水面の蝶(8)

 こんにちは。
 連日更新して、えらいな、しづ。(しかしレスは滞って、すみませんー!)

 昨日のは、青木さんファンに怒られそうな展開ですみませんでした。 今日のは、うん、もう蹴られそうです。
 拍手のお礼にしていいものかどうか、不安になってきました……。






水面の蝶(8)






 薪は後ろ手に鍵を掛けた。それは先刻、青木が取った行動と同じものだったが、意向は真逆のもの。青木は美月を匿おうとし、薪は彼女を逃がすまいとしてのことだった。

 靴も脱がないまま、薪は部屋に上がってきた。恐ろしい勢いで青木のところへ迫ってきて、問答無用で彼を殴った。警察は荒っぽい職場だ。理由も聞かずに張り倒される、そんなことは日常茶飯だ。
「おまえはそれでも警察官か!!」
 薪に怒られたことは数え切れないくらいあったが、それがすべて霞んでしまうくらい、今日の薪は怖かった。そして、哀しそうだった。その顔色は蒼白で、今にも気を失いそうだった。
 薪は量り知れない怒りに駆られて、同時に深く傷ついている。青木が自分を裏切ったと、そう思っているのだろう。この状況では無理もないが、青木も今は美月を守らねばならない。彼女の味方は世界中にたったひとり、自分だけなのだ。

「薪さん、聞いてください。彼女はやってないんです。同僚の篠田って子に陥れられたんです。ちゃんと調べれば分かるはずです」
「やってないなら尚更だ。犯人の心当たりがあるなら、自分から出頭して申し開きをすればいい。隠れていたら警察の眼は益々彼女に向く。そんなことも解らないのか。おまえ、何年警察官やってんだ」
「彼女が出頭するのは、篠田の捜査が始まってからでも遅くないでしょう? それなら美月は容疑者扱いされなくて済むんです」
 青木が彼女を匿った理由を悟ったのか、薪は口を噤んだ。何かに気付いたように、大きく眼を瞠る。
「オレは知ってるんです。警察の取調べがどれだけ過酷なものだか……今でも時々夢に見るくらい、本当に怖かったんです」

 青木は誤認逮捕をされたことがある。
 悪夢の中を彷徨うような状況下で行われた取調べは、苛酷を極めた。犯人にも人権があるから、たとえ取調室が密室でも手荒なことはされないと聞いていたのに、それは全くの嘘だった。
 ろくに食事も睡眠も与えられず、何人もの人間が青木の耳元で「お前がやったんだろう」と叫んだ。身に覚えのない目撃証言と物証、DNA鑑定書までが次々と提示されて、青木は自分の頭がおかしくなったのかと思った。時間が経つにつれ、疲労と睡眠不足で疲弊した脳は、正常な判断を欠いていく。自分で自分が信じられなくなっていく。あのとき薪が助けてくれると信じていなかったら、きっと自分はやってもいない罪を自白していた。

 当時のことを思い出したのか、薪は少しだけ怒りを収め、しかし断固たる口調で、
「彼女は出頭させる」
 ぎろりと青木を睨み据えた亜麻色の瞳を見て、青木は観念した。薪がこういう瞳をしたら、絶対に譲らない。
「美月、大丈夫だよ。オレからも担当の刑事さんに口添えしてあげるから。こう見えてもオレ、警視なんだ。けっこうエライんだよ」
 華奢な両肩に手を載せて、青木は彼女を説得しようとした。彼女の気持ちは、痛いほど分かる。自分の無実を知っていても、恐怖は拭い去れない。相手がそれを信じてくれる保証はどこにもない。
 しかし、彼女には勇気を出して立ち向かってもらわねばならない。青木は祈るような気持ちで、彼女の両肩を覆った手に力を込めた。

「青木、心配するな。僕が彼女の取調べには立ち会うことにするから。無体なことはさせない」
「本当ですか」
 青木の後ろに立ったまま、薪が静かに言った。その声に怒りはなく、青木は二重の意味で胸を撫でおろして、美月に笑顔を向けた。
「よかったね、美月。薪さんがついていてくれれば、安心」

