破滅のロンド(10)



破滅のロンド(10)







 薪が単独で警察庁に赴いた日の午後、青木は初めて滝沢と二人きりで話す機会を得た。それは給湯室で、シンクに重なったコーヒーカップをいつものように青木が片付けている時のことだった。

「悪いな、先輩」
 自分が使い終えたカップをシンクに置き、滝沢は見下すような視線を青木にくれた。それはひどく挑発的な行為にも思えたが、青木は微笑んで彼のカップを手に取った。階級こそ同じだが、年齢、経験共に滝沢の方が上だ。第一、このくらいのことで逆立つほど青木の神経は細くない。

「滝沢さん。明日には忘れず、ご自分のカップを持ってきてくださいね」
 これまで何度も繰り返された説得を、青木は辛抱強く試みる。ああ、と滝沢は生返事をして、無表情に頷いた。
 そのまま執務室に戻るのかと思ったが、滝沢はそこに立ったまま、青木をじっと見ていた。職場でカップを洗う警視が珍しいのだろう、興味深げな視線だった。
「あの、何か?」
 滝沢にとっては自分の好奇心を満たすための行動に過ぎなくても、見られている青木の方は落ち着かない。それでなくとも狭い給湯室、早く出て行ってください、と言外に含ませて、青木は滝沢の方へと顔を向けた。

「ああ、すまない。昔の仲間によく似ていたものだから」
「……鈴木さん、ですか」
 洗い上げたカップを布巾で拭きながら、青木はその名前を口にした。薪の心に永久に住み着いた、今は亡き薪の親友。何年か前までは、寝ぼけた薪によく彼と間違われた。
「薪から聞いたのか」
「ええ、まあ」
「そうか。薪が自分から鈴木のことを話すとは……あいつはおまえを気に入ってるんだな」
「室長に対して、その呼称はどうかと思いますけど」
 1週間前に第九に来たばかりの滝沢に、自分がおまえ呼ばわりされたことより、彼が薪をあいつ呼ばわりしたことの方が百倍癇に障った。6年前、滝沢がどれだけ薪に重用されていたとしても、鈴木ほどではなかったはずだ。その鈴木でさえ、執務室では薪を室長と呼んで敬語を使っていたと薪本人から聞いたことがある。滝沢の馴れ馴れしさは、少し異常だ。

「室長には敬語を使えと?」
「それが当たり前だと思います」
「今さら敬語と言われてもなあ。薪も、気持ち悪がると思うぞ?」
「でも、親しき仲にも礼儀ありって」
「親しい仲にも色々ある。おれと薪は特別なんだ」
「どう特別なんですか?」
 滝沢の使った『特別』という言葉が、青木の心を乱した。明らかに色事を匂わせる表情で、滝沢は嘯いた。

「多分、おまえが考えている通りだ」
 青木は思わずカップを取り落した。ステンレス板の震える音が、手狭な部屋に木霊する。
「再会した晩に確かめ合ったんだ。あいつの身体はおれを忘れちゃいない」
「嘘です! 薪さんは浮気なんかしてないって、はっきりオレに」
「やっぱりおまえが今の薪の恋人か」
「あっ……」
 露呈した事実に、青木は真っ青になる。誰にも知られてはならないと、知られたら自分たちの関係はお終いだと、普段から何度も何度も念を押されて過ぎるほどに警戒していたのに。この話が滝沢の口から薪に伝わったら、本当に自分たちは終わる。

「た、滝沢さんっ!!」
 青木は必死で滝沢に手を合わせた。恥もプライドも、あったものではない。
「泣くなよ。誰にも言わないから」
「絶対、絶対にですよ? 手帳に懸けて誓ってくださいねっ」
「わかったわかった」

「あのお……それで、さっきの話ですけど」
「安心しろ、おれが薪を抱いてたのは昔の話だ。今は関係してない」
 昔の話とは言え、それも青木には納得がいかなかった。自分には鈴木がいるからと、薪はずっと青木の求愛を退けていたのだ。鈴木が死んだ後も彼に操を立てていた薪が、ましてや鈴木の存命中に、他の男と関係を持ったりするだろうか。
 否、鈴木には雪子がいた。彼の愛を得られない寂しさを埋めるために、他の人間を求めた夜もあったかも。
 青木が深刻な顔になると、滝沢は大仰に肩を竦めて、陽気な外国人のように両手を広げて見せた。

