破滅のロンド(20)

 長らく放置してすみませんでした~。

 再開させていただきます。 よろしくお願いします。 (見限られてないといいな~(^^;)







破滅のロンド(20)






「そうなんです、薪室長が滝沢警視を撃ち殺して」

 第九の正門を潜りながら、服部は携帯電話で今夜あったことを伝えた。電話の向こうで「なんと恐ろしい」と痛ましい事件に対する衝撃を吐露した相手に、耐え切れず、服部は笑いを洩らした。
「本当に恐ろしいですね。ここまで狙い通りに行くとは」

 ここはまだ第九の敷地内、不用意な言動は慎むべきだと思ったが、いま服部は天下人になった太閤秀吉の気分だ。今宵彼が修めた成果は、彼の偉業にも等しい。
「羽生先生のご推察通り、薪室長は入院している滝沢が偽者であることを見抜いていました。コップの違和感に気付いた彼を褒めてやるべきでしょうね」

 事の発端は1ヶ月ほど前。
 薪は自分に疑いを持っている、どうも湯飲みをすり替えられたようだ、と滝沢の替え玉を務めていた仲間が言い出した。それが事実だとしたら、厄介なことになる。滝沢ともども口を塞がねばならない。
 雇い主はとっくに滝沢のことは見限っていて、ロクに実戦経験もなかった彼を危険な任務に就かせたのもそのためだ。滝沢は6年前の事件の実行犯だ。彼と自分たちの関わりが公になるのはまずい。このまま現地で死んでくれたらいい。そうしたら院長に死亡診断書を書かかせて、本物の滝沢の死体と入れ替える計画だった。
 しかし、彼の死の報告はなかなか為されず、そのうち薪が替え玉に気付いてしまった。薪は頭の良い男だ。6年前の第九壊滅の裏側には何者かの意図が隠されていたと察しただろう。が、替え玉の事実が発覚したところで、事件の解明には至らない。となれば、病院や当時の人事に係わった人間等から内偵を進め、確たる証拠を掴もうとするに違いない。
 彼が真実を掘り起こす前に、滝沢もろとも葬らねばならない。
 そこで雇い主は急きょ滝沢を呼び戻し、永遠に彼の口を塞ぐよう、自分に命じたのだ。洒脱にも、舞台を第九に用意して。

「薪室長は食えない男ですよ。今夜のことも、彼は最初から滝沢を殺すつもりだった。しかも、私を利用する計画を立てていたんです」
 天才と名高い第九の室長の企みを見破ったことも、彼の高揚感を高める一助になっていた。薪がいかに切れ者でも、それは通常の職務に対しての評価だ。これが小説の世界なら、優れた捜査官は優れた犯罪者に早変わりするものだが、現実にはその確率は意外なくらい低い。確かに彼らは一般人よりも犯罪に関する知識は豊富だが、犯罪に於いて一番肝要なスキルに欠けている。
 自分の行為を正当化することだ。

「彼は、私が室長室に盗聴器を取り付けたことを知っていました。その上で、私を証人に仕立て上げようとした。二度目の正当防衛ですからね、自分の部下の証言では弱いと思ったんでしょう。そこで私に眼を付けた。第3者的立場の私の証言なら間違いなく正当防衛が通るであろうと、しかし、そんな見え透いた手には乗らない」
 大事なのは、自分の正当性を信じること。それができれば、妊婦の腹を切り裂いて赤子を引き出すこともできる。何の罪もない女性を焼き殺すこともできる。魔女狩りの狂気のように、大切なのはそれを正義だと思って為すことだ。薪には迷いがあり、それが彼に確かな保証を求めさせた。彼は自分で墓穴を掘ったのだ。

「慣れない殺人なんかに手を染めて、焦ったんでしょうね。彼は私の前でボロを出しました。証言を急ぐあまり『話を聞いていましたよね?』と、つい確かめてしまったんです。彼が盗聴に気付いて、それを利用した動かぬ証拠です」
 盗聴は明らかに行き過ぎた行為だが、監査に熱心なあまり、という言い訳が通る。何等かの処分は受けるかもしれないが、そんなものは服部にとっては痛くも痒くもない。
 自分に課せられた任務は、完璧な成功を収めたのだから。

 素晴らしい、と電話の向こうで自分を賛辞する声が聞こえる。これをネタにして薪を意のままに操ることも可能だと、相手は手放しで服部の仕事を褒め称えた。
 やはり先生に報告して正解だった、と服部は舞い上がるような心地になる。尊敬する先生から、お褒めの言葉をいただくことができた。本来なら直属の上司に連絡すべきだったのだが、その電話はつながらなかった。どうせまた若い愛人の所にでもシケこんでいるのだろうと判断し、そこは飛ばして、服部の本当の雇い主に掛けたのだ。

