シングルズ(4)

 メリークリスマス。
 みなさま、素敵なイブを過ごされますように。(^^





シングルズ(4)




 右手でドアを開き、客人を玄関に招き入れてもなお、薪は驚きに跳ねる心臓を落ち着かせることができなかった。
 それは、扉を閉めて外界と遮断された瞬間に薪を抱きすくめた彼の腕の強さのせいかもしれなかったし、摺り寄せられた頬の冷たさのせいかもしれなかった。そして、その冷たさに慣れても一向にドキドキが治まらないのは、首筋に掛かる彼の熱い吐息のせいか。

「お誕生日、おめでとうございます」
『消えもの』なら受け取ってもいい、と以前言った薪の言葉を憶えていたのか、青木は白いカサブランカの花束を差し出した。両腕で抱き取って、その清冽な芳香に眼を細めながらも薪は、彼特有の甘ったるい憎まれ口を叩く。
「子供じゃあるまいし。誕生日が嬉しい年でもない」
 胸中はトランポリンの上を歩くような心地でも、言葉と声音は平静を装える。鉄壁のポーカーフェイスは恋愛における自分の最大の武器だと、薪は本気で思っている。

「あの二人が、よく解放してくれたな?」
「夜食を買いに行くって言って外に出て、ピザ屋にデリバリーを頼んで、そのままバックレちゃいました」
「……おまえ、明日大変な目に遭わされるんじゃないのか」
「いいんです。だって、今日は薪さんの誕生日で」
「別に、今日じゃなくてもよかったのに」
 誕生日だとかクリスマスイブだとか、そんなものに特別を感じる感性は、薪にはない。だが、青木はやたらとこういうことには拘って、誕生日を祝うのは当日でないと意味がないとさえ考えているようだった。
 何年前だったか、夜中の12時の5分前に薪の自宅までプレゼントを持ってきたことがあった。その時の青木は「間に合った!」と息を弾ませて笑っていたが、薪には何が間に合ったのか、意味がよく分からなかった。電車の発車時刻でもあるまいに、自分は何処にも行ったりしない。明日、職場で渡しても同じだろう、と言うと、青木はがっくりと肩を落として帰っていった。

 気のない口調の薪に対し、青木はにっこりと笑って、
「オレがお祝いしたかったんです。迷惑ですか?」
 ……くっそ、この顔はアレだ、僕が本当はすごく嬉しがってることを見通している顔だ。年下のクセに余裕こきやがって、後でオボエテロ。

 だけど、『今日じゃなくてもいい』というのは薪の本心だ。
 自分の誕生日を憶えていてくれて、お祝いしてくれる誰かがいる、それはもちろん嬉しいことだけれど。
 こいつがいれば、僕はいつだって嬉しい。
 
 そんな想いを決して声には滲ませず、薪はぷいとそっぽを向くと、素っ気無さに輪をかけて吐き捨てた。
「メシはまだ出来てないぞ。食いたけりゃ手伝え」
 はい、と元気な返事が後ろからついてくる。薪が花束を花瓶に活ける間に青木は手を洗い、薪の家に置いてある自分専用のエプロンを着けて、キッチンを覗き込んだ。
「わあ、おいしそう!」という歓声が、リビングにまで聞こえてくる。食い物のことでそんなに喜べるなんて、単純なヤツだ。
 ダイニングテーブルの上に並べてあるのは、オードブル代わりのブルスケッタ。チーズとトマトとバジルでシンプルだけど彩りよく作った。それと定番のミモザサラダ。とろ火に掛けられた鍋の中には、玉ねぎのファルシー。青木の好きなトマトソースでじっくりと煮込み、味を染み込ませてある。
 オーブンの中のチキンは、あと10分で焼きあがる。青木の仕事は皿を用意することくらいだ。

