言えない理由 sideB(7)

 松の内も明けまして。
 すっかりお正月気分も抜けましたね。 
 門松も解体したし、おもちも全部食べちゃったし、残ったのはぜい肉だけか……。(遠い目)
 どうして毎年、お正月太りしちゃうんだろうっ!(><)
 みなさんは平気ですか?




言えない理由 sideB(7)






「右手を耳の後ろに当てて、ここでターン、と」
 ぶつぶつと呟きながら、言葉のとおりに手を動かしていた薪は、うん、と大きく頷いて椅子から立ち上がった。
「よし、覚えた。行くよ、鈴木」
 カラオケ店の薄暗い廊下で打ち合わせを終えた二人は、クライアントに指定された番号の部屋を探す。細い窓から中の様子を確認し、そこに自分たちを招いた友人の姿を見つけると、ドアを押して中に入った。

「ごめん、中谷。遅くなった」
「遅えぞ、鈴木」
「お詫びに一曲、踊ります。薪くんが」
「ずるいぞ、鈴木。僕だけに押し付ける気か」
 鈴木の後ろから顔を覗かせたスペシャルゲストの姿に、黄色い声が上がる。声の出所は、部屋の中にいた8人の女の子たちだ。
 鈴木はにこやかに彼女たちに手を振ると、目的の曲を選択し、イントロが流れ出すと同時に薪を舞台に引っ張り上げた。マイクを持たせて、踊りだしの合図をする。主役はあくまで薪。鈴木は補佐役だ。
「わん、つー、すりっ、ハイッ!」

 薪はさっと最初のポーズを決めると、顔の前で腕を交差させた。イントロに合わせて、徐々に両腕を開いていく。顔が現れたところで、女の子に向かってウインク。彼女たちを喜ばせて場を盛り上げることが、今日の自分たちの仕事だ。
 ベースの音に合わせて足でリズムを取ると、薪の細い首に掛けられた3つのネックレスがぶつかり合って、ジャラジャラと音を立てた。ワックスで固めてあちこちを捻った髪型と、派手な英文字と髑髏マークのシャツというパンクに近いファッション。ビジュアル系バンドのボーカリストと称するには地味だが、普通の大学生からは充分に逸脱したスタイルだ。それが日本人離れした顔立ちの薪には、冗談みたいによく似合う。

 音楽に合わせて片膝を床に付き、薪はマイクを伏せる。舞台が狭いのでここからの宙返りは不可能と判断し、スローな前方倒立転回に切り替えることにしたらしい。
 床に両手をついて逆立ちした薪の背中に、鈴木はすっと腕を突き出す。その腕を支えにして、薪はゆっくりと向こう側に足を下ろす。その場で前後の180度開脚。薪の身体はびっくりするほど柔らかい。
 ピッタリと床について伸ばされた彼の細い足が、次の瞬間には垂直に閉じ合わされ、再び薪は舞台に立ってポーズを決める。ニコッと女の子たちに笑いかけて、マイクのヘッドにキスをした。

「きゃ――ッ!!」
「うお、すげえ!」
 女の子たちの歓声と、悪友たちのはしゃぎ声。奇声と嬌声と手拍子と、にぎやかな音楽。けたたましい騒音とも取れる音の洪水の中で、彼らは道化になりきって歌い踊る。二人とも騒がしいのは苦手だし、こういう席は不得手だが、これは自分たちが招いたことだ。

 薪を探して冬の街を走り回ってくれた多くの友人たちに、二人は何らかの礼をしたいと考えた。特に薪はこれまで大したつながりもなかった学友たちが必死に自分を探してくれたことを知って、彼らに対する申し訳ない気持ちから、自分にできることなら何でも協力すると申し出た。
 鈴木が全員にランチを奢ると言ったときには、「別にいいよ」と大した反応も示さなかった彼らだが、薪の言葉を聞くや否や、ばっと彼を取り囲み、
「合コンに出てくれ!!」
 眼の色を変えた悪友たちを見て、鈴木は彼らの思惑を悟る。連中の考えそうなことは分かってる、薪を女の子寄せに使うつもりなのだ。
 どうしようもない連中だ。相手は校内一の秀才なのだから、レポートのアドバイスをしてもらうとか、試験のヤマをかけてもらうとか、このチャンスをもっと有効に活かす方法はいくらでもあるだろうに、まったくもって救いがたい。

