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告(4)

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 岡部が持ってきた大量の書類は、いくら処理をしても減らないように思えた。
 書類の内容をそのまま打ち込むだけだから、難しい仕事ではない。ただ、量が半端ではなかった。オペレーターに任せられればいいのだが、内容の秘密保持に特別な配慮を要する第九の資料である。部外者には見せられないのが現実だ。やはりこれは、一番下っ端の青木の仕事である。
 あれから2時間あまり。時刻は8時を回っている。
 そろそろ夜食の買出しに行くか、と青木が思っていると、室長室から薪が出てきた。
 青木の顔を見て、ひどく驚いた表情をしている。モニタールームに人がいるとは思わなかったようだ。

「おまえ、なんで残ってるんだ?」
 こちらへ歩いてくる。鞄を持っているところを見ると、自宅へ帰るらしい。
「岡部さんに頼まれました」
 青木の後ろに回って、パソコンの画面を覗き込む。内容を見て取ると、ますます不思議そうな顔になった。
 本人は自覚していないようだが、不意を衝かれた時や驚いたとき、薪はとても幼い貌になる。
 目が大きく開いて、唇は少しすぼまる。とっさのことに冷徹な仮面が外れて素顔がのぞく感じだ。
 いつもは一直線に吊り上がった眉が、大きな目にあわせてやさしいカーブを描く。たったそれだけで、こんなにもかわいらしい印象に変わる。青木の大好きな表情のひとつだ。

「岡部には僕が言っておくから、早く帰れ。これは急ぎの仕事じゃない」
「でも」
「だれか、待たせてるんじゃないのか」
 いつの間にかばれていたらしい。この上司には何事も隠せないようだ。
「大丈夫です。相手には連絡を入れましたから」
 青木は正直に言った。
「それに、昔の捜査資料を読むことはいい勉強になります。岡部さんに言われたから、嫌々やってるわけじゃありません」
 仕事の進捗度は2時間かかってやっと3分の1。終了予定時刻は、午前1時といったところか。先刻の薪の可愛い顔をエネルギー源にして、今夜は頑張るしかない。
 が、薪は意外なことを言い出した。
「貸せ。僕が手伝ってやる」

 薪は床に鞄を降ろすと、机の上の書類の束を手に取った。
 隣のデスクに着き、机上のパソコンを立ち上げる。IDを打ち込んでシステムにアクセスする。
「そんな、けっこうです。それこそ岡部さんに怒られます」
「いいから貸せ」
 薪は強引に手を伸ばすと、積み上げられた書類の約半分を自分の机に運んだ。オペレーション用の原稿立てにセットすると、ものすごい速さで打ち込み始める。
「はや……」
 青木もパソコン歴は長いから、タイピングの腕にはそこそこ自信があるが、薪の速さは神がかり的だ。自分の3倍は速い。
 青木の度肝を抜かれた様子をちらりと見て、薪はいつもの少し意地悪な微笑を浮かべた。
「身長以外で、おまえが僕に勝てることがあるとでも思うか?僕がおまえの何倍生きてると思ってるんだ」
 ……倍は生きてません。
 しかし、社会人になってからの年数なら確かに10倍以上だ。自分はまだ薪にとってはヒヨコに過ぎない。少しでも薪の負担を和らげたいといつも願っているのに、実際は逆に助けてもらうことばかりだ。それがくやしい。

「薪さん、おなか空きません? 夜食買ってきましょうか」
「ああ」
「何がいいですか?」
「なんでも」
 そう言われると迷ってしまう。
 しかし、近くのコンビニで買えるものなどたかが知れている。薪の好みそうなシンプルなサンドイッチ。自分用にはおかかとシャケのおむすび。青木の予想に反して、薪が選んだのはおかかのおむすびだった。
 薪のリクエストを受けて、コーヒーを淹れる。
 今日はモカのストレート。ミルクも砂糖も入れない。コーヒーだけは薪の好みを覚えた。それを夜なので、少し薄めに淹れて差し出す。

 青木がコンビニに走っているうちに、薪は自分の机に運んだ分の仕事をあらかた終えていた。給湯室でコーヒーを淹れている間に、今度は青木の机の書類に手を伸ばす。信じられない速さだ。
 目はパソコンの画面を見たまま、片手はキーボードを叩きながら、薪は器用におむすびを食べてコーヒーを飲む。食べる間くらい休めばいいのに、と思うがいつも室長はこの調子である。ゆっくり食事を摂っている姿など、あまり見たことがない。
 薪のおかげで終了時刻は大幅に早まった。10時前にはすべての打ち込みを終えて、システムの電源は落とされた。
 
「ありがとうございました。おかげで助かりました」
 青木が礼を言うと、薪は腕時計に目を落とし、少しためらってから顔を上げた。
「食事はムリでも、酒には誘える時間だ」
「え? いいんですか?」
 思いもかけない薪からの誘いに、青木は満面の笑顔になる。書類のお礼に奢ります、と言うと何故か怒られた。
「僕を誘ってどうするんだ。雪子さんだ。彼女は夜型だから、きっとまだ起きてる」
「え……いや、べつに三好先生はどうでもいいです」
「どうでもいいって、おまえ」
「三好先生とは、明日の昼に会うことになってますから。それより室長、本当に何かお礼をさせてください」
 青木が何軒かの店の名前を挙げると、にべもなく断られた。
「僕は騒がしいところは嫌いだ」
「じゃ、静かなバーかどこか」
「帰って寝ろ」
 冷たく言い捨てて、薪は鞄を取り上げた。セキュリティーのボタンを押して、研究室を後にする。

 2人で廊下を歩く。薪は一言も喋らない。
 普段からそれほど口数の多いほうではない。捜査会議のときはとても流暢に喋るが、無駄口は叩かないのが薪の仕事のスタイルだ。

「僕への礼なら、仕事で返せ。早く一人前になるんだな」
 玄関口で別れるときに、そう言われた。家まで送らせてもくれない。
 相手にされてない―――― きっぱりとした拒絶を湛える細い背中を見送って、青木は大きなため息をついた。


テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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