 薪はキッチンへ戻り、冷蔵庫の中から赤ワインを取り出した。赤ワインは16℃くらいで飲むのが正しいそうだが、何となく冷たいほうが美味い気がする。冷やしすぎると渋くなると言うけど、生ぬるい液体が喉を通る、あの感覚の方が許せないと思うのは自分だけだろうか。
 オープナーで瓶の口のラベルを切っていると、青木がワイングラスを持ってきた。
「ここで赤ワイン飲むの、初めてじゃないですか?」
 実は薪も青木も、ワインはあまり好きではない。薪は日本酒党だし、青木はビール党だ。でも、やっぱり今日くらいは。
 特別な相手と、イヴに相応しい飲み物で。この夜を祝いたい。

「居酒屋でビールの方が良かったか?」
「吟醸酒じゃなくて、良かったんですか?」
 お互い同じことを思っているのが分かっていて、だけど言葉はふたりの間をつむじ風のようにくるくる回る。
「あ、そうか。お子さまはアレだ、シャン○リー」
「薪さんこそ。リカーショップの店員に、年齢確認されてたくせに……痛ッ!」
 普通のスリッパでははみ出してしまう大きな足を、小さな踵がバン!と踏む。冷たい瞳でひと睨みすれば、青木は薪のご機嫌を取るように笑って、ワイングラスを彼の手に持たせた。

 かちりとグラスを触れ合わせて、赤い果実酒を口に含んだところで、オーブンから焼き上がりのメロディが流れた。キッチンミトンをつけた青木がオーブンからチキンを取り出し、嬉しそうに頬をほころばせる。周りをパプリカとブロッコリとトマトで飾った大皿が既に用意されていて、青木はその美しい彩りを崩さないよう慎重にチキンを盛り付けた。
 一緒に席に着いて、「いただきます」と手を合わせる。四方山話に花を咲かせながら、いつものように楽しく食事をする。
「すごいですね。丸ごとの鳥なんて」
「腿肉のほうが食べやすいんだけどな。量もちょうどいいし。まあ、おまえなら食べきるだろ」
「ええ~、いくらオレでも無理ですよ。他にも料理があるのに」
「と言いつつ、なんで僕の皿からチキンを奪う?」
「なんか人のって、美味しそうに見えるんですよね」
「そーかそーか、じゃあこの人参スティックも美味そうに見えるんだな? 5本くらいまとめて行っとくか?」

 美味しい料理と弾む会話、応酬される軽口とジョーク。ほらやっぱり、と薪は思う。
 今日が何の日だって、関係ない。青木がいれば、13日の金曜日に仏滅がブッキングしても楽しい。

 ぎゅっと眉をしかめた青木の口に、親鳥よろしく人参スティックを差し込みながら、薪は意地悪そうに微笑んだ。



*****




 隣に寝ている男を起こさないように、薪はそうっとベッドから抜け出した。
 手探りでパジャマの上着をはおり、裸足で冷たい床に立つと、チカチカしている携帯電話の充電器の灯りを目印に本棚まで歩く。
 
 いつ仕事の連絡が入るか分からないから携帯はベッドシェルフに置いておきたいのだが、「あのときだけは、携帯はベッドから2m以上離れた場所に置いてください」と青木が必死になって頼むものだから、仕方なくそうしている。
「電話が何メートル離れていても、着信があれば中断するぞ?」と薪が言うと、「あの状態(身体をつなげた状態)で応答されるのがイヤなんです」と言われた。おまえがさっさと抜けばいいだけの話だろう、と言ったら泣かれた。面倒なやつだ。

 携帯のフラップを開いて、時刻を確認する。午後10時20分。
 まだ眠ってしまうには早い時間だが、飲み慣れない種類のアルコールを摂取したせいか、青木はぐっすりと寝入っている。特別な夜だと張り切っていた割には、セックスもしごくあっさりしたものだったし。
 薪には好都合だ。おかげで予定通り出掛けられる。
 これから夜のデートには赤ワインを用意しよう、と薪は思い、次の朝、目覚めて自分の不甲斐なさを呪う青木の姿を想像して、くすりと笑った。

 忍び足でクローゼットに入って、ワイシャツとネクタイを手に取り、少し迷ってネクタイは元に戻した。いつものダークスーツを着て、カシミヤのコートを手に持ち、薪は部屋を出た。




テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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