 トン、と軽い衝撃が青木の身体に伝わった。
 と同時に、青木の胸に美月が頭を持たせ、身体を密着させた。

「な……んで?」
 衝撃は小さかったはずなのに、それは灼熱の痛みを伴って青木の意識を混濁させた。暗がりの中で、銀色の刃が鈍く光る。
 刺されたのだ、ということも咄嗟には理解できなかった。

「うそつき」
 美月のくちびるが動いた。その言葉の意味を、青木は思い出せなかった。
「みんな嘘つき。男はみんな、嘘ばっかり吐くの。約束したじゃない。『薪さん』にだけは言わないでって……約束したじゃない」
 鳶色の瞳に、涙が浮かんでいた。細い声が震えていた。
 怖くて怖くて、たまらなく怖くて。あんなに怯えていた美月を刺激してしまった、これは自分のミスだ。

 ごめんね、美月。でも大丈夫だよ、薪さんがついていてくれれば怖くないよ。だから泣かないで。

 そう言って彼女を安心させてやりたかったのに、左腹の痛みがそれをさせてくれなかった。青木は両手で傷口を押さえ、蹲って痛みをやり過ごそうとした。
「青木っ!」
 美月の弱々しい声とは対照的な、薪の鋭い声が響く。揺るぎない力強さが、青木の意識を呼び覚ます。
 青木は彼のボディガードで、名実共に彼の守護者であるべきなのに、こうしていつも助けられているのは青木の方だ。彼の存在だけが、青木を生かす。

「薪さ……」
 床に蹲ったまま、青木が何とか眼を開けると、薪が美月を取り押さえていた。非情にも彼女を引き倒し、腕を押さえつけて手錠をかけている。
 女の子に乱暴しないでください、と言いたかったが、ふたりの争いが玄関口で行われていたところを見ると、美月が逃亡を試みたことは疑いようもなく、さらには薪の頬についた切り傷から相当の血が流れていることから、美月が刃物を持って薪に襲いかかったことは容易に察しがついた。
 だけどその有様は、青木が知っている彼女とはどうにもつながらなくて。青木は自分が見損ねた捕り物の様子を思い浮かべる事ができない。想像したくない、と言ったほうが正解かもしれない。

 あの美月が、そんなことを?
 とても信じられない。

 薪は玄関の靴箱の足に手錠の片方を掛け、彼女の動きを封じた。彼女から取り上げた小型のナイフをハンカチに包み、証拠品として背広のポケットに入れる。
 為すべきことをし終えてから、薪は青木に駆け寄ってきた。
「青木、傷口を見せろ」
 腹部を抱えてうずくまったままの青木の手を取り、薪は血のついたシャツをめくり上げた。出血箇所を確認すると、クローゼットから一抱えのタオルを持って、すぐに戻ってきた。傷口に押し当て、止血を行いながら左手で器用に携帯を取り出す。

「待ってください、薪さん。救急車は呼ばないで」
 救急車が来たら、美月が自分を刺したことが事件になってしまう。それでなくても彼女は疑惑の渦中にいるのに。これ以上、不利な条件を増やしたくない。
「分かってる。病院へはタクシーで行こう」
「美月は」
「竹内に任せる」
 薪は青木の友人の名前を出して、青木の杞憂を払拭した。
「この事件は、渋谷南署と捜査一課の合同捜査になっている。だから大丈夫だ」
 竹内なら事情を話せば、多分便宜を図ってくれる。薪は竹内のことをとても嫌っているが、篤く信用してもいる。不思議な関係だ。

「ひどいなあ……犯人確保が優先なんですか? オレが刺されたのに」
「自業自得だ、バカ」
 お互い心にもないことを言い合って、笑おうとして笑えず、泣くことはもっとできず。やりきれない気持ちで玄関を見れば、美月は生きる気力を失ったように床に突っ伏している。

「オレが美月を匿ってるって、どこでわかりました?」
「そんなもん、最初から。おまえが銀行の業務や規定に詳しいって、どう考えても不自然だし。まあ決定的だったのは、篠田玲子の名前がすらっと出たところだな。彼女の友人については『おぼろげに顔を覚えている』程度の記憶しかなかったはずだろ」
 言われてみれば。
 あのときは美月の容疑を晴らしたい一心で、ついつい焦ってしまった。青木は嘘が下手なのだ。ひきかえ、薪のとぼけ方の熟練振りと言ったら。さすがおとり捜査のエキスパートだ。

