!

 彼の黒い瞳が四角いレンズの向こう側で熱っぽく輝くのを視認して、薪は出口に向かって歩き出した。
 彼とのことは、誰にも明かせないトップシークレット。自分たちを取り巻く環境の厳しさを思うと疼くような切なさが込み上げるが、それは今宵に限ってはとても甘く。やはりクリスマスイブには、恋するものだけが掛かるある種の魔法があるらしい。

「青木、夜食買って来い」
「あ、はい」
 篭城を決め込んだ二人が、後輩の青木に買出しを命じる。こんな寒い日に可哀相だと思うが、これも後輩の務めだ。だから薪は何も言わない。
 代わりに薪は、自宅の冷蔵庫の中にいっぱいに詰まっている下拵え済みの材料にどの順番に火を入れるべきか、頭の中でタイムスケールを組み立てる。青木が買い物に要する時間を勘案して、待たせず焦らさずアツアツの料理を食べさせてやりたい。

「夜食だけ用意したら、今日は帰らせてもらえますか?」
「……おまえまで俺たちを裏切るのか!!」
 後ろから聞こえてきた小池の激しい声に、薪は足を止めた。
 給湯室の戸締りを確認する振りをして、薪は出口から遠ざかる。地獄耳と陰口を叩かれることすらある高性能の聴覚をフルに発揮して、彼らの会話に聞き耳を立てた。

「ヒマなんだろ?おまえも付き合えよ」
「えっ……いや、あの、それはちょっと……」
 まずい。青木は頼まれるとイヤと言えない性格だ。同情心も強いし、こいつらに押されて今夜のデートはおじゃんという可能性も出てきたぞ。
 他の日ならともかく、今日は僕の誕生日だぞ? 気合入れろよ、青木。

「彼女か!? 彼女できたのか!?」
「い、いや、彼女はいませんけど。その、友人と約束があって」
 よし、いいぞ。頑張れ。
「友人? 友人と俺たちと、どっちが大切なんだ?」
「そ、それは、まあ……」
 そこで口ごもるからダメなんだ、おまえは! 切るならスパッと切れ!
「先週の水曜日も友達と約束があるって、メンテ当番代わってやっただろ? 代わりに、土曜と水曜以外ならいつでも当番代わってくれるって言ったじゃないか。今日は火曜日だぞ? 当番だと思えばいい」
「うっ……」
 そんな屁理屈にやり込められてどうするんだ! それでも幹部候補生か、おまえは!
「安心しろ。おまえが寂しくないよう、俺たちが朝まで付き合ってやるから」
「……ありがとうございます……」
 ダメだ、こいつは。

 今度こそ呆れ果てて、薪はモニタールームを後にした。
 外に出ると、突き刺すような冷気が襲ってくる。この寒さでは、いつものトレンチでは荷が重い。カシミヤのコートにして良かった。
 まだ時刻は5時を回ったばかりなのに、辺りはすっかりモノトーンの世界だった。1年に1度の特別な夜、ここが霞ヶ関でなかったら、通りは華やかなイルミネーションに彩られていただろうに。

 無機質な風景に寂しさを感じることも無く、薪はポケットに両手を入れて、駅までの道のりを辿る。家路を急ぐ人の群れに混じり、寒さに肩を竦めながら、彼は先刻の部下たちのやり取りを思い出している。
 まったく、ふざけた連中だ。揃いも揃って、バカばっかりだ。面倒見切れん。
 中でもダントツは、やっぱり青木だ。1ヶ月も前から何度も何度も予定を確認してくるほど、今日の日を楽しみにしていたくせに。

 泣き出しそうだった青木の声を思い出して、薪は心の中で笑いながら駅の自動開札を抜けた。



テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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Mさまへ


きゃー!!! 
せっかくの夜だったのに、なんてことでしょうっっ(><)

Mさまのお腹立ちもありましょうが、先に謝っちゃったほうが勝ちですよ~。 意地より実を取るのが賢い女ってもんです。
早く仲直りできるよう、お祈りしてます・・・・!!


> 青木くん、ちゃんと先輩を振り切って帰るようにっ!

バックレました☆
彼は意外と逃げ足早いと思うんです。 
8巻で、山本さんの態度に怒った岡部さんが暴れた時、青木さん逃げちゃってましたよね。 代わりに小池さんがボロボロになってました。 青木のクセに要領良いな。(笑)

プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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