破滅のロンド(3)

 こんにちは~。
 毎度のお運び、ありがとうございます。

 おかげさまで、書類上がりました♪
 今日から再開させていただきます。


 公開作、過去作共に、たくさんの拍手をありがとうございます。(〃∇〃) 
 このお話、サンショウウオさんにしか読んでもらえないと思ってたんですけど(笑) 意外や意外、二桁の「よし行け」コールをいただけて、嬉しい限りです。(あ、ふざけるなコールだった?)
 全部で28章あるので、お気を楽にして、のんびりお付き合いください。






破滅のロンド(3)







「久しぶりだな、薪」

 男は田城の後方から、真っ直ぐに薪を見ていた。岡部のことなど気にも留めていない。自分をここに連れてきた田城の存在さえ無視して、まるでこの部屋には薪と自分の二人しかいないかのように、気安く薪に話しかけた。
「6年ぶりだ。懐かしいな」
 懐かしい、と男は微笑んだが、それはひどく冷たい笑みだった。細めた眼は恐ろしいくらいに笑っていない。年は、おそらく自分とそう変わるまい。対等な口を利いているところから、薪のキャリア仲間かと想像した。しかし。

「…………滝沢」
 押し殺したような薪の声には、怯えと怒りが混じっていた。両手を身体の脇に下し、ぎゅっと拳を握り、薪は睨みつけるように男を見た。男の、塗りつぶされた闇のような、底の知れない黒い瞳と、透明度の高い亜麻色の瞳がぶつかり合う。
 滝沢と呼ばれた男の背中から、禍々しいものが立ち上る気配がした。岡部が捜査一課で凶悪犯を追い詰めていた頃、何度も感じたあの気配。警察庁勤めのキャリアが、何をしたらここまでの殺気を持ちうるのか。この男、只者ではない。
 睨み合ったまま、二人は一言も喋らない。部屋を満たした極度の緊張に刺激され、岡部の後ろ首がチリチリと疼いた。

「ちょうど良かった、岡部くんも一緒だったんだね。滝沢くん、紹介しておくよ。副室長の岡部警視だ」
 場を取り持つ才覚に優れた田城の声で、部屋の緊張は一気に緩んだ。我知らず、ほっと息を吐いて、岡部は滝沢に視線を向ける。
「岡部くん、こちら滝沢幹生警視。明日から第九研究室の新しい一員になる」
 えっ、と声を上げたのは岡部だけではなかった。頭を巡らすと、薪が驚いた顔をしている。室長の薪が新しい人事を知らされていなかったなど、普通では考えられない。

「薪くんは昔なじみだから、紹介の必要はないよね」
 ええ、と頷いた滝沢は人を見下す目つきで岡部を見た後、形だけは丁寧に頭を下げた。
「明日からよろしくご指導ください。岡部副室長」
「こちらこそよろしく」と岡部が応えを返すのを見届けて、田城は部屋を出て行った。滝沢はモニタールームを見学するという名目で残り、しかしそれは明らかな方便だった。疑うまでもない、彼の目的はこちらだ。
 田城がいなくなると、滝沢はスタスタと薪の傍に歩み寄り、包み込むように薪の肩に手を置いた。

「またおまえの下で働けることになって、本当にうれしい。どうだ、これから旧交を温め合おうじゃないか」
 薄笑いを浮かべながら、薪の腕や背中を軽く叩く。瞬間的に、岡部は怒りを感じた。青木のように特別な感情を抱いているわけではないが、薪の身体に気安く触られるのは不愉快だ。自分は室長のボディガードだという自負があるからだ。
 それに、滝沢の態度は副室長としても許せない。室長の薪に対して砕け過ぎではないか。現在、薪の周りにこんなフランクな態度で彼に接する者はいない。小野田でさえ、必要以外には薪の身体には触れない。薪の身体に触りたがる者と言えば警務部長の間宮がいるが、あれは例外だ。薪も遠慮なく蹴り飛ばしているし。
 普通なら払いのけるはずの過剰なスキンシップを、何故か薪は耐えているようだった。飲みに行こうと誘われて、即座に断らないのも不思議だった。薪にはこれから、大事な約束があるのに。

「病院からは、いつ?」
「1週間程前だ。何度も見舞いに来てくれたのに、まともな応対ができなくて悪かった」
「最後に行ったのは1ヶ月前だ。ずい分急激に回復したな。喜ばしいことだ」
「ああ、おれも驚いている。おまえが陰に日向に、おれの回復を祈ってくれたおかげだ。感謝している。ありがとう」
 自分の細い手を握って礼を言う滝沢の大きな手を、薪はじっと見つめて、
「よく日に焼けているな。病院では、日光浴が日課だったのか?」
「生っちろいと、いかにも病み上がりみたいで周りが気を使うだろう。日焼けサロンに行ってきたんだ。少し、焼き過ぎたかな」
 ちっ、と舌打ちして、薪が引いた。表面的には和やかな会話だが、聞いているほうはヒヤヒヤする。見えない火花が散っているみたいだ。昔なじみと言っても、どうやらあまり友好的な関係ではなかったらしい。

 薪はじっと新しい部下の顔を見て、彼から視線を逸らさずに携帯電話を取りだした。待っていた電話が掛かってきたらしい。いいタイミングだ、これでスムーズに断れるはずだ。
 ところが。
「今日は行けなくなった。急な用事ができて」
 素っ気無い言葉で、薪は電話を切ってしまった。日曜日の朝に朝寝もできないくらい重大な用事だったのに、自分にできることは何でもすると決意していたのに、この豹変ぶりはどうしたことか。

