破滅のロンド(22)

破滅のロンド(22)






「それで、双方の被害はどれくらい? え、救急車はたった4台、死者はゼロ? さすが岡部くん、首尾がいいね。君に陣頭指揮を任せて良かったよ」
 お疲れさん、と浮かれた様子で受話器を置いた主席参謀に、小野田は剣呑な視線を注いだ。真夜中の官房室である。
 上司の不興に気付いて中園は、緩み切っていた頬を引き締めた。愛想笑いを浮かべて小野田の机の前に立ち、
「どうやら官房長にはご機嫌斜めのようで。お年を召されて夜更かしは辛くなりましたか」
 と神経を剣山で撫でるような軽口を叩いた。

 目に入れても痛くないほど可愛がっている自分の跡継ぎが、この男に持ち掛けた計画の全容を、小野田は今日初めて知った。海外出張が重なった時期だったせいもあるが、第九に再入庁した男には十分注意してくれと、中園に頼んだのがそもそもの間違いだ。この男は必要だと判断すれば平気で嘘を吐く。薪も薪だ、自分をつんぼ桟敷にして二人でグルになって。

「そう怒るなって」
「のけ者にされて楽しい人間がいると思う?」
「じゃあ聞くけど。この話、最初におまえに話したら」
「止めてたよ! 全力でねっ」
 小野田が一喝すると中園は大げさに後ろにのけぞり、降参するように両手を挙げた。
「だから言わなかったんだよ。薪くんも僕も」

 読んだばかりの報告書の内容を、小野田は忌々しく思い出す。
 6年前、第九研究室で起きた事件の真相と、その裏で糸を引いていたものの存在に関する考察。さらに、その上にいる権力者の存在。
 第九研究室の職員であった上野、豊村は、稀代の殺人鬼貝沼清隆のMRI画像を精査、その影響を多大に受けて発狂、自殺したとされていたが、これは巧妙に仕組まれた殺人であった。実行犯は同研究室の職員であった滝沢幹生。滝沢は元警察庁次長桐生三郎の密命を受け、研究室に潜入。自殺を装って二人を殺害した。
 つまり当該事件は、桐生次長が政敵である小野田聖司官房長の失脚を狙い、彼が設立した第九研究室の不祥事と破壊を目論んだものである。

 事件後、精神病院に収容された滝沢は整形手術を施された別人であることが、当人の湯飲みの指紋から判明している。彼の身元は不明で、いくら探っても桐生次長との関わりは出てこない。ここで薪は、一歩考えを進めた。
 桐生次長の上の更なる存在。その力を借りたのではないか。いや、そもそも桐生を唆してこのような事件を起こさせたのは、その存在ではなかったのか。
 桐生のような小心者に、こんな大それたことができるとも思えなかった。桐生次長が小物であることは、当時警察庁にいたものなら誰でも知っている。官房長に就任したばかりの小野田に今にも次長の座を奪われそうだと、もっぱらの噂であった。そもそも彼が次長職などと言う重要なポストに就けたのは、強力な後ろ盾があったからだ。

 この後ろ盾が、長年法曹界の長を務めた後に国家公安委員会入りしたという大物で、相手取るには少しばかり覚悟がいる。
 その名を、羽生善三郎。生まれながらに財閥の出で、実力財力共に国務大臣である委員長の上を行くと警察庁の内部では囁かれている。実質的に、公安委員会は彼の意のままに動くと思って間違いない。
 どう考えても、相手が悪すぎる。
 国家公安委員会は、警察のお目付け役だ。その公務の内容は、警察庁に対する管理指導、必要があれば監査を行う権限まである。

 委員会と警察庁は密接な関係があり、会の庶務・実務は警察庁が行っている。因って、癒着や委員会の形骸化は当然の帰結である。たった6人きりの委員たちに会務はこなせないとはいえ、管理される立場の組織がそれを為す制度は、癒着を生み出すためのシステムと言い換えてもいいくらいだ。
 桐生三郎は、その典型だった。
 実力的には小野田の足元にも及ばない小物だったくせに、彼が次長職まで昇り詰めたのは、羽生氏の縁故だったからだ。この国は三権分立を掲げながら、裏ではこれ以上ないほどに干渉し合っている。むしろ侵食と言っていい。法曹界の人間が警察庁の人事を左右する、そんな暴挙がまかり通るほどに、警察という組織はその独立性を守れていない。