「薪さん。ほっぺた、痛くないですか」
 丸い頬を伝う赤い血が哀しくて、青木の心はずきりと痛む。薪に怪我を負わせるなんて、職務怠慢もいいところだ。青木に言われて薪は初めて自分の怪我に気付いたように頬に手を当て、手のひらにべっとりとついた血を冷静に確認し、タオルを自分の患部に押し当てた。
「かすり傷だ。気にするな」
「美月は、りんごが好きだったんですよ。だから、食べさせてやろうと思って。ナイフも一緒に買って」
 彼女がどこから刃物を持ち出したのか不思議だったが、何のことはない。買い物袋の中に入っていた果物ナイフだ。
「ナイフの品質検査を、自分の身体ですることになるとは思いませんでしたけど。合格ですね、素晴らしい切れ味です」
「黙ってろ、青木。血が止まってないんだ。振動を与えるな」
「大丈夫ですよ」
 自分が苦しむ様子を見たら、きっと美月は辛くなる。今でも、ギリギリなのだ。重なる心痛は、命取りになる。
だから、自分は彼女の前ではしっかりと意識を保って。彼女をこれ以上、苦しめないように。

「薪さん……美月を……美月を助けてください。彼女を救ってあげて」
「喋るな。出血が」
 青木の意識は急激に薄れた。眠りに落ちるときのような感覚が青木を襲い、何とか目蓋を開けようとするも、その誘惑は暴力的なまでに強かった。
「青木、青木。しっかりしろ。こんな浅い傷で気絶するな。おまえ、僕のボディガードだろ」
 細く開けた眼に、薪の顔が映った。怒っているのか泣いているのか、自分は謝ったらいいのか、はたまた彼を慰めるべきなのか、どれひとつとして判断がつかず、青木は曖昧な気持ちのまま、薪の腕に頭を持たせた。

「青木、この役立たず! あおきっ……」
 最後に聞こえた薪の言葉で、薪はやっぱり自分を怒っていたんだな、と青木は理解する。だけど青木の名前を呼び続ける薪の声は、胸を振り絞るような涙声で。自分がどうするべきなのか分からないまま、青木は闇の中に落ちていった。



*****

 Nさんに泣かれそうだわ。
 ごめんね、Nさん。

テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Sさまへ

Sさま、こんにちは。

いやん、Sさま、怒っちゃいやですぅ。 
青木さんが「掛け値なしのアホ」でも、薪さんはそんな彼が好きなんですよ~。 
まあ、どっちの怪我も大したことないのでね、安心してください。

28日のメロディは、あら、
Sさん、自信たっぷりだったのに。
ふふふ~、解ります~。
百の理由を掲げて絶対にないと思っても、不安は拭いきれませんよねえ。
あれ、不思議ですよね、近付くにつれてどんどん不安が大きくなるの。 来週は仕事が手に付かなくなりそうです。


Lさまへ

Lさま、こんにちは。(^^


> うわーん!薪さんのお顔に傷がついてしまったー!
> あ、青木くん刺されたんですね。

あははは!! 
青木くん刺されたの、ついでみたいに言われて! カワイソウ!!(笑・笑)
生還するかどうかも薪さんが悲しむことが基準なんですか? もう、どんだけ?(>∇<)

薪さんのお顔の傷は、すみませんでしたー。
でも大丈夫、傷は浅いし、きれいに治りますから。(^^


Lさまの、
「薪さんは本当に特別」というお気持ち、分かりますっ。
わたしもここまで夢中になったキャラは20年振りです~。 幸せになって欲しい気持ちを抑え切れなくて、自分で書き始めちゃったくらいですからね。 普通じゃないです。
4年間、薪さんに溺れて何度も自分を見失いましたが、幸せでした。
例え新しい秘密が始まっても、すぐにそちらへ、とは行かないでしょう。 まだしばらくは、青薪さんがいる秘密の世界に浸っていたいです。

プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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おかげさまで8歳になりました(^^♪
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