「滝沢と薪。一晩で障害物を二つとも取り除くことができました。これも羽生先生のご威光の賜物で」
 遠くに聞こえた芝生を踏む微かな音に、服部は口を噤んだ。電話を切り、上着のポケットにしまう。ポケットに手を入れたまま、彼はゆっくりと振り向いた。

「上司への報告はすみましたか?」
 神無月の夜の青白い光を身にまとって、薪が立っていた。細い手に、たった今部下の命を奪った銃が光っている。
「では、あなたの役目はお終いです。退場していただきましょう」
 すっと右手を伸ばし、真っ直ぐに銃口を服部の胸に向ける。亜麻色の瞳は冷静そのもので、先刻まで床にへたっていた男とは別人のようだ。この短時間に、この男の変わり身の早さはギネス級だ。

「ポケットから手を出して。両手を頭の後ろに」
「薪室長。物騒なものはしまってください。私は証言を拒んだりしません。あなたが殺人罪に問われるようなことはありませんよ」
「殺人? なんのことです」
 呆れ果てるような虚言に、服部は眉をしかめる。薪が冷静だと思ったのは、服部の間違いだった。彼は既に、現実と夢幻の境界が分からなくなっている。

「落ち着いてください、室長。こんなことをしても無駄です。監査室にはすでに報告をしました。大丈夫です、私に任せて」
「監査室に連絡など行っていないことは百も承知です。何故ならあなたは、監査室の人間ではない」
 服部は息を飲み、用心深く一歩下がった。瞬間、動くな、と厳しい声が飛ぶ。

「どうして解ったか不思議ですか? うちには飛び切りのハッカーがいましてね。監査課の人事データを入手することなど朝飯前」
「何を寝ぼけたことを。私の名前は監査官名簿にちゃんと載っていますよ」
 第九研究室のITの申し子、宇野のことは服部も知っていた。監査が入ればその対策を練るために監査官のデータを入手する程度のことはやってのける、それくらいは予想済みだった。だから、監査課の人事データに細工をしておいたのだ。基本的な事前準備だ。
「人の話は最後まで聞くものです。人事データを引き出すことも朝飯前なら、書き替えられたデータを復元することも朝飯前なんですよ」
 宇野の手腕を聞かされて、服部は思わず唸った。限られた時間の中、いくつものセキュリティをかいくぐって、しかもデータを復元するとは。宇野と言う男は稀代のハッカーだ。自分たちの組織にスカウトしたいくらいだ。

「まあ、データを確認するまでもなく、あなたが監査課の人間でないことは分かっていましたけどね」
 クスリと笑って、薪は銃を持っていない方の肩を軽く竦めた。
「一緒に監査に来た米山さんですけど。あれは偽者です」
「えっ」
 咄嗟には言葉が出なかった。あのシニア職員が偽者?
 そんなわけはない。彼は副査として、服部を助ける立場にいた。服部の命に、つねに従順だった。自分が室長を連れ出した隙に室長室に盗聴器を仕掛けろと命じたときも、聴取を長引かせて服部が自然に滝沢と話せるように仕向けろ、と命じた時も、彼は一言も逆らわずに唯々諾々と従って――――。

「まさか」
 その可能性に気付いて、服部は首を振った。ご明察、と薪が嫌味っぽく笑う。
「彼は監査課に紛れ込ませた僕の手駒です。あなたが彼に命じたことは、彼から僕に筒抜けでした。だから盗聴器のことも知っていた。あなたが本当に監査室の人間だったら、彼が偽者だと言うことに気付いたはずだ」
「何のことです。室内に盗聴器の類がないことは、あなたご自身が確認されたでしょう」
「受信側から電波のオンオフを操作できるタイプの盗聴器をお使いでしたね? 電波が発信されなければ、ソナーは役に立たない。わざわざ自分から盗聴の危険性を疑って見せたのは、盗聴の事実はないと、万が一見つかっても自分の仕業ではないと僕に信じ込ませるためでしょう」

 服部は必死で頭を働かせた。
 落ち着いて考えれば、まだ言い逃れはできる。米山が薪の手先だったからと言って、それがどうした。薪は絶対に、否、この世の誰にも自分の正体を暴くことはできないはずだ。もしかしたら気付かれるかもしれない、と危惧していた相手はいた。が、彼はもう此処にはいない。

「まあ、他にも小さなボロは出てましたよ。例えば、シークレットボックスの暗証番号を一瞬で見切るなんて、訓練を積んだ人間じゃないと難しいでしょう」
 あれは、自分は薪の味方だとアピールするためだった。相手の警戒心を解くためのパフォーマンスが裏目に出た。
「決定的だったのは、僕が淹れたコーヒーの味が分からなかったことですね。あれで確信しました」
「はあ?」
 暗証番号はしくじったと思ったが、コーヒーは意味が分からない。コーヒー好きの人間に悪者はいないとでも? この男、本当は山ほど冤罪作ってるんじゃないか。

