破滅のロンド(15)

 こんにちは。

 迫ってきましたね~っ。
 落ち着かなくて記事が読み直せない、タイプミスのチェックなんかできやしない。<おい。
 だって文字が頭の中に入ってこないんだもんっ!!
 もう仕方ないからぶっつけで……。<こらこら。

 誤字脱字、ありましたらすみません。 落ち着いたらチェックし直します。 今はカンベンして下さい。




破滅のロンド(15)






 業務開始前、つまりMRIシステムを作動させる前、監察官が調べておかなければならない机がもう一つあった。室長のデスクだ。
 室長が扱う書類は、職員のそれとは比べ物にならないほど重要度が高い。自然、監察官の眼も厳しくなる。さらに、室長は部下を指導する立場にいる。先刻の中学生トリオのように職務に関係ないものが見つかったりしたら、それは減点の対象になる。上に立つものが規律を守るのは、励行ではなく責務だからだ。

「初めに言っておきますが、考え違いをされているようなら、直ちに訂正していただきたい。監査課が、いつまでもあなたや第九を特別扱いすると思ったら大間違いだ」
 職員たちの前では多少柔らかかった服部の口調は、室長室に入ると急に冷たくなった。薪はそれを当然のことと受け止め、誠実な態度で主査に相対した。
 階級が高い者ほど、受ける監査は厳しくなる。権限を持つ者こそが堅実でなければ、警察機構は瞬く間に腐敗する。それを防ぐのが監査課の仕事だ。服部の態度は、自分の職務に対する熱意の表れであり、彼が優れた監察官であることの何よりの証明だった。

「職員達の前では遠慮しましたが、薪室長。あなたには聞きたいことが山ほどある。6年前の事件も含めて」
 咄嗟には、声が出なかった。「6年前の事件」が何を指すのか薪は瞬時に理解し、それは薪の表情を強張らせたに違いない。服部は皮肉な笑いを浮かべ、銀縁眼鏡の縁に手を当てて、
「あなたが手塩に掛けて育てた部下たちは、みな優秀だ。あなたがいなくなっても、第九は存続できるでしょう。つまり、あなたの6年前の罪が明らかになった所で、困るものは誰もいない」
「もとより、捜査情報の秘匿以外で特別待遇を受けたいとは思っていません。厳正な監査をお願いします」
 薪は凛然と答え、すると服部は薪を睨みつけたまま副査を呼んだ。
「米山さんは、あちらのキャビネット類をお願いします。室長のデスクは私が」
 指示を受けた副査は、緩慢な動作で書類棚へ向かった。ひとつひとつ鍵を開けるのが、ひどくゆっくりだ。シニア職員では仕方ないが、その分、服部主査の仕事ぶりは嫌でも精力的に見えた。

「では始めます。引き出しを開けてください。……素晴らしい」
 薪の机には、仕事に関係しないものは一切入っていなかった。抜き打ち検査にも関わらず、隅々まできちんと整理された引き出しの状態は、まるで彼が監察官の襲来を予想していたかのようだった。
「この奥は?」
 室長の机の一番下の引き出しの奥には、シークレットボックスがついている。ここには部下たちの査定書や、室長しか閲覧してはいけない書類を入れてある、と説明する薪に、服部は箱を開けるように要請した。
 コンマ1秒で暗証番号を入れてロックを解除し、薪は箱の中身をすべて取り出した。ファイルに挟まれた査定書、官房室からの指示書、室長宛と明記された何通かの封書。それから。

「これは?」と服部が取り上げたのは、薄い冊子のアルバムだった。
「僕が殺した男の写真です」

 バサバサと、驚いてファイルを取り落としたのは、キャビネットの前にいた副査だった。
「す、すみません」
 米山は、気弱そうな眉をますます下げると、消え入るような声で謝った。薪は彼をちらりと見、すぐに目の前の主査に視線を戻した。亜麻色の瞳が強く輝く。
「時々見て、自分を戒めています。彼のためにも、第九を警察機構一の捜査機関にしたいと考えています」
「彼の写真が、あなたのモチベーション向上策というわけですか」
 薪はそれには答えなかった。主査の見解は正当でもあり、間違いでもあった。薪はまだ完全には、岡部が義母の写真を見るような気持ちで彼の写真を見ることができなかったからだ。

