水面の蝶(3)

 連日、たくさんの拍手をありがとうございます~。
 拍手カウンターがビックリするくらい高速で回っております。
 おかげさまで昨日、総数が2万5千を超えまして、わーうれしい、お礼SS書きたい、でもすみません、やっぱりエピローグ読むまでは書けそうもないので少し待って、いや、読んだらもっと書けなくなるかも、うえええーんっっ!!

 せめて、頑張って更新しますねっ。
 メロディ発売まであと半月、秘密が終わってしまうことの淋しさに耐えている方々の、お役に立てますように。






水面の蝶(3)





 彼女、山本美月とは青木が18の時に知り合った。
 4月から東京の大学に通うことになって、上京して間もない頃だった。住居は定めたものの、右も左も解らない。故郷に友人はたくさんいたが、青木と同じ大学に入った友人はいなかった。関東では唯一、親戚の伯父が千葉の茅ヶ崎に住んでいたが、それほど親しい間柄でもなかった。
 まだ学友もゼミ仲間もできない、孤独な日々を送っていたほんの僅かな時期に、彼女と青木は巡り会った。と言っても、そこからすぐに恋人として付き合いだしたわけではない。彼女は青木が仕送りが届く口座を持っている銀行の窓口で、うっかり暗証番号を間違えて駄目にしてしまったキャッシュカードの再発行の手続きを担当してくれたのだ。

「青木一行さんですね。恐れ入りますが、通帳とご印鑑、それと何か身分証明をお持ちですか?」
「……何も持ってません」
 カードだけあればお金は下りると聞いていたから、通帳も印鑑も自宅に置いてきてしまった。口座開設のときに使った保険証は、普段は持ち歩いていない。運転免許はまだ取得していない。入学間近になれば手に入るであろう学生証も今はないし、住民票さえ移していない。

「ご本人様を確認させていただきませんと、再発行の手続きは取れません。その際には、お通帳とご印鑑を併せてお持ちください」
「えっ。じゃあ、今日はお金引き出せないんですか」
 まずい。これから伯父の家まで挨拶に行かなければならないのだが、ここでお金が手に入らないと電車賃もない。遠い地に住まう親戚で、ろくな交流もない相手だ。約束の時間に遅れることも事情を話すことも、できれば避けたかった。

「何とかなりませんか。これからオレ、人と会う約束があって」
「申し訳ありませんが、これはお客さまの財産を守るために必要な手続きですので」
「でも、これはオレの口座で、オレのために両親が用意してくれたお金なのに、オレが引き出しできないっておかしいでしょ」
 世間知らずを表に出して恥ずかしげもなく、子供っぽく青木は言い募った。窓口の女性は少し困った顔をして、でも頑として譲らずに、
「一旦ご自宅にお戻りになって通帳とご印鑑と保険証をお持ちになるか、それが無理なら住基番号を市役所で申告していただいて住民基本台帳カードを作っていただくとか。あるいは、ご家族の方に保証人になっていただいても」
「オレ、福岡から東京に来たばかりなんです。だから、住民票はまだ福岡です。家族もみんなそっちに住んでます」
 ぶすっと膨れた口調で青木少年が言うのに、彼女は益々困った表情になった。チラッと後ろの預金代理の席を見るが、あいにくそこには融資課長が昼の代理で座っていた。クレームを代理の課長に任せるのは気が引けて、彼女は視線を前に戻した。

「これから伯父さんの家に行く約束をしてて。1時の電車に乗らないと、約束の時間に間に合わないんです。家に戻って通帳と印鑑を探していたら、乗り遅れちゃいます。伯父さん、時間にうるさい人なのに」
「……いくら?」
「え」
「いくら必要なの?」
「千葉までの電車賃と、お昼のパン代……えっと、3千円くらい」
「じゃあ、これ」
 びっくり眼の青木に、彼女は自分の財布から千円札を3枚取り出すと、カルトンに載せて差し出した。

「貸してあげる。あとで返してね」
「いや、あの、見ず知らずの方にお金を貸してもらうなんて」
「山本」
 彼女は左胸につけた長方形のプレートを指差して、にっこりと青木に笑いかけた。
「山本美月って言うの。T銀行窓口の山本美月。見ず知らずの人じゃないわ」
 
 おそらくそれは、厄介なクレーム客と事務処理を面倒がった彼女の、しかも銀行員としてやってはいけない重大な反則行為で、でもその時の青木にとっては、見知らぬ地で初めて受けた他人のやさしさだった。
 後にこのことが上役に知れて彼女は大目玉を食らう羽目になるのだが、その時の青木はそんなことは考え付きもせず、ありがたく彼女の好意に甘え、その紙幣を借り受けた。
 翌日、律儀な青木は開店を待って彼女のところへ行き、自宅に置いておいた現金の中から借りたお金を返した。昨日彼女に言われたとおり、保険証と通帳、印鑑も持参して手続きを済ませようとしたが。

「カードは届け出の住所に書留で届くようになりますけど」
「え。じゃあ、実家のほうへ行っちゃうんですか」
「先に市役所で、住所変更の手続きをなさらないと」
「うう、面倒だなあ」
 つい先日まで高校生をやっていたのだ。役所の手続きや書類のことに詳しいわけがない。入学手続きも親任せで、正直、自分では住民票一枚取ったことがなかった。
 青木が渋っていると、彼女は苦笑して、
「お昼休みで良かったら、一緒に行ってあげましょうか? 市役所の出納室に用事があるから」

