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破滅のロンド(12)

破滅のロンド(12)





「何か質問でも?」

 男の視線を軽くいなしてバスタオルで身体を拭く。滝沢のこういう下劣な嫌がらせには慣れっこだ。
 薪は無礼な男を真っ直ぐに見据え、すると嫌でも彼の手に握られたものが目に入った。自分の携帯電話だ。迂闊だった、脱衣籠に放った上着に入れっぱなしだった。

「この携帯電話に保存された男の写真について、説明してもらおうと思ってな」
「断りも無しに他人の携帯を見るのはマナー違反だろ」
 そんなハッタリには引っかからない。滝沢は昔、自分の鈴木への気持ちを見抜いていたようだが、6年前のようにはいかない。もう、あの頃のように初心じゃない。
「部下の顔写真を保存しておくと、他部署の人間と打ち合わせするとき便利なんだ。事件担当者の顔を教えるのに、端末から人事データを引き出すより早い」
 二人で撮った写真にはロックを掛けてある。暗証番号なしに見られるのは、パブリックなものばかりだ。その中には部下たち全員の顔写真も含まれている。
「おれの写真が無いのは何故だ」
「……撮る機会が無かっただけだ」
 ふむ、と頷いて滝沢は、携帯のカメラを自分に向けてシャッターを切った。それからデータを保存フォルダに入れようとしてか、親指を何度か動かした。

「おい。勝手にいじるな」
「ゼロ発信は副室長かと思ったが、違うんだな」
 髪の毛を擦っていた薪の手が止まる。しまった、登録を変えておくべきだった。
「アイウエオ順に並べてあるだけだ」
「だったら2番目は宇野じゃないのか」
 咄嗟に返した理屈は通らなかった。滝沢は昔から、重箱の隅をつつくような捜査をする。供述の矛盾を拾うのは得意中の得意なのだ。ここは黙秘権発動だ。

 薪が無言になると、滝沢はククッと思い出し笑いをした。薪に携帯を返して寄越しながら、
「あの犬っころ、おまえからの電話だと思ったんだろうな。『薪さん、何か御用ですか』って異常なテンションだったぞ」
「僕の携帯を使って青木に電話したのか」
「ちょっと弄ってたら、偶然掛かっちまったんだ。わざとじゃない」
「他人の携帯を勝手に弄ること自体、偶然ですまされることではないと思うが」
 怒ったヤマアラシのように、薪はその声に無数の針を忍ばせる。薪が本気で怒っていることが伝わったのか、滝沢は突然素直になって、
「いや、すまなかった。おまえが今誰に関心があるのか、気になって仕方なかったんだ」
 いやらしい含み笑い。底の見えない黒い瞳は、標的を見つけたと言わんばかりの興奮に輝いている。
 見たばかりの悪夢がフラッシュバックする。目眩のような酩酊感に襲われ、薪はさりげなく脱衣篭で身体を支えた。膝が崩れそうになっているなんて、相手に気付かれてはならない。

「滝沢、おまえの誤解だ。僕と青木は何でも」
「関係ないわけがないだろ」
 一瞬で間合いを詰められて、薪は壁に押し付けられた。背中と後頭部を壁面に、細い首を男の大きな手ががっちりと留めている。動けなかった。気管を圧迫されて、息が苦しい。第九の室長がバスタオル一枚の姿で壁に張り付けとは何とも締まらない話だと、自分に向かって毒づいた。

「あれだけ鈴木に似てるんだ。おまえが平気でいられるわけがない」
 親友の名前を出されて、薪の額に青筋が立つ。一番深い傷を無造作に抉られて、思わず足の力が抜けた。
「虫も殺さぬような顔をして、大したタマだ」
 滝沢は薪の首を押さえたまま、もう片方の手で薪の顎を掴んだ。上向けさせ、触れ合わんばかりに顔を近付ける。滝沢の息が鼻先に掛かるのを不快に感じる。薪は苦労して顔を背けた。
「おまえが鈴木を殺した時も驚いたが、なるほどな、自分を捨てて女を選んだ鈴木を許せなかったってわけだ。その上でヤツに似た男を見つけてきて、破れた恋路を実らせたのか。それでおまえのプライドは保たれたのか?」
 刹那、目の前が赤くなるほどの怒りに囚われ、薪は爆発的な力でもって自分の顎に掛かった滝沢の手を払った。首を捉えた手も外そうとしたが、そちらは敵わなかった。圧倒的な力の差で、薪が最初に払いのけたと思った手も、滝沢の方から引いたのだと分かった。