「薪室長、それは誤解です。二週間ほど前に人事データの更新があったと聞いています。前回の名簿では、たまたま私の名前が漏れてしまったのでしょう。単なるオペレーションミスですよ。それに、監査官は百人以上いる。お互い顔を知らない監査官もいて当たり前です」
「おかしいですねえ。彼は、あなたと同じ班の人間だったはずですけど。名簿にちゃんと書いてありましたよ? 2週間前に正しく更新された名簿にね」
 薪はニヤニヤと笑いながら、皮肉っぽく言った。気のせいかもしれないが、彼はとても楽しそうだと服部は思った。
「ダメですよ。上から受け取った資料には、きちんと眼を通さないと」
 にっこりと彼は笑った。その笑顔の美しいこと。気のせいじゃない、この男、本気で楽しんでいる。

「それで私の弱みを握った心算ですか。それを利用して私に証言をさせようと? あなたがそんな態度に出るなら、こちらにも考えがある。本当のことを言ってやる、あなたは滝沢警視を意図的に射殺し、ひいぃっ!!」
 糾弾の途中で、服部の声は悲鳴に変わった。薪の横に、いきなり血まみれの男が現れたのだ。服部とて警察官。それくらいのことでこんな悲鳴は上げない。それが先刻室長室で死亡を確認されたばかりの男でなければ。

「滝沢。おまえの出番はまだ先だろ」




テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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Sさまへ

5/6に拍手コメントいただきました Sさま

Sさま、コメントありがとうございます。
おかげさまで、大分元気になりました! 普通にご飯も食べてるし! (てか、最近太ったぞ。 ヤケ食い?)
Sさま始め、みなさんの励ましのおかげです。(;∇;)


最終回を読み終わった後のSさまの、「灰になったような感覚」。
分かります~、もう新しい彼らには会えない、そう思うと、彼らが過去の人になってしまったかのような錯覚を覚えるんですよね。
頁を開けばいつでも彼らに会えることは分かっていても、完結、となると一抹の寂しさは拭えませんね。


Sさまのおっしゃる通り、
新しい彼らを見れるとしたら、二次創作しかないのですよね。 わたしもそこに日々の潤いを求めて行こうと思います。

わたしの新作ですか?
えーっと、今はね、ちょっと頭が粉になってて~(^^;) お話が練れるのはもうしばらく先かな。 
4月までに書き溜めた話が200P弱あるので、公開し終えるまでに3ヵ月くらい掛かるかと思うんですけど。 お付き合い願えたら嬉しいです。

Rさまへ

5/7にコメントいただきました Rさま


Rさま、コメントありがとうございます。
ご心配かけてしまって、すみませんでした~。 まったくねえ、いい年して何やってんだか。(^^;


それで、Rさんの見解なんですけど。
すっっっごく、いい……!!

青木さんのラストカットが薪さんのあの笑顔だった。
これが青木さんの人生で一番幸福な時だった。

この説を伺った途端、青木さん死亡エンドウェルカムッ!! と思ってしまいました☆ (←もう薪さんの苦しみとか何にも考えてない)
最後のMRIは、数十年後、天に召された青木さんの脳をMRIに掛けたと仮定した場合の映像と捉えれば、正にそうなるわけですね。 きっとそうなんでしょうね。 

そうなってくると、ますます青雪さんの結婚はイヤですね。
ラストカットに残すほど薪さんを愛してるなら、やっぱり結ばれて欲しいですよね。 
思い合ってるのにどうして、という気持ちが捨てきれません……。

Aさまへ

> ああ、やっぱり服部さん、悪者だったの!? また、薪さんのファンクラブ会員が増えたと思ったのに(@@)

やっぱり悪者でしたー。
て、何をガッカリされてるんですか、Aさまったら。 会員、増やしたいんですか? げらげら☆


> でもなんで、薪さんの敵の筈の滝沢が薪さんと手を組んでるのでしょう!?

服部を捕まえる為です。
うちの薪さん、目的の為には手段を選ばないんです。 利用できるものは何でも利用します。


> 原作の滝沢、レベル5がリークされることを望んでいたなら報われてよかったと思います。全部、薪さんの言う通りだったと思いたいです(;;)

この辺は清水先生お得意の描き方ですよね。 読者の好きに解釈していいと思います。

わたしも滝沢の銃改造はブラフだったと思っているし、(あれは失敗した時のリスクが高すぎる。 鈴木さんが死なず、あの騒ぎにならなかったら銃の回収は難しかったはず。 不審に思った薪さんが調べたら一発で分かっちゃう) 滝沢さんは薪さんを銃弾から庇ったと思ってます。

滝沢さんのことはこんなに前向きに考えられるのに、どうして青雪さんのことはダメなんでしょう!?
腐女子って不思議な生き物だな。(^^;
プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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