「ちょっと、薪はそういうのは」
「いいよ」
 鈴木の援護を無視して、あっさりと応じた薪に、周りの友人たちのほうが驚いていた。もちろん鈴木も驚いたが、それを表面には出さなかった。
 多くの友人たちはお人好しで、それで借りはチャラということになったが、ひとりだけ意地の悪い男がいて、そいつが余計なことを言い出した。彼は以前、コンパの時にふざけて薪にキスを迫り、公衆の面前で鈴木に吊るし上げられた藤田という男だった。その時は酒の席のこととして禍根を残さないつもりでいたが、彼の中には幾ばくかのわだかまりが残っていたのかもしれない。

「やめたほうがいいって。こいつ、コンパに出ても人形みたいに座ってるだけじゃん。周りが白けるぜ」
「大丈夫だよ。ちゃんとみんなと楽しくやるから」
 薪にしてみたら、それは友人に対する誠意だった。しかし、彼にはそれを信じてもらえないようだった。
「薪には無理だって。カラオケの順番が回ってきたら、拒否しないで歌える?」
「うん、歌えるよ。何だったら振りもつけようか?」
「言ったな? やってもらうからな」
 売り言葉に買い言葉的なニュアンスが多大に感じられたが、そういうことになってしまった。コンパの日取りは後で連絡するから、と友人たちが去っていった後、鈴木はそっと薪の様子を伺った。

 先刻まで友人たちに愛想を振りまいていた彼は、皆の姿が消えた途端に仏頂面になり、チッと舌打ちした。親友の豹変振りに、鈴木は思わず苦笑する。
「振りつきのカラオケかあ。おまえ、そんな特技あったの?」
「そんなわけ無いじゃん。今から練習するんだよ」
「やっぱりな。ま、せいぜい頑張れよ」
「なに他人事みたいに言ってんだよ。鈴木も一緒に決まってるだろ。これは連帯責任なんだから」
「…………マジ?」
 仕方がないと割り切って、ならばいっそ完璧に仕上げてやろうと言い出したのは薪のほうだった。
「こうなったら徹底的にやるからな。藤田の狙い通りになってたまるか」
 亜麻色の瞳を輝かせ、嫌がらせに対抗しようとする薪を見て、鈴木はうれしくなった。負けん気が強くてプライドが高い、それは鈴木の大好きな薪の姿だった。

 ふたりが踊り終えると、室内は歓声と拍手に満たされた。遅れてきた非礼を詫びながら、薪と鈴木はバラバラに友人の隣に腰を下ろした。舞台には既に次の歌い手がスタンバイしている。カラオケボックスでのコンパのコツは、歌を途切れさせないこと。主催者の中谷はコンパの帝王だ。その辺は抜かりない。
 鈴木は、さっと女子軍に目を走らせた。
 女子は8人。ギャル系が4人、キレイ系が2人、地味系が2人。鈴木はキレイ系のうち一人を選ぶと、さりげなく彼女の真向かいに座った。「ドリンク追加する?」と声を掛け、空のグラスを受け取るふりをして彼女の手を握ることに成功する。
 彼女の分と自分の分、そして親友のオーダーを聞こうと薪を見ると、彼は一瞬で5人の女の子を周りにはべらせていた。
 さすが薪。やつのドリンクはアイスミルクに決定だ。

「薪君、すごい! 歌も踊りもいけるなんて、芸能人になれるわ」
「鈴木君との息もぴったりだったし。プロモーションビデオ作って、芸能プロダクションに売り込んだら?」
「いや、僕、警官になる予定だから」
「ええ~、うそー! アイドルのほうが絶対に向いてるって」
 ニコニコと笑って女の子たちのお喋りに耳を傾けながら、舞台の友人にも時折拍手を入れる。そつなく宴席をこなす薪を見て、鈴木は安堵のため息を洩らした。