 警察組織の弱体化に対する憂いはとりあえず脇に置いて、問題は羽生善三郎だ。警察庁の人間がその管理者たる国家公安委員にケンカを吹っかけるなんて、常識で考えてもありえない。が、彼が確実に6年前の事件に関わっていたという証拠が挙がれば話は別だ。
 薪が探し出してきた羽生氏に繋がる糸は、偽りの入院患者やそれを受け入れた病院だけではなかった。もう一つのルートである滝沢に深い関係を持つ人物が二人、事件の1年半年ほど前に死亡しているのを発見したのだ。
 一人は椎名ゆかり。滝沢の恋人だった女性だ。この女性は例の、カニバリズム事件の発端となった飛行機事故で死亡している。そしてもう一人は、滝沢の親友だった男だ。
 彼の名前は西野浩平。I県にある大きな湖沿いの町でひき逃げに遭って死亡した。事件の資料を取り寄せてみて薪は、その杜撰さに驚いた。明らかに何かが隠されている、おそらく滝沢も同じことを考えたに違いない。それで桐生次長の甘言に乗ったのだ。

 しかし、薪はそのひとつ裏を読んだ。
 当時、滝沢がカニバリズム事件について異常なくらいの執着を見せたのは何故か。それは自分の恋人がこの飛行機事故で死んだからだ。恋人の最期を知りたいと、それは遺族として当たり前の感情だろう。ならば、どうして薪にそれを問わなかった? 恋人の写真を見せて、この女性がどのように亡くなったか教えてくれと訊けば済んだはずだ。
 あの日、千葉の倉庫に資料を探しに行ったのも、それが目的だった。自分を地下倉庫に閉じ込めたのも、室長室や自宅を調べる機会を得るためだった。なぜそんな回りくどい真似をしたのか。

 答えは簡単だ。正面から訊いても、答えてくれないと思った。では、何故答えてくれないと思ったのか。事故の真相を薪が隠していると確信していたからだ。

 あの事故は、本当に金属疲労による機体の破損が原因だった。それを薪は自分の眼で見て知っていた。しかし滝沢は、事故原因の隠蔽を頑なに信じていた。それはつまり、滝沢にあの飛行機事故には裏があったと、悪意を持って信じ込ませた者がいたということだ。それは誰か。
 桐生次長か。いや、彼にはそんな器用な真似はできない。第一、滝沢の恋人のことは彼の職場仲間ですら知らなかった。次長がそんな情報を得られたとは思えない。それに、この計画の鍵は第九に潜入した滝沢がどう動くかにかかっている。彼を熟知した人間でないと、この絵図は引けまい。

 滝沢のことをよく知る人間、滝沢が信用している彼に近しい人間。
 彼の唯一の親友、西野浩平しか考えられなかった。

 薪は、当時ひき逃げ事件を担当した所轄の人間を探し出し、警視長の身分証で圧力を掛けて、事件の真相を聞き出した。死んだのは身元の分からないホームレスで、死体検案書もすべて偽造だった。署長の指示だったと彼は言い、しかし署長は既にこの世の人間ではなく、その先は手繰れなかった。

『西野浩平は生きている』

 それこそが、薪が滝沢に囁いた呪文だった。
 呪文の効果で、滝沢は薪の使い魔になった。二人は協力し、いずれ滝沢の命を狙ってやってくるであろう人物を返り討ちにするため、その背後の人間を捕獲するため、大掛かりなコンゲームを展開したのだ。

「ぼくに隠れてこんなことして。おまえも薪くんも始末書だ。明日の夕方までに、いいね」
 憤怒を隠すことなく、小野田は厳しい口調で罰則を申し渡す。本音では降格処分にしてやりたいくらいだ。
「おいおい、警視監と警視長に始末書書かせるのか?」
「書いてもらうよ。上司に何の相談もなく、多数の部署を官房長命令で動かしたんだから」
「ちゃんと報告しただろ」
「よく言うよ、全員配置に付けた後じゃないか。あれは報告じゃなくて事後承諾だろ」
 言葉を飾ることなく小野田が責めると、中園は肩を竦めて唇をすぼめた。この男の洒脱な仕草は、時々張り倒したくなるほど癪に障る。どんなに厳しく叱っても、それを平然と受け流す。反省とか後悔とかいう言葉は、この男の辞書には存在しないのかもしれない。