「あちらの方が先約じゃないですか。せっかく大阪からいらしたのに」
 思わず岡部が口を挟むと、余計なことを言うなと言わんばかりの目つきで睨まれた。常なら引き下がるが、この選択は薪を窮地に追い込むと分かっていた。
「彼は明日からここに勤務するんでしょう? いつでも飲めるじゃないですか」
「うるさいな。行きたきゃおまえが行け。元々乗り気じゃなかったんだ」
「薪さん」
 あまりと言えばあまりな物言いに、岡部の声が棘を含む。それに気付かない薪ではない筈だが、彼の態度は変わらぬまま。ふい、と岡部から眼を逸らし、自分の肩を抱いたままの男を見上げる。

「滝沢、行こう」
「ああ」
 優越を含んだ目つきで新人に見られて、岡部の三白眼に力が入る。が、相手はどこ吹く風だ。ヤクザでさえ竦み上がる岡部の睨みにたじろぎもしないとは、豪胆と言うかふてぶてしいと言うか。相当の修羅場をくぐってきたと見える。

「店は任せる。なんせ、6年も病院に入っていたからな。この辺もすっかり変わっちまった。ここに来るときも、迷いそうになったんだ」
「方向音痴は相変わらずか」
 クスッと薪は笑って、でも眼が笑ってない。それに応えて笑みを浮かべる滝沢の瞳も、永久凍土の氷壁並みの冷たさだ。
「おまえも変わってない。ティーンエイジャーのままだ」
 滝沢は手のひらを薪の額に当て、前髪を弄ぶように撫で上げた。薪の人形のような額が顕になり、しかしそこには普段は見られない嫌悪が微かな皺となって浮かぶ。
「まるで人ではないようだな?」
 薪はそれには答えず、するりと滝沢の手を抜けて、自分の机に戻った。鞄を持ち、帰宅の準備をする。

「岡部。それ、片付けといてくれ」
 床に散らばった書類を指差し、薪は平然と命じた。まるで薪と初めて会った時、床の掃除を命じられたあの時のように、それは他人を寄せ付けない態度だった。岡部は理解しがたい思いで薪を見たが、彼の横顔は完全な無表情になっていた。もう何年も見たことがなかったのに、どうやら滝沢という男の存在は、岡部には踏み入らせたくない領域であるらしい。

 二人が肩を並べて研究室を出て行った後、岡部は薪が散らかした書類を片付けながら、明日から自分の部下になる男の顔を思い出していた。
 態度はやや尊大だが、穏やかだった。言葉も丁寧で、粗雑な感じは受けなかった。でも、嫌な眼をしていた。何を考えているのか分からない、底の知れない眼だ。
 決して彼のことを好いてはいない風なのに、どうして薪は彼との交誼を優先したのだろう。気を使わなければいけない相手なのか? 自分の部下になる男なのに?

「……そうか」
 思い当たって過去の人事データを調べてみると、やっぱりそうだ。滝沢幹生警視。貝沼事件の折、精神を患って入院した職員だ。
 薪が特別扱いするわけだ。彼が入院したのは自分の責任だとでも思っているのだろう。彼にできるだけのことはしてやらなければ、と考えているに違いない。何でも自分のせいにする薪の自責癖は矯正すべき悪癖で、岡部もしょっちゅう注意するのだが、これがなかなか治らない。自分のお節介と一緒だ。

「やっかいな新人が来たもんだな」
 と、その時の岡部は、他の職員たちと彼の調整に頭を悩ませたが、すべてが終わってから振り返るに、何と呑気なことを考えていたのだろうと、恥じ入るような気持ちになった。
 迷わず、引き留めるべきだったのだ。殴り倒してでも、薪と一緒に行かせてはならなかったのだ。
 自分は彼に、不吉なものを感じ取っていたはずだ。危険な男だと思ったのだから、抑えることはなかったのだ。
 その後彼が巻き起こす、警察庁全体を揺るがす未曾有の事件の予想を、しかし岡部は予想だにせず。薪に命じられたとおり会議録をファイルに閉じて、研究室を後にしたのだった。



テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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Sさまへ

Sさん、こんにちは。

わたしの住んでる地域でも、桜が満開になりましたよ。
Sさんも早く、桜を楽しむことができるようになるといいですね。 
時間的にも心情的にも、今は大変だと思います。 どうか、あまり根を詰め過ぎないでくださいね。


> 原作で突然現れたたっきー(滝沢さんの場合平仮名のイメージ)と同じく、なんて突然なんでしょう(><;)
> たっきーは怖いけど、怖い話は辛いけど、でも薪さんは負けないから大丈夫ですよね?

大丈夫です、今回は薪さんのリベンジ話ですから♪
前回(「破壊のワルツ」)では、薪さん負けっぱなしだったでしょう? 全部滝沢さんの思い通りに運んじゃって、めそめそ泣いて終わっちゃった。
薪さんも、色んな面であの頃より強くなっているので。 今度はやられっぱなしじゃないですー。(^^



しばらくはネットを見る余裕もないと思われますが、
ずっと今のままではないと、外野から甚だ失礼ですが、申し上げます。 
ブログを拝読しまして、Sさんは、ちゃんと決断して前に進まれてる、と思うので。 Sさんが歩みを止めない限り、状況が完全に止まってしまうことはないと思います。 眼には見えない微細な変化かもしれませんが、Sさんが目指す方向に進んでいくと、そう思います。

わたしはずっと此処におりますので。
息抜きに立ち寄ってください。
陰ながら、応援してます。

プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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