「あの坊やは知ってるのか? 自分が鈴木の身代わりだってこと」
「黙れ」
「無駄だ。力じゃ敵うまい」
 薪の両手が無様に空を切るのを見下して、滝沢は勝ち誇った笑みを浮かべた。が、次の瞬間、その笑みは驚きの表情へと変わった。
「黙れと言ってる」
 ゴツリ、と腹に重い感触。滝沢は瞬時に理解する。銃口だ。

「おまえ、風呂場にまで銃を持ち込んでるのか」
「力じゃ敵わないからな」
 滝沢がゆっくりと両手を挙げ、少しずつ後ろに下がった。相手との間にできた距離を両腕を伸ばすことで補い、薪はしっかりと相手の胸に狙いを定める。
「僕を侮るな。6年前の僕じゃない」
 厳しい顔つきで威嚇するも、やっぱりタオル一丁じゃ締まらないな、と思う傍から滝沢に反撃された。覚悟はしていた。滝沢がこの6年間何処で何をしていたか、薪はとある筋からの情報を得ていた。
 滝沢の動きは素早かった。薪の優れた動体視力はそれを捕らえてはいたものの、身体の反応が間に合わなかった。迷わず撃鉄を起こして引き金を引けるほどには、薪は射撃訓練を積んでいなかった。

「そっくり返してやる。成長してるのは自分だけだと思うな」
 あっけなく床に引き倒され、上から押さえつけられた。拳銃を奪われ、逆に突きつけられた。が、滝沢はすぐにその銃の違和感に気付き、腹立たしげに舌打ちして壁に投げつけた。
「さすがだな。重さも本物と同じに作ってあるのに」
 自分に馬乗りになった男を、薪は下から皮肉った。腹の筋肉がひくひく震えた。笑えて仕方なかった。
「プロのおまえがアマチュアにモデルガンで脅されて、悔しいか」
 挑発は、平手打ちになって返って来た。意外と気の短い男だ。

「いい気なるなよ。おれがその気になれば、おまえもあの坊やも」
「おまえの目的は僕の命か? 違うだろう」
 叩かれた頬は腫れ上がって熱を持った。口の中が切れて血の味がした。腫れが引かなかったら、明日岡部がうるさいだろう。寝ぼけてベッドから落ちたことにでもしようかと、薪は呑気に考える。
「その気なら、会った初日に殺せたはずだ」
 久しぶりに会った部下に見栄を張りたくてオンザロックなど飲んだものだから、3杯目の途中で酔い潰れてしまった。足に来てしまって、結局は滝沢が仮住まいをしているホテルに泊めてもらったのだ。

「おれの目的を、おまえは知っていると言うのか」
「そんなことも知らずに、どうして僕がおまえを第九に受け入れたと思うんだ?」
 滝沢にとって薪の言葉は、よほど意外だったに違いない。肩を押さえた手を緩め、自分の身を浮かせて掛けていた重量を取り除くと、床に打ち付けられて傷んだ薪の背中に手を回して丁寧に抱き起した。

「滝沢。耳を貸せ」
 自分の背中と腕を支えた男の首に、薪は自分の右腕を回し、彼の頭を引き寄せた。きれいに刈り込まれた短髪から覗いた耳元にくちびるを寄せ、魔法の呪文を囁く。
「…………どうしてその名を?」
 呪文の効果は絶大だった。滝沢は軽々と薪の身を持ち上げ、床に立たせると、質問の答えを待った。
「僕だって6年間、無為に過ごしていたわけじゃない」

 予定よりは少し早いが、話すことにした。滝沢を抑えるのも限界に来ていた。部下たちに被害が及ぶようなことになってからでは遅いし、この辺が潮時だろう。
「おまえが千葉の倉庫で資料を探していた2057年の事件から、おまえの関係者を洗い出した。ひき逃げ事件の調書も見直した。彼は、っくしゅっ!!」
 裸でやりあっていたものだから、すっかり湯冷めしてしまった。薪はぶるっと身体を震わせると、振り向きざま滝沢に向かって、
「おまえのせいで湯冷めした。もう一回温まってくるから待ってろ」