 鈴木が話をしていた女の子がマイクを持って舞台に上がったとき、悪友のひとりが隣に座った。薪がこの会合に来ることに異議を唱えていた藤田だった。
「薪ってすげえな。本当に何でもできるんだな」
 ウィスキーの水割りを飲みながら、藤田は苦笑して言った。自分の目論見が外れたからか、それにしては明るい笑顔だと鈴木は思った。
「あいつだって必死で練習したんだよ。藤田が意地悪言うから」
「ちげーよ、意地悪じゃねえよ」
 少し酔っているのか、藤田はダン! とテーブルにグラスを置き、鈴木の顔を見上げた。それからぷいっとそっぽを向いて、聞き取りにくい声でぼそぼそと話した。
「あいつ、こういう席苦手だろ。なのに、皆して言うから……ほら、今も困ってる。早く連れて帰ってやれよ」
 かしましい女の子たちに囲まれて、薪は作り笑顔の裏で閉口していた。それには気付いていたが、敢えて口を出さないことにした。薪が自分から合図を送ってくるまでは、何もしない。鈴木は薪の意志を尊重したかった。

「ねえ、薪君。付き合ってる娘、いないんでしょう? わたしなんかどう?」
「ちょっと、何抜け駆けしてんのよ! てか、図々しい。自分が薪君に吊り合うと思う? 鏡見たことあんの?」
「なによ。アユミだって薪君が来るって聞いたから来たくせに」
「あたしは1年の頃から薪君ひと筋ですが、なにか?」
「よく言うわよ、こないだの彼はどうなったのよ。ていうことで、薪君、わたしと!」
「ずるい! じゃあ、わたしも立候補する!」
 ヒートアップしていく女の戦いに、免疫のない薪が耐えられるわけがない。そろそろギブアップか、と鈴木が彼を注視していると、薪は意外なことを言い出した。
「悪いけど、僕、宮内さんと付き合ってるから」

 薪の一言で、部屋の端っこで鈴木の友人の一人と話をしていた女の子に注目が集まった。「うそー!!」という声が、部屋中に響き渡る。
「なんで麻子!?」
 その疑問はいささか失礼だと思うが。
 
 しかし、無理もなかった。宮内麻子は決して美人ではなかった。十人並みの容姿に、十人並みのスタイル。最近の女の子にしてはちょっと太めで、飾り気のない肩までのストレートボブは彼女の大人しい雰囲気にあってはいたが、地味な女性という印象は拭えなかった。
 彼女は突然の指名に驚き、手に持っていたグラスを取り落としてしまった。テーブルの上に零れたスクリュードライバーを拭き取る作業に、しばしみんなが気を取られた。
 騒ぎが落ち着いた頃、だれもが何となく、カミングアウトした恋人たちを見た。全員の視線の中で、薪は麻子の傍に寄り、
「ごめん、麻子ちゃん。みんなに言っちゃまずかった?」
「ううん、わたしはいいけど……薪くんこそ、みんなに知られちゃっていいの? わたしなんかが、その」

 おどおどと、自分に自信のないもの特有の喋り方で、麻子は俯いた。大分内気な性格であるらしい彼女は、皆の顔がまともに見られないようだった。
 そんな彼女にふわりと笑いかけて薪は、
「僕、麻子ちゃんのそういうとこ、好きだよ。奥ゆかしいっていうか、ほっとけないっていうか」
 他人の目を気にしない恋人の言葉に、麻子は見る見る赤くなり、それを隠そうと更に下を向いてしまった。
「麻子ちゃんは可愛いよ」
 床に座って体勢を低くして、薪は俯いている麻子の顔を下から覗きこんだ。じっと見つめあう二人の姿に、場をわきまえないその振る舞いに、座の空気が一気に白くなる。
 たっぷり2分ほど見つめ合って、薪は顔を上げた。
「あの、僕たち、もう帰っていい? なんか盛り上がっちゃったから」

 ずるっと椅子から落ちる者が数名、腹いせに隣の男の足を踏むものが数名。鈴木は踏まれた方だった。
「帰れ帰れ!!」
「てか、出てけ!」
「恋人いるやつが合コン来るなっ!」