 なんて親切な人だろう、とその当時の青木は思っていた。銀行の窓口で、いつもニコニコ笑っていて、誰に接するのも優しく丁寧で。
 接客をする彼女の笑顔は、とても美しかった。窓口業務に就く職員は事前に研修を受け、そこで笑顔の作り方や鏡の前での練習法について学ぶのだが、アルバイトひとつしたことがなかった青木にそんな裏事情が解るわけもなく。彼女は天使のような心を持っていて、不機嫌になったりしないのだと、青臭い考えを固めていった。



*****



「というわけです。彼女がどんなひとか、理解していただけましたか?」
「さっぱり分からん。今の話からは、おまえが昔からバカだったということ以外は何もわからん」
「ええ~……」
「彼女、よくおまえみたいな子供を相手にしてくれたな」
「いいえ、付き合うようになったのは、それから何年か後のことで」



*****



 素敵な女性だとは思ったが、青木はまだ18で大学に入ったばかり。新しい環境に慣れるのに懸命だった。大学の友人を作ったり、勉強をするのに忙しく、彼女の尽力で作ることができたキャッシュカードのおかげで窓口に足を運ぶ必要もなくなり、彼女との距離は自然に遠のいた。

 その彼女との間に新たな関係が生まれたのは、青木が大学3年の秋だった。
 ゼミが長引いて帰りが遅くなり、でも楽しみにしている連続ドラマの開始時刻が迫っていて、近道しようと普段は通らない裏道を選んだ。この通りは風俗店が多くて、歩いていると客引きに声を掛けられるのがわずらわしいというのが、滅多にそのルートを利用しない理由だった。
 頼まれると嫌と言えない性格の青木は、なるべく周りを見ないようにして、派手なネオンの点滅する界隈を通り過ぎようとした。幸い執拗い客引きにも当たらず、並んだ店舗が途切れたところで、青木は諍い合う声を聞いた。
 胸の開いた紺色のドレスを着て、彼女が立っていた。学生だった青木の眼にも明らかに水商売風の衣装と化粧で、青木は自分の目を疑った。

「美月、さん?」
 俄かには信じられない思いで、青木は声をあげた。浅はかな行動だったと気付いたときには遅かった。2人の男女は青木の方へ顔を向けた。
「なんだ、おまえの知り合いか?」
 色つきの眼鏡を掛けて顎鬚を蓄えた40がらみの男が、顎を引いて青木をねめつけた。短い髪を茶色に染めて、真っ赤なシャツと黒い背広を着ている。太い金の鎖を薄い胸に下げて、指にはやはり金の指輪をしている。一見、夜の銀行の集金係、という雰囲気だ。身体は青木よりずっと小さいのに、態度は10倍も大きい。

「そうよ、この人があたしの婚約者。彼、まだ学生だから、卒業を待って結婚することになってるの」
「本当か!?」
 心底驚いたように男は叫んで、青木と彼女を交互に見た。なにが起きているのか、舞台の脚本をひとりだけ知らない役者のように、青木はその場に呆然と立ち尽くす以外に術を持たなかった。
 美月は青木に近寄ってきて、迷いの無い動作で腕を取ると、
「家で待っててね。今日は早目に上がるから」
 にっこりと笑う、それは昔日の微笑みのまま。澄んだ鳶色の瞳を見れば、紛れもなくあのとき青木が恩義を受けた女性だと分かって、だから青木はこくりと頷くと、
「うん。早く帰ってきてね」と彼女に話を合わせた。

 チッと舌打ちして青木をひと睨みすると、男は忌々しそうな表情をしながらも大人しく去っていった。見かけよりも聞き分けのよい男らしい。
 男の姿が見えなくなると、美月は青木の手を放し、きちんと頭を下げた。
「ありがとう。おかげで助かったわ。あのお客さん、アフター付き合えって、しつこくて困ってたの」
「堅気の人じゃなかったみたいだけど、大丈夫? あとで報復されたりしない?」
「あら。あのひと堅気よ? 建設会社の専務さん」
……ヤミ金の取り立て屋だと思った。

「久しぶりですね、山本さん。銀行、辞めちゃったんですか?」
「ううん、辞めてないわよ。これはアルバイト。どうしてもお金が必要になって」
「そうなんですか? じゃあ、昼は銀行で働いて、夜はこういう店で? 大変ですね」
「まあ、今月いっぱいで何とかなりそうだから……あ、銀行はアルバイト禁止なの。ナイショにしてね」
「はい。わかりました」
「ありがとう」
 安っぽいサテン素材のドレスを揺らして、彼女は青木にもう一度頭を下げた。それから顔を上げて、にっこりと笑って、

「ところで、あなた誰だっけ?」



テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Aさまへ

Aさま、こんにちは。

うちの青木くんは普通にバカなんです(笑)  
これからもっとバカなことしますよ。 きっとまたAさんが関西弁になると思います☆

そうですね、原作の青木さんは女子大生の恋人が居たみたいですから、根っからの年上好きではないのでしょうね。
うちの青木くんは年上好きで、だから最初は薪さんにも年上の包容力を求めていたのですけど、特にあっちの方面は期待してたんですけど~、
予定とは大分違っちゃったみたいで。 ご愁傷様デス。


プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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