「そんなことでいちいち目くじら立ててたら、あいつの恋人なんかやってられないだろう。あいつに過去の男が何人いるか、知ってるのか? 関係してたのはおれだけじゃないぞ。ベッドの中のあいつは、そりゃあすごくって」
「滝沢さん」
 滝沢の不愉快な長舌を遮って、青木は冷静に言った。一時の激昂は、既に治まっていた。
「ヘンな噂、立てないでくださいね。此処にいるみんなには通じる冗談も、薪さんを知らない人は本気にしちゃうかもしれませんから」
 どことなく当てが外れたような顔をしている滝沢を残して、青木は給湯室を出た。自分の席に着き、仕事の続きに戻る。
 滝沢が後ろから、自分の様子を伺い見ているのが分かる。幾らでも見るがいい。自分は薪を信じる。信じられる。
 モニターを見つめる黒い瞳は、何かを固く決意したのかのように、強い光に満たされていた。



テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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Aさまへ

Aさま、こんにちは。


> 青木は原作でも滝沢の態度に不快感を表していましたね(嫉妬?)

モロ、嫉妬でしたよね~。
「雪子さんと薪さんが仲良くしてくれると嬉しい」のに、「滝沢さんが薪さんに馴れ馴れしいとムカツク」。 いい加減、自覚してよ、青木さん……。


> でも、滝沢も喋り過ぎましたね。いくらなんでも、薪さんが何人もと関係をもつはずないですから青木は嘘だと気づいたみたいですね(^^)

ですね。
滝沢さんにしてみれば、鈴木さんにこの嘘が通用したので、青木さんもイケルと思ったんですね。 何よりも、薪さんがそんなに薄い人だとは知らないし。(笑)


> 問題は滝沢にバレたことが薪さんに知れたら・・絶対、滝沢は薪さんに言うよね~(><)

薪さんの弱点ですからね、それをネタに自分の目的を果たそうとするでしょうね。 
それが分かっていたから、薪さんは青木さんを遠ざけたのにね~。 当の青木さんがぶち壊しちゃいましたね~。
でも大丈夫ですよ。 今回の薪さんは、その上を行きますからv-221
お楽しみにっ。

Sさまへ

Sさま、こんにちは。


> 青木、バカ?(今更だけど)

そんなSさま、身も蓋もない。(>∇<)


「滝沢さんの存在は青木さんを啓発する」とのご意見、マルっと同意です~!
あのひと、あおまきすとなんじゃないかと思ったくらい。←それはないやろ。


> ところで以前にタッキーが薪さんのプライベートに言及した際、青木は酷く動揺してましたよね?

そうですよねっ!
二人が肩を並べて部屋から出てきたときも、滝沢さんが薪さんの肩を馴れ馴れしく叩いた時も、明らかに妬いてたじゃないですか~。
Sさまの仰る通り、「アレはそういうコト」ですよ!


> だったらもう二人をまとめるしか辻褄が合わないと思うんですよ!お願いだからなんとかして~!!

辻褄が合わない!(爆笑)
この言葉選びがSさまですね~。(^∇^)

でも本当に、そうだと思います。 「みんな薪さんが好きなんです」が優先されるとしたら、じゃあアレはなんだったの?? と突っ込みたくなることが多すぎますよね。

突っ込みたいと言えば、
Sさんご指摘の、滝沢さんが薪さんのプライベートに言及したシーンなんですけど、あの時青木さんは激しく動揺したあげく、彼らしくもなく怒りを顕わにして、「薪さんのことは薪さん本人に聞きます」と言いましたよね。 「薪くんの手を、わたしのように簡単に放さないと誓える?」と訊いた雪子さんにも、「薪さんの口から聞きたい」って。 
だからわたしは、青木さんが薪さんの気持ちを尋ねて、薪さんがそれに答えるシーンがあると楽しみにしていたのですけど、
もしかしてあれって、「秘密なんかどうでもいい」 という言葉で回収されてしまったんですかね? だとしたら、超カナシイのですけど……。

Sさん、どう思われます?