 怒号が飛び交う中、薪は笑いながら麻子の手を引き、部屋を出て行った。窓から見下ろすと、二人が腕を組んで夜の街を歩いていくのが見えた。
 仕切り直しだ、と主催者の中谷が叫び、マイクを持った。ヤケクソ気味に歌いだした彼の実力は中々のもので、場の空気は直ぐに元通りに修復された。
 再びにぎやかなお喋りに包まれる室内で、鈴木は一人、いつまでもブラインドから外を見ていた。煌びやかな夜景が、何故か霞んで見えた。




テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Aさまへ

Aさま、こんにちは。

このコメントをいただいたとき、
あれっ、(9)までアップしたんだっけ? と驚きました。
(9)を公開する前に、(7)の裏側を読み切ってしまう方がいらっしゃるとは思わなかったものですから。


> 麻子さんて、後の話でお亡くなりになって、しかもその葬式の日に青木が暴走して、薪さんがえらい目に合うお話の女性のかたですね。
> 薪さんが立ち直ろうとこんなに精神的に無理をしている時期に本当にお世話になった大切な女性なのに、その葬式の日にキミはなんて事をするんだーと、未来の青木の行動をどうにかして止めてやりたい気分になりました(笑)。

そうなんですよ!
『トライアングル』で、薪さんは彼女のお葬式に行く予定だったのに、青木さんがカンチガイしてあの騒ぎに。(^^;
だからこの話は、『言えない理由 sideA』 と 『トライアングル』 の2つが絡んだお話だったんですね。
しっかり覚えてくださってて、ありがとうございます。 嬉しかったです♪


> それはそうと、このお話は本当に切ないお話ですね。鈴木も薪さんも本心から好き合っているのにうまくいかず、想いは押し隠すしかなくて、互いを大事に思うからこそ、もう二度と恋人には戻れない。
> 麻子さんは薪さんの気持ちが自分に向いてない事に気付いていながら、薪さんに抱かれる。
> 皆が互いを大事に思っているのに、人生って本当にうまくいかないものですね。

その通り!
実は、その説明を(9)に書いたんですけど、Aさまには読む前から分かってしまったのですね。 Aさまがすごいのか、わたしの話が浅いのか? うん、Aさまがすごいんだな! (←自分の非は認めないやつ)
わたしは薪さんは幸せな世界に生きて欲しいので、基本的に彼の周りには善人しか配置していないんです。
でもね。
悲しいことに、好意で満たされた世界でも、人は傷つけ合うんです。 好きだからこそ、愛してるからこそ、というのが余計辛かったりしてね。 誰も悪くないのに、加害者と被害者は存在して、そして全員が傷ついている。 この話は、そういう話です。


> 鈴木にふられて、もとの「親友」という間柄にもどろうと必死に頑張っている薪さんが、凄く切なくて愛しいです。

そう、頑張ってるんですよ。 そりゃもう、必死で頑張ってる。 
それはやっぱり、隣で見ている人が一番よく分かってるんです。 で、好きだからこそ我慢できなくなる。 ←(9)のネタバレ。<おい。

この薪さんは、ちょっとドリーマー入ってて恥ずかしいんですけど、福山雅治さんの 「最愛」 という曲のイメージで書きました。 「容疑者Xの献身」という映画の主題歌になったんですけど、Aさま、ご存知ですか?
「愛さなくていいから 遠くで見守ってて」 とか、 「強がってるんだよ でも、つながってたいんだよ あなたがまだ好きだから」 とか、うちの薪さんのスタンスはこういう感じで。 
うちの薪さんて、鈴木さんが死ぬまでこのスタンスだったんですよね。 捜査一課に入ったのも、結局は鈴木さんに相応しい男になるため、ですからね。 第九の室長を引き受けたのも、鈴木さんの後押しがあったからだし。 ←(10)のネタバレ。<おいおい。

もちろん原作薪さんは、そんなおバカさんではないと分かっています! 自分の信義に依って職業を定めたと思います。
この話はあくまで恋愛に重きを置いた二次創作なので、その設定上、てか、おバカの方が書きやすい・・・・・いえその。



プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

法医第十研究室へようこそ!
おかげさまで8歳になりました(^^♪
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