女神(2)

女神(2)







 第一から第九までの研究室は、すべて同じ敷地内にある。

 建物は4つに分かれており、第一から第四までの生化学研究所と第五から第八までの物理学研究所、MRI捜査を行う第九、それから職員食堂やレクリエーションルーム、売店やコインランドリーなど、さまざまな施設を盛り込んだ管理棟。広大な敷地の中に、それぞれの正門があり建物がある。社会平和の名の下に、巨額の国家予算が投じられた結果の大規模な設備である。

 設立当初、科学警察研究所は千葉県に建てられていたが、警視庁との連携のため、また交通の便の良さなどから、今は警視庁と同じ霞ヶ関に移転している。警視庁と研究所は地下通路で繋がっており、その距離は歩いて5分ほどだ。当時は第四研究室までしかなかったが徐々に専門機関が増えて、2056年に第九が設立され、研究室は9つになった。
 その中でも第九は最先端の技術を用いて、日々進化するIT技術に対応していかなくてはならないため、科学警察研究所の金喰い虫と酷評されることもある。

 予算の交渉も、室長の仕事である。

 第九には職員が多くないため、人件費はさほどかからない。が、MRI装置の維持費、管理費、メンテナンス費用は莫大なもので、他の研究室の倍は掛かっている。その上に新技術のためのシステム更新費用は、なかなか捻出できないのが現実である。
 確かに、新しい技術は仕事の能率を上げる。しかし、とにかく金がかかるのだ。
 国民の税金でこの費用は賄われているのだから、あまり無茶なことは言えない。それは薪も解っている。が、この新しいシステムがあれば、第九の平均残業時間を1時間は減らせる。部下の負担を少しでも軽くしてやりたい室長の親心だ。

 追加予算の交渉のために所長の田城の所に出向いた薪は、しかしそこで、最も苦手とする人物と遭遇してしまった。
 警務部長の三田村である。
 年の頃は五十二、三。脂ぎった感じの太った男で、何かと薪を目の敵にしている。
 これは出直したほうが良い。田城だけなら何とか説得できるかもしれないが、三田村がいたら絶対に不可能だ。逆に予算を削られるかもしれない。
「失礼しました、出直します」
「待ちたまえ。その資料は何かね? まさか、また金のかかる話じゃないだろうね」
 別にあんたに話をしに来たわけじゃない―― そんな気持ちが顔に出てしまったとも思えないが、三田村はやたらと薪に突っかかってくる。
「どうにも君は目つきが悪いな。何か言いたいことがあるなら、言ったらどうかね」
 階級は三田村の方が上なので、薪は何も言い返せる立場ではない。警察は完全な縦社会だ。俯いて、すみませんと頭を下げるしかない。
 しかも、三田村は警務部長だ。一般の会社でいう人事部長に相当する権限を持っている。いくら薪が出世に興味がないと言っても、ここで三田村に逆らったら、その被害は第九の部下たちにも及ぶ。それだけは避けなければならない。

「まあ、三田村さん。目つきの良い捜査官なんていませんよ。特に第九は、朝から晩までモニターを見続けているんですから。目つきが悪くなって当然です。
 薪くん、話があるんだろう? 構わないから言いたまえ」
 所長の田城が助け舟を出してくれる。上層部の中で、上役に媚を売らない薪はあまり評判が良くないが、田城だけは薪の実力を近くで見ているためか、何かと力になってくれる。第九の追加予算の殆どは、田城の尽力によるものだ。
 田城に促されて、薪は用意してきたIT関連の資料を渡す。最近注目され始めた新しいタイプの半導体を使ったもので、アクセスの時間が大幅に短縮できるのが、そのシステムのセールスポイントだった。
 システムの詳しい内容についてはよく解らない田城のために、薪は商品の概要を簡単に説明し、これによってスピーディに解析が進むことを強調した。
 