 一人残されて滝沢は、再び浴室に戻ってしまった上司が落としたバスタオルを拾い、篭の縁にきちんと掛けた。それから床に転がっていたモデルガンを取り上げ、色々な角度からじっくりと検分した。
 実に精巧にできている。拳銃に慣れ親しんだ自分が見間違えたのだ。プロの目から見ても、外見だけではまずオモチャとは気付かない。このオモチャでプロを騙したのだから、薪の度胸は大したものだ。

「冷や汗をかいたの間違いじゃないのか」
 クスリと笑いを洩らした滝沢の耳に、風呂好きの上司が勢いよく湯船に飛び込む音が聞こえた。



テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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Mさまへ

Mさま、こんにちは!

まあ、お引越しされたんですか。 それはお疲れさまでした。
環境が変わると気苦労も多くなって色々と大変だと思いますが、お身体に気をつけて、頑張ってくださいね。


> きゃ~(≧∀≦)!!
> 超、読者サービスぅ~!!!
>
> (ほぼ)すっぽんぽんの薪さんがタッキーとあんなことやらこんなことやら-----!!!(//∀//)!!!

読者サービスになってるのか、これ。(笑)
書いてる本人はまったく萌えてなくて~、だって二人とも超ノーマルだし~、だから裸でも平気なの。 これが青木さんだったら、薪さんは即行でタオルを巻きます。 こんな所で迫られちゃったらどうしようとか、考えると思うので。 そこが萌え♪


> トリックスター☆タッキー FOREVER(T∀T)

Mさん、鈴木さんの事件裏が発覚したとき、あんなに怒ってたのに。(笑)
でも本当に、
滝沢さん、味のあるキャラでしたよね。 彼は彼の大事なものを守るために、懸命に生きたんでしょうね。



その後の報告、ありがとうございました。
退社しちゃったのかー……うーん、覚悟の上だったんですね。
そして、完全に男爵化してるMさまが。(^^;) 笑っちゃいけないと思うんですけど、すみません、吹きました。

彼氏さんのお話にも驚きました。
それは大変ですねえ……ただでさえ大変なお仕事なのに……。

> ナンダー!!!そのどこかで聞いたような理由は------っっ(><?)

あるんですねえ、相手を思うが故に遠ざけようとすることって。
何だか彼氏さんまで男爵に見えてき、ごほごほ。
きっと考え詰めちゃったんですね。 その思考経路を察することはできますが、それで頷けるか、と。 世間には、頷く人も少なからずいると思いますが……。 
Mさま、いい女ですね。(^^



> 幸い、もうすぐメロディ発売で薪さんのこと以外はどうでもよくなるに違いない(≧ω≦)

あははは!
この思考が! さすがMさま!


> ハッピーエンドだといいなぁ゜+。(*´▽`)。+゜
> いや、ハッピーエンドしかありえないと思っているんですけど

ですよね~。
でないと、4月号はなんだったんだー、ってことになっちゃいますよね。 このまま順当に終わってくれるといいな。
ミステリー好きのしづがどんでん返しを望まない話なんて、初めてデス☆


> この際、薪さんが海外にいっちゃって青木君はどこぞの室長になって
>
> 『あれから数年後、立派になった青木君(3*)とさっぱり変わらない薪さん(4*)再会、また一緒にお仕事することに』というオチでも私的にOKです。

やっぱり物理的には離れ離れということになってしまうんですかね。 これはわたしも覚悟していたんですけど。 第九を離れるのは、おとり捜査の前提条件にもなってましたし。
でも、再会するんですね。 青木さんが3*歳ということは、薪さんは42歳以上ですね。 (やっぱり薪さんは変わらないんですね。(笑))
うちのあおまきさんが一緒に住み始めた年じゃないですか~。(関係ない) それはもう、やけぼっくいぼうぼうじゃないですか~。(んなわけない)
わたしもMさまと一緒に、ラブラブな未来を暗示するラストページを期待してます。(^^

プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

法医第十研究室へようこそ!
10万拍手ありがとうございます!
いつの間にか9歳になってました。( ゚Д゚)
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