 薪の沈黙をどう捕らえたのか、服部はやにわに薪の両手を取り、
「やっぱりあなたは私が考えた通りの人だ」
 は? と思わず薪が首を傾げるのに、服部は、先刻まで冷静そのものだった銀縁眼鏡の奥の瞳に突如として熱っぽい光を宿し、大きく何度も頷いた。
 どういうことですか、と薪が尋ねると、服部はチラッと米山の背中を見た。米山の貧相な背中は丸められて一層小さく、キャビネットの扉に隠れてしまいそうだった。彼は相変わらずのんびりとファイルをめくっており、その姿はシニア職員特有の西から東精神の現れと思われた。当然、こちらの話など聞いていない。

 服部は、「他の職員には内密の話があります」と薪に耳打ちし、薪はチーム別のディスカッションに使う小会議室に彼を案内した。円卓の周りに置かれた椅子に並んで腰を下ろすと、服部はせっつくように、
「正直なところを申し上げますと、監査課は第九に対してあまりよい感情を持っていない」
「でしょうね。これまで、機密性を理由に監査を断り続けてきましたからね」
「その通りです。だから今回の監査には、監査課全体の期待が掛かっている。上司には、あなたを室長から引き下せるようなネタを掴んでこい、とまで言われました」
 そんな大事な監査を任されたと言うだけで、服部がどれほどの監察官なのか察しが付く。さぞ多くの部署の暗部を暴き出してきたのだろう。

 焦るでもなく媚びるでもなく、薪が冷静に服部の話に頷くと、服部は薪の潔さに感じ入ったようだった。監査を受ける当人に話すべきではないと思われる内容のことを、ペラペラと喋り始める。
「上司の中には、薪室長が監査を拒むのは何かしら後ろめたいことがあるのだろうと思う者もいます。6年前の事件のことも怪しいと。客観的に見ても、当時の第九が貝沼事件の捜査をしていたのはわずか5日。たった5日間の崩壊は急激過ぎる。どうしても隠滅したい何かがあって、室長が裏で糸を引いたのではないかと」
 薪は、立ち上がろうとした膝を両手で押さえつけて留め、ふざけるなと怒鳴ろうとした声帯はくちびるを噛んで止めた。事件当時、あらゆる中傷の嵐に晒された。中にはそんな内容のものもあった気がする。
 噂と言うのは掴みどころのない雲のようなもの、それでいて多分に悪意的だ。薪が耳にしたことのある最悪の噂は、「薪室長と鈴木副室長は表面上は仲が良かったが、陰では憎み合っていた。その端は副室長の婚約者を巡る三角関係にあり、室長が副室長を撃ち殺したのは計画的だった」という、三流週刊誌記者垂涎のゴシップだった。それでも。

 あの頃は、どんなに現実から外れた誹謗に対しても怒る気持ちなどなかった。何を言われても仕方ないと思った。処罰を下されなかった自分にとって、他人から貶められることは救いのようにすら感じられていた。
 怒りが湧くということは、少なからず回復した証だ。もう二度と立ち上がれないと、血を吐くほどに絶望しても、人間というのは存外図太くできている。

 微かに罪悪感すら感じる薪に、服部は熱心に続けた。
「しかし私は、あなたが彼らの言うような人間には思えなかった。6年前の事件で、あなたは何の利益も受けていないからです」
「計算が狂ったのかもしれませんよ」
 薪が皮肉に笑うと、服部は顔の前で否定の形に手を振り、
「それはない。あなたが何かを隠したかったのなら、生き証人はすべていなくなったはず。官房室への栄転を断る理由が見つからない」
 服部の言うことは正しい。薪があの時第九を離れれば、第九は存続することもできなかった。MRIシステムを扱えるものは他になく、研修施設も廃止され、警察内の立場も権威も地に落ちていた。凋落した研究室に居続けることは、エリートにとってはマイナスにしかならない。
 しかし、薪は第九を守り続けた。

「あなたは潰れかけた第九を必死で立て直した。その努力は正当に評価されるべきです」
 服部の言葉は、薪には複雑だった。他人の称賛が欲しくて為したわけではない。彼が遺した第九を守ることは自分の使命、否、あの頃の自分にとっては生きるための免罪符だった。他に進んでよい道など、猫一匹が通れるほどの小道すら見当たらなかった。