「しかし、この金額はちょっとキツイな」
「そこを何とか、田城さんのお力でお願いします。
 うちは人手が足りないんです。九つある研究室の中で、一番時間外作業が多いのはうちです。みんな体力的にもぎりぎりなんです。このままいくと過労死する職員が出ますよ。そうなったら田城さんにも、迷惑を掛けてしまうことになるかと」
 田城の机に両手をついて、薪は身を乗り出す。
 普段は無口の部類に入る薪だが、こういうときだけは雄弁で、次から次へともっともらしいセールストークを繰り広げる。警察をクビになってもセールスマンで食いつなげそうだ。

 巧みにアメとムチ、もといお願いと脅しを練り混ぜて、薪は田城を説得する。30分も粘れば大抵は薪の要請(わがまま)が通るのだが、この日は事情が違った。
 三田村警視長の存在である。
「薪くん、無茶をいうもんじゃない。どこから金が出てると思ってるんだ。国民の血税だよ。国民を守るための警察機構が、国民の生活を苦しくするような真似をしてどうする」
 やっぱり口を出してきた。嫌な予感はしたのだ。
 三田村の言うことは確かに正論だ。それは薪も重々承知している。が、正直に言って、薪には自分の部下たちの体のほうが大切だ。

「私は所長と話しているんです。人事に関することではないのですから、口を挟まないで頂けませんか」
 もう少し、というところで掛けられたダメ出しに、薪はつい口を滑らせてしまった。しまった、引っかかった、と思うが後の祭りである。
「なんだ、その口の利き方は。わしは警視長だぞ。自分の立場をわきまえろ、薪警視正! だいたい君は」
 言葉尻を捕らえて、三田村は薪を糾弾し始めた。薪個人のことから第九のことや部下たちのことまで、言いたい放題である。
 こうなったら黙って下を向いて、頭の中で羊の数でも数えるしかない。

 そういえば青木のやつ、ちゃんとメシを食ったかな。どうもあいつはこの頃オーバーヒート気味だ。気をつけてやらないと、などと、三田村の非難とはまったく関係のないことをつらつらと考える。

「君は人手が足りないというが、こっちは優秀な人材ばかりを選んで送り込んでいるんだ。彼らが次々と第九を辞めてしまうのは、室長としての君の責任じゃないのかね」
「まあまあ三田村さん。それくらいで」
 田城の弁護も、三田村の耳には届かないようである。
 薪も悪い。
 しおらしく頭を垂れてはいるものの、まったく三田村の叱責を聞いていない。そういうことは相手に伝わるものだ。
「なんとか言いたまえ!」
 本当に『なんとか』と言ってそれきり口をつぐんだら面白いだろうな、と漫画のようなことを考える。やってみたいが、さすがにまずいだろう。

 当たり障りなく、すみません、とだけ言っておく。役立たずばかり送り込んでくるくせにと思うが、言葉にはできない。
 やる気がある人間なら、別にキャリアじゃなくてもいいのだ。MRI機器の操作は確かに複雑だが、そんなものはやってるうちに慣れていく。
 勉強ばかりしてきて、ひとの心の機微や世間の常識に疎く、更には昔からエリート扱いされてきたせいで、ほんの少しの挫折や他人からの叱責に驚くほど弱く、すぐに心が折れてしまうような人間に、第九の仕事が勤まるわけがない。
 その点、青木は合格だ。
 落ち込んでいたのは最初のうちだけで、今は毎日のように薪に怒鳴られているのに、平気な顔で元気に仕事をしている。打たれづよい性格なのだろう。最近の若い者にしては見所がある。

「君のところに人を送るのも大変なんだよ、薪室長。何故か分かるかね?」
 唐突に猫なで声になった三田村を訝しんで、薪は顔を上げる。薪の両肩に肉付きの良い毛深い手が置かれ、腫れぼったい目が薪の目を捉えた。
「人殺しの下で働きたくない、と言う者も、たくさんいるからだ」
 斬りつけられた言葉に、薪の両肩がびくりと上がる。
「三田村さん!」
 さすがに田城が声を荒げた。それを薪は遠くで聞いていた。