「薪くんに習ったんだよ。イエスとしか言えないように、外堀を固めてから報告を上げるんだ」
「薪くんはそんな狡すからい真似はしないよ」
「おまえ、騙されてるよ」
 ククッと笑って首席参事官は腕を組んだ。ふと横を向き、そこにいない誰かを見つめるように眼を細めて、
「仕事に関しちゃ大した策士だよ、あの子」
「知ってるよ」
 薪の実力は知っている。わずかな手がかりから真相を見抜く力も、真実に辿り着くためにはどんな労苦にも耐え抜く根性も、自己の危険を顧みない潔さも。だから彼に目を付けた。彼を育てたいと思った、守ってやりたいと思った。

「いいや、おまえは分かってないよ。彼は自分の部下を殺した男と手を組んだんだよ? 並の神経じゃない。信用し過ぎると、そのうち痛い目に」
「そんなことで驚いてるの?」
 中園の軽挙を返すように、小野田は片眉を吊り上げて右肩をそびやかした。中園はまだまだ、薪という人間を知らない。
「あの子は目的を達するためには手段を選ばないんだよ。自分の命すら計画に利用する子が、自分の胸の痛みに頓着すると思う? 
 例え心が張り裂けようと、彼は自分がしなければいけないことをする。守りたいものがあるからだ」

 第九と仲間を守るため。それだけのために、薪は死力を尽くす。どんな恥辱にも耐えられる、どんな苦痛も甘んじて受け入れる、自分が汚れることも厭わない。

「なるほど、それで……ていうか、薪くんのあの弱点、何とかならない?」
 急に憂鬱な表情になって、中園はため息を吐く。薪の弱点はプライベート(恋愛方面限定)だが、また何か?
「裁判の時に滝沢の証言が必要になるから、彼とも話したんだけどさ。青木くんのこと、バレちゃってるみたいだ」
 詐欺のプロを騙すほどにポーカーフェイスも作り話も上手なのに。どうしてそういうことだけは簡単にバレるかな……。

「偏ってるねえ」
 殆ど同時に失笑して、二人の高等幹部は顔を見合わせたのだった。





*****



 ちょこっと補足説明しておきますね。
 国家公安委員会は、こんなにコワイところじゃないです。 わたしが調べた限りでは、警察庁とは仲良しこよしで、すっかり形骸化してるって。 ←それもまた問題では?
 それと、科警研所属の岡部さんがSATの指揮を執るのはあり得ないんですけど~、彼はこの功績で警視正になる予定なので、ここはごり押しで。
 あくまで物語上の設定なので、よろしくご了承ください。



テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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Aさまへ

5/11に拍手コメントいただきました Aさま


Aさま、こんにちは。
いつも見守ってくださってありがとうございます!
メッセージを他人に送るのって、自分に余裕のある時はできても、そうでないときは中々難しいものですよね。 それをずっと続けられるAさまは、精神的にも人間的にも、円熟された方なのだと思います。 尊敬します。



> 滝沢の薪さんへの逆恨みは解けたんでしょうか!?
> 薪さんは滝沢を許したのか!?

滝沢さんの逆恨みは解けましたが、薪さんは滝沢さんを一生許しませんね。 うちの薪さん、狭量だもん。(^∇^;


> 薪さんは原作でも青木や第九を守る為に死力を尽くしましたね。そして、これからもその為に生きていくのですね(;;)

薪さん、一人で戦って、涙ぐましかったです。
彼の孤独が痛々しくて、わたしは岡部さんや青木くんを引き入れてしまいましたが。
原作は、この後どうなるんでしょうか。 アメリカに行った薪さんは、第九のみんなのように心を許せる仲間を作れるのでしょうか。 
薪さんのエキセントリックな性格を鑑みるに不安もありますが、わたしは大丈夫だと思います。 強い意志を持って大事を為すとき、自ずから人は集まるものだと思うからです。

> 薪さんと青木は第九メンバーには公認みたいなものですね(^^)
> 青木が薪さんと逃避行するかも、とマジに心配しちゃうんですから(笑)して欲しかった!!!(本音)

ですよね~。
山本さんの一言でみんなしてメールを送るって、どんだけ? そこまで、「青木は薪さんと離れるのがいや」と思われた証拠ですよね。
あのメールが、薪さんの心にいくばくかの変化をもたらしてくれていたら、と、少しだけ期待しています。 あの時の、薪さんの意外そうな表情が、何かを感じさせます。
でも、期待して落とされるの怖いんで(^^;)、ほどほどにしておこうと思います。(笑)

プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

法医第十研究室へようこそ!
おかげさまで8歳になりました(^^♪
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