「ありがとうございます。しかし、6年前の不祥事はすべて室長たる僕の責任です。もっと僕が彼らの心のケアに努めていれば」
「自分を責めることはありません。あなたは出来る限りのことはした。あなたが一部の人間に疑われたのは、あまりにも急激な崩壊だったからです。たった三日の間に、三人死んで一人狂った。自然なこととは言い難い」
「もしも主査が仰るように、あれが誰かの陰謀だとしたら。僕はその人間を殺すかもしれない。そいつは部下たちの仇だ」
 亜麻色の瞳に暗い狂気が宿る。想像したこともなかった、彼らが誰かの手によってその命を奪われた可能性など。そんなことがあるはずはないと考えて、しかし現実にそんなことがあったなら、薪には自分を押さえ切れる自信はない。何を犠牲にしても、彼らの仇を討つだろう。

「失礼。警官にあるまじき発言でした。減点なさるならご自由に」
「なにを仰いますか。部下を大切になさるお気持ちがあってこその発言ではありませんか。男気に溢れた方だ、惚れ直します」
 おかしな言い方をされて、薪は目の前の男をおずおずと見る。薪と眼が合うと、服部は銀縁眼鏡の向こう側に暗緑色の瞳を輝かせて、
「はっきり言いましょう。薪室長、私はあなたのファンです」
「……それはどうも」
 ファンと言われても。自分はタレントではないが。

「女性のように美しい容姿を持ちながら、態度は毅然として立派だ。職務態度も業績も、非の打ちどころがない。私はあなたの完璧さに憧れているんです。あなたの要望なら、多少のことは見逃してあげても」
「結構です。監査は他部署と同様、厳正に行ってください。でないと、うちは監査課にずっと睨まれることになる。むしろ、適度なお土産は持って帰ってもらった方がいい」
「さすが室長。監査を分かってらっしゃる」
 完璧すぎるのは却ってよくない。交通課に交通違反者摘発の割り当てがあるように、監査課にもノルマがあって、指摘ゼロは彼らを意固地にするからだ。勧告止まりの軽微なものを2,3件、それがベストな成績だ。

「じゃあ、さっきの職員たちの机の私物は勧告に付けておきますね」
「いや、あれはちょっと。何か別のものでお願いします」
 実情はどうあれ、第九はエリート集団で通っている。その職員たちの机の中にゲーム機だのプラモだの、それは恥ずかしすぎる。せめて捜査メモの一枚でも紛れ込んでいたらよかったのだが、第九職員たちは薪の恐ろしさを知っている。仕事に関してほんの少しでも手を抜いたら、雷が落ちることが分かっているのだ。だから彼らは些細なことでも、決められたことはきちんと守る。

「では、室長の机のシークレットボックスの暗証番号があなたの誕生日になっていることにしておきますか。部下の査定書を保管する鍵にしては、安易すぎるということで」
「……僕の誕生日を?」
「ファンだと言ったでしょう」
 照れ臭そうに笑うと、服部は意外なくらい人懐こい雰囲気になった。対外的な場に立つとき薪が第九の室長という仮面を被っているように、服部もまた冷徹な監察官の仮面を付けているだけで、本当は人情味溢れる男なのかもしれない。

「さて。次は帳簿類を見せてもらいましょうか」
 赤くなった顔を隠すように素早く立ち上がった監察官の背中に、薪はクスリと小さな笑いを洩らした。



テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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Aさまへ

Aさま、こんにちは。

服部が薪さんの敵か味方かは、まだ微妙なところですね~。 彼には彼の立場がありますしね。


> 薪さんは第九を守るためにボロボロになりながらも残ったのですよね(;;)

あの頃の薪さんは、どん底でしたよね。(;;)
原作でも、壊滅状態だった第九を立派に立て直した、それをきちんと評価してくれた人も多かったはず。 射撃場のお偉いさんとか。 そういう人たちが薪さんを守ってくれてもいいと思うんですけど。
だって、手放すには惜しい人材でしょう?
わたし、薪さんが警察官じゃなくなっちゃうの、嫌なんですよね……何とかならないですかね?
薪さんが生きる決意をしてくれたら、そんな欲も出てきて。 我が儘かな。
プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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