 自分の動揺をこの男に知られるのは屈辱だ。が、体の震えを止めることができない。とっさのことで、身構える余裕がなかった。
 青ざめている自分を悟って、薪は負けを認めた。
 「……申し訳、ありませんでした。失礼します」
 田城の机から持参した資料をひったくるようにして、薪は所長室を辞した。三田村の嘲笑に追い立てられるように、誰もいない廊下をひた走る。

 階段を駆け下りて、建物の外に出た。今は誰にも会いたくない。こんな気持ちのまま、第九に戻れない。
 科学警察研究所の敷地には、緑がたくさんある。多くの樹木が植えられていて地面は芝生になっており、ちょっとした公園のようだ。
「ちっくしょ……」
 一本の樹に辿り着いて、薪は呼吸を整えた。
 いつの間にか涙が出ているのに気付いて、慌てて拭う。木に背中を預けて空をあおぐ。霞ヶ関の空は今日もきれいな夕陽に彩られていて、今の薪の乱れた心中にてんでそぐわない。

 この樹は、薪にとって少し特別だ。
 むかし、親友とこの樹の下に座って、よく昼食を摂った。
 第九の建物が見える場所で、日当たりもいい。満腹になると、彼はいつも芝生に寝転んで、薪と色々な話をした。たまにそのまま眠ってしまうこともあった。彼の寝顔を見るのは薪の密かな喜びであり、休み時間が終わりに近づいた頃に彼を起こすのは、薪の楽しみのひとつだった。

「鈴木……」
 あの頃のように芝の上に座り込んで、薪は親友の名を呼んだ。
 夕刻の風が、薪の短い髪をなぶる。亜麻色の髪がさんざめき、前髪が赤くなった目を隠してくれる。
「おまえに会いたくなっちゃったよ。はやく、迎えに来いよ……」

 やがて、夜の帳が辺りを包むまで。
 薪はその場にうずくまっていた。



*****


 三田村部長はオリキャラです。
 これからもうちの話にはバンバンオリキャラが出てきますが、寛大なお心でスルーしてくださいますよう、お願い致します。

テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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Kさまへ

鍵コメいただきました、Kさまへ

ええ?読み直してくださったんですか~~!?
大変だったでしょう、こんなつまんない説明のところなんか。
いいんですよ、こういうのはナナメ読みで充分です。あれれ、と思ったら遠慮しないで聞いてください。
っていうか、わたし自身、何処に書いたっけ?と思ってました。(バカなんです、本当に、バカなんです、わたし・・・・物忘れも激しいです・・・・・)

Kさまの仰るとおり、第九の場所は国会前の庭園です。といっても、見てきたわけじゃないので・・・・地図をみると、そのへんに緑の部分があったので、未来の話だし、ここでいいや、と・・・・・警視庁との連携とか合同捜査とか、してみたかったので・・・・・。

すいません、すいません。
設定を変えまくってて、わかりづらくって、申し訳ありません。
なので、どんどん質問してください。

> しづさんの構成力の確かさには感服いたします。

そしてまた、Kさまが勘違いを(笑)
あの、本当に、思いつきで書いてるだけで、現地に行って調べたり、警察のひとに話を聞いたりしたわけではありませんので、いっぱい矛盾してるんです。きっと、辻褄の合わないところもたくさんあると思います。
これは警察小説ではないので、R系のギャグ小説なので、どうか軽いお気持ちで、流し読みしてください(^^;

> 拍手と時々コメントしかできませんが、いつも感謝しています!!
> ありがとうございます、これからもがんばって下さい。

こちらこそ、すごくすごく、感謝してます。
拍手とコメントは、ユンケルより効きます!
これからも、どうかよろしくお願い致します。
プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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