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Rさまへ

Rさま、こんにちは。


> あと10日をきりました。もう情緒不安定でグルグル渦巻きです。

同感ですっ!
最後ですからね~。 期待も不安も大きくて、

期待1 青木さんと薪さんの関係に、ちゃんと決着付くといいな。 もちろん青薪よりで♪
期待2 薪さんの危険が完全に去るといいな。

不安1 雪子さんと青木さん、縁り戻したりしないよね?!
不安2 薪さん、死なないよね!?
不安3 薪さん、やっぱり第九に帰ってこれないのかな。(;;)
不安4 青木さんと離れ離れになっちゃうのかな。(TT)
不安5 それも海外とか、遠くへ行っちゃったらどうしよう。 外国で第2の青木さん見つけちゃったらどうしよう。

あ、不安の方が遥かに多い……。


> 頼むよ、青木!!君の肩に薪さんがこれから真の意味で生きていけるかがかかっているんだよ!!

そうですよ!
あれってまだ、言っただけでしょう? こう言っちゃなんだけど、今は未だ「口だけ」だよね?
男なら行動で示さんかい! って感じですよね~。



> とゆうわけで、破滅のロンド楽しんでます(不適切な表現か)

↑↑↑ すみません、この接続詞に吹きました。(>m<)

楽しんでいただいてありがとうございます~。
ね、そんなに暗くないでしょう? 所々笑えるシーンも挟んでるし。 
今回のコンセプトは「明るく楽しい犯罪計画」ですから♪ ←言ってることがめちゃくちゃ。 わたしもRさまと同じで、メロディ前の情緒不安定なんです~。

Sさまへ

Sさま、こんばんは。
お帰りなさい。 お待ちしてました。(^^
大変なときなのに、ご来訪いただいて、創作にコメントまでいただいて、本当にありがとうございます。


ええ、Sさまのおっしゃる通り、

> たっきー、「ベッドの中のあいつは、そりゃあすごくて」って青木くんに言っちゃったら「ダウト!」だわ。

もうここでバレるという……うちの薪さんならではのダウトですね。(・∀・)/


> 普通なら警視がお茶出しなんてないんだろうけど、青木くんが給湯室でマグカップ洗ってるのって、なんか絵面まで浮かぶ。

青木さんて、妙に家庭的なんですよね~。
原作で、懸命に舞ちゃんの世話をしてるからかもしれませんね。

原作の青木さんはジコチュー。
ああ、たしかに!
一方的にプロポーズして一方的に破棄しましたからね! 超ジコチューですよね。
なるほど~、それが嫌う理由なら、娘さんたちはうちの青木くんを好きになってくれるかもしれない、でも、
うちの薪さんはそれを遥かに上回るジコチュー人間だから~~、薪さんが嫌われちゃうと思いマス。(^^;

> だけど雪子さんは、作者さんが最初からそのために生んだキャラだからしかたないよね。

そうなんですよね。
キャラを作りこむ前に、状況を決めちゃったんでしょうね。 だから雪子さんの人物像は掴み難いのかな。 


ネットつながって良かったですね。
新しい環境に慣れるには時間が掛かると思いますが、新たな心配事もお有りのようですが、それでも、
Sさまは良い方向へ前進されてると、わたしには思えます。
ブログ、もちろん拝読させていただいてますよ。 恥ずかしいことなんてないです。 読むほどに、Sさんの選択は間違ってなかった、と頷いています。
ずっと応援してます。

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Sさまへ

Sさん、ご回答ありがとうございました。


「どうでもいい」=「薪さんの私的な秘密は教えてもらえなくても我慢します」

やっぱりそうなんですかね!?


> とすれば薪さんの内的な部分に踏み込んだやり取りはないのかも知れませんね。

そうなっちゃいますよね?!


> ワタシはそんなんでは納得できないですけどね!

わたしもですっ!!
男が一回心に決めたことを『どうでもいい』とか言うなっ!
いや、そう決まったわけじゃないですけど、もしそうだったらアタマに来る~~!!


こんな風にやきもきするのも、あと二日ですか。

> 寿命が延びるんだか縮むんだか。

本当に、そんな気分ですよね。
でも、
心配事があるうちは人間ボケないってお義母さんが言ってました。 きっと延びてますよ。(^^ 

薪さんを思う日々は、様々な感情に乱される毎日ではありましたが、豊かであったことは間違いないと思います。 それまでの平板な日常では味わえない、貴重な日々でした。
この感謝の気持ちが最終回で潰されることのありませんように。 心から祈ってます。

プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

法医第十研究室へようこそ!
おかげさまで8歳